episode.01 元”悪魔” 銅潔④
今まで男の人にこんな風に手を握られた経験などあるはずもない潔は反射的に顔を真っ赤にする。
「リーダーが自分より強いと認めた者には忠誠を誓うのがうちのルールなんで」
八城はそのまま恭しくお辞儀をしてみせる。
「……尽くしますよ、我が主」
「…………」
よく見るとなかなかの爽やかイケメンなその顔が真っ直ぐにこちらを見て微笑む。
八城はゆっくりとその唇を潔の手の甲に近付け……
──ん?
さらに近付け……
──は⁉︎ ま…ま待って、何これ……
ついに唇が触れ……そうになった時。
「ふんッ!」
「ぐぁ‼︎」
潔の膝が八城の顎をぶっ飛ばした。
「ちょっと何するんですか……」
八城は顎をさすりながらあからさまに不機嫌そうに言った。
「こっちのセリフだバカ‼︎」
潔は真っ赤な顔で怒鳴る。一方の八城は今の行為に全く恥じらいを感じていないようだ。
「分かってないなぁ、盟約の儀式ですよ。潔さんは反乱軍のリーダー、俺はNo.2‼」
「…………」
嬉しそうな八城に潔は何故かイラッとする。
「だから、さっきから言ってるでしょ。あたしはそんなつもりでここに来たんじゃないって」
「…………」
「…………」
「え?」
──引いてんじゃねえよ。ほんとに気付いてなかったのかコイツ。
顔を引きつらせる八城にキレかける潔。
「……じゃあなんのためにここに?」
「あたしは……」
いきなり果たし状を叩きつけてきた奴に自分の目的を語るのはどうかと思ったが、ハッキリ言っておこうと思った。
「あたしはエリートになるためにここに来た!」
「……………」
「……………」
「またまたぁ」
「本当だよ」
茶化そうとする八城に本気でイラつく潔。
「いやいやエリートになるなんてそんなバカな……」
そこまで言って八城は大げさにハッとした。
「そうか……! エリートになることで内側からこの学校を支配するつもりですね!」
──こいつ都合よく……!
ハァー、と潔は大きなため息をつく。
──もういいや。どうせ反乱軍とか言ってんのこいつだけだろうし、しばらく無視しよう……めんどくさい……。
真面目に相手をするのも時間の無駄だ。潔は屋上を後にして教室に戻ることにした。
状況を見守っていた生徒たちはさっと散らばる。
階段を下りて教室に入るまで八城はごく自然に潔のあとについてきた。
「……なんでついてくんの?」
「え? 俺もA組だからですよ。入学式はサボりましたけど」
──同じクラスだったのかよ!
「これからよろしくお願いします、潔さん!」
「………」
八城は全く悪意のない笑顔を潔に向ける。
そしてその様子を見ていた何人かの生徒はこう思ったのだった。
──フラれたのに馴れ馴れしくしてる……!
***
潔が学校を出てからも八城はついてきた。
「……ねぇなんでついてくんの?」
潔はまた同じことを聞く。
「当たり前じゃないですか。主の身辺警護もNo.2の仕事ですよ」
「…………」
親指をぐっと立てる八城。潔は返す言葉も見つからない。
ザッ
その時、複数の影が二人の前に現れた。
明らかにガラの悪い不良たち。明園学園の生徒ではなさそうだ。
「久しぶりだなぁ銅潔……」
──誰だコイツ……。
全く見覚えのない不良たちがポキポキと指を鳴らしながら近付いてくる。
「しばらく噂を聞かなくなったと思ったら……こんなエリート校に入学してたとはな」
「しかも男まで侍らせてやがるぜ……ヘヘッ」
「なっ、違……!」
「そうだ」
潔は反射的に否定するが、八城がすっと一歩前に出る。
「俺が潔さんの付き人だ‼」
──否定しろ‼
本人は至って大真面目である。
「付き人ぉ……? 天下の悪魔様も弱くなっちまったってことか?」
「それはちょうどいい。あの時の恨み……ここで晴らさせてもらうぜ」
あの時の恨みと言われても覚えはないが、仕方ない。自分に恨みを持つ人間がこうやって復讐しに来ることも予想はしていた。こんなにいきり立ってちゃ話し合いで解決できるとも思えない。ここは学校の外だし、誰にも見つからないように処理すれば……。
そう思って潔が拳を握りかけた時。
「……こんなの潔さんが出るまでもないですよ」
「え?」
八城は鞄を下ろすとつかつかと不良の前に歩いていき、
バキッ‼︎
その顔面を殴り飛ばした。
「な……‼」
殴り飛ばされた男はあっけなく気絶している。
「何すんだテメェ……ひょろっちいガキのくせに!」
「全く……お前たち、人を見た目で判断するなと教わらなかったのか?」
右手の指を額に当てながら、ブチギレる不良たちを見下す八城。
──ちょいちょい変なしゃべり方と変なポーズになるのはなんなんだろう……。
と思って見ていると、
「後悔すんなよ‼︎」
不良たちが一斉に八城に襲いかかる。しかし彼は眉ひとつ動かさず、正確に狙いを定めて拳や蹴りを叩きつけていった。
10秒後には不良たちの屍が転がっていた。
「ぐぅ……」
「うぅ……」
情けなく呻く不良たち。この男、不良のボスだけあってなかなかやるらしい。
──あたしなら3秒だったけど。
***
「いや~さすが潔さんは有名ですね。こんな有名人の側近になれるなんて光栄です」
──一度も認めた覚えはないけどな。
八城はゆるいしゃべり方に戻ると晴れやかな表情で潔の隣を歩く。一応こっちが素らしい。
「まぁ今日みたいにまた襲ってくる奴らがいても、俺が蹴散らしますんで」
それから八城は潔の方を見て、ふっと笑った。
「潔さんは、俺が必ず守りますよ」
「…………‼」
唐突な胸キュンゼリフに潔は顔から湯気が出るほど赤くなる。
「べっ、別にあんたなんかいなくても勝てるから‼︎」
ふいっと顔を背ける潔。その言葉に聞く耳も持たず、八城は密かにガッツポーズをする。
──今のすげーナイトっぽかった……!
こうして、銅潔の波乱万丈なエリート奇譚は幕を開けた……。