episode.01 元”悪魔” 銅潔③
放課後、潔は躊躇うことなく屋上に向かった。
背後に複数の気配を感じる。気配なんてもんじゃなく、もうガッツリ姿が見えている。
不良のボスが悪魔と呼ばれる美少女編入生を呼び出したというゴシップばりのネタに食い付いた生徒たちは、ほとんど隠れもせずにぞろぞろと潔の後をつけていた。
バン‼
風の吹きすさぶ屋上の扉を勢いよく開け放つ。
そこには一人の男子生徒が背を向けて立っていた。先ほど屋上から潔を見下ろしていた人物である。相変わらず肩に掛けただけのブレザーが風にはためく。
「よく来たな銅潔……」
その人物は右手の指を額に当てながらゆっくりと振り返った。潔との距離は約3メートル。緊張が走る。
野次馬の生徒たちは、屋上の入り口や校舎の窓ガラスに張り付いてその様子を見守る。ちなみに彼らはまだ告白だと思っている。
「躊躇うことなく来るとは、さすが悪魔の称号を得ただけあるな」
男は腕を組むとやけに仰々しく言った。
「前置きはいいから、さっさと用件を言いなよ」
潔はクールに返す。果たし状というからには決闘でも挑みに来たのだろうか。とにかく穏便に済ませてさっさと終わらせよう。
「ふっ……いいだろう。ここではっきりさせてやる!」
男は潔に人差し指を突きつけた。
「……何を?」
なんだかめんどくさいことになりそうな雰囲気を感じる潔。
男はいちいち大げさなポーズを取りながら続ける。
「お前もここに来たということは、エリート共に反逆を企てるつもりだろう。どちらが落ちこぼれ反乱軍の指揮を執るに相応しいか、俺と勝負しろ!」
「は?」
潔は呆ける。反逆、落ちこぼれ反乱軍、指揮を執る……。全く理解できない言葉のオンパレードだ。唯一分かるのは、この男は大真面目に言っているということ。
「え、何? 勝負?」
「勝ったら付き合えってこと?」
「やっぱり落ちこぼれって野蛮ねー…」
野次馬生徒たちにはよく聞こえていない。
「何言ってんの? あたしは別にそんなつもりは──」
「おっと自己紹介が遅れたな。俺は八城戒斗。中等部からの内部生だ」
不良は人の話を聞かない。
「来ないならこっちから行くぞ? 一度戦ってみたいと思っていたんだ。あの伝説の不良、鉄イズマの弟子とやらとな‼」
またもやその名を聞いた潔はくわっと目を見開いた。
「………どいつもこいつも……なんでそいつの名前ばっかり……」
「当然だろう。あの人は俺たちにとっては神のような存在だ」
怒りに震える潔に気付かぬまま八城は続ける。
「鉄イズマ……2年前、突如明園に現れたその男は、長く続いた明園の負の歴史を変えた……。それはこの学校の、落ちこぼれた生徒を見下す風潮だ」
「……………」
確かに、先ほどの女子たちにその片鱗を見たような気はした。
「中等部からこんな名門校に入ったせいで、その高すぎるレベルについていけなくなった生徒は次々と落ちこぼれていった。だが彼らはどれだけエリート共に見下されようとも、ただ爪を噛むことしかできなかった……」
いやそれ自分のせいだろ。と潔は心の中でツッコんでおく。
「しかし! 鉄イズマが現れたことで、落ちこぼれが虐げられる時代は終わった!」
八城は急にテンションを上げてくる。
「あの人は最強の不良だった……そしてその導きにより、落ちこぼれはさらに落ちこぼれることでその地位を確立したんだ!」
「………………」
つまり、鉄イズマにそそのかされた落ちこぼれがグレて不良になったということだろうか。
「鉄イズマは急速に仲間を増やし、その数は全生徒の半数近くにまで上った。彼らはエリート共に恐怖を植え付け、もはや落ちこぼれを見下す者はいなくなった」
──生徒の半数が不良の名門校ってどんなだよ……。
しかし八城はそこで突然クッと悔しそうに拳を握る。
「だが、落ちこぼれの天下も目前というところで、鉄イズマは突然姿を消してしまった。その結果落ちこぼれ反乱軍は瓦解し、不良の数も大幅に減った。そして奴が現れた……」
八城の語りはまだまだ続く。
「楪昴……現明園高等部生徒会長。その圧倒的なエリート力によって奴は次々と不良を更正させ、ついには滅亡の危機にまで追い詰めた」
八城は生徒会長を悪の侵略者か何かのように語る。
「だが今、ここに鉄イズマの遺志を継ぐ者が現れた。それが俺、八城戒斗。……そしてお前だ、銅潔」
──………はぁ?
彼は真っ直ぐに潔を指差している。相変わらず潔は鬼のような形相で八城を睨みつけたままだ。
「お前は鉄イズマの遺志を継ぎ、落ちこぼれ反乱軍を復活させるためにここに来たんだろう。それは俺も同じだ。だからどっちが強いか証明する必要がある」
「……………」
なるほど事情はわかった。というか知ってる前提ならなんで説明したんだ今。
とりあえず確かなのは、この男は大きな勘違いをしているということだ。
「鉄イズマの遺志……? そんなもんどーだっていい。興味ない……」
「興味ない? 仮にも鉄イズマの教えを受けた人間が何を」
「うるさい‼」
潔は急に声を張り上げる。その迫力と凄みに八城はやや圧倒されたようだった。
歴史から消し去りたい、「鉄イズマの弟子だった」という事実。それは潔にとって、詐欺師に騙されたとか、祈祷師に洗脳されたとか、そのくらいのレベルの人生の汚点だ。
最も聞きたくない名を、今日だけでどれほど聞かされたことか。最も振り払いたい過去を、どれほど晒されたことか。もう限界だった。
「どっちが強いか……? そんなに知りたいなら証明してやるよ。あたしは誰にも負けない……」
潔は口端を歪ませながらゆらゆらと八城に近付いていく。八城はそれに呼応するようにじりじりと後退った。
「だから1つだけ命令させて? ねぇ──」
そしてついに八城が屋上のフェンスにまで追い詰められた時。
ガシャーーーン!!!
「──…………っ」
八城の耳を何かがかすめ、轟音が鳴り響く。
驚くべき速さで放たれた潔の拳が、あろうことかフェンスを貫いていた。
「あたしの前で、二度とその名を口にするな」
「………………」
それは悪魔の所業だった。
「え、なになに? どういうこと?」
「告白して、その結果……?」
「フラれたの⁉︎ フラれたってことなの⁉︎」
屋上の周りでは生徒たちがざわついている。
──あ、しまった。つい……。
エリートになると意気込んだ矢先、いつものクセで八城を追い込んでしまう潔だった。
そんな恐るべき習慣の壁に直面していると。
「……ははっ、はっはっはっ………」
生気が抜けたように突っ立っていた八城がいきなり笑い出した。
「いやー参りましたよ。一歩も動けなかった。俺の敗けです」
そこにはさっきまでの偉そうな態度とは違う、気の抜けた笑顔があった。
八城は両手をこちらに見せて降参のポーズをする。
「今日から貴女が反乱軍のリーダーです」
「……は?」
八城は手を差し出して潔の手を取った。
「⁉︎」