マゾヒスティック・ヒーラー
日本で(局所的に)流行のVRMMOと称される種類のネットゲーム。プレイヤーは気がついたらその世界と酷似した異世界にいた。
色々と面倒なことはあったが、数か月程度で落ち着き、ゲームそのままのハイスペックな能力を生かして冒険をしたり、あるいは普通に街で働いたりしながら生きている。
そんなプレイヤーたちにも気をつけなければならないモノが存在する。
一つは高レベルモンスター。この世界に飛ばされた時のレベルキャップであるレベル150のプレイヤーでも、ソロで狩る事が出来るかはわからないような強いモンスターである。ゲーム時代にもソロで狩れるプレイヤーは少なかったのだ。どんなにゲームのように人間離れした動きが出来るとしても、痛みの伴うリアルな世界ではとても倒すことなんてできない様な敵だ。実際、痛いのは嫌だからと街から出ないプレイヤーさえもいる。
もう一つはPKだ。プレイヤーキラー。この世界に来た際に頭のネジが飛んだのか、あるいは元からそういう性格だったのか、人を傷つけることを禁忌としない連中。世界を移動した際に、遊びでは済まないからとPKを卒業した者も多いが、逆に道を踏み外してしまった者も少なからずいる。そういう連中はどこであろうとお構いなく襲ってくるため、最大限の注意を払わなければならない。
そんな世界の一角に、日向の森と呼ばれる、常に昼間の様な明るさに包まれた森のダンジョンがある。
名前から連想される通り、元々は初心者向けのダンジョンとして用意されていた場所で、現在でもこの世界に来てまだ戦いに慣れていない人が練習の為に訪れる場所として妙な賑わいをみせている。
森の中を、4人の男女が進む。先頭を行く女性の名はエミル。ギルド『アンダンテ』の一員である。4人の中で唯一この世界での戦闘に慣れている者でもあり、このパーティのリーダー的存在でもある。今回はギルドの中でも、この世界での戦闘については初心者である他の3人の練習に付き合っているという形だ。
「大丈夫? k-ぴょん」
エミルにそう呼ばれた愛らしい顔の少年は、顔を赤らめて左右に振った。
「だからその呼び方は止めてくださいって! 一輝っていうんですカズキって! さすがに実際にk-ぴょんって呼ばれるのは辛いんですって!」
一輝と名乗った少年の反応に、周りが笑う。ここ数か月、彼は名前のネタでいじられてばかりである。
「まさかこんなことになるんなら、もう少しマシな名前付けましたよ……」
「貴公も当然そうするべきであったな」
そう静かに言うのはラズロという名の男性だ。大きな盾を持ち、これまた大きな鎧を着込んでいる。
「ラズロさんくらい設定ガチガチな人も珍しいと思いますけど……」
そう呟くのは、丸い眼鏡をつけた魔法使いの女性だ。
「雪乃、あなたみたいに本名でプレイする方が珍しいと思うの」
「そうでしょうか……」
エミルの言葉に雪乃はショックを受けたように俯いて見せる。
「それはいいとして」
「それはいいとして!?」
一輝の言葉に雪乃は更にショックを受けたように倒れ込んだ。一輝は気にせず続ける。
「回復職、いなくてもいいんですか?」
一輝の言葉通り、このパーティには回復職はいない。騎士であるエミル、守護者のラズロ、盗賊の一輝、魔法使いの雪乃、その4人である。
一輝の言葉に、エミルはおそらく必要ないよと首を振った。
「私は『シンクロLv10』と『復活Lv5』を取ってるし、ラズロも『復活Lv5』を持ってるから」
首を捻った一輝に、エミルは説明を続ける。
「『シンクロ』も『復活』もヒーラーのスキルなの。だから結構多くのプレイヤーは途中で一度ヒーラーを取っているわ。
まず『シンクロ』っていうのは、ターゲットと自分を同じにするというか……。うーん、どう説明しようかしら。えっとね、例えば私が『シンクロ』を発動させて、対象となる一輝と雪乃とラズロに触れる。すると全員受けるダメージも、アイテムとか回復魔法とか補助魔法とかの効果も、共有されるの。それが『シンクロLv1』なんだけど。『シンクロLv10』になると、互いのダメージは共有されず、良い効果だけが共有されるの。わかる?」
頭から煙を出している一輝に、ラズロが補足する。
「つまりエミル殿が全員に『シンクロ』をかけると、例えば盾役をしている我の体力が少なくなった時に、一輝が自身に回復薬を使えば、我も共に回復するというわけだ。少なくともゲームでは」
「大丈夫、もう試したから。こっちでも問題なく『シンクロ』も使えたわ。当然『復活』もね」
何とか理解した一輝に、更にエミルは説明を続ける。
「『復活』はその名の通り、一度復活できる魔法よ。Lv1で瀕死で復活。Lv5で半分で復活。Lv10で全回復みたいな感じね」
「そちらも必須スキルだとwikiにも書いてありました。スキルはレベルが上がれば効果は高まり使用に必要なMPが減るとも書いてました」
いつの間にか復活した雪乃が言う。
「そうであるな。『復活』のLv5以上はもはや持っていないと足手まといなレベルであった」
いまいち役を演じ切れていないような口調になりながらもラズロが言った。なるほどなあと一輝が頷く。
「だからまあ、安心しなさいな。とは言っても、この世界だと『復活』は、というかその前に死ぬのが超痛いらしいんだけどね。でも一応ゲームでは何回もかけ直せたから、怯まなければまあ死ぬ度にかけ直せば死なないし。意外に安全よ」
おどけた様なエミルの言葉に三人は頷いた。しかしそこで一輝があれ、と疑問の声を出す。
「じゃあ、例えばですけど、PKが現れて、周りのモンスターに『シンクロLv10』なんかを使って来たら厄介なんじゃないんですか? 倒して倒してもきりがないみたいな」
その言葉に雪乃が考えもしなかったという顔をするが、エミルはチッチッチと指を振った。
「そうは出来ない仕様なのよ。『シンクロ』は同族相手にしか使えないのよ。モンスターにも『シンクロ』持ちはいるけど正直そこまで脅威じゃないわ。それにこの世界、というかあのゲームにはプレイヤーは何を思ったのか種族人間だけだったからね、PK同士がパーティを組んで『シンクロLv10』を使ってくる可能性はあっても、一輝の心配してるようなことにはならないわ」
「なるほどなあ……」
納得、という風に一輝は頷いた。
そんな話をしながら進んでいると、前方からモンスターが3体現れる。森のワーウルフ。人型の狼のモンスター、Lv8前後の雑魚敵である。腕にまだ新しい血がついている。誰か別のプレイヤーか、あるいはこの世界の人か動物を襲った後なのだろうか。
「それじゃあ、まあやってみなさいよ」
そう言いながらエミルは全員に『シンクロLv10』を使う。
「ラズロは盾だけ構えて、敵の攻撃を受けることに慣れて。雪乃も一輝も強い技は使わないように、戦うことに慣れることだけを考えなさい」
「うむ」
「はい!」
「わかりました!」
それぞれが返事をし、自分の役割を果たす。ラズロは大盾を構え、森のワーウルフの一撃に備える。一輝はナイフを構えたが、足が震えている。雪乃はエミルの予想よりもよほど冷静で、じっと相手を見据えている。
ぐおう、と空気を切り裂く音と共に飛来するワーウルフの拳を防御し、ラズロは一度頷いた。
雪乃もワーウルフの攻撃をひょいとかわす。問題は無い。自分の今の能力よりも明らかに下の相手だ。何を怖がる必要があるだろうか、と雪乃は笑みを浮かべる。そのまま体を捻り、雪乃は森のワーウルフを杖で殴る。
一方一輝は動けなかった。恐怖で足がすくんだのだ。元の世界での一輝はまだ中学生、しかも喧嘩などしたことも無いような善良な生徒だったのだ。自分に襲い掛かる暴力など経験も無い。
「あ、ああ……」
迫りくる森のワーウルフの拳に頭を抱える一輝の前に、大きな影が現れた。ラズロである。『かばう』スキルを使い一瞬で一輝を護ったのだ。
「あ、ああありがとうございます」
「うむ」
攻撃を弾かれ、よろめいた森のワーウルフの頭部を雪乃は自分の杖で殴り飛ばした。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……すいません」
「いえいえ」
杖を拭いながら雪乃は笑みで答える。その様子に、素早く残りを始末したエミルが言う。
「ご苦労だったわね。……ふむ、一輝は街で仕事をした方が良いんじゃないかしら?」
「……そうかもしれません。はい。戻ったらそうします」
「うん、そうしなさいな。っと、あれ……?」
エミルは、森のワーウルフが来た方角に、黒い人影を発見した。道の脇の木を背にしゃがみこんでいるようである。
そういえば、とエミルは森のワーウルフの両腕が血で汚れていたことを思い出した。
まさか!
「大丈夫ですかっ!」
エミルは人影目指して走り出す。そんな様子に、残りの3人も慌てて後を追う。
人影のもとに辿りつくと、エミルはその異様さに言葉を失った。
まず、全身黒であった。ブーツも、衣服も、ご丁寧にグローブまで黒である。衣服は中に何かを着込んでいるかのような、妙なゆとりがある作業着の様な黒い服だ。
そして何よりも目を引くのが、黒のガスマスクの存在である。更に後頭部にはカバーがかぶされており、後ろにまるでロングヘアーのように奇妙な管が伸びている。
全身一切露出の無い。男か女かすらわからないような奇妙な存在であった。
「だ! ガス!? ええと、だ、大丈夫で、すか?」
声をかけるべきか躊躇いながらも、エミルはそのガスマスクに声をかけた。
その言葉にようやくエミルの姿に気がついたのか、頭部が僅かに動くが、視線がどこを向いているかを判断できないため、非常に話しづらい。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
それはくぐもった男の声であったが、何故かとても聞き取りやすい。エミルは片膝をつき、男の視線(と思われる程度の高さ)に合わせて言う。
「先ほどの森のワーウルフに襲われたのですか?」
「ええ、負けてしまいました」
どこか恥ずかしそうに男は言う。うちの一輝と同じような感じだろうか、とエミルは考えた。
「いくら初心者向けのダンジョンとはいえ、ソロでは危険ですよ。何が出るのかもわからない。私たちは一度街に戻る予定なのですが、よろしければ一緒にどうです?」
「い、良いのですか!? いやあ助かる! どうにも俺は弱いらしくてねえ! さっきも森のワーウルフに散々痛めつけられたのですよ」
そう笑う様に言うガスマスク(実際に笑っているのかはわからない)に、エミルは頷いて、立ち上がるように促す。
よっこいしょ、などと声を出しながら立ち上がったガスマスクの姿を見て、一瞬で表情を険しくしたエミルは言う。
「怪我が、どこにも見当たりませんが?」
エミルの問に、ガスマスクの男は何でもないという様に答えた。
「回復魔法を使ったので」
返答に、エミルは首を横に振る。
「いえ、ですから服にも、傷を受けた跡が無いのですが?」
「え? 知りませんか? 自動修復の服」
自動修復の服。言われてようやくエミルは思い出す。大したことは無い。そんなスキルのついている服が存在するだけだ。普通、そんな服を着るぐらいならもっと良いスキルのついた服を着る。好んでそんな機能を付けるのは、その服があまりにも好きで、かつ修理費を一銭も出したくない場合程度しか思いつかない。あるいは素肌を見られたくない女性などか……。
「なるほど、疑ってすいませんでした」
「いえいえ、気にしてませんよ」
一応謝ったが、エミルは目の前の男を警戒していた。
ギルド『アンダンテ』は初心者支援や治安維持を目的としたギルドだ。目の前の存在が脅威なら、見過ごすわけにはいかない。
最近近場の初心者向けダンジョンで初心者狩りを行うPKの目撃情報や被害報告も出ている。この日向の森では一度も目撃情報も被害報告も出ていないが、それでも『アンダンテ』はその被害を防ぐためのギルドなのだ。可能ならば未然に防ぎたい。
本来全員その覚悟ができているはずである。森に入る前にも全員で確認を行った。しかし今は違う。一輝はもう戦闘が行えない。
申し訳ないことをした。とエミルは心の中で一輝に詫びた。
しかし誰が倒れているのかもわからない状況で駆け寄らないエミルではないし、『アンダンテ』のメンバーではない。エミルは振り返り仲間の顔を見ると、全員が、若干不安そうながらも頷いた。
そんな様子に、ガスマスクの男は朗らかに言う。
「ええと、そんなに警戒しなくても、別に俺は怪しい人間じゃないですよ」
ラズロがすかさずツッコむ。
「しかし貴公。ガスマスクは怪しいぞ」
「あはは、でもほら、俺なんか森のワーウルフにも負けるんだし」
「今は無傷だ……。説得力は無い」
「たはー。厳しいなあ。ええと、じゃあ分かれて行動しますか?」
その提案に、エミルは首を振る。
「駄目です。あなたが見た目通りの怪しい人間なら、目の届くところで監視しておきたいですし、あなたが本当に弱い人間なら、我々が護りますから、どちらにしろ一緒に行動していただきます」
「優しいですね。こんな俺の心配をしてくれるんだ」
「ただ、先頭を歩いてもらいます。安心してください。敵が出たらラズロ、ああ、こちらの大盾が護りますので」
「ん、了解了解」
そう頷くと、ガスマスクの男は歩き出した。エミルたち4人は後に続く。
「……」
「……」
「…………」
歩き出してしばらくの沈黙の後に、耐えきれなくなったように雪乃は口を開いた。
「ええと、何でガスマスク、何ですか?」
「んー? 趣味」
「……」
再び沈黙。今度は一輝が口を開く。
「ぼ、僕は一輝と言います。お名前は?」
「俺はMMだよ。そう呼ばれてる。そう名乗ってる」
「えむ、えむさん……?」
「おや? それはk-ぴょん的なあれかしら?」
「エミルさん! ちょ、今そういうタイミングじゃないじゃないですか!」
隙を見つければ一輝をからかうエミルに、一輝は溜息をついた。
「MMっていうのはどういう意味なんですか? イニシャル?」
「違う違う。『被虐性癖の仮面男』で、MM」
「うわあ……」
「お、本気で引いてるなあ。良いぞ少年。ゾクゾクする」
親指を立ててみせるガスマスク男ことMMから距離を取りながら一輝はラズロの陰に隠れた。
「少年にはまだ早い世界だったかなー。大人の世界ってやつですよ」
「一緒にしないでもらいたいものだ」
ラズロは淡々と言った。
「というかもしかして貴公、キャラデザ失敗して恥ずかしいから隠しているだけではないのか?」
「え? いや違いますよ。だって俺自分の顔を取り込みましたもん。キャラデザは面倒で面倒で……」
「そうか……。貴公のリアルでの素顔はそんなに残念なのだな……」
南無、と手を合わせるラズロに、MMは声を上げる。
「ちょっとちょっとぉ! いつの間にか俺がブサイクってことにされて貶められてますけど! いや嬉しいけど! 複雑というか」
「そんなことより」
雪乃はそう話題を切り出した。
「そんなことより、MMさんは職は何なんですか? ああええと、戦闘の職の方です」
「え、何その元の世界ではどうせニートだったんだろみたいな」
「そういうの本当にどうでも良いんでやめてもらえますか?」
「あ、はい」
MMはまるでショックを受けたという様にへこんだジェスチャをしながらも体を震わせている。素直に気持ち悪いと全員が思った。
「回復職です。ヒーラーです。一応」
「へえヒーラーなのね。一応っていうのは?」
エミルの疑問に、はいとMMは答える。
「今、というかこの世界に来たとき、俺はレベル81だったんですよ」
「81……。決して高くは無いわね」
MMが頷く。その当時のレベルキャップは150だったし、多くの人が100を超えていた中での81である。初心者歓迎期間や、周りの強い仲間に引き上げてもらえば割と簡単に誰でも100を超える中での81それもヒーラー。
「どんなスキルを取っていたの?」
興味本位からエミルは聞いた。その異様な見た目の男がどんなスキル構成なのかが興味があったからだ。
「ええと、『HPアップ』『MPアップ』『キュア(HP回復)』『リフレッシュ(状態異常回復)』『リジェネレーション(常時HP微回復)』『リザレクション(戦闘不能回復)』『回復魔法効果アップ』『復活』『シンクロ』です」
「ふ、普通だ……」
呟く様にエミルが言う。体力を上げて『復活』も使って死なないようにし、パーティメンバーと『シンクロ』して常に体力を回復させ、誰かが攻撃を受けたり状態異常になれば自身に回復魔法をかけ全体を回復。実に普通だ。後は残りのレベルアップ分で単体能力強化魔法などを取って『シンクロ』から全体強化にして補助特化のヒーラーの完成だ。
話を聞けば初期からずっとヒーラーである。筋力アップ系は一切持っていないので、ソロでは本当に何もできないのではないか。武器もナイフ一つである。
実はレベルアップのステータス振りも全てMPの伸びるステに振っている。完全に戦闘を仲間に任せ回復補助に専念する育て方である。
「見た目に見合わず、普通なプレイングね……」
「あれ、何か褒められてるはずなのにがっかりされてるような気分だぞ俺」
戸惑うような動作を見せるガスマスクに、エミルは溜息をついた。まるで知らない組み合わせを見せてくれるのかと、外見から勝手な想像をしてしまった。
「ああええと、勝手な期待をしてごめんなさいね、もうすぐ街だし、もう少しの辛抱よ」
「勝手に失望されてる!?」
エミルの言葉通り、もう少しで日向の森を抜け、街道に出る。そこからはすぐにエミルたちの拠点にしている街である。
何だかどっと疲れた、とエミルが考えたその時であった。前方から2人の人影が現れた。
あら、森に挑む冒険者かしら? とエミルが思った瞬間、MMの体がはじけ飛んだ。
「え?」
誰かの呟く様な声。
突然の惨劇に4人の体が固まる。
MMだった肉塊が崩れ落ちていく先で、2人の冒険者が笑っている。片方は魔法使いの女のようだ。では今のはその魔法の力か。エミルは思考を進めるが、体は動かない。
ニヤついた、厭らしい笑みを浮かべる2人のうち、鎧を着、両刃の剣を持った方が口を開いたその瞬間。目の前のMMの肉塊は集まり、その姿を取り戻した。
「いきなり死んだ!?」
そう叫びながら『復活』したMMは、再び自分に『復活』をかけながらも目の前の2人を見る。
「っち、『復活』持ちかよ。多いんだよなあ、テンプレ。つまんねー」
「まあそう言わないで。何度も殺せると思えば得よ」
「まあそうか」
そう笑いながら近づいてくる2人に、ようやく体が動くようになったエミルは叫ぶ。
「あなたたちが最近ここらで暴れているという初心者狩りね!」
「おう! だったらどうした!」
「捕まえます!」
エミルの言葉に、2人は笑う。
「捕まえます! だってよ! オイオイこいつら俺たちを生け捕りにするつもりらしいぜ!」
「ずいぶんと舐められたものねぇ。ゾクゾクしちゃう!」
そんな魔女の様子にMMは笑うような声を出す。
「あれ俺と同じマゾなんじゃね?」
「あなたは黙っててください! 逃げてください! これを使って!」
エミルはMMに向かって石を投げた。それは砕くと特定の場所に飛ぶことができるという類のマジックアイテムであった。緊急事態用の高価な石である。わあお便利、とMMは笑う。
「一輝と雪乃は石を砕いて、応援を呼んできてください! 私とラズロで足止めします」
「はい!」
一輝と雪乃は同時に石を砕いて飛び去った。その様子に初心者狩りの2人はあからさまに苛立ちを見せる。
「石持ちかよ。あー面倒。本当にやめろよなあ」
そのまま、残りは逃がさないと武器を構える。エミルは声を張り上げた。
「あなたも! 早く逃げなさい! 邪魔よ!」
MMは、そんなエミルを気にせずに初心者狩りの方へと歩き出した。
「あー、えっと、何だ。俺が倒しますからエミルさんとラズロさんの2人は下がっていてください」
MMの言葉に、ラズロとエミルは唖然という顔をした。初心者狩りの2人も同様である。しかし2人はそのガスマスクを被った異様な姿に、僅かに動揺を見せる。
しかし先ほどの情けない死にざまを思い出し、すぐに笑みを深めた。
「バカじゃねえの?」
そう笑うと、初心者狩りの男は飛び込み剣を振るう。MMは避けようと試みるが、男の剣を振る速度はMMの回避動作よりも早い。
「ほうら取った!」
男はMMの右腕を切り飛ばした。肩口から血が噴き出る。
「テメエみてえな戦闘初心者様を狩るのが俺らの楽しみなんだよ! ほら、さっきまでの余裕はどうした!」
「ぁぁあ……」
ガスマスクの中から呻く様な声が漏れる。
「ぁああ、イイ! 痛いけど気持ち良い!」
「は?」
今度は男が素っ頓狂な声を上げる。
「んぐう! やっぱり急激に来る過度な痛みも良いなあ!」
そんな間にもMMの右腕と衣服はみるみる治っていく。
「あ、『キュアLv10』」
そう呟いた瞬間。急激な勢いで腕が再生した。それに遅れるように服がゆっくりと再生していく。
「んんぅ」
快楽に悶えるような声を出すMMをまるで汚物を見るような目で男は見た。
「ああ、その視線、良いねえ。才能あるねえ」
そう笑いながら、MMは男に近づく。
「く、来るなよ気持ち悪い!」
そう叫びながら男はMMの脚を斬った。綺麗に自分の脚とさよならしたMMであったが、次の瞬間に『キュア』と冷静に呟けば、元通りである。
「いやあ、『キュア』のレベルを最大の10にしてさあ、『回復魔法効果アップ』もレベルを10まで上げたらさあ、だいたいの傷が一瞬で治る程度の回復量になるんだよね。まあヒーラー間じゃ常識だけどさ。っていうかwikiに書いてあるし」
MMの長台詞に、ようやく気を取り戻したように魔女が呪文を唱える。
先ほどMMを肉塊にした風の魔法だ。
その演唱に、男は一度大きく後退した。
風の魔法『ウィンドバースト』が迫る。風は爆ぜ、MMの体は再び肉塊となって宙を舞った。
「『復活』が残ってるんだろう! 知ってるぜ!」
再び踏み込んできた男の前で、MMの体は再生する。瞬時に復活したMM目がけて男は剣を振るう。
「これで終わりだよ!」
心臓目がけて一気に突きを繰り出す。剣が胸を貫き、肋骨を貫いた辺りでMMは冷静に魔法を唱える。
「『復活Lv10』」
ゲーム時代、PKには嫌われたが、攻略のプレイヤー組には必須のスキルであった『復活』による復活からの再『復活』。高レベルのモンスターに挑む際の絶対条件。レベルキャップに到達した者はほぼ全員が行ってきたこと。
しかしそれは痛みの伴わないゲームだからこそできる奇跡。
「実際めちゃくちゃ痛いんだ! そんな事が出来るわけがない!」
男の叫びを、MMは否定する。
「できる。なぜなら俺は」
――マゾだから!
痛みさえも快楽に変える被虐性癖!
まさにマゾは最強の証明!
唖然と、眼前の光景を眺めながらも、しかしエミルは思考する。
たとえその考えが正しいとして、可能だとして、確かにMPが続く限りMMは負けない。
しかし、どうやって勝つのだ?
先ほど話したスキルしか持たず。どう勝つのだ。これではいずれ押し負けるだけだ。
しかしそれを知らない初心者狩り2人には、眼前の男は化け物のように映る。
「う、うぉおおお!」
いくら斬ろうとも、『キュア』と『リジェネレーション』と『復活』の前には無意味。MP切れを待つにしても、MPは多く、魔法レベル最大なので使用MPは少ない。
眼前に迫ったガスマスクに、男は変な、気の抜けた様な声が漏れた。
MMはゆっくりと右腕を伸ばし、男に触れる。
「『シンクロLv1』」
「あぁあああアアアアアアアアア―――――!!」
突如男の口から言葉にもならないような悲鳴が上がる。と同時に男の全身から血が噴き出し、次の瞬間には全身の傷が塞がった。それが異様な速度で繰り返される。
「――――!!」
どういうこと! とエミルは目を見開いた。『シンクロLv1』とは、つまり痛みも回復も共有する、のだ。
男は全身に深い穴を開け、全身から血をふきだし、次の瞬間には再生する。
つまりMMもまったく同じダメージを負っているということ!
エミルのたどり着いた結論は、事実その通りであった。
MMの、自動修復機能の付いた装備。彼が何故この装備に拘るのか。作業着の様な衣服と、グローブと、ブーツの内側には、心臓と脊髄以外の体中の全てを痛めつけるための太い針が仕込まれているのだ。これらは衣服が損傷すれば消えるが、衣服が修復されれば再び全身を針で突き刺す。
そしてその傷は『リジェネレーション』で回復され、次の瞬間に再びダメージを受ける。その繰り返しである。
拷問の様な単調で、しかし過剰なダメージ。常人ならば10秒も正気を保っていられない。
しかしMMは出来る。MMだからこそできる!
何故なら彼は被虐趣味だから!
MMは、気が狂いそうになるほどの痛みにのた打ち回る男の横を通り過ぎ、魔女に近づく。魔女は、相方の惨劇に放心した様になりながらも魔法を放つ。
「はふっ! えあぅ! う、『ウィンドバースト』!」
MMの右半身が吹き飛ぶが、『キュア』と唱えるだけですぐに復活する。その痛みにさえ後ろで男は悲鳴を上げる。
「『ウィンドカッター』! 『ウィンドハリケーン』!」
死なないように僅かに避けながらも、しかしMMは魔法に当たりながら進む。
「う、ウィンド、ういんど……」
MMは泣きじゃくる魔女の顔にそっと手で触れると、まるで死刑を宣告するかのように言う。
「はい、『シンクロLv1』」
「んぁああああアアアア!!!」
2人分の悲鳴が森にこだまする。永遠とも呼べるような数十秒の後、ようやくという様にMMは『シンクロ』を解除した。
「ふぅ……生け捕り完了、かな?」
パンと両手を叩いて見せる。
一仕事終えたという雰囲気を漂わせながら、MMは額をガスマスクの上から拭った。
初心者狩りは、どちらも正気を保っているとは言えない。生きていたとしても気が狂っているのは確実であろう。
そんな2人をしり目に、MMはエミルに石を返した。
「さっきは心配してくれてありがとう。でも返すね。それと、こいつらは俺が貰って行きます。良いですか?」
「え? あ、え、ええ」
そう言い、エミルの気の抜けた返答を聞くと、そのまま初心者狩りの2人を持ち上げ、自分で用意していた方の石を砕いた。
すう、と、まるで最初からいなかったかのように消えたMMを、まるで幻でも見ていたのかと考えたエミルの耳に、自分を呼ぶ仲間たちの声を聞いた。
そこでようやくエミルは、ああ自分はまだ生きているのだ、と実感したのであった。
ワープを終え、初心者狩りの2人をギルドの施設の床に置いたMMに声がかかる。
「お疲れ、と言えばいいのかな?」
窓際の高価そうな机に腰かける女性の姿を捉え、MMは言う。
「本当に、疲れましたよDD」
DDと呼ばれた黒髪の女性は、満足そうに頷くと、MMのガスマスクを外した。
「ここでは外す約束だぞ」
「そうでした。忘れてました」
「っち、これだから覚えの悪いクズは。脳細胞が回復できてないんじゃないか? いや、元々無いのか?」
「ハゥン!」
「気持ち悪い!」
そう言いながらも、ガスマスクの内側をDDは見る。ほぼ全面に針。たとえ頭部だろうとお構い無しである。会話が可能な程度に耳と口と喉を、戦闘が可能な程度に目を、判断が可能な程度に脳を護りさえすれば、それ以外はギリギリまで最大に痛めつけるための針、そして。
今度は後頭部のカバーを外す。ロングヘアーのように伸びる管の内側は、雷属性の鞭が仕組まれており、そこから常に服の内側から全身にかけてを帯電させる様にできている。
「危ないよ」
素顔をさらしたMMは、DDからカバーとガスマスクを取り上げて言う。
「フン、知っているだろう、私の特異性を。私に痛覚は無いよ」
「それでも危ないよ」
そう言いながらDDを見つめるMMの顔は、キャラメイクで作られたある人工的な違和感や気持ち悪さを、一切感じさせないモノであった。
「何故神様は、お前の様な気持ち悪い男を美丈夫に生んだのであろうな」
月も無い夜の空の様な髪と瞳。一つ一つ丁寧に作られたような美しい顔は、優しく包容力と頼りがいのある魅力に包まれている。
「ええと、褒められてる? 貶されてる?」
「……両方だ。さっさと納品して来い」
このギルドの納品物はPKである。MMはDDに蹴られながらも、初心者狩りを持ち上げると奥へと運び始めた。
MMの所属するギルドは、PKK専門のギルドである。異世界に来てからずっと、暴れるPK相手に勝ち続けてきた集団である。
なんてことは無い。それで飯が食えるのだ。半分は仕事で半分は趣味みたいなもの。感慨など無い。
被虐性癖の仮面男は、今日も元気に、性癖全開で異世界を生きている。