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闇の剣  作者: 野風 月子
9/9

夏休みに入り、佳奈は麻子、静香と共に海へ遊びに来た。

プールの一件のおかげで渋っていた静香だが、麻子が行きたいと騒ぐのにほっとしたのか、ようやく首を縦に振った。

神奈川県まで来るには電車も選択肢として考えていたのだが、一が車を出してくれると言うので甘えることにした。

駐車場に到着するやいなや、寝ていたはずの麻子が跳び起きる。

「潮の香りがする!」

相変わらず鼻が利くと笑った二人の後ろで、不機嫌そうに少年が顔を出した。

麻子の幼馴染の権堂尊だ。

佳奈たちの通う春徳高校の近くにある、松宮学園高校に通っている。

因みに同じ高校1年生で男子バレー部所属だ。

「胡桃、うるさい。」

軽く麻子の頭を叩きながら尊が呟く。

鞄の中から眼鏡を出す尊に、麻子も軽くはたき返した。

「佳奈たちと海に行くって言ったら、来たいって騒ぎだしたから仕方なく連れて来てやったのに、その恩人のアタシの頭を叩くとは何事ぞ!」

「ばっ、別に騒いでなんかいねぇし!

お前がドジだから心配して来てやってんだぞ、バーカ!」

「はいはい、夫婦喧嘩もその辺にして、早く着替えに行こうよ。」

二人とは中学校が同じだった静香が、慣れた様子で宥めながら佳奈をちらりと見る。

佳奈は仕方がないと小さくため息を吐いた。

「そうだよ、私も海、楽しみにしてたんだよね。」

「・・・高橋が、そう、言うなら・・・。」

尊は麻子に小さく鼻を鳴らしてみせると、プールバッグを車から降ろして一の手伝いに回った。

「あの尊という少年、佳奈を好いておるみたいだな。」

佳奈の膝の上にいたクロは、尾を楽しげに揺らしながらニヤリと笑った。

佳奈は小さく首を傾げ、まさかっと返す。

クロは小さくため息を吐いた。

出会ってからずっと佳奈を見てきた彼は知っていた、彼女は超が付くほどの鈍感だということを。

しかもそれは知識がないということではない上、恋愛にのみ発動するという厄介なものだ。

尊も哀しき恋をしたものだと、クロは思わずにはいられなかった。


尊は早々に着替え終わり、一がパラソルを広げるのを手伝った。

幼い頃から小柄でありながら、体力にだけは自信がある。

勉強は好きではないがテレビゲームや読書は好きで、小学校高学年の頃には、眼鏡をしなくては人が判別できないほどになっていた。

幼稚園入学直前に隣に引っ越してきた麻子には、何故か懐かれてしまい、公園では気の小さい麻子を苛めているのが放っておけなくて、気づいたらずっと一緒にいるようになっていた。

中学も同じで、そこで静香と出会った。

麻子は小学校に上がると生意気な口を利くようになったが、尊から見れば未だに泣き虫だったり傷つきやすかったりで、時々泣いているのを自室から見ていることがあった。

だが中学からは静香が現れ、小学校から始めたバレーボールも本格的に部活動で始め、二人きりの時間はなかなかないものだった。

まぁ、両親同士はかなり仲が良く、旅行やら遠出となると一緒になることはあり、話す機会はたくさんあったのだが。

高校はお互い別々になった。

尊はバレーボールの強豪校の松宮学園高校に進んだ。

麻子は近くの春徳高校だ。

中学に上がってからはからかわれるからと、尊だけが麻子を苗字で呼ぶようになったが、二人の仲は大して進展もなく、今も腐れ縁のような関係を続けている。

尊はこのままでいいと思っていた。

麻子に対しては異性という感覚もなく、例えるならば妹のような存在だからだ。

「なぁ、あの子ちょっと可愛くね?」

「あぁ、真ん中の子?

俺は右端の子がタイプかな、胸でかいし。」

近くを通った同年代の少年たちが何やらにやけるのを、尊は呆れたような顔で眺めた。

こういう話は嫌いなのだ。

だが何となく少年たちの指さすほうを見て、尊は慌てて寝ていた体を起こした。

麻子、佳奈、静香の三人がこちらに向かって歩いて来ていたからだ。

麻子はピンク色のチューブトップタイプで、フリルがふんだんに使われたスカートを履いている。

静香は黒の三角ビキニだが、ジーンズのような色合いのパンツを履いている。

そして佳奈は、白地にカラフルな花の柄のホルターネックタイプで、少し大人しめのフリルの付いたスカートを履いていた。

それぞれに髪も夏らしくアップにしており、男子なら誰もが一瞬目を奪われてしまう光景だ。

尊は、佳奈の黒髪が首元で風に吹かれているのを見ていたが、やがて目の前に立ち尽くしていた男たちを睨みながら三人に駆け寄った。

「胡桃、おせぇんだよ。

いつまで待たす気だ?」

「ごめん、私の日焼け止め塗るの、佳奈たちに手伝ってもらってたんだ。」

慌てて間に入った静香に小さく頷くと、もう一度麻子に向き直り鼻で笑って見せる。

「“馬子にも衣裳”ってやつだな。」

「なにを~!

幼馴染に“可愛い”の一言も言えないわけ?」

「はっ。

お前とは腐れ縁だろうが。」

麻子が傷つきやすいのは、尊が一番知っている。

だから憎まれ口にもいつも気を使っていた。

麻子が言い返せるような言葉を選ばなければ、彼女を泣かせてしまうかもしれない。

腐れ縁ではあれど、尊は麻子を誰よりも大切に思ってきたのだ。

今は二番目になってしまったが。

今にも掴みかかりそうな麻子を避けながら、こっそりと佳奈の水着姿を盗み見た。

白い肌の日光が当たっているところが少しピンク色をしていて、花柄の水着は佳奈の白い肌によく似合っている。

ポニーテールにした艶のある黒髪を、淡い黄色のシュシュが高い位置で止めている。

「権堂くん、佳奈に見惚れてるでしょ。」

静香が意地悪そうに佳奈の腕にわざと胸を当てて見せた。

少し顔が熱くなるのを感じながら顔を逸らす。

「んなんじゃねぇよ。」

横で麻子が少しむくれているのが見える。

何に対して怒っているのかは分からないが、気にする必要はなさそうだ。

そう判断すると、行くぞと声をかけて、三人をパラソルの場所まで案内した。


準備運動を十分に済ませると、麻子は尊を振り返った。

また佳奈を盗み見ている。

麻子はいつからか尊に想いを寄せていた。

尊はイケメンとかではないし、勉強が出来るわけでもなく、口も悪い。

今まで誰かに取られるかもという不安を感じたことなどなく、いつまでもこのままいられるような気がしていた。

高校に上がって佳奈と同じクラスになり、ちょっと可愛いなと思って仲良くなった。

少しして、三人で出かけることになったけど、麻子が遅れて静香と迎えに来てもらった時だ。

尊が偶然静香たちを見かけて、佳奈のことが気になりだしたらしい。

ちょくちょく高校の話を聞きたがるし、ばれないようにしているつもりのようだが、麻子にはばれていた。

尊の口が悪いのは照れ隠しで、彼は不器用なだけでとても優しい。

佳奈のことを聞きたいのだということは、幼馴染の麻子にはすぐに分かった。

それでも、今はまだ“気になっている”の範囲だし、麻子にチャンスがないわけではないと思う。

「尊、早く海入ろうよ!」

そう言って尊の手を取った。

いつものように笑って海に走っていく。

尊の思いが固まってしまう前に言わないと、きっと後で後悔する。

麻子はちいさく決意した。


クロは佳奈に付いていこうとはしなかった。

海の中ではしゃぐ佳奈たちを、パラソルの下で見守る。

一たちも浅いところで海水に体を沈めて涼んでいる。

夏休みの海水浴場は人で溢れかえっていた。

人混みが鬱陶しいと思いながら、クロはうつらうつらし始めた。

暑いことに変わりはないが、パラソルの日陰と海風で幾分かは涼しい。

ゆっくりと目を閉じて顎を前足に乗せようとした時、クロの耳がぴくりと動いた。

魔族の気配だ。

今はそれほど大きなものではない。

きっと何処かに潜んで、様子を伺っているのだ。

早く居場所を突き止めなければいけない。

ここには、魔族と化した霊が取り憑くには十分すぎる数の人間がいる。

クロは気配のする方へ走り出した。

「・・・あれ、かずくん何処行ったの?」

きょろきょろと辺りを見渡す女性を見つけたが、特に異常は見当たらない。

それに気配も消えてしまった。

もうこの辺りにはいないようだ。

ほっとしてパラソルの下に戻ろうとした時、ずっと向こうで女性の悲鳴が響いた。


目の前で魚たちが喰われていく。

魔物はあっという間に巨大な化け物と化した。

人々は悲鳴を上げながら浜辺に上がった。

「クロ・・・!!!」

波打ち際で叫んだ佳奈の元に尊が駆け寄る。

「何してる、お前も喰われるぞ!

早く逃げろ!」

「離して!!!」

暴れる佳奈の足元に、クロは息を切らしながら駆け寄った。

すぐに短剣を抜こうとした佳奈を、クロは尾で制す。

「ここはあまりに人が多すぎる。

お前が巫女だとばれれば色々と厄介だぞ。」

「でも・・・!」

「血を貸せ。」

佳奈は短剣で足に傷を付けた。

すぐにクロが口を付け、いつもの紋様の浮き出た白狐に変わる。

その姿は人々にも見えるらしく、現に尊は腰を抜かした。

このサイズの魔物はクロでも倒せるか分からない。

佳奈はすぐに近くの更衣室に走った。

「あ、おい・・・!」

「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

不意に尊の声に被さるように、魔物が悲鳴を上げた。

振り返った佳奈の目に映ったのは、クロが魔物から距離を置いている姿だった。

低く身を屈めたクロの頭上を、キラキラと輝く矢が飛んで、刺さった場所から魔物の体を凍らせていく。

矢の飛んできた方を見ると、同い年くらいに見える少年が弓を片手に持ち立っていた。

少年は佳奈の方に一度目をやると、すぐに魔物に視線を戻し距離を詰めた。

もうほとんど凍って動かなくなった魔物に、少年は持っていた血董の短剣を突き刺した。

魔物の体はその一撃で全て凍り、砕けてなくなってしまった。

まだ状況の読めない尊や、浜辺に避難した人々は静かに黙っている。

白狐から元の姿に戻ったクロが佳奈に駆け寄ってきた。

「あ、あの・・・!」

「あの状況でお前が血董を抜くのは危険だった。

この世界には魔族と交信出来る人間もいると聞く。

お前のその式神の判断が正しかったな。

それと、借りは返したぞ。」

一方的に言い放つと、少年はすぐに佳奈たちに背を向け、連れていた狼に乗って消えてしまった。

呆然とする佳奈の肩にクロが飛び乗る。

「あいつ、おそらく佳奈が最初に助けた少年だ。

同じ匂いがした。」

驚いて目を見開いた佳奈の元に、麻子が先頭になって駆け寄ってきた。

「佳奈、大丈夫!?」

「あ、うん・・・あ、権堂くんは?」

「俺は大丈夫だ。」

砂を払いながら尊も駆け寄る。

一は全員を見渡して言った。

「さっきのことで疲れたろう。

それにいつまたあれが来るかも分からん。

今日は帰らないか?」

一の提案に、誰も首を横に振る者はいなかった。

佳奈もまた考えたかったのだ。

初めて助けた少年―小学校の同学年にいた彼が、何故血董を使っていたのか。

式神も使いこなし、かつ氷で出来たような矢を撃った。

あの矢は舞の使っていたものとは違う気がする。

どうしても早く知りたくて、佳奈は麻子と静香を急かして着替えさせた。

その様子は、尊の目にも異様に映った。

さっきの魔物に怯えることなく立ち向かおうとしたこと。

彼女の呟いた、猫のような名前『クロ』。

そして突然現れた白い大きな狐の妖怪と、更衣室に走り出した佳奈の真剣な目。

全てが今、尊の中で最も理解しやすい結論を出した。

が、しかし、それはあまりに非現実的で、尊にはとても真実とは思えなかった。

彼はシャワーを頭から被りながら、強く左右に頭を振って、今浮かんだ馬鹿げた考えを追い出した。



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