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夏の終わりの甲子園  作者: 村咲 遼
2/5

泣いてばかりじゃいられないんです。

 夕食をとり、夫と息子を見送ったはるかは、スヤスヤと寝入ってしまった少女を見る。

 一応寝室や客間はあるものの、せっかく眠っているのを起こすのはと、一旦はリビングのソファに寝かせた。

 泣き疲れたせいだろう、熱もあったので氷枕も忘れない。

 最近のエアコンは性能がいいので適度な温度を保ちつつ眠れる。

 それに、電気代もそうかからないのが助かる。

 でも、ここで眠らせておいていいのだろうか……。


「それに、りょうちゃん着替え、洗っておいてって言っていたわよね?……一回起こした方がいいかしら?明日も着るわよね?」


 息子と同じTシャツを着ている少女に、奥から着替えを持ってきてよしと思い切ったように、


梨紗りさちゃん……梨紗ちゃん起きて?お着替えしましょうか」

「ひゃっ、ひゃい!」


素早い身のこなしで身体を起こす。

 すると、あまり覚えの無い女性の顔に不安になる。

 遼は微笑み、


「あぁ、そうだったわ。改めまして。おばさんは粟井原遼一あいばらりょういちのお母さんです。遼と言います。よろしくお願いします」

「あ、粟井原先輩のお母様ですか!若くて可愛くて、素敵です……そうでした。私は笠岡梨紗かさおかりさと申します。よろしくお願いします」

「そうそう。本当は少し熱もあるみたいだからと思っていたのだけど、それよりも着替えをして休みましょう。洗濯しておくから」

「洗濯?」

「えぇ。明日、敗者復活戦があるってりょうちゃん言っていたの。シャツだけでも洗っておこうかしらって……梨紗ちゃんも、昼間暑かったでしょう?お風呂も沸かしているわ、入ってちょうだいね」


梨紗は瞬きをし、周囲を見回す。


「……い、今、何時でしょう?」

「7時位かしら?お風呂に入っている間に、ご飯も用意しておくから、ゆっくり入っていらっしゃいね」

「ご、ご迷惑……わ、私、帰ります!」

「良いのよ。お家に電話をかけておいたから。それにりょうちゃんにも部長さんに伝えてもらったわ」

「あわわ……」


 どうしよう……と言いたげな少女の頭を撫でると、遼は微笑む。


「今日はりょうちゃんはお父さんのお店のバイトの日なのよ。と言っても、ずっと起きているわけじゃなくて、開店前の準備と閉店後の片付けだけどね」

「遼一先輩、バイトしていたのですか!忙しいのに!」

「お父さんのお店を継ぐ、継がないで喧嘩みたいなものね……彰一しょういちさんは安定した就職を勧めているの」

「どんなお仕事ですか?」

「バーのマスター。小さなお店よ」


 梨紗を浴室に案内する。

 梨紗は脱衣所で服を脱ぐと、浴室に入り、唖然とする。

 大きな湯船に、身体を洗うところも広く、ジャグジーもある。

 豪邸だ……。


 小さいバーのマスターという割に……いや、これは聞かないこと、先輩の家でも図々しく立ち入らないことにする。

 時間をかけてゆっくりと浸かり全身を磨くと、脱衣所には新しいパジャマと下着、ナイトブラが置かれていた。

 着替え、出て行くと、オープンキッチンで料理をしている。


「あぁ、出たのね」

「先に入らせていただきました」

「いいえ、どういたしまして」

「何をされているのですか?」

「あぁ、お刺身をね。それにお味噌汁とご飯。あとは酢の物とお新香、シンプルでごめんなさいね。あ、大根とお魚のあら炊きもあるの。でも1日おいた方が味が染みて美味しいのよ」


 お刺身を綺麗に並べると、ご飯とお味噌汁を盛り付け、酢の物とお新香を乗せたお盆に乗せて梨紗の前に置いてくれる。


「わぁ……ありがとうございます」

「いいえ。それとデザートの和菓子」

「金魚ですね。綺麗です」


 うっとりと見入る。

 そして、ハッとしたように、手を合わせる。


「いただきます」

「どうぞ。お代わりもありますよ」


 夫と息子のぶんは先に用意していた遼は梨紗の正面で食べ始める。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 丁寧に手を合わせる。


「あの……明日、敗者復活戦があるというのは……」

「りょうちゃんが言っていたから確かだと思うわ。梨紗ちゃんは、聞いてなかったの?」

「えと、本戦で頭が一杯で……」

「じゃぁ、今なら大丈夫だと思うから電話してみたら?」

「あの、先輩の電話番号……知らなくて……」


 遼は、自分のスマホを操作して番号を見せる。


「登録しておきなさいな」

「は、はい」


 確認しながら入力し、そして、電話をかける。


『もしもし?』

「あ、あのっ、笠岡梨紗です!先輩ですか?」

『あぁ、梨紗。起きたのか?どうした?』

「あの、明日、敗者復活戦があるって!」


 数秒黙っていたが、遼一は口を開く。


『お前、聞いてなかったのか?』

「はぁ……す、すみません!」

『あの時泣いてた時も、明日復活戦あるから泣くなって言ったのに!』

「すみません……」


 正座して小さくなる。


『まぁいい。明日までにいくつか……考えられるだけ考えろ。本戦の句は決まってるな?』

「は、はい!」

『それならいい。夏の句だ。思いつくだけ書いていけ』

「はい!」

『でも、早く寝ろ。寝坊したら頭が働かないぞ』


 遼一の声が止まる。


『これは、お前の番号か?』

「はい。そうです。先輩のお母様に、先輩のと、お母様のと、お父様のと、お家のと、お店の番号も教わりました」

『……母さんは、また何やってんだ!……まぁいい。ご飯は?』

「いただきました。とっても美味しかったです。お風呂もお借りしました。あっ!シャツも洗ってくださってます。お母様が先輩のと並んで干してます」

『ぶっ!』


 電話の向こうで吹き出し、咳き込む。


「大丈夫ですか?突然お邪魔したのにありがとうございます。パジャマまでお借りしたので、本当に申し訳ないです」

『それはいい。明日まで頑張れ。悔しいから泣くんだ。明日は勝つと思って頑張れ』

「はい!」


 電話を切ると、遼一が持ってきていた荷物を確認し、今まで書きためていた句帳と共に、ふと思いついたものを書き込んでいく。


 蛍が探すのは甘い水か恋人か(蛍:夏)

 お菓子の金魚とともに時を止める(金魚:夏)

 誘蛾灯ゆうがとうのようにひとを集めるきみ(誘蛾灯:晩夏)

 我が恋を形にしてくれた遠花火とおはなび(花火:秋(江戸時代))

 我が思い驟雨しゅううによりて届きけり(驟雨:夏)

 雷遠ざかるをテディベアいだき待つ(雷:夏)


 注意……テディベアは季語にならない。

 雷は夏の季語、稲妻は秋の季語。

 花火は現在は夏の季語だが、昔は秋の季語だった。


 テーブルで考えながら書き込んでいくのだが、どこを見ても、遼一の家はテディベアがある。

 昔からぬいぐるみなど大好きである。

 ついつい、席を離れ、じっと見つめる。


「どうしたの?あぁ、うちの子たちね?」

「凄いです。これは、ハローグッバイベアですね」


 ハローグッバイベアは20世紀と21世紀を記念して作られたベアであり、いくつかパターンがある。

 しかし特に、木箱に納められた限定のテディベアは美しい。


「あら、よく知っているのね」

「ネットフリマで時々見ます。可愛いなぁって……」

「うふふ……皆、表情が違うでしょう?優しい顔に、凛々しい顔……」

「集められたのですか?」

「ここにいる子達は結婚する前ね。夫と出会ったのも、夫のお店と、お店に置いているテディベアが縁なの」


 愛おしげにベアを撫でる。


「素敵ですね」

「結婚式もお店で人前式。でも、夫もいい歳だし、小さいバーに通って粋にとかよりも、最近はありきたりな飲み放題でワイワイと騒ぐ……そんな感じでしょう?お店を閉めましょうと、話していたら、りょうちゃんが、『自分が後を継ぐ!』って。高校時代は自由にしなさい、大学には通ってねって言うのだけど……」

「先輩って、学校でも成績優秀だって聞きました」

「そうなのよ。私に似てないからね」


 うふふ……と笑うが、幸せそうである。


「あの子には自由に生きて欲しいのよ。私達はあの子を束縛するために生んだわけじゃないもの……」

「先輩って、とても自由そうだと思います」

「あら、そうかしら」

「それに優しいです」


 遼は嬉しそうに微笑む。


「嬉しいわ。でもね、他の人にはぶっきらぼうで、喧嘩はしないけど、毒舌家だって言われるのよ。彰一しょういちさんは優しいのに……」

「先輩優しいですよ。優しくなかったら私なんて置いて帰ってると思います」




 ちなみに、遼は息子が夫に話していたのを聞いた時には、


「今年入った後輩、子猫系ばかりの中に子犬が一匹いて、世話任されたんだよな……父さん。しつけ方教えてくれない?」

「何故、父さんに聞くんだ」

「ん?その子犬、母さんに似てるから」


 彰一は妻を見、そして、


「うん、子犬系は……」

「彰一さん、りょうちゃん!」


 瓜二つの親子を睨んだのだった。




「あぁ、そうそう。もういい時間だと思うわ。早めに寝て、早めに起きましょう。大丈夫よ。起こしてあげますからね」

「あっ……後もう少し……」

「でも、書くだけ書いて、まとまらない選べないってことは、自分で納得できていないのよ?このままでは夜更かしして明日になったら、寝不足で全力で出来ないと思うわ?今日も頑張っても届かなくて悲しくて泣いてしまったのに、明日も後悔の涙は嫌でしょう?明日の朝食は美味しいものを作ってあげるから、ゆっくり寝て頂戴。こっちこっち」


 ノートを閉じ、季語辞典と共に腕に抱え、遼を追いかける。


「ここが客間というか……ごめんなさいね。私の趣味というか仕事部屋なの」

「……えっ?お母さんは主婦……」

「そうね。それと、文章書きに、ネットフリマでハンドメイド作品を出品しているの」

「……あ、あぁぁ……先輩がスマホに差してる王冠のベアって……」

「王冠はあの子が作ったのよ。ベアは私。確か、ここにもあったわね」


 引き出しから王冠をかぶったピンクのミニチュアベアを取り出す。


「はい。明日、力を出し切れますように。大丈夫よ。りょうちゃんもいるし」

「あ、ありがとうございます!大切にします」

「じゃぁ、お休みなさい。出て、正面の道を入って行くとお手洗いですからね。お隣はりょうちゃんのお部屋」


 敷いてくれた布団に氷枕を準備して、梨紗を呼ぶと寝かせるとタオルケットをかける。


「今日はお疲れ様。明日もあるから、お休みなさい」


 頭を撫で、トントンと優しく肩の横を叩くと、電気を小さくし、


「明日起こしますからね?」


 と言って出て行った。

 その姿を見送ったものの、急に眠気が襲い、小さくあくびをすると目を閉じたのだった。

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