表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中華争乱記  作者: 御幸
2/5

康熙帝・2

城内が騒がしい。

勿論騒がしいというのは官吏達が足音を立てて歩き回っているとかいうことではなく、城内のあちこちを行き交う人が平時よりも多いという意味だ。

府庫はいつもにまして来客が少ない。ないと言っても良いかもしれない。ちくしょう。

原因ははっきりしている。

自分の役職を廃され、乱を起こした呉三桂のせいだ。

康熙が捕らえた呉三桂だが、その後、三藩という、雲南・広東・福建をそれぞれ統べる三人の武将の一人となった。未だ国に明の生き残りは多く、呉三桂を惜しむ声が高かったからだ。

だが、いつまでも腹心の部下でもない者を重要な役職につけておくわけにはいかぬ、という鶴の一声ならぬ康熙の一声で、廃されることとなった。それに対して、呉三桂を含む三藩の三人が乱を起こしたーーーというのが今回の顛末だ。


正直なところ、康熙の言い分も最もであれば乱を起こした呉三桂らの憤りも最もだと言える。

三藩よりも高い役職などそうそう無いし、その席が都合よく空いていることもない。だからこそ康熙も頭を痛めている。が、決定そのものを変えるつもりは無いらしく、三人は逆賊として処理されるらしい。






どうしようもなく、血がたぎる夜がある。


昔、武官を目指していた頃の名残だ。

そんなとき俺の足は、自然と馴染みの女の店に向かう。血のたぎりも、汚い欲と共に吐き出せば収まる。

今、康熙は軍の群れと共に乱の制圧に赴いている。

俺は着いていくわけにはいかない。俺はしがない府庫の主で、それ以上でもそれ以下でも無いからだ。儀礼的に腰に刀を差してはいるが、俺が文官である限り、俺の前で康熙が襲われるなんて事態でも無ければ抜刀されることはない。

文官という道は、己で選んだものだ。後悔はない。だが、やるせなさを感じる夜はある。康熙を、俺の乳兄弟を、俺の友を、ーーー俺のただ一人の主を、何故この手で守れないのか。


明るい大通りを抜けて、裏路地に入る。

香る情欲と、飛び交う嬌声。あられもない格好で客引をする女の媚びた声。

夜が更けてきた今が、女達にとっては一番の稼ぎ時だ。どの男も程よく酔って、財布の紐が緩くなっている。

俺にも幾つか誘い文句がかけられるが、特に言葉を返さず、路地の奥の方に、隠れるようにしてあるその店の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい。……あぁ、あんたかい」

すぐ入ったところで座っていたしわくちゃの婆さんが、俺に声をかける。

「夏音は」

「今は客をとってるねえ」

「何だと? いつ終わる」

「さて、一刻だか、二刻だか」

「そんなに待てるか」

「あそこに他の女の子は山ほどいるよ。待てないなら選びな」

「夏音がいいんだ。どうせ客なぞついていないだろう」

「なら、出すもん出しな」

この、強突張り婆め。

思わず舌打ちする。結局この婆さんの言いたいことは、最後の一言だけなのだ。

馴染みの女を抱きたいなら金を出せ、たっぷりと。

足下見やがって。府庫の主の給金は、府庫へ訪れる客と同じくらい少ないのだ。

「ちッ、仕方ねぇな」

ずいと出された手のひらに音を立てて硬貨が落ちると、婆さんはにやりと笑って声を張り上げた。

「夏音! 客だよ、降りておいで!」

「やッぱりいるんじゃねぇか!」

俺の怒号もどこ吹く風で婆さんは聞き流す。

婆さんの声で、直ぐに女が階段を降りてくる。

「はぁい、誰?」

その女の顔を見て、俺の怒りもすぐに霧散する。今、俺の顔は、どうしようもなくやにさがっているはずだ。

「よぉ、夏音」

浅黒い肌に、豊かな黒髪。肉厚的な唇や肢体、左目の下の泣きぼくろから色気が漂う。何よりおれが好きなのはきりりとした涼やかな一重だった。この目に見つめられるのが好きだった。

女ーーー夏音は俺を見て、嬉しそうに駆け寄ってくる。

「炎武。会いたかった」

そして、ぎゅうと抱きつく。ああまったく、どうしてこの女はこうも可愛いのか。

「俺もだ夏音。元気にしていたか。怪我はしていないか。困っていることはないか。有るなら俺に言ってみろ」

「元気だったよ。怪我もしてない。困っていることは、ある」

「何だ!」

「顧炎武っていうお客さんが、あんまり会いに来てくれないこと」

「あぁ、寂しい思いをさせていたんだな、すまないーーーだが心はいつもお前のところにあるんだぞ。それに気づいてはくれないのか?」

「女の子には、態度ではっきり示してほしいよ。心だけじゃ不安になっちゃう」

「そうか、そうか。そんなに俺に会いたいか」

でれでれとしている俺に、強突張り婆が怒鳴る。

「とっとと上に上がりな! 夏音も! あんたの仕事はぺちゃくちゃお喋りすることじゃないんだよ!」

「わぁ、怒られちゃった。じゃあ上上がろっか、炎武」

「はは、婆さんは気が短いからな。仕方ないな」

「誰が婆だ! 娼婦に入れあげてるあんたなんぞに言われとうないわ!」

婆さんの怒鳴り声にも、笑顔で対応する。夏音に入れあげているのは事実で、何も怒る要素はない。


俺は夏音が差し出す小さな手のひらに丁寧に俺の手を重ねた。


こうして、恋人の真似をするのが楽しいのじゃないか。

勿論、夏音は本当に可愛いし、その価値があるから金を払っているのだ。つかの間の夢を見ても、ばちは当たらない。

本当は呉三桂が捕まってから乱を起こすまでには三十年くらいかかります。

ですが康熙帝の時代は呉三桂が降伏してから乱を起こすまでに特筆事項がないので時短してます。サクサク進みます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ