第一話”嫉妬と心配、そして転送”
《三か月前・現実世界にて》
「これより…国家医療魔術修士団、第七回目の一斉転移を行う!!諸君らの長年の研鑽と成長、それにより培った生命救済の術を…一切の加減無く発揮してくれることを、私は願う!」
太く、地鳴りのように轟く指揮官の高説を浴びながら…彼ら”国家医療魔術修士団”およそ25名は、政府の用意した”MARTS”と呼ばれる…夥しいコンピューターと25人分と、それに加えてもう一つ。計26個の謎のカプセルが並ぶ無機質な空間に横列していた。年齢も性別も問わず、全員が純白のスーツを身に纏っている。
「特に…井ノ浦褥君。君には史上最大の期待が掛かっている。その稀代な才能と技術があれば、きっと瞬く間に異世界へ、希望と安寧を与えることだろう…」
「あっ…ありがとうごございます!!!き、教官のごごご期待に添えられるるるようがっががっ頑張りまひゅ!!!」
思い切り転がるように噛み殺した彼女。井ノ浦褥22歳。東京中心部に位置する医療魔術大学を、本来六年で卒業の所をたった二年で修了し、且つそのまま流れるように国家医療魔術師として政府直属である この組織に加入。類稀なる才能と知識を以て、これまた史上最速で組織に与えられる中でも最上位任務、”異世界遠征”へと参加する運びとなった。
「流石井ノ浦さんだな…」
「俺たちも井ノ浦さんの足引っ張らないようにしないとな!!」
「井ノ浦さんがいればあっという間に任務完了よね!」
盛大な拍手と重なり合う賞賛の嵐。修士団の魔術師全員が褥に憧れていた。魔術師としてだけでなく、才能を持ちながら決して驕らず、誰にでも笑顔で語りかける人柄に対してもである。
「み、皆…ありがとう!!私頑張ります!」
涙を滲ませ、全員に感謝を述べる褥。しかし・・・その直後、後方から轟いた声は彼女に対しての誹謗だった。
「調子に乗るんじゃねぇぞ褥。お前なんかが異世界行っても、どうせ魔物に食い殺されて終わりだ!!」
「……郷…君…」
修士団の中心を割くようにして指揮官の前へと現れた、全身黒色のスーツに薄汚れた白いグローブを身につけた男。彼の名は箕島郷。修士団25名に加え、彼らを万が一の危機から守る為異世界遠征の任務に配属された”防衛魔術士”の精鋭である。
「指揮官。今すぐこいつの異世界行きを取り消して下さい!」
「また君か…いい加減にしたまえ。彼女の医療魔術、特に製薬の類に関しては我々修士団の宝と言っても過言ではない才能だ」
「医療魔術は人並み以上でも、彼ら修士団にとって必須な”自己防衛魔術”の項目は最っ低のD判定ですよ!?薬作る魔術しか使えないようじゃ足でまといも同然です!!」
「それを”守る”のが君の任務じゃないのか?」
「それは………!でも…俺は納得出来ません!!」
血相を変えて抗議した郷だったが、指揮官は慣れたと言わんばかりの様子で一蹴した。
その様子を見た修士団の面々は、口々に彼に冷たい視線を送った。
「あいつも元々医療魔術志望だったんだろ?」
「あぁ。でもすぐ落ちこぼれて、防衛の方へ飛ばされたんだと」
「何だ…ただの嫉妬かよ…。”精鋭”って言っても、落ちこぼれじゃたかが知れて……ヒィッ!!?」
その時、陰口を叩き郷を嘲笑っていた彼らに戦慄が走る。
横列の端から、褥が彼らをまるで鬼神のように恐ろしい眼光で睨んでいたのである。それはまるで”殺すぞ…”と言わんばかりに…というか絶対そう言ってるだろという眼光だった。
そして褥はその直後、郷の元に駆け寄り彼のグローブを右手で掴んだ。もうその眼光は”殺すぞ”とは言っていなかった。
「郷君。心配しないで!私大丈夫だから…」
「心配なんかしてねぇよ!防衛する俺の負担が増えるから消えろって言ってんだよ!!」
「そんな事言って…私知ってるよ?本来別の精鋭が送られる筈だったのに、郷君が無理やり上官にお願いして今回の遠征に参加してるって事…」
「…ッ!!てめぇ…どこでそんなの知ったんだよ…!」
褥の表情は、先程までの恐縮して弱々しいものとは全く別であり… 顔を赤らめ恍惚の表情に変わっていた。
「全部知ってるよ。郷君は昔から私の事が心配で心配でしょうがないんだよね…!だって…」
「う…うるせぇ!!!もう知るかよ… ゴブリンやらオークにでも蹴られやがれ!!!ボケが!!」
そう言うと、彼は足早に部屋を去ってしまった。
「お、おい君!!…参ったな…彼も転送しなければならないのに。まぁ後から送ればいい話か…」
「”蹴られやがれ”だって…」
「”殺されろ”レベルまで達していないあたり、割と慈悲深いな…」
郷の後ろ姿を、褥はニッコリと微笑みながら見送っていた。
刹那、崩れた団員の横列に叱咤するように、指揮官が再び声を上げた。
「総員整列!!!…ひとまず、最初に諸君ら修士団の一斉転送を行う!!何やらおかしなイベントは発生したが、くれぐれも気を抜かないようにし給え!!」
「「「はい!!」」」
張り裂けるような返答を発した彼ら。次に一番左の隊員から順に用意されたカプセルの中へ身体を運んでいく。
(いよいよ異世界かぁ…!ちょっと不安だけど、精一杯頑張ろう!!)
褥は顔の前で小さく拳を握り、己に気合を入れた。
…やがて、全員がカプセルの中へ入り、溢れんばかりの緊張と共にカプセルの蓋部が下りていく。
その姿を確認した指揮官は、静かに敬礼をしてカプセル越しに彼らへ告げた。
「私は箕島郷防衛官を探し次第遠征に向かう!現地では、私の到着まで各自待機しているように!!では…転送を開始する!!」
その言葉と同時に、カプセル内の修士団全員の意識は…静かに、そして深く落ちるように。段々と消えていった。
これが…井ノ浦褥の”地獄”の始まりになるのだった。