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009:各種鞭、取り揃えております

 宿屋『旋律の青』の場所を確認し、広域地図(ワイドエリアマップ)を経由して武器屋がある区画に移動する。


 広域地図は、通称『マップ』と呼ばれ、街中限定で移動をストレスを軽減させる機能だ。

 衛星から撮影したような地図から行きたい区画を選択すると瞬間移動できる、従来型のゲームでのファストトラベルの機能だと思えば良い感じ。


 何故このような世界感を壊す機能が搭載されているのかといえば、王都の総面積が20kmもあるからだ。

 中央に位置する城から平原まで歩いて移動しようと思うと、二時間もかかってしまうという鬼のようなリアル志向。

 もちろん、無料馬車などの交通サービスも整っており、マップを経由しないロールプレイも可能である。


 で、今回の目的である武器屋があるのは『貴族街』だ。

 普通の武器屋は『商業街』にあるという話なのだが、貴族街の東区にあるのは『鞭専門店』なのだ。

 乗馬用からSMプレイ用、武器用など各種取り揃えていると聞いてテンションが激しく上昇して力が溢れてくる。


「現在の所持金で購入できる範囲で選ぶなら、商業街の品揃えで十分だと思いますよ?」

「専門店あるならそっちに行くさ。つーか、これからっしょ! これから始まるんだよ、僕の冒険が!」


 ヒャッハァ! ってな感じで気分は上々。

 現実世界で鞭専門店など入ったことがないので、最高にハイになっている。

 貴族街の町並みをスキップで駆け抜け、目的の店に突入だ。


 突入と言っても、深呼吸をした後に紳士的に扉を開きましたよ。

 髪の毛を掻き上げてながら貴族っぽい雰囲気を纏ってね。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは、マドモアゼル?」

「ノー、マドモアゼル。彼が旦那よ」

「はーい、ダディ」

「ようこそ、ヴァレード・レヴンへ」


 出迎えてくれたのは、ゴシックな意匠をしたボンテージを身に纏った婬魔のお姉さんと、執事服の爽やかそうなエルフの少年だった。

 僕は彼らに近寄っていくと、それぞれ握手を交わす。


「宍戸遙人です、よろしくお願いします」

「店主のヴァレリアです。こっちは旦那でアドバイザーのセラレド」

「よろしくお願いします。ハルトさん。いや、ハルト――――」


 そして、即座に意気投合した。

 僕らは瞬時に鞭好きの同士であると悟ったのだ。


 セラレドから日本とは違う鞭の扱い……要するに、ゲーム補正について軽く説明を受けて、早速商品の物色を開始する。


 この店舗、『ヴァレード・ヘヴン』には事前にヒメノさんから聞いていた通り、多様な種類の鞭が置いてある。

 僕は鎖鞭があれば購入しようと考えていたんだけど、かなり悩まされる品揃えだ。


 今見ている商品棚に飾ってあるのはスタンダードな牛追い鞭(ブルウィップ)

 かなりメジャーな製品で、有名映画、インデェー・ジォーンズの主人公が使用しているものもコレに分類される。

 数少ない競技大会の規定で使用されるのもコイツなんで、日本で鞭といえばブルウィップになるかな。


 ……で、これのバリエーションが半端ない。

 スタンダードな単色から、黒白網、赤桃などのカラーに、留め具の部分に宝石が飾ってあるものや、天使の刺繍がしてあるものなど。通販サイトでは考えられない種類がある。圧倒的である。


 さらに、これを自分好みにカスタマイズして注文できるというのだから、心が揺れ動く。

 完成は一日と素早い仕上がりで、お値段も15,000G~となっており非常にお買い得だ。

 自分専用感を出したい人にはもってこいだろう。


 隣の棚は、ストックウィップ。

 コイツは先程のブルウィップの持ち手が皮の編み込みから棒状の素材に変更されたもので、命中精度に優れる。

 ゲームなどで魔獣使いだったり、テイマーだったりが装備しているのは前者よりもコチラが多いだろうか。


 あと、これは……スネークウィップか。

 ブルウィップ、ストックウィップと違い、明確な持ち手が存在しないのが特徴だ。

 その形状が蛇に似ているからスネークの名を冠するという、名前そのままの鞭。


 次は……すごいな、これ。キャットオブナインテイルだ。

 こんなものまであるとは開発スタッフは病気だ。このナインテイルと言うのは――――


「ハルト様」


 不意に、声をかけられた。ヒメノさんだ。

 そういえば、街でスキップダッシュでぶっちぎって来たので存在を忘れていた。


「この鞭など、如何でしょうか。そちらのゴツイ製品よりは取り回しが良さそうですが」

「これは……」


 彼女が持ってきた鞭は、僕が現在見ている対人武器・拷問用とはジャンルが異なるソレだ。

 ウィッピング……言ってしまえばSMプレイに利用される、バラ鞭というヤツである。


 これも僕が見ていたナインテイルに分類されるのだが、人体に与えるダメージとしては物足りない。

 というか一部の人間が快楽を得られるようなレベルの威力しかないので、とても戦闘には使えないだろう。


 どう説明するかなぁ……

 視線を彷徨わせると、ヴァレリアさんと目がかち合った。


「ヴァレリアさんと話をしてて。鞭は自分で選ぶから、僕のことは気にしないで」


 こうして説明を回避し、自分の鞭を物色する作業に移る。

 僕が鞭のSM的な役割について知っていたのは、鞭のことを色々と調べたからで、被虐的だったり、加虐的な性癖があるからではない。


 ……一時期は鞭の魅力に取り憑かれすぎて、そういった性癖を覚醒させようと頑張ったんだけど、痛みしか感じなかったんだよ。

 通販でバラ鞭を買ったのは最大の汚点である。


「姫香、お願いだ」


 と土下座で妹に頼み込んで、背中にバシンとやってもらったことも含めて。

 あのときは苦痛で泣いて逆ギレしてしまったからね。さらに妹にキレ返えされた。


 まあ、丁度現実の厳しさを知った時期だったし……

 くっ。思い出したくない黒歴史(かこ)を思い出してしまった。


 ――良いことを思いついた。


 現実とは違うんだから、鞭を両手に持つのもありだよな。

 左右同時にクラッキングさせるとかも可能じゃないか? 昔やったゲームでもそんな感じのキャラがいたし、漠然と脳内に使っているイメージが残っている。

 脳内思考によるコントロールで鞭の動きに多少の補正が掛かるようだし、出来ない動作ではないハズだ。


 となれば、鎖鞭を使うにしても思考によるコントロールが必要だよなぁ。

 肉体強化で重量的には問題ないけど、普通のブルウィップのような繊細な動作とかは無理だろうし……

 僕の好きなレトロゲーでは普通に鞭として使ってるけど、MBOでは鎖の性質のほうが強い仕様なんだろうし。


 そうなると、2本持つのを前提なら選択肢がブルウィップ、ストックウィップに絞られるな。

 スタンダードなタイプの鞭を買って、現実で得た技術を活かして経験値を稼ぎ、思考による動作補助がどの程度かを把握するという流れにするのが良いだろう。

 それ抜きにしても、鎖鞭は少々お値段がして所持金では手が届かないし。


「選ぶのは……コイツだな」


 僕が手に取ったのは、一本のストックウィップ。

 持ち手が刀の柄巻にようなデザインになっており、見た目が非常に美しい。


 それは和の風味を取り入れており、かなりの高級仕様のように感じらて満足感を満たす。

 豪華な意匠で威力には関係ない部分だけど、惹かれてしまうというのは人の性だろう。


 値段は26,000Gと高価なので、これを買うと260Gしか残らないが、まぁ問題ない。

 ゲームの世界なので、貯金の価値観が存在しないし敵を討伐すれば金が手に入る。

 鞭で失った金額は、鞭を使って取り戻すまでということだ。


「セラレド、これに決めた。会計をよろしく」


 僕は笑顔で、鞭を会計に持っていく。


「よし。ハルトはこれからも利用してくれる思うから、1,000G値引きで25,000Gで決済しよう」

「ありがとう! こいつに馴れて金が貯まったら鎖鞭を買いに来るよ」

「はは、そんなこと言わずに遊びに来てよ。

 今日は急いでるようだけど、ボクが鞭スキルを教えることができるしね」

「お、時間があるときに絶対行く」

「良い返事だ。あと、城でも鞭の講習がしてもらえるからそちらにも顔を出すと良い」


 セラレドに情報をくれた礼を言って、僕は店を後に――――

 おっと。ヒメノさんの存在をまた忘れていた。


 声をかけようしたらヴァレリアさんにSM鞭の販促をされている。

 すごい嫌そうな顔で……機嫌が非常に悪そうだ。


「ヴァレリアさん、すいません。会計終わったんでヒメノさん解放してもらって良いですか?」

「あらあらゴメンナサイ。サクラちゃんの反応が可愛かったのでつい長話をしちゃったわ。

 サクラちゃん、今度ハルトくんと一緒に来たときにもーっと詳しい説明してあげるから。

 なんならお姉さんと実体験コースでも結構よん」


「……ハルト様を叩く方なら」

「駄目よ、ハルトくんにはそっちの気はないから不快感しか与えられないわ。

 叩かれるのは、わ・た・し」

「…………」


 僕には圧倒的なヒメノさんだが、ヴァレリアさんには敵わないようだ。

 彼女の弱い面を初めて見た気がして、しばらく様子を見守っていようと思ったら、強引に服の裾を引っ張られ「失礼しました」と店内から退場することになった。


「……にどと、二度とあの地へ足は踏み入れません」


 そう呟いた彼女の声と表情はやけにリアルに感じられ、逆に”ここが現実ではない”ことを僕に思い出させた。


 危ない、夢中になってた。

 兄貴と同じ血筋なんだからゲームに熱中しすぎないよう注意しないと駄目なのに。

 自分が嵌まって私生活が疎かになってしまうなんてことになれば間抜けだし、兄貴に説教所ではない。


 だが、良い鞭が手に入ったなぁ。

 これは現実で同じ物が売ってたら、借金をしてでも購入してヒャッハァ! するレベルだ。


 顔面ほくほくの僕、仏頂面のヒメノさん。

 二人は会話することもなく『旋律の青』へと向かうのであった。

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