私たちの歌
序章
その日、季節外れの雪が降った。暖かい風と空気は表情を変え、鋭い冷たさと、凛とした夜空を奏でた。
私はその雪が嬉しかった。その日の雪が嬉しかった。夢中になって音を奏でた。夢中になって、その日を味わった。
誰も居ない公園には、雪に降られても何も気にしない、私と、大好きなギターがあった。
私のその日は、冬に戻らなかった。春が、深まっていた。
第一章
「さくら! 行くよ! もう十分見たでしょう?」
「んーや、もうちょっとだけ!」
よっぽど気になるみたい、という友人の声が聞こえる。その友人、聖菜と真美は違うものを見ながら、「あるもの」に釘付けになった私の様子を見ていた。私たちはその時高校の新入生。私たちは楽器店に居た。
ここでその「あるもの」に釘付けになっているのが、私。名前は相葉さくら。私が釘付けになっていたもの、それは、「ギター」だった。
国産メーカーの、優しい木の色と、なんだか可愛らしいくびれた形のアコースティックギターに目を惹かれ、「どうしてもこれがほしい!」と思っていた。一目惚れはしたことがないけど、こういうのを多分一目惚れと言うのかもしれない。衝動に身を任せてでも、そのギターがほしかった。
「さくら! それがほしいのはわかったけど、買うお金なんてあるの?」
「……分割払いじゃいかんかな……」
「クレカ持ってんの?」
「いいえ、そんなのを高校生は持てません……」
金があるか、と聖菜が諭し、私のくだらない発言を真美が一蹴した。そう、このギター、八万円もするのだ。私の財布には、
「さんぜんえん……」
三千円。これが虚しい現実だった。
「ほらほら、諦めた! あんたには高過ぎるんだっての」
私は叫んだ。
「絶対にこれが似合う女子になるんだー!」
そもそもなんで楽器店に行ったのか。それは、私がTVで見た女性アーティストに心底憧れたから。そしていろんな人に、「ギターって、難しいんかな……」と言いまわったことから始まる。
「何なら楽器店に行ってみよう。百聞は一見に如かず」
聖菜のこの一言から始まった。
遅れてしまったが、松山聖菜と宮本真美は、私の中学時代からの友人だ。私といつも仲良くしてくれる、親友だ。聖菜は歌が達者。真美はピアノが達者。音楽が出来るこの友達に、密かに憧れていたのかもしれない。そんな時、TVで見た女性アーティストは、私に十億ボルトの衝撃を叩き込んでくれた。過剰な表現かもしれないけど、それくらい私の中で圧倒的な憧れになった。そう、TVで輝くその人の姿に、私は「なりたい」と思った。
第二章
さて、例のギターはどうやって買おうか、と考え始めた。面倒くさがりな人間の例に漏れず、私はお母さんに気味悪いほど礼儀正しくなってみた。
「お母さん。正直に言います。私、ギターがほしいです。ヤマハの八万円のが」
「……さくら? あんた熱でも……あるからこうなってるんね……。応援したいところだけど、相葉家の家計はこう見えてカツカツなの。火の車なの。だから無理です。申し訳ございません」
お母さんの言うのはごもっともだ。だが……。
「じゃあなんでお父さんがあんな高い車買ったのさ! BMWだなんて!」
これだけは突っ込んでおかなければなるまい。
「お母さんも止めました。しかしお父さんの権力にお母さんは逆らえませんでした。おかげでローン地獄です。お父さんがどうとも思っていなかったとしても」
「不公平だぁ……。じゃあ父さんに相談してみる」
母が止めるのも耳に聞こえず、私は作戦を練った。そして父は仕事先からその車で帰ってきた。
「おとーさん」
自分でもずっこけそうなくらいのぶりっ子声で、着替え終わって食卓で一息付いている父に言ってみた。
「ダメ」
……二文字で撃沈。まあ予想していたことだけど。
「さくら、お父さんがあんなにいい車をなんとか買えたのも、お父さんが仕事で頑張ったからだ。それは言い方を変えると、頑張ってお金を稼いだんだ。さくらの高校はバイト禁止じゃないんだろう? じゃあもうわかるよな」
いつもずべぇっとソファでTVを見ている父だが、私の見えないところでは一生懸命仕事し、頑張っているのだ。
「父さんこの前何になったんだっけ?」
「部長だ。ここまでなるのは大変だぞ」
課長から昇進し、部長になったという父。正直私の中で社会の仕組みなど、まだわからない。それはともかく、父が私に言いたいことはすぐわかった。
「バイト求人誌取ってくる!」
私はその頃から、がむしゃらにバイトした。そして今までの遊びのお金を節約した。そうこうして、夏がやってきた。
第三章
「すみません、これください!」
八万円のお金を財布に入れ、聖菜と真美と行ったお店に、一人で行った。
いろんな機種があるけれど、やっぱり私はあのギターがほしかった。それもそうで、私はTVで見たアーティストが使っているギターが、どこのメーカーの、どんな機種なのかも、徹底的に調べた。そこで私は幸運なことに、同じモデルを目にしたのだ。それは三人で行った日の後にわかったのだが、私の目に狂いがなかった。不気味なほど直感が当たると実感した時だった。
「ほかの機種と比べてみますか?」
楽器店の店員さんは親切で、ドの音も鳴らせない私に変わって、流暢に音を比較させてくれた。私が目をつけているギターでも、いくつかことなる仕様のものがあり、それぞれに音の特色が違うことを教えてくれた。
(こんな風に話せるようになりたい!)
と感激した。
少し明るいトーンだったり、低音と高音がはっきりしているもの、フラットなもの。それでもやっぱり、私は直感に従った。店員さんはいそいそと、手渡しの準備をしてくれた。もう今か今かと待った末、店員さんはソフトケースにギターが入っていることを確認させてくれた上で、私の背中に背負えるように、(リュックサックのように、背負える仕組みのケースだった)そっと私の腕に通してくれた。そして、
「頑張ってくださいね。応援しています」
と明るく声を出してくれた。私はこれまでにないほどの笑顔で、
「ありがとうございました!」と言った。るんるんとハミングしながら、私は一人夢の世界に浸るような気分で、家に帰った。
「本当に買ったのね……」
母が呆れているのか、喜んでいるのかわからない声で言った。
「有限実行! かわいいでしょ!」
どや、と私はそのギターを両手でしっかり持ちながら母に突き出してみた。
「うん、綺麗なギター。さくらにぴったりだよ。あとは、練習あるのみだね」
そうして私は一緒に買ったギタースタンドにギターを立てかけ、じーっと見惚れていた。
「ああ、かわいい……」
そうしてとろける瞳で眺めること四十分。私は練習を始めた。正直ギターの厳しい側面を知らなかった。
「ドレミファソラシドが、鳴らない……」
第四章
「いつかは買うと思ってたけど……」
「ガッコに持ってくるのは予想してなかったわ」
前半は真美が、後半は聖菜が発した。
「だってさー、難しいんだよ! だからガッコの放課後にでも練習したいんだ!」
私はこの二人とお昼ご飯を頬張りながら、力説していた。
「楽器が難しいことにやっとわかってくれたか……」
「歌だって、はじめはぴよぴよ声だったもんね……」
聖菜たちが何やらテレパシーのようなものも交えて言った。
「上級者の会話ってやつか……?」
私が言うと、
「経験者の会話。そのうちわかるよ。さくらだったら上達も早いよ」
真美がそう言った。
「やった、見込みありもらった!」
「あんまり調子にも乗らないように」
今度は聖菜が釘を刺した。
と、人前では明るく接するのだが、実際練習は難しかった。コードをなんとか押さえるようになってきたときだった。
「出たよ……Fコード……」
これが出来なくて辞める人も多いんだとか。実際押さえようとすると、手がめちゃくちゃ痛い。
「かぁー……」
手をひらひらとさせる。ここは今日偶然誰も使っていなかった音楽室。
「別に下手くそなのは当たり前なんだから、私は構わない!」
相葉さくらの性格を聖菜や真美が言うには、「明るい」、「活発」、「直向き」、「粘り強い」だ。その言葉に従ってみようではないか。
もうがむしゃらに練習していた。楽譜も買い、ピックやスペアの弦も揃えて。
バイトは短期のものをやっていたので、今はしていない。部活動は、この練習が楽しいから、敢えて入らなかった。もとい、入るのが怖かった。
みんな私を知らない。私が明るくしていられるのは、聖菜や真美の前だけ。他の人の前では、おずおずした地味な女子だったのだ。一回、みんなが自分のギターを珍しそうに見に来たが、それも一回。それから私は、ギターのことに触れようとすると、逃げるか怒るか、のヘンな子扱いされた。
だってそう。私がギターを手にしたのは、歌手に憧れただけじゃない。本当は弱くてどうしようもない自分に、特技を与えてあげよう、と思ったから。自信をつけたかったから。
いつか誰かに聴かせよう、そう考える余裕はなかった。
第五章
夏服で汗とともにギターを弾いた時から数カ月。私は冬服に衣替えし、それでもなお練習に励んでいた。どこか、スペースのある場所さえあれば、下校時間になるまで弾いていた。家に帰っても弾いていた。もう何度か弦も交換した。もちろん教則本を読みながら。
その頃、私はある曲を練習していた。私の憧れた歌手は、私が生まれる前に、二十七歳の若さで亡くなった、「天才」の肩書が似合う男性アーティストのトリビュートとして、その人の歌をカバーしていた。私はギターを買わせた張本人の曲と同時に、そのカバーされた曲を練習してみた。練習が功を奏したのか、弾き語りがついに出来るようになった。
「こうなると達成感あるなぁ……」
としみじみ思う。だが、もう一回やるときには心境が変わった。空き教室の窓から、カップルが手をつなぎ、下校している。私の音なんかに気を留めることもなく。
一気に演奏が雑になる。自分の気持ちが乱れていることを否応なくギターは証明し始める。
「だめだ、こんなの、私らくらいになったら、普通……!」
さっきまでミスなどしなかったのに、今度のはミスしかしていなかった。そう、私はその頃、コンプレックスに押し潰されそうだった。
高校一年生も、三学期くらいになると、誰かが誰かを想い、しあわせにも結ばれたり、悲しいことに破れたりと、皆いろんな形で青春を謳歌する。私は気が付けば、とにもかくにもギターの練習、だった。そうして、カップルを羨んだり、成績が良い子を妬んだり、運動ができる子に目も当てられなかったりした。自分の姿に磨きをかけ、モデルさんのように美人になった子を見て、私は鏡を覗く。
「魅力、ないのかな……」
部活動でコミュニティを作り、楽しげにする子たち。私はその立場から見ると、「ひとり遊びを黙々とやっているヤツ」だった。それを承知で、今のことに夢中だったとしても。隙あらば魔は針を刺してくる。こんな考えも、冬のせいだったらいいのに、とたまに思う。
「私はなんで、これを弾くのか」
第六章
「私は幼稚園ごろから習い事でさせられて、好きだから今も趣味でやってるだけだよ。まあ、さくらの悩みに似ているかもね。でも私はコンクールとかもあるし、そのためには練習しないと。そうやって続ける目的を作っている感じかな」
ピアノ歴十二年の真美は言う。一度真美のピアノを聞かせてもらったが、私とは比べ物にならないくらい、上手かった。ショパンの「エオリアンハープ」を弾く彼女に絶賛すると同時、私のみみっちさが現れてくるようだった。
「こういうことができるようにもなるよ。まあ、比べても意味ないのが音楽だけど、たまに比べられるんだよね。そういう時、私は悲しい」
真美のその言葉を聞いて、直ちにその魔を隠した。
「ていうか、私からしたらさくらの方が立派だよ。もう弾き語りできるなんて。ここぞとばかりに上手いし。私も友達からギター触らせてもらったけど、一瞬で『無理』と思ったよ」
「どこで私のそれを聞いた?」
「さぁーね」
真美はそれからも黙秘し続けた。
「実はさ、私小学校の頃、『恥ずかしくて歌えません』なんて言ってたんだよ」
ある日聖菜は私の悩みを聞いてそう言った。
「全然想像できないんだけど」
「そんなもんだって。文字通りぴよぴよ。そこから歌の上手い先輩が居て、自分の好きな曲を歌えて、私が歌えないことに腹が立った。だから今もカラオケは歌唱力向上の場でもあるわけ」
「そうだよね。やっぱり根元に目的があるよね……」
どうしたのさ、さくららしくない、と優しい友の声が聞こえる。
「そのうち誰かが認めるさ。ちなみに私はさくらがそこまで打ち込めること、情熱的に歌えることを羨ましく思う」
「どこで……聞いたの?」
「さあてね」
聖菜までもが黙秘した。
テスト勉強と両立しながら、私は今日、音楽室で歌っていたが……。
「私が……居ない……」
味気も何もない、ただ音だけは出ている自分に気付き、ハッとした。
音楽室には名だたる音楽家の肖像画。外には部活に勤しむ子たち。そしてカップル……。
「……ッ!!!」
私はそのギターを掴み、もう少しで床に叩きつけようとしていた。が、その腕は降りない。訴えてくるような感覚に襲われ、代わりに涙が流れた。
「私、何やってんだろう……!」
アーティストに憧れ、自分の自信をつけるためにと練習し、そこにどう目的を置けばいいのか。私はそうして繰り返した。
「なんで、私は弾くのだろう……」
誰も聞きもしない。誰も見向きもしない。誰も認めてくれない。誰も賛同してくれない。私には自信どころか、弾く意味を見失いかけ、逆に自信の欠片もなくなっていた。
私はギターを弾かなくなっていた。
第七章
いつの間にか私は高校二年生になった。あれから私は何をしていたのか覚えていない。ギターはケースの中に眠り、私自身、手を伸ばすこともできなかった。それだけ落ち込んでいたのかもしれない。そういう時、楽器はとても正直に心の信号を教えてくれる。
「さつき、どうしたのかしらね……」
「目的でも見失ったんじゃないか?」
「せっかく嬉しいくらい弾いていたのに」
「これもまたいい機会だよ。まあ、何かの拍子でケロッとして、弾き始めるだろう」
「いいの、そんな楽観的で」
「ああ」
両親の声が聞こえるが、私はその通りになれるだろうか。
その日、学校ではちらほらと噂になっていることがあった。私とは別のクラスだが、転校生がやってきたと。男子らしく、女子は黄色い声を上げている。
「こういうのが早くオバサンになるのかねぇ」
「私はいいもん。天海祐希みたいな大人になるって決めてんもん」
「むーりむり」
「なんだとー!」
聖菜と真美がよくわからない取っ組み合いをし始めたが、私は「はぁ……」と溜息をついた。相変わらず、「なんで弾くのか」が頭をぐるぐる回っていた。
「あんさぁ。音楽は好きだったらそれで充分弾く理由になるのよ。自己満足だったとしても。もちろん、誰かに聴かせるのがもっといいよ。ていうか、私だって、コンクールより誰かに聴かせたいくらいなんだし」
真美が言った。
「歌だって同じだよ。私、場を盛り上げるために、自己満捨てる時だってある。楽しんでもらいたい、が私の歌う理由だよ」
聖菜が言った。
「じゃあ。私は誰に聴かせたらいい?」
そこでなぜか、真美と聖菜は顔を見合わせた。
「あなたは歴が一年あるかないか! もっと自信をつけるために『無理やりにでも』弾いてなさい!」
聖菜の強引極まりない言葉が出た。
「そんな、横暴だよ!」
しかし。
「いまのさくらにはその手しかない! それにさくらは、強引手法に耐えられるアイアンハートを持っている!」
「いよっ! アイアンギタ女!」
「そんな……ってかヘンな称号つけるなー!」
そんなギターを弾かなくなった私。未練がましいのか、なぜかギターは毎日持ち歩いていた。その日弾かなくても。
「とは言われたけど……」
私はいつぞやのように、音楽室でギターと対面した。そしてしばらく放課後の喧騒に耳を傾けてみた。そして、問いかけてみた。
「私が持ち主で、きみはしあわせ?」
ギターは答えない。当然だ。ただ夕日に、ナチュラルフィニッシュの美しい木目が、輝いた。
「弾いてみないとわかんない、か」
そうして、私はあの曲を弾いて、歌ってみた。
すると、声は今までよりよく伸び、ギターも今までより粒立ちよく鳴った。
(あれ、なんでだろう。励ましてもらえたからかな)
不思議な恍惚感の中、私はその曲を終えた。そしてまた喧騒に耳を傾けた。
「自分に嘘ついてたのかな。それとも……本当は……」
ぱちぱちぱち……。
扉の方から拍手が聞こえた。すると、今まで見たことがない男の子が、私をしっかりと見ていた。
「あなた、もしかして転校生の……?!」
「ご明察。探したよ」
そうして男の子は近づいてくる。その都度、心臓はドキドキと脈打った。
「転校してきて、教えてもらったんだ。放課後になると、ギターを弾いて、歌っている、澄んだ声をした女子が居るって。でも最近はギターも歌も聞こえてこないともね。僕はいつかその音色が聞こえる日を待っていた。ああ、自己紹介が遅れたね。佐々木雅弘と言います」
「相葉さくら、です……」
「いい名前だね。それにしてもいい曲を歌うね。尾崎豊の『僕が僕であるため』とは。好きなんだ、この曲」
「は、はあ……」
「ベストを尽くそうって思わせる曲。どこからか聞こえてくる音色がこの曲だったなんて、嬉しいよ」
「私も、そう言ってもらえて嬉しい……」
「続けた方が、絶対にいいよ。おっと。そろそろ帰らなくちゃ」
そう言って佐々木君は帰ろうとする。
「待って!」
「ん?」
「私、音楽室か、テニスコート近くのスペースとかに居るから、また来てほしい!」
「わかった」
そうして彼は廊下を歩いて行った。私はさっきまでの逡巡はどこへやら、また弾いて、歌い出した。
第八章
「なにぽーっとしてんのよ、さくら」
「ぽーっとなんかしてない……」
真美がそう言って、答えたが、本当はすごくぽーっとしている。
「熱がすごいことになってる……どうした、マジで」
「熱なんてないよ……」
聖菜がそう言うが、本当はすごい熱を感じている。ちなみに体温は平熱だ。問題は心。
「さくらが、恋に落ちた!」
そうです。私は一瞬にして、恋に落ちました。
「事件ですよ聖菜さん!」
「我々の計算を、遥かに超えてしまった! 真美さん!」
「今日も来てくれるかな……」
佐々木君は、あれから毎回ではなかったが、よく顔を出してくれた。それから普段も……
「ねぇ、相葉さん、居るかな。あ、居た居た」
そうして私たちはがやがやと騒がれる。そうして世間話も活発に行った。
逆に私も、
「佐々木君、居るかな?」
と別のクラスに尋ねた。
「佐々木―! 女子のお客だぞ!」と言われながら、涼しげに私のもとへ来てくれた。
放課後では私のギターを買うまでの話もよく聞いてくれたし、佐々木君自体も、楽器を始めたくなった、と言ってくれた。ちなみに佐々木君の部活動はテニス部だった。
「私の弾いているところに近いじゃん!?」
「実はそうなんだよ」
と、悪戯っぽく微笑んでくれた。
私たちは連絡先を交換し、メールも、時が経てば電話もよくし合った。
そうして高校三年生になろうかという、三月に、
「相葉さくらさん。あなたのことがすきです。僕と恋人同士になってみませんか」
と告げられた。私は、ただ、縦に頷いた。
私たちは付き合うことになった。その日は季節外れの雪が降った。それでも、私は雪を見てはしゃぐ子どものように、両手を広げ、一人だけの公園をさみしく思わず、幸せに舞っていた。そうして、なぜか屋根のあるベンチに座り、覚えたバラードを弾いた。
私が音楽を奏でる理由。それは、憧れに辿り着くため。自信を持つため。大切な人に、歌を届けたいから。どこかで聴いてくれている、あなたに歌を、届けるため。
私は歌います。私が私であるために。あなたがあなたであるために。私たちみんなが、私たちであるために。
大勢の観客のためじゃなく、あなたのために、弾きたいと思います。これからも、ずっと。
Fin.