我輩、胸が高鳴る
このお話には下品な表現が含まれます。
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アマリリス殿がとうとう我輩の正体に気付いた。
まぁ信じたという方が正しいが……。
だが、彼女は先の兵士のように我輩を恐れず、しかもツッコミという高等テクニックまで披露したのだ。
我輩は六百年生きてきたが、彼女ほど快活な女性を見たことがない。
帝王時代は我輩が歩けば皆、媚びへつらうか剣を抜くかのどちらかだった。
我輩は笑いを噛み締めながら赤いドラゴンにトドメを刺す。
「今夜の晩飯はドラゴンステーキで決まりだな」
我輩はアマリリス殿に笑顔で提案する。
「そ、それはいいんだけど、あのドラゴンはどうするの?」
放心状態のアマリリス殿が指差した先には、本来の茶色い皮膚が青を通り越して白くなっているドラゴンがいた。
心なしかぶるぶる震えているようだ。
「貴様は我輩と戦わないのか?」
ドラゴンは言葉の意味がわからないのか、あたふたしており、だが戦おうとする様子はなさそうだ。
そこには天空の王者の迫力はまるで感じられなかった。
そのことに我輩は六百年前を思い出し少し落胆する。
「アマリリス殿、こやつは殺さない。こやつの背中に乗って王国へと参上するとしよう。といってもどうやって指示を出せばいいかわからないがな。」
我輩がそう言った瞬間、ドラゴンはその長い首を地面に着け言った。
「ありがとうございやす。この恩は一生忘れやせん」
「喋った!」
アマリリス殿が復活した。
遥か天空、そこは生物を何人たりとも寄せつけない場所であるのに、今日は悠々と翼を広げて浮かんでいる存在がいた。
一つは体長10mほどの茶色いドラゴンだ。
もう一つは7mほどの赤いドラゴンであり、その目に生気はなく、茶色いドラゴンに抱えられている。
そして、茶色いドラゴンの背には二人の人影が見えた。
「……で、お前は気がついたらあの草原にいたのか?」
我輩は“翼竜の角笛”のゲームとの性質の差異を調べるべくドラゴンに問うた。
「そうでやんす。オイラん家のトイレで用を足してたら急に目眩がして、気がついたらめっちゃおっかない……いや、覇気に満ち溢れた伯爵殿下様がおわしていたでやんす」
ドラゴンはびくびく怯えながら答えた。
それを気にせず我輩はう〜むと唸る。
ゲーム内での“翼竜の角笛”は自分がテイムしたドラゴンを助っ人として一体だけ召喚できるアイテムだったが、この世界ではランダムで召喚されるというアイテムになっている。それもテイムのかかっていないドラゴンを二体同時に。
「……どう思う? アマリリス殿よ」
そう言ってアマリリス殿を見るが、アマリリス殿はドラゴンの尻尾の付け根部分にしがみついてうんうん唸っていた。
これが“乗り物酔い”なるものなのか、初めて見た。
だが、とても苦しそうにしていて、これではまともに会話できそうにない。
「情けないな、人間というものは。我輩なんぞここで逆立ちしながらハナ◯ソほじれるぞ、ほれほれ見てみろ〜」
悲しきかな、アマリリス殿は我輩に全く目もくれない。
「オロオロオロオロ」
そして気がつくとアマリリス殿が口からシャワーを噴出していた。
彼女も年頃の乙女、何も見なかったことにしてやる。
だが、突然ドラゴンが何かを絞り出すように喋り出した。
「あ〜その〜、姉御にはとても言いにくいでやんすが……、オイラスッキリする途中でいきなり召喚されたんで……。まだお尻拭いてないでやんす」
我輩はドラゴンの尻尾の付け根、すなわちお尻あたりにしがみついていたアマリリス殿を見た。
すると、アマリリス殿は苦しそうにしていたのが嘘みたいにむっくり起き上がり、めちゃくちゃに課金ブーストアイテムを使用した“ウォルタナ”を掲げ言った。
「……伯爵殿下さん、今晩のオカズはドラゴン二匹にしましょう。なんだか今日はとてもお腹が空いているのです。」
アマリリス殿の顔からは表情が抜け落ちていた。
我輩ですらヒヤリと汗が流れたほどだ。
「ま、まて! 今ここで早まるな、落ち着け! さすがにこの高度ではアマリリス殿を庇いきれる自信はないぞ!」
「ご、ごめんでやんす〜! 許してくれ、姉御〜!」
ドラゴンがみっともなく、命乞いをしていた時、我輩は見てしまった。
アマリリス殿の純白のフリフリドレスにものすごく目立つようにある茶色い斑点を!
感じてしまった、アマリリス殿の服から微かに漂うヤツのアレを。
これはもしや……!
「魔法ウ◯コ少女アマリリス……!」
アマリリス殿が掲げていた剣は、ドラゴンの背中に深々と突き刺さった。
「うぅ、ひどいでやんすよぉ、姉御〜!」
「焼き鳥にされないだけマシだと思いなさい」
我輩はあの後大暴れしたドラゴンを押さえつけ、すぐさま回復アイテムをアマリリス殿から奪うと傷口に使用した。
そのおかげで、なんとか持ち直したのだが、アマリリス殿の機嫌はすこぶる悪いようだ。
「……それにしても、あなたがあの“真祖”だったとはね」
あまりに急なアマリリス殿の話題転換から察するに、服の汚れのことは考えないようにしたらしい。
だが、ほのかに薫る匂いのせいで時々彼女の薄く整った眉がぴくぴく動いている。
完全に忘れ去る事はできないようだ。
「まぁな、若気の至りっちゅうヤツだ」
「火遊びみたいに言うな! でもこれをまじかるさんやトゥモローさん辺りが知ればすっごいことになりそうね。でもその前に信じるわけないか。」
アマリリス殿が少し寂しそうに呟く。
「そりゃそうだ、まさか我輩が史実に名を残すほどの傑物であったなど、到底信じられるものではないだろう」
我輩は大仰に呟く。
「悪い意味で、だけどね。確かに“伯爵殿下さんプログラム説”の方がよっぽど信憑性があるわ。……で私達はこれからどうするの?」
アマリリス殿は完全に酔いが冷めたのか、時折下の大地を覗いてはすごーいと声を漏らしている。
「決まっている! 王国の上層には我輩達を監視していたヤツがいるはずだ。そやつが“神隠しの可能性”だってある。とりあえずはこやつの捜索だな。次点でまじかる・プリッツ殿の情報集めだ。」
「まぁ、それが妥当ね。その方法はもう考えてあるの?」
アマリリス殿は我輩が珍しくまともな事を言ったからか、少し驚いていた。
「当然だ! 我輩は回りくどいのは嫌いだからな! 正攻法でいく。
方法としてはこのファンタジー世界にきっとあるに違いない冒険者組合にて名声を獲得するのだ」
「……その根拠は?」
アマリリス殿の目が鋭さを増す。
「名声が高まれば、王族直属の依頼を受けることがあるかもしれない。それに、我輩達が王国にいる事が知られ、未知の敵がこちらにアクションを取ってくるかもしれない。それを返り討ちにする。」
「なるほどね、それだとまじかるさんの情報も探しやすくはなりそうね……、でもどうして冒険者組合なの?」
「それなのだが……」
我輩は居住まいを整え、真剣にアマリリス殿と向き合った。
アマリリス殿も我輩の雰囲気に何かを感じたのか、真剣な表情になる。
「 実を言うと我輩は人間達と触れ合いたいのだ。
現実世界では叶わなかったこの私の真の姿でだ。
上司と部下、主人と僕、強者と弱者、そんな関係ではない真の絆で結ばれた対等な関係だ。
そこでアマリリス殿にはその架け橋となってもらいたいのだ。
我輩はこの通り六百年を生きた伝説の化け物、次第に我輩が人間でないと皆が気付くはず。
すぐには無理だろうから名声を得た後で良い。
そんな時に我輩の唯一の理解者であるアマリリス殿から伝えてもらいたいのだ。
人間が好きな化け物だっていることを。
人間にもかかわらず我輩のような化け物を慕ってくれる君に」
アマリリス殿は微笑んで言った。
「そんなこと当たり前じゃないの。頼む事でもないわ。
なぜならあなたもギルドの一員。
ギルドマスターであっても私たちに上下関係は当てはまらない。
あなたも私達の仲間なんだから助け合うのは当たり前じゃない。
それに、ドラゴンにやられそうになった時もあなたは助けてくれた。
お礼がまだだったわね。本当に助けてくれてありがとう。
でもあなた本当にあの“真祖”なの? 史実に書かれている事と全然違うんだけど」
我輩はそう言ってあまりにも美しく微笑む彼女に六百年間動かなかった心臓が動いたような気がした。
ーー彼女の服に汚れが付いていなければ
人間特有の好きになるという感覚を味わえただろう
ーー彼女からほのかにヤツの匂いがしなければ
アマリリス殿もここが勝負所と理解しているのか、懸命に服の汚れの事を頭から除外しようとしている。
その姿が実にいじらしい。
だが我輩には無理だ。
どうしても気にしてしまう。
なぜさっさと他のアイテムに着替えないんだとか、触れられたら絶対移るとか、まさかそれを虎視眈々と狙って…… とかだ。
「ア、アマリリス殿! 見えてきたぞ! あれが“サワルタール王国”だ!」
我輩の頭がヤツで浸食されそうになり、我輩は思わず話題を転換した。
決して照れ臭くなっているわけではない。
そして我輩が指差す方向には高い城壁で囲まれた街があり、それが兵士の記憶でみた街と一致していた。
「我輩達が目指すべきはあの街での“最強”だ。準備はいいか、アマリリス殿!」
我輩はつい興奮した声で言ってしまった。
年甲斐もなく恥ずかしいものだ。
だが、ワクワクしていることに変わりはない。
ここはゲームの中ではないが、今この瞬間はゲームのような興奮を感じる。いや、正直それ以上だ。
我輩達はこれからあの街でどんな冒険をするのだろうか、そしてどんな出会いが待っているのだろうか。
横を見ると、アマリリス殿が我輩の事を微笑ましく見ていた。服にヤツがついた状態で。
本人も聖母のように微笑んでいるつもりだろうが、その服の汚れが全てを台無しにしていた。
「さぁ、参るぞ! 到着したらサワルタール王国に宣戦布告だ!」
我輩は高らかに宣言する。
アマリリス殿もそんな我輩を見てやれやれといった仕草をしていたが、やはり彼女の服にはウ◯コが付いていた。