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中華争乱記  作者: 御幸
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康熙帝・4

康熙帝が、露西亜(ロシア)の進入を打ち破った。


これは、今までの業績と比べてもなおまばゆい、かつてないほどの大功であった。

その後結ばれたネルチンスク条約という講和条約もまた、清に有利に組まれ、国民はその勝利に沸き返っている。

明日から一週間、凱旋周遊が始まる予定だ。

護衛の配置、特別国庫予算の出費計画に安全性の確保と、やることに暇が無いが、皆その顔は明るい。

“我らは白人に勝ったのだ!”

という誇りが誰も彼もに読み取れる。


露西亜の遠征から帰ってきて数日、康熙とはまだ会っていない。


いつもなら遠征後にはひょっこりと顔を出すことが多いが、今回は互いに避けあっている感じがある。

実際そうなのだろう。

事実、こうして俺は府庫でなく自分の書斎でこれを記している。


だが、それもきっと、長くは続かない。


俺は遠征前に言われたことを忘れてはいないのだ。


康熙はまだ皇太子を指名していない。そもそも子がいない。


もしも今康熙が殺されたら?


利権を争って、多くの血が流れるだろう。

至高の頂き、血塗られた玉座。

康熙は確かに賢王であるが、だからといって一枚岩というわけでは、残念ながら、ない。


だからこそ。


一刻も早く皇太子を決めねばならない。

皇太子になるまでの手続きにも時間がかかれば、なった後臣下を認めさせるのにも時間がかかる。


俺は決断せねばならないのだ。雍正とやらを認めるか、真っ向から康熙に立ち向かいその非を正すか。

そして、その男に、俺の剣を捧げるか否か。


酷い話だ。幼い頃からずっと、俺の剣は康熙に捧げられているのに。


康熙はそれを忘れてしまったのだろうか。覚えていて、なお言っているのだろうか。忠誠を裏切れと。確かにこの身は剣を持てぬが、忠誠の誓いまで折ったつもりはない。






「……康熙からすれば、同じことなのだろうか」


そこまで書いてふと、俺は手を止めた。

だが俺も、伊達や酔狂で武官を辞したのではないのだ。


俺は自分が剣を捨てた切っ掛けの、そのときのことを、いまだにはっきりと覚えている。



明るい春の午後だった。


『貴方はーーー』


康熙の眉が、弱々しく下がり、発する声音も頼りなく。その手が震えていたのを今なお覚えていている。

康熙の前には一人の男が両脇に憲兵をつけられてひざまづいている。


『俺を謀ったのですか』


まだ康熙が王になってすぐのこと、あいつが二十歳そこそこのときのことだ。

多分、康熙が王である以上、一度はその時が来るはずだった。だが、あまりにも早すぎた。


側仕えに、毒を盛られたのだ。


毒味役によって結局あえなく失敗したものの、毒を盛ったその人は康熙の昔からの師であった。康熙を教え導いてきたはずのその人であった。


何故こんなことをと問う康熙に、その人はこう答えた。


『知れたこと。そなたの亡き後、師としてその立場になろうと思っただけだ』

『何故! 貴方は私を慈しんで下さったのではないのか!』

『そうすればそなたが隙を見せるからの』

『……!』


それから、康熙は側仕えにすら“王”としての顔を崩さなくなった。


俺はその時、こう問うた。


『俺が側仕えになれば、お前は安らげるだろうか』


あいつはこう答えた。


『さてな。お前が毒を盛るとは、思いたくないが』


その時気付いたのだ。

康熙は、親しければ親しいほど、そのことを思い出すが故に、安らげることの無いのではないかと。


だから俺は剣を捨てた。

康熙が側仕えに心を許せぬのであれば、俺にすらかの師の影を見て怯えてしまうのであれば、今まで生きてきた道など要らぬ。俺の生きる意味は康熙の治世の一部となること、ただそれだけであるからだ。


他の誰にも無理だから、俺があいつの安らげる場所になろう。いつでも笑っていよう。府庫に来たあいつが、いつでも緊張を解いて休めるように。

康熙が康熙であり続けられるように。


「本当は……そういう役目のためにあるのが、後宮なんだがなァ」


苦笑する。

康熙の立つ場所は酷く孤独で、硬く脆い。


きっとあいつは危惧している。女を一人入れればきっと、側妃もなし崩しに入ることになるだろう。官吏達の力関係を壊さないためにも、そうするしかない。


そうなれば始まるのは、貴族の娘たちによる寵姫争いだ。


貴族の娘は道具と化すだろう。


王をたぶらかせる道具。

政敵を失脚させる道具。

高官に就くための道具。


康熙は見も知らぬ娘たちがそのために傷つくのを恐れているのだった。


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