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闇の剣  作者: 野風 月子
4/9

佳奈は小学校1年生で転校となった。

1年生の間はいさせてやろうと、晴子が提案したのだ。

どうせ家は売るし、2年生になってから移っても遅くないだろうと。

そして何より、二人がもう働いていないことは大きかった。

佳奈は祖父母の計らいで、1年生をそこで過ごした。

春休みに入ると、引っ越し荷物をまとめて、隣町の二人の家に移り住んだ。

一はかなり頭のキレる営業マンだったらしく、一戸建てでも少し広いくらいで、老後の貯金もちゃんとあった。

佳奈は祖父母に引き取られ、この家でこれから過ごすことになった。

母方の両親はいない。

母方にいるのは、気まぐれな伯父と頭のいい叔父。

佳奈は近くの小学校に転入し、やがてすぐにクラスにも馴染んだ。

彼女は時々あの丘に登り、両親に祈った。

そうして4年生を迎えた春、事件は起きた。

学校で行方不明者が出たのだ。

隣のクラスの野口勇人だった。

夜になっても遊びに行ったきり帰って来ないと両親が訴えたのだそうだ。

町中の大人たちが夜遅くまで探しに出た。

警察官も出動している。

佳奈は2階の自室から、騒がしい表の通りを見下ろしていた。

一と晴子は高齢者だからと捜索の声はかからなかったらしい。

佳奈は机の上の写真に目を向けた。

両親が笑顔をこちらに向けている。

「お父さん、お母さん・・・。」

そう呟いて、佳奈は引き出しに閉まってあった小さな宝石箱を取り出した。

蓋を開け、中から大きな赤い水晶のペンダントを取り出し、胸に当てる。

母、由利子の形見だ。

未だに佳奈の脳裏にははっきりと残っている、両親が魔物に喰われた記憶が。

そして今、彼女の心はあの時のように警鐘を鳴らしていた。

理由は分からない。

いなくなった少年とは廊下ですれ違う程度で、佳奈とは何の関係もない。

ただ同じ学校の同じ学年というだけ。

それなのに、佳奈の心はざわざわと波を大きくしていく。

怖い。

そう思った。

けれど何がかは分からない。

あの日の話を一たちは信じてくれた。

それでもあまりに現実離れしすぎていたが故に、警察は信じてはくれず、結局失踪事件として処理されてしまった。

一たちも信じたものの、どうしたらいいかなど何も分からず、ひとまず佳奈を保護したような形になっているのだ。

あの日の真実を知り、完全に信じてくれるのは、亡くなってしまった両親と、あの謎の男だけだった。

佳奈は震える手でペンダントを胸に強く押し付けた。

「お父さん、お母さん・・・私を助けて・・・。」

『自分で自分を守れるようになればいい。』

不意に聞こえた少年のような声に、佳奈は辺りをきょろきょろと見回した。

今部屋には佳奈しかいないし、祖父母は下の階にいたはず。

佳奈は気のせいだろうと思い、ペンダントを見た。

赤い水晶は光を反射してきらきらと輝いている。

『巫女よ、私の声に答えよ。

大切なものを守る力が欲しいか?

自分を守る為の力が欲しいか?』

今度はさっきよりもはっきりと聞こえた。

佳奈はまた辺りを見回した。

やはり誰もいない。

怖くなった佳奈は、ペンダントを再び胸に押し付けた。

『巫女よ、望むがいい。

お前にはその権利と義務がある。』

佳奈ははっとしてペンダントをベッドに投げ捨てた。

ぼふんっという音がしてペンダントが一度小さく跳ねる。

『巫女よ、答えよ。』

また聞こえた。

巫女・・・忘れもしない記憶の中で聞いた単語。

魔物は佳奈を巫女と呼んだ。

血を飲めば体を、肉を食えば不死の力を手に入れられると。

「誰・・・誰なの・・・!?」

佳奈は叫んだ。

『私のことはお前が決めるのだ。

さあ、私を喚びだせ。』

水晶を見つめたまま彼女は動けなかった。

水晶が話すことも意味が分からないし、ただただ不気味でしかない。

佳奈はにじりにじりと近づきながら、この状態をどうするか必死に頭を回していた。

それでもこの非現実的事実を脱する手段は思いつかない。

佳奈は小さく、震える声を絞り出した。

「えっと・・・ね、ねこちゃーん・・・。」

自分でもなぜこんなことを言ったのかと後悔した。

ところが水晶が激しく光りだし、すぐにボンッという音と共に白い煙が立ちのぼった。

驚きが隠せない佳奈の目の前で、開け放たれた窓から吹き込む風で徐々に煙が消えていく。

煙の中から現れたのは、胸元に白くふわふわとした毛を生やした黒猫だった。

足先が靴下を履いたように白く、左耳の先がかじられたように切れている。

いや普通の猫と違うところが一つだけあった。

尾が2本生えている。

唖然としている佳奈の前で、宙に浮いていた猫は静かにベッドに降り立った。

「猫とは、やはり女子おなごだな。」

尾をゆらゆらと揺らしながら、猫は緑色の瞳で佳奈を見上げた。

「え、えっと~・・・。」

「私の名はない。

お前は悠人から血董を受け継いだ者。

私はお前が力を受け継いだとき傍にいた霊で、その場に居合わせた栄誉ある者としてお前の式神となったのだ。」

「あ、あの・・・ちょっと意味が・・・。」

戸惑う佳奈を前に、猫は小さくため息を吐いた。

「なんだ、覚えておらんのか。

お前の両親が亡くなったとき、お前は血董の力を使い魔物を倒したではないか。」

血董・・・巫女・・・悠人・・・どうやらあの謎の男は悠人というらしい。

そして巫女の血を持つらしい私があの時使った剣のことを血董というようだ。

この猫が言うことが本当なら、佳奈は悠人という前任者が亡くなったこと、佳奈が巫女であることの二つの条件が重なった結果、彼女の自覚なしに血董という力を引き継いだ、ということになるらしい。

「あの・・・私、巫女とか血董とか分からないし知らないの。

どうしてあなたが話せるのか分からないし、式神って何なの?」

猫は小さく頷き、佳奈に椅子に座るように命じた。

「まず、巫女から説明しよう。

巫女とは、お前の見た魔物と正反対の位置に存在する人間を示す。

この世界には4つの種族が存在する。

魔物が属する魔族、人間を含めた動物を示す動族、我々のような正も負も存在しない霊族、そしてお前の属する巫女族。

魔族とは負と化した霊族、或いは動族が生み出した負の感情によって生み出されたエネルギーにより生み出される魔物のこと。

動族は、説明せんでもわかるだろう。

霊族はこの世界に漂っている特に負の感情のない霊や、いたずらをするだけのような大して他人を困らせない妖怪が属している。

その中には私のように巫女の式神になる霊もいるが、これは巫女が血董を引き継いだ場にいるという条件がなければなれん。

ただ霊族ではこれは名誉なことで、霊である以上誰もが憧れている。

因みに死後の動族が属する種族でもある。

最後に巫女族。

巫女と言うが男ももちろん属している、悠人のようにな。

巫女族は動族として生まれてくる前、つまり母の腹に入る前だが、天上の神に特別な力を与えられて生まれる。

その力を引き出すのが血董だ。

血董は巫女の血に流れる巫女の力を吸収して武器に姿を変える。

お前が血董を受け継いだとき、白い蝶が飛んでいたろう。

あれは巫女が危険に直面したとき血董の力を引き出すために、近くの霊が与えられる姿だ。

つまりあれは私だ。

そしてお前の血を吸った私はお前と契約したことになり、お前の式神になったわけだ。

私たち式神の仕事は血董を引き継いだ巫女を守り、サポートすることだ。

式神は巫女の思いが詰まった物に憑くようになっていてな、お前の思いがこもった物が子のペンダントだったわけだ。」

ようやく猫は大きく一息吐くと、横にあるペンダントを見下ろした。

「それで、その巫女族の力が私にはあるってこと・・・ですか?」

佳奈は恐る恐る猫に聞いた。

猫はしっかりと頷き、尾を小さく揺らした。

佳奈は今聞いた話を飲み込むため、小さく呟いていたがはっとして猫を見た。

「ってことは、お母さんたちは霊になっているのね。

会える?会えるんでしょ?」

「無理だ。」

猫はピシャリと強い口調で言い放った。

「霊族は動族との干渉を禁止されている。

それに、魔物に喰われて消えた動族は、霊族にはならずそのまま天上に帰る。」

佳奈を睨みつけながら言うと、窓枠に飛び移って表通りを見下ろした。

「巫女、血董を引き継いだ以上、お前には使命が与えられる。

ここ最近お前の近くで少年が一人消えたらしいな。

そやつは魔物と同化している可能性が高い。

お前の使命は、動族に害を及ぼす魔族の排除。

魔族が一番望むものは動族の体だ。

動族の心に憑ければいいが、無理なら巫女の血を手に入れるしかない。

巫女の血は特別で、魔族と霊族に体を与える力がある。

つまり、お前は狩る側であり狩られる側でもある。

それをよーく理解しておけ。」

そういうと猫は床にひらりと着地した。

「行くぞ、巫女。」

「・・・何処へ?」

まだ呆然としている佳奈は、虚ろな目で猫を見下ろし小さく首を傾げた。

「魔物のところだ。」

猫はふさふさした首元の毛の中に右前足を突っ込み、もぞもぞと動かし始めた。

少しするとその足を引き抜いて、足に持ったそれを佳奈に差し出した。

それは柄に赤く煌く宝石のようなものがついた短剣だった。

「これは・・・?」

猫から受け取りながら問うた佳奈を無視し、猫は再びベッドに飛び乗りペンダントに近づいた。

真っ赤な水晶に猫は顔を近づけ、ゆっくりとその中に顔を突っ込んだ。

首まで突っ込んでいるその様はあまりに気味が悪い。

佳奈は少し後ずさりながら手元の短剣を見つめた。

猫は再び首を引き抜いたが、その口には黒いものを咥えていた。

猫が持つには大きすぎる真っ黒な布の塊を、猫は思いっきり首を振って佳奈に投げつけた。

佳奈に当たって落ちた布は、佳奈の膝ほどまでの丈のフード付きポンチョだった。

飾りなど一切ない。

「ワンピースなんかやめて動きやすい服に着替えてそいつを着ろ。

それからその短剣はお前の血董だ。

私が保管しておいた。

着替えたらそのケースのベルトを腰につけろ、ちょうどいいはずだ。」

猫の言った通り、ベルトは佳奈の体にちょうどいいサイズだった。

ポンチョもずっと着ていたかのように佳奈の体に馴染む。

「靴は持ってきておいた。

フードを被って早く履け。」

猫に言われるままに動く。

「行くぞ。」

佳奈を急かして猫は部屋を飛び出した。

猫に続いて佳奈も階段を駆け下りて、玄関の外に走り出す。

「佳奈、出かけるのか?」

リビングの方から一が顔を覗かせたが、佳奈が今外に立つ姿が見えないかのように首を傾げた。

「晴子、お前玄関を閉め忘れてたみたいだぞ。」

そう言いながら佳奈の目の前で引き戸を閉めた。

驚く佳奈を見ることなく、猫はおいと声をかけた。

「その服は私が作った物だから、普通の人間から姿を隠すことができる代物だ。

もたもたしている暇はない、急ぐぞ。」

猫の言う通り、佳奈の姿は誰にも見えていないようで、それどころか人の体をすり抜けていく。

猫が言うには、このポンチョは猫自身の霊気を込めて編まれたものだから、佳奈の体を霊体化しているそうだ。

車も電柱も、佳奈の体をするすると通していく。

そして何より佳奈が驚いたのは、ずっと全力で走っているはずなのにまったく息が切れないことだ。

佳奈は運動が苦手で、クラスでも足が遅いほうだ。

それなのにまったく疲れることなくずっと全力疾走しているのだ。

これが霊体化しているということなのだろう。

猫はずっと走り続けていたが、やがて急に立ち止まった。

ぶつかりそうになった佳奈を避けることなく、上のほうを見てフーッっと威嚇をしている。

猫の見上げる先には鶴上神社があった。

ところどころ剥げた赤い鳥居の上に、四足の巨大な黒い塊が乗っている。

猫の声に気づいたのか、その塊がゆっくりとこちらを振り返った。

佳奈は思わず息を呑んだ。

ぶよぶよとした黒い体に、見慣れた少年の顔が静かな表情で飛び出ている。

その周りには色とりどりの色の目があって、こちらを見ていた。

下のほうに大きな口が開くと、気味の悪い笑い声をあげた。

すっかり恐怖で固まってしまっている佳奈に、猫は静かに声をかけた。

「巫女、ゆっくりと短剣を抜け。

そしてお前の血を吸わせろ。」

「・・・え・・・?“血を吸わせろ”って、どうやって・・・?」

ちらちらと横目で猫を見ながらわずかに後ずさる。

その瞬間、真っ黒な魔物は佳奈めがけて跳んできた。

寸でのところで横に跳んで避けた佳奈に、魔物は家の塀に埋もれた顔をゆっくりと向けた。

「オ前、巫女ダナ・・・?」

小さく震える佳奈は何も反応できない。

「ソンナ状態デ俺ヲ斬ルツモリカ?

俺モ嘗メラレタモノダナ・・・。」

「黙れ、魔物に成り下がったお前にこやつを馬鹿に出来る権利などない!」

猫がそう叫び、佳奈の横が握りしめた短剣に飛びついた。

驚いた佳奈は力なく押し倒され、同時に短剣で頬を切ってしまった。

「ハハハハハ・・・!!!」

魔物はまた気味の悪い声で大きく笑った。

まるでこの世のものではないようだ。

悪い夢でも見ているのではないだろうか。

佳奈は頬の血が垂れていくのを感じながらそう思った。

しかし彼女は急にまじめな表情になった。

魔物に埋まっている少年の口が動いていることに気づいたからだ。

「みんな・・・俺が悪いって言う・・・俺は何も悪くないのに・・・。」

佳奈ははっとした。

少年は確か学年でもやんちゃ坊主として有名で、でも明るくみんなに好かれていた。

その彼が今、虚ろな表情でひたすらに自分の無実を呟いているのだ。

「俺は悪くない・・・俺が兄貴ってだけで俺のせいにするな・・・。」

まだ笑い声をあげる魔物と少年を交互に見る。

猫が佳奈の耳元で囁いた。

「魔物は動族の悲しみや憎しみ、恨みの感情に取り憑く。

少年は今、その感情を隠す理性を失って本音を溢れさせているのだ。」

呆然としている佳奈を見上げ、猫はこいつと契約したのは間違いだったと後悔した。

「・・・けら・・・る・・・?」

小さく震える佳奈の口から言葉が漏れ出す。

猫は佳奈を見上げ首を傾げた。

「あの子を、私は助けられる?」

今度ははっきりと言った佳奈の目には覚悟の色があった。

「あぁ、奴を斬ればまだ、な。」

猫はにやりと笑いながら、立ち上がる佳奈から飛び退いた。

「ハハハハハ・・・!

マダ俺ト遊ンデクレルノカ?

イイダロウ、ケドオ前ガ負ケタラ、オ前ヲ全テモラウゾ!」

「構わないわ!」

佳奈はしっかりと立ち左腕を前に出しながらそう叫んだ。

首を傾げた魔物の前で、佳奈は短剣で左腕を切った。

溢れ出た血は垂れることなく短剣に吸われていく。

佳奈の周りを強い風が包んだ。

怯えた魔物が後ずさりをする。

「何処に行くつもり・・・?」

右手に握られた大太刀を、佳奈は勢いよく振り下ろした。


翌日。

何処からともなく帰ってきた少年は、元気よく学校に通ってきた。

昨日学校の帰りに神社に寄ったまでは覚えているものの、そこからの記憶がまったくないらしい。

警察も彼の両親も首を傾げた。

鶴上神社は彼のお気に入りの場所で、一番最初に探していたからだ。

真実を知る佳奈は彼が笑っているのを見ると、自分のクラスに帰っていった。

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