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テレビの中の人

テレビの中の人

作者: もっちょ

 今日も残業おつかれさま。自分で自分に言いながら会社を出るOL=Aこと私です。

残業っていいことない。残業代が出ること以外、肉体面・精神面を削られるから、はっきり言ってやりたくない。責任感は社会人の基本理念だけど、仕事漬けの言い訳じゃねえの?中間から上の方々は何を考えているのやら、私が悪いと宣う。仕事のやり方か、上司への根回しの当たりだろうか、それなら直すから誰か理由を教えてくれ。この考え方が生意気で反感を買うのだろうか。

 職場のことを考えると頭が痛くなってくる。仕事以外のことをやってる時間が、移動と食事と睡眠しかないんだけど。テレビなんて最近見てないし。

焼き鳥の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。思わず目をやるが、居酒屋の騒がしさに食欲は負けてしまう。だからと言って家に帰るまで気力は持たない。自炊したいのに気力が湧かない毎日で、やっぱり頭が痛い。肥えていないのが奇跡だと思う。



 つらつら考えながらも足はすいと小路に入っていく。見逃しそうなこのお店は飲み屋が立ち並ぶ通りの中では提灯の明かりが少なくて、何の気なしに入ってみたら家族経営のアットホームな食堂だった。昔からこの形で続いているらしく、なじみになった今では引き戸の開け方も手慣れたものだ。威勢のいいおばちゃんの声がして、いつもの席に腰を落ち着けた。胃に優しそうな料理を頼み、おばちゃんがおじちゃんに元気よく伝える。今日は遅いから娘さんはあがっちゃったのか。ちょっと残念。暖かい親子の会話を聞きたかったな。



 最近来なかった私をおばちゃんは気にしてくれてたらしい。痩せてるからもっと食べなさいと小鉢をサービスしてくれた。彼女の心遣いに感謝する。以前私に母が居ないと言ったので気にかけてくれる。つるりと滑った口に後悔先にならずだ。

 「ごちそうさま」また来るね、は心の中だけでつぶやいて外に出る。お腹も心もほかほかした気持ちになって足取りも軽い。先ほどまで気づかなかった街灯は、数メートルごとに柔らかな橙色で道を照らしていた。

 


 満腹な体が少しこなれた頃、妙なものを見つけた。サングラスだ。ファッションセンスにまるで自信がないがブランド物であろう。夜に着けて出歩く輩がいるのかと思う。女かもしれんが。拾っても身につけたくないので、せめて踏まれないよう電柱の針金に引っかけた。不思議なことは続けて起こるもので。こちらに歩いてくる男に気がついた。この界隈には出没しそうにないタイプの人だったのだ。私が平均より多少低いのを差し引いても飛び抜けて高いようだし、それに加えて大分顔が小さい。顔の造作を見てみたい気もしたが服装がどうみても会社員ではない。雰囲気が怪しい。ぶっちゃけ怖い。男性は俯きがちにゆっくり近づいてくる。私は何気なくすれ違う。

 夜+挙動不審な人間(男)=関わるな。

 これ鉄則です。それなのになぜだか男はまっすぐこちらに近寄ってきて、サングラスを見なかったかと話しかけてきた。それならと教えたらダッシュで去っていった。いいことしたな。自己満足してたらさっきの男が戻ってきた。お礼をさせてと言う。いらんと言い返す。「俺が誰だか分からない?」面白そうに口角があがっている。なぜだろう、やけに整った男の顔がにっくき上司の顔に見えてきて急激に腹が立ってきた。今日一日私がどれほど頭を下げたか思ってんだ!!

「私の知り合いに俺さんなんていないし、世の中がみんなが自分のこと知ってると思えるなんて貴方恥ずかしい人なんですか」

…しーん。固まった男をほっぽいて歩き出す。

 ほんの数分前まで幸せだったのに水を差された。しかしどうでもいいことはすぐに忘れられるので、風呂上がりにビールを口にしてる時点で不審な男のことは消去されたのだった。



 時は2週間ほど過ぎまして、とっぷり暮れたオフィス街を歩くOL=Aこと、私は幸せ者。今日も今日とて疲労困憊であります。しかしッ、来月から業務改善により規定時間内で上がれることになりました(←当たり前なことですよ)。糞上司が自分の分を私にやらせていたことが発覚しまして、漸く解放されたぜ。まぁ、ばれるように画策したがな。一年我慢してたのは経験だと思って納得する。



 がらりと戸を開くとひさしぶりの食堂は相変わらず盛況でうれしくなる。しかも今日は娘さんもいる。じゃあ奮発してお刺身もつけちゃおう。…うっさい、肉はいらないお年頃なの!誰かに弁解しながら注文をすませ、温かなお茶をすすり店内を眺める。一人客が自分だけだからちょっと寂しい。

 看板娘の奈々瀬ちゃんは花の女子高生で部活に精出すスポーツ少女だ。初めて話しかけたとき、ちょっと怒った顔をしていて、忙しいときに悪いことしたと反省した。何度か話すようになると満面の笑みで迎えてくれる。リアル癒しです。

「お父さん、ちゅうもーん」小走りで駆けていく姿に中年男性客+私はめろめろです。


 刺身も平らげて、おばちゃんにまたもやごちそうになった小鉢をつまんでいると、店のテレビにサングラスをかけた芸能人が映っていた。今注目のイケメン俳優と紹介されている。やはりあれはファッションだったのかも。でも怪しいしなぁ。まじまじと見つめていると、客足が途切れたのか奈々瀬ちゃんがテレビを見上げながら話しかけてきた。

「ああいう人タイプですか?」

「いゃ、似た感じの人に会ったと思って。前にここでご飯食べた帰りにサングラス拾ってね、電柱にかけたら、それ探してる男の人に話しかけられたの」


 奈々瀬ちゃんの目が瞬いた。興味があるようなので説明を続ける。男性に話しかけられ一刀両断にしたくだりから、彼女の肩が震えているのにようやく気づいた。しまった、彼女はここに住んでるんだから不審者の話なんてするんじゃなかった。「で、でもたぶん悪い人じゃなかったよ。お礼したいって言ってたから、ミカン貰ったし」必死に話して彼女の反応を見ると瞳が潤んでいる。思わず立ち上がりかけるのと彼女が爆笑したのは同時だった。火がついたように笑う彼女に困惑していると、彼女は涙を拭いて「最高なネタありがとう」と私にお礼を言った。なぜだか分からない。首をひねりつつ怖がらせてごめんねと謝ると、「もぉ、大好き」とまるで語尾にハートがついてるようなかわいい声で言われてしまった。


 この話をした後、奈々瀬ちゃんと仲良くメールアドレスを交換してしまった。なぜか有無を言わせない彼女の押しにNOは言えず、携帯を確認して頬をゆるめる様は格別かわいかったとお知らせします。


 数日後、『みかんの男(兄)』と題名がついた例のイケメン俳優の写メを社内で受け取り、コーヒーを吹きだして咳き込む私が居ましたとさ。

疲れたOLさんにはあったかいご飯と女の子の笑顔ぴちぴちの方がイケメン俳優より癒されるんじゃないかと思って書きました。ちょっと続くかも。

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― 新着の感想 ―
[一言] OL=Aとみかんの男(兄)のその後を、あれこれ想像してにやついていました。 ほのぼのとした話をありがとうございます。 続きがあればまた読みたいですね。
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