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我輩、戦う


30人程の兵士達が体を拘束されて転がっている。


その中のうちの一人の兵士が目を覚まし、自分の今の状況に愕然としていた。

自分達に課せられていた任務は容易いものであったはずだ。

だがこの状況は一体なんだ。なぜ自分が拘束されている!


自分は精鋭部隊に所属している。

だから、このように拘束された者の末路は容易く理解できる。すなわちーー拷問だ。

男は必死に体を動かそうとするが全く体が言うことを聞いてくれない。

悲鳴すら出すことができなかった。


そして、男は聞いてしまった。ザっザっザっと何者かがこちらに近づいてくる音を。

男は恐怖を無理やり押し込めながら、拷問官と思わしき者を見た。


それは眩く輝くフルプレートメイルに漆黒のマントを羽織った、覇気を纏わせる武人だった。


数十メートルも離れているのに男は震えが止まらない。

まるで世界の王者であるドラゴンと対峙しているかのようだ。


その瞬間に理解してしまった、自分達は捨て駒にされたのだと。

初めからこんな化け物になど勝てるわけがなかったのだ。


男は嵌められた怒りを爆発させそうになるとともに、もう一つ別の感情があることに気づく。


それは眼前の男に対する羨望だ。決して自分が届くことはないほどの高みにいる存在、すなわち英雄への願望。


そんな英雄の声が静かに響く。


「そこの君、少し良いかな?」


男はそれ以降、この出来事を思い出すことはなかった。






side 伯爵殿下



太陽の光にさらされて、眩い光を放つのはもちろんアマリリス殿の財宝だ。

この宝達が我輩達に残された財産と言えるだろう。

そしてその傍らで転がっているのはユーフォリアとかいう部隊の兵士達だ。


だが、考えてみてほしい、こやつらは盗人。そして影からこちらの様子を伺っていたのだ。

敵がこれだけというのも考え難い。我輩達を監視していた何者かがいるはずだ。

だが、今は何かに見られているような感覚がなくなっている。


「やはり……我輩達を見ていたのはこいつらだったのか?」


何か釈然としないものを感じながらも、一人の兵士に声をかけた。


「そこの君、少しいいかな?」


我輩は返答を待つことなく、切り傷をつけ兵士の血を舐めた。


「まずい血だな……やはり、ダメか 綺麗さっぱり記憶が消されているようだ。だが、王国なる場所は特定できたぞ」


我輩はこの兵士のバックボーンについている者を記憶から探ろうとしたが、できなかった。

記憶の消去かプロテクトの魔法かのどちらかだろう。

そして、後始末である我輩達に関する記憶も、もちろん消去する事を忘れない。

次目覚める時はなぜこんな場所にいるのかさえわからないだろう。


こんなことができるのも全て我輩の吸血鬼パワーによるものだ。


「さて、次に宝の山だが……」


「それについてはもう解決済みよ」


そう自信満々に言ってきたのは魔法少女の格好をしたアマリリス殿だ。

どうやら血を舐めていたところを見られてはいないようだ。


それにしても、この宝の山の中にはゲームで使っていた武装があるはずなのだが、なぜか彼女は着替えようとはしない。


もしや……本当は気に入っているのでは。


「全てこの中に入れたわ」


我輩の勘繰りを遮り、そう言ってアマリリス殿が持ち出したのは、くたびれた小さな袋だ。

どう見てもあの量の宝が入っているとは思えないのだが、それを可能にさせる方法が一つだけあった。


「そうか、課金パワーによって拡張された道具袋か!」


ゲームではアイテムストレージというものがあったので、道具袋の価値があまり高くなかった。

しかし、アイテムストレージは一旦コマンド画面を開かねばならず、戦闘時などではとても使いづらいという欠点をもつ。

だから、ほとんどのプレーヤーは戦闘時に必要なアイテムだけを道具袋に入れて持ち歩くのだ。

当然入るアイテムはそれほど多くないので一部の廃人達からクレームが起こり、救済措置として取られたのが課金システムというわけだ。


「痒いとこまで課金が行き届いているとは流石は我が幹部だ!」


「はいはい、どうもありがとう」


アマリリス殿はどうでも良さげに言う。もっと誇れば良いものを。

気を取り直して我輩は堂々と宣言した。


「よし、では我輩達はこれから“サワルタール王国”へと向かう! アマリリス殿“翼竜の角笛”の用意だ!」


「えっ! もう歩いていかなくていいの?」


かなり嬉しそうに訪ねてくる。この現代っ子め。


「もう誰にも見られている気配はないからな。これからは大胆に行動できるぞ」


アマリリス殿は半信半疑で我輩を見る。どうやら、まだあまり信頼されていないらしい。


「それに王国って場所は本当にわかっているんでしょうねぇ」


アマリリス殿は疑わしそうに言いながらも“翼竜の角笛”を取り出して吹く。

にしても、明らかに道具袋よりも大きい物を出すとは、なかなか魔法少女が様になってきたようだ。喜ばしい限りである。




ブゥォォォオオオオオオオオ!!




辺り一面に重低音の音が響く。ここは大草原で山岳地帯でもないのに、やまびこのように音が反響した。

なんか胸に真に迫る音だ。見目麗しい少女が発していると思えば特に。


するとすぐに、我輩達の周りが急に暗くなったので同時に空を見上げると……。




——我輩達はゲームの時の勘によって大きく後方に距離をとった。



ズシイィィィン!!



我輩達の頭上にいきなり現れ落ちてきたのは茶色いドラゴンと火のように真っ赤なドラゴンだ。

アマリリス殿は打って変わって表情を硬くさせ剣を抜き放っている。


「なぜ二体もいる? それにテイムされていないドラゴンだと? この世界はアイテムの性質まで変わるのか」


そう訝りながらも我輩の唇は弧を描いていた。


どうやらこの世界も我輩を楽しませてくれそうだ……!



side アマリリス



私の前に大きく立ちはだかるのは真っ赤で巨大なドラゴンだった。

ゲームの時で見たドラゴンなんかよりもここが本物の世界だからか、迫力が増しているのが肌でびりびりと感じる。


「くっ! やっぱり身体能力は現実世界のものなのね!」


ゲームのように攻撃を受けながらもカウンターを狙うという戦法は無理か、とドラゴンの鋭い爪を課金アイテム“ウォルタナ”で弾きながら考える。

かろうじて、ドラゴン程の強者と戦えているのはチート性能を備えている数々の課金アイテムとゲームで培った戦闘スタイルのおかげだ。


「早く片付けて、伯爵殿下さんの援護に向かわないと! 丸腰に近い伯爵殿下さんの為にせめて課金アイテムをいくつか渡しておくべきだったわ!」


そんな後悔が漏れるがもう遅い。

私は素早くドラゴンの目の前をかい潜り、磨きに磨いた必殺の一撃を放とうとする。


しかし待っていたのは炎を口に貯めて、今に放とうとしているドラゴンのリアルすぎる顔だった。


「し、しまっ……!」


思わず声が溢れる。でも、この時でも考えていたのは、伯爵殿下さんは無事かという想いだけだった。


だが、その心配はすぐ無くなることになる。 なぜなら、



「苦戦しているようだな、アマリリス殿よ」


あまりにもこの場では不釣り合いな声で言ってきたのは苦戦しているはずの伯爵殿下さんだったからだ。


伯爵殿下さんはいきなりドラゴンの顔前に現れたかと思うと、見事なフルプレートメイルを纏ったその腕でドラゴンを殴りつける。


ただそれだけの事だったのに、なんとドラゴンは石ころのように大草原を転がっていったのだ。


ドラゴンは何が起こったかわからないように慌ててたち上がるが、


ドゴンッ!!


またもや伯爵殿下さんはドラゴンの元に一瞬で移動して殴りつけ、ドラゴンを私の側までボールのように吹き飛ばした。

そのドラゴンには先ほどまであった迫力など微塵も感じられない。


「す……すごい」


私は呆然と呟くだけだった。


ドラゴンはようやく自分がどんな相手に殴られたのかを理解できたのか、ゆっくり近づいてくる伯爵殿下さんに怯えている。


その圧倒的な覇王のオーラを纏わせる伯爵殿下さんに数十メートル離れている私でさえも震えを止めることが出来ない。

つくづく彼が味方であって良かったと思った。

と、同時に私は理解してしまった。この人は本物の化け物なのだと。


総プレイ時間や常時ログインの謎、彼がギルドマスターとして誰をも魅了する

圧倒的なカリスマの持ち主であった事。そしてさっき見た兵士の血を舐めるという行動。

すべての線が繋がった。


私が敬愛して止まなかったギルドマスターはかつて中世ヨーロッパを震撼させた帝王、真祖の吸血鬼その人だったのだ。


「覚悟は良いかな、トカゲ君?」


ドラゴンは完全に彼の発するオーラに飲まれている。無理もない。

側にいる私でも気が狂いそうになるくらいなのだから。

だが、それ以上に思うことがあった。

それはやはり彼が只者ではなかったという誇らしさとこの人についてきてよかったという想いだ。


もちろん畏怖や恐れは抱いている、だけど共に冒険し、共に語り合い、時には子どものように喧嘩し、笑いあった。こんな楽しい時間を過ごしたのは嘘でもなんでもない。

彼にも普通の人となんら変わらない心があるのだ。

そのように確信できるからこそ、その想いが恐怖心を簡単に昇華させた。

これからも伯爵殿下さんに対する想いは変わらないだろう。


なぜなら、私だけがこの世界で彼の本当の姿を知っているのだから。


だが、どうしても一つだけ言わなければならないことがある。それは、



「どうして吸血鬼がゲームなんかしてるのよぉぉぉぉ!!」


この大声にはドラゴンでさえもびっくりしていた。

だけど、伯爵殿下さんは事も無げに言う。


「いつも言っていたではないか、我輩吸血鬼、趣味はゲームだと」


そういえば、こいつ初めからそう言っていた気がする。




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