希望
世界は終わろうとしている。
それでも私は寝ぼけたとろんとした表情でただ無為にたばこを吸っている。
いまさら世界が終わったからといって、それが私に何の意味がある。
とうに私というものは終わっているのだ。
終わりを過ぎたものに新たな終わりなど何の意味もない。
高架の上を満員電車が通りゆく。
傾げた車体が冗談のようにこっくりをする。
どうやら電車も寝ぼけているらしい。
最後に会っておきたい人はいないの?
物憂げな調子で紅い唇が言葉を吐き出す。
私にはすでに他者との関係性はなくなっている。
想い出も、なつかしさも、とうに失くした。
私がなくなっているのに、その私が誰に会って、なんと言葉を掛けるというのだ。
見詰め合う瞳の熱さえ、もはやなんの感情も喚起しない。
海は澄み渡り美しい輝きを見せていた。
その記憶はきっと嘘だ。
そのような美しさが私に理解できたはずもない。
「世界が終わろうとしているのに、我々はこんなところでこんなことをしていていいのか?」
駅前の広場に木箱を置いて、その上に立ち、こぶしを振り上げ、ダークグレーのスーツが叫ぶ。
集まった群衆からかすかな笑いの波が起こる。
そして静かに沈む。
助けてやれよ。
悪魔か天使かが私の耳元で囁く。
私はダークグレーのスーツを蹴り飛ばす。
助けてやったらいいじゃねぇか。
悪魔か天使かは溜息の音を残して消えていく。
新しいたばこに火をつける。
深く煙を吸い込もうとした瞬間に世界は終わった。