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銅潔のエリート奇譚  作者: 雨乃月夜
2/16

episode.01 元”悪魔” 銅潔②

『これより、第34回明園学園高等部入学式を始めます』


 入学式が始まった。校舎から離れて設えられた講堂はまるでコンサートホールのような立派な造りをしている。実際ここでオーケストラの演奏がされることもあるらしい。


『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。……』

「なぁ聞いたか? 今年ヤバい奴が編入してきてるって噂」


 特に面白くもない校長の話が続く中、どこからかヒソヒソ声が聞こえてきた。まさかな、と思いつつ潔は耳を傾けてみる。


「ヤバい奴? なんだよそれ」

「なんか、女なのに喧嘩がありえないくらい強くて、残虐で、悪魔とか呼ばれてるらしい」


 完全に潔のことだ。

 なんでエリート校のお坊っちゃまがそんなこと知ってるんだよ。


「で、他の奴が言ってたんだけど……」


 男子生徒は神妙に声を潜める。


「そいつ、あの鉄イズマの弟子って言われてるらしい」


 全身が硬直した。

 確かに、鉄イズマはここの元生徒だ。でもだからって自分がイズマの弟子だったことまで知っているなんて。あいつが言いふらしたのか? いや、弟子になったのはあいつが明園を辞めた後だ。そんなはずはない。


「え、マジで⁉︎ 今年の不良組だけでもヤバいって言われてるのに⁉︎」

「あぁ。しかもな、超絶美少女らしいぞ」

「まじか」


 二人の男子生徒が真顔になる中、潔は「不良組」という言葉だけが引っ掛かった。名門校には実にふさわしくない単語だ。やっぱり何かがおかしい。


『ではみなさん、健やかに平和に、素晴らしい学園生活を送りましょう』


 校長の笑顔と締めの言葉はとてつもなく胡散臭かった。



 ***



 入学式の後は学校施設の見学となった。

 名門校だけあって校内は広く、部活動のための施設なども充実している。

 ──ここが、あいつのいた学校……。

 潔は思いを馳せたかと思うと、突然悪のオーラを剥き出しにした。潔の恐ろしい形相を見て総毛立つ隣の生徒。


 一方、校舎を巡る生徒たちを見下ろす屋上には一人の男子生徒が立っていた。

 金色の髪をゆるく立たせ、ブレザーの袖を通さずに肩に掛けるという風貌。一目見ただけで誰もが関わりたくないと思うであろう人種である。


「鉄イズマの弟子、か。面白い………」


 彼は顎に手を当てながらやけに仰々しい口調で言った。


「どちらがあの人の遺志を継ぐのに相応しいか、ハッキリさせてやる……」



 ***



 見学を終えて教室に戻ってきた生徒たちは各々集まって談笑していた。新入生と言っても大半の生徒は中等部から上がった内部生なので、ほとんどが顔馴染みである。高等部からの編入生である潔は一人自分の席でぼーっと頬杖をついていた。


「なぁ、あの子なんじゃないか? 噂の編入生」


 教室の入り口付近で男子生徒が潔を見ながらもう一人の男子生徒にこっそり話しかける。


「え、まじで?」

「だってめちゃくちゃ可愛いだろ。見覚えないし。金髪だし」

「まぁ確かに……」

「話しかけてみるか?」

「冗談だろ。悪魔とか呼ばれてるんだろ? 俺不良と関わる気はないから」


 他にも遠巻きに潔を眺めている生徒たちはいたが、誰一人近づいてはこなかった。

 視線を感じながらふいに教室の中に目をやると、


「あ、あのっ、私編入生の仮沢(かりさわ)夕梨(ゆうり)って言います、よろしくお願いします……」


 内部生の女子の塊に話しかける一人の女子生徒が目に入った。肩上までのショートカットがなんとなく幼い印象を抱かせる生徒だ。


「……………」


 内部生の女子たちはなんとも言えない曖昧な笑みを浮かべながら顔を見合わせ、微妙な時間が流れる。


「………?」


 編入生の女子は固まってしまう。


「えっと………特待生か、何か?」


 ようやく一人の女子が口を開いた。


「いえ、普通に受験ですけど……」

「なら、寄付?」

「え、寄付って……何のですか?」

「……じゃあなんにもないのね」

「え?」


 女子たちは強引に会話を終わらせると、また内部生のグループで話し始めてしまった。


「………………」


 編入生の女子はしばらく立ち尽くしていたが、やがて諦めたように自分の席へ戻っていった。


 不良組という物騒な言葉。内部生の、編入生に対する明らかに差別するような態度。やはり鉄イズマの通っていた高校だけあって、普通の名門校とは違うのかもしれない。

 潔はそんなことを考えながら何気なく机の中に手を入れてみると、


「ん?」


 カサ、という感触がした。

 ──紙……?

 潔は封筒のように折り畳まれた一枚の紙を取り出す。表には何も書いていない。

 紙を裏返すと、そこには「果たし状」の文字があった。こんなものを見たのは初めてだ。

 半ば呆れながら紙を広げてみると、そこには筆ペンのような筆跡で、「放課後屋上にて待つ」とだけ書かれていた。

 これはどう考えても呼び出しだ。あんまりよろしくない方の。

 潔はしばし思案する。

 これまで散々悪行を重ねてきたのだから、自分に恨みを持っている人がいるかもしれないことは覚悟していた。だけどあたしはもうあの頃とは違う。

 ──ちゃんと伝えなきゃ。敵意はないって。喧嘩はやめましょうって……!


「おい、聞いたか⁉︎ 八城(やしろ)が例の編入生呼び出したって!」


 潔が静かに平和的な決意をしていた時、そんなタレコミが廊下を駆け抜けていた。


「マジかよ、八城って不良組のボスだろ?」

「ほらやっぱりそうだよ。さっきなんか手紙もらってたっぽいし!」

「でもなんで呼び出し? もしかして一目惚れで告白⁉︎」

「えぇ⁉︎」


 そんなこんなで、1年の全クラスがしばし混乱状態となったのだった。


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