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闇の剣  作者: 野風 月子
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それから数日経ったが、松本医師が特に変わったという話も、少女がその異様な姿を見たという話も持ち上がっては来なかった。

クロはずっと佳奈の傍にいるようになった。

ペンダントは小学生の佳奈が持つには異様で目立ってしまうからだ。

「ねぇ、スンさんはどうしてるかな?」

ベッドの上で座っているクロに、佳奈は少しワクワクしながら聞いた。

「動族じゃなく人形に取り憑くと、奴らにも利点がある。

命のないものだから奴らが大きく体を支配するようなことはなくなり、魔族化することがなくなるのだ。

故にお前のようでない、魔族は全て祓うような巫女に見つかることもない。

つまり、あの人形が朽ちぬ限り安全ということだ。」

クロは少し呆れながら答えた。

自らが祓った魔物のその後を知りたがる巫女など、この世にいるとは思わなかったからだ。

佳奈は巫女にしては甘すぎるとクロは思った。

それもまだ彼女が幼いからだと願いたい、クロはそう思わずにはいられなかった。


あれから何度も佳奈はクロと共に魔物を祓い続けた。

それが佳奈自身にとって新たな生き甲斐で、血董を受け継いだ者としての義務だと思ったからだ。

いつも憑かれた人々には、魔族化していた記憶がなく、巫女のことが町の話題に上ることもない。

ただいつも、奇怪な事件が起きてもある時ぱったりとなくなるので、皆何故かと首を傾げるだけだ。

けれど人の噂も七十五日という言葉があるように、やがては消えてしまう話題だった。

佳奈は小学校を卒業し、地元の中学校へ進学した。

それと共に一たちに頼んで少林寺拳法を習い始めた。

道場に女子は佳奈以外にはおらず、一も晴子も止めたのだが佳奈の意志は固かった。

全ては血董継承者として、より強い魔物と対峙しても勝てるように自らを鍛えるためだった。

運動が苦手だと思われ、自身も思っていた佳奈だったが、通い始めてわずか1ヶ月で同じ道場の同学年たちのトップに立った。

彼女の女性独特の身軽さは道場でも一目置かれるほどで、真面目な姿勢も女子だからと馬鹿にしていた生徒たちを黙らせるものがあった。

佳奈は学校では部活動をせず、週4回の練習とクロとの剣術の勉強に明け暮れた。

大会にも出場するようになると、佳奈の成長スピードはぐんと上がった。

一と晴子は、その様子が昔剣道に打ち込んだ佳奈の父、隆春とそっくりだと彼女の練習を支え続けた。

そうして佳奈は中学2年生になり、道場では年上の生徒たちも勝てないほどの強さになっていた。

クロの目にも佳奈の筋肉の付き方、動きのしなやかさにキレが出てきているのが分かった。

暑い夏を越え、秋ももう終わりが見えた頃、ベッドの上で丸くなっていたクロが佳奈に声をかけた。

「佳奈、行くぞ。」

いつものように頷き、着替えを始めた佳奈を見ながらクロは眉をひそめた。

今回は随分と嫌な気配だ。

クロは、今までとは少し違うことが起こるやもしれんと思った。

だが佳奈には言わずに飛び立った。

それはいつも晴子が買い物に訪れる商店街の肉屋だった。

佳奈はここのメンチカツが大好物なのだ。

裏口に降り立ったクロは、佳奈を下したが白狐のままその場に立ち尽くした。

未だかつて感じたことのない霊力を感じたのだ。

その強い霊力は、佳奈自身にも伝わった。

「何・・・これ・・・?」

まだ霊力を感じたことのなかった佳奈が、少し怯えたような目をクロに向ける。

「魔物の霊力だ。」

静かに答えたが、この霊力はただ事ではない。

その時だった。

目の前で肉屋の壁が砕け散った。

まさに粉砕という言葉が似合う。

佳奈は反射的にクロの後ろに飛び退いて体を庇った。

「ハハハハハハハ・・・!!!!!」

魔物独特のあの気味の悪い笑い声が響き、砕け散った壁と共に霊力の波が佳奈を襲う。

それは風のように佳奈の体を吹き飛ばそうとする。

クロの毛を掴み、何とか耐えた佳奈の前に現れた魔物は、クロの2倍はある身長で、闘牛のように曲がった巨大な角と三つ目を持っていた。

笑い続けていた魔物は、クロの姿を見るとニタリと笑った。

「オォ、オ前ハ雨虎ト一緒ニ寝テタハズジャアナカッタカ?

巫女モイルミタイダシ、封印ガ解カレテ雨虎ガヤラレタッテノハ本当ラシイナ・・・。

シカシ、オ前ガ式神タァ、随分面白イ話ダヨナ!」

魔物が再び笑い出したのを見て、クロがギリッと奥歯を噛み締める。

クロにはこの魔物に見覚えがない。

誰か見当もつかないということは、本来これほどの力を持っていないということ。

クロは魔物の後ろを見た。

「・・・ねぇ、クロ・・・。」

恐怖と驚きの入り交じった目をした佳奈が、魔物の後ろを震える手で指さす。

そこには松本医院のピエロの人形と、少女の遺体が無残な姿で転がっていた。

人形は腹が、少女は右腕と両足以外食いちぎられている。

少女の遺体のそばに魔物が吐き出したような髪の一部と、小さなビーズの飾りゴムが落ちていた。

あのゴムにはクロも見覚えがある。

時々晴子と買い物に行く佳奈に付いて訪れたとき、たまに見かけたこの店の夫婦の孫で、うっすらとだがクロには巫女の匂いを感じさせていた。

だがそれはまだ巫女としての血が覚醒する前の話で、大きな感情の変化がないと血は覚醒しないからと、時々気を付ける程度にしていたのだ。

その彼女が今、この魔物に喰われたのだとすれば、彼女が老夫婦を喰われたショックで覚醒したと容易に考えられた。

「佳奈・・・こやつ、巫女を喰いおった。

気合いを入れねば倒せんぞ。」

まだ微かに震えていた佳奈は、だが小さく頷き勇気を奮い立たせた。

楽しげに3つの目を細めた魔物は、佳奈に前に顔を突き出す。

「オ前、見タトコロマダ血董ヲ引キ継イデソンナニ経ッテナイナ。

オ前如キニ巫女ヲ喰ッタ俺ハ倒セン!」

佳奈を弾き飛ばそうとした魔物の指は、佳奈に触れることなく手首ごと宙に舞った。

それは一瞬のことで、数秒後血が溢れ出た腕を抑えて叫び声を上げる。

恨めし気に睨んだクロの横には既に佳奈の姿はなく、魔物の頭上から降り立ち、その肩に刃を突き刺した。

再び悲鳴を上げた魔物から飛び退くと、腹に飛び込みあちらこちらに突き刺していく。

ここまで巨大に成長した魔物を佳奈は見たことがない。

ただ今までの通りなら首を落とせば魔物は消滅する。

その為にまず魔物の動きを封じようとしていた。

魔物は腹の痛さに気絶したように倒れこんできたのを避け、佳奈は再びクロの前まで飛び退いた。

そのすぐ目の前に魔物の顔が砂埃と轟音を立てながら倒れこむ。

佳奈は魔物の首に近づいた。

そして高く跳んで剣の刃を魔物の首めがけて振り下ろそうとした。

だがそれは叶うことなく、彼女の剣は地に突き刺さった。

さっきまで倒れていたはずの魔物は佳奈を掴んでいた、彼女が切り落としたはずの手で。

肩の傷が徐々に消えていくのが見える。

「ッテェナ・・・!」

怒りで爛々と光らせた目がギロリと佳奈を睨む。

魔物は佳奈を地に投げつけた。

彼女の体は、まるで上から何かに押し付けられたかのように地面に食い込み、辺り一面に巨大なひび割れを起こさせる。

それでも彼女の下に何とか滑り込んだクロのおかげで、幾分かのダメージは軽減させられた。

軋む体を無理やり起こし、下で動かなくなったクロを見る。

「クロ、クロ・・・!」

佳奈の呼びかけに全く反応がない。

ケット・シーの姿のクロを見て、魔物はゲラゲラと笑い声を上げた。

「オイオイ、ソイツガハクダッテ言ウンジャネェダロウナ・・・!

トイウカ、“クロ”ッテ・・・!

今ノ姿ノハクニハオ似合イノダッセェ名前・・・!!!」

佳奈には魔物の声など届いてはいなかった。

ただひたすらにクロの名前を呼び続ける。

ようやくぴくりと動いて薄く目を上げたクロを、佳奈は涙を流したまま抱擁した。

まだ名前を呼び続ける佳奈の涙を、クロは一度舐めてゆっくりと瞬きをする。

今の彼女の魔力は、魔物の一撃であまり残ってはいなかった。

「血・・・。」

小さく呟いたクロにまだ涙を流しながら佳奈は頬を切って差し出した。

このままでは勝てずに喰われるのがオチだ。

佳奈自身にも自分に勝ち目がないことが十二分に分かっていた。

差し出された頬の血を、クロは舐め取っていく。

魔物の手がゆっくりと佳奈の背後に迫っていた。

佳奈に抱きしめられていたクロに変化が起こったのは、その時だった。

クロの毛が逆立ち、真っ白な白狐の姿に変わっていく。

そして、四肢に赤い模様が浮かび、両肩から赤い水晶のようなものが三本ずつ生え始めた。

最後に額に赤い八面体の水晶が3つ、大きいものが1つと小さいものが両側に1つずつ浮かび上がると、姿を変えたクロは今まで閉ざしていた目を開いた。

「佳奈、まだ戦えるな。」

笑いかけたクロに、佳奈は涙を拭って頷いた。

「マダヤル気カ?

姿ヲ変エタトコロデ、今ノ俺ノ強サニハ適ウワケナイダロウ?」

ニタニタと笑う魔物に向き直ると、二人は同時に飛びかかった。


翌日、肉屋の異様な光景はモザイクをかけた状態で新聞に載り、ニュースでもしばらく放送され続けた。

タイトルは『消えた老夫婦』、『一夜にして恐怖の現場に』、『獣の仕業か?』―――。

あの店の老夫婦が戻ってくることも、少女が生き返ることもなかった。

この日、佳奈は初めて人間ごと魔物を斬り殺したのだ。


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