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075:チャーハン作るよ

 事件はあっさりと解決した。

 僕が派手に壁ドンしたおかげで、隣室の住人がマンションの警備に連絡してくれたのだ。


 通報されたのは迷惑行為をしていた――と勘違いされた僕。

 屈強な警備の人に取り押さえられそうになり慌てて事情を説明。

 一緒に来栖さんの自宅に訪問すると、来栖さんが男に羽交い締めされて口元を塞がれているという危機一髪の状況だった。


「そして、僕の鞭が唸ったわけですよ」

「なるほどね。経緯は理解できたよ」


 そして、僕は今、警察で事情聴取を受けている。

 来栖さんに襲いかかる脅威を撃退したのは良いが、過剰すぎる防衛が問題になったようだ。


「それで宍戸くんに質問なんだけど。良いかな?」

「はい。なんでも聞いてください」


 僕の返答に、警察官は「ふむ」と頷く。


「純粋な疑問なんだ。どんな返事をしても逮捕なんてしないから、正直に教えて欲しい。なんで鞭を持っていたのかな?」

「それは、ニーチェさんに有り難いお言葉をいただいていたので」

「知り合いの外人さん?」

「いえ。ドイツの哲学者で……フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、知りません?」

「うーん、残念ながら知らないなぁ。で、その人はなんて言っていたの?」

「”女のもとへ赴こうとするならば鞭を忘れるな”ですね。心に染みる良い格言ですねぇ」


 その後も質問を色々とされたが、全部正直に答えていった。

 時間にしてみれば、15分程度のことだったが意外と緊張するものだ。

 逮捕しない、なんて言いながらも探る様な目で僕を見るのから困る。

 警察の仕事が疑うことというのは、確かに真理かもしれない。


 最後に「鞭を持ち歩くのは犯罪にはならないけど、正当な理由がない限りは……」と説教されたのは暗々たる気持ちだった。

 確かに、日常生活の中で職務質問を受けたときに、鞭を所持しているのは不自然な感じがする。

 ニーチェさんが鞭を持って女性に会いに行った時代とは、”おおらかさ”が違うからなぁ。


 警察からは「すぐに取り出せる状態で手提げ袋に入れてあったのも暴力行為に荷担すると勘違いされる原因になるのため、厳重にケースに入れて持ち歩くように」とアドバイスして貰えたので、今後に活かしていこうと思う。


 あとは、鞭を持ち歩く正当な理由を作ることだ。


 撲殺好きの野球部員がバットを持ち歩いても怒られないように、部活を隠れ蓑にするのが良いな。

 となると、学校に鞭術部を設立するという流れで動くのが良いか。

 SM的な性癖を持つ、そっちの鞭マニアを部員に加えれば、なんとか人数は集まるハズ。

 夏休みが明けたら本気を出さなければ。


 そういば、警察といえばアレだ。

 国によっては暴徒鎮圧用の装備に鞭を採用したイカした組織なんだよね。

 日本は残念なことにビッグウェーブに乗り遅れ、昔ながらの警棒ままなんだけど……


「刑事さん、南アフリカの警察が強化プラ製の鞭を採用しているって知ってます?」



 ☆☆☆


 私は今、事情聴取を受けている。

 遙人さんが鞭を打ってできた隙に、男の顔面を強打して鼻の骨を折り、無力化するために肩の骨を外したのが過剰防衛になるのではないか、という話だ。


「自室に侵入した挙げ句、中学生に性的暴行しようとした相手ですよ?」

「それはもっともなんだけど。来栖さんが防衛行為に及んだ時に、部屋に警備員の男性と、自称鞭使いの友人がいたのが問題なんだよ。3対1という、数の暴力があるという状況下で行われた行為が」


 私に不埒な行為を働こうとした男は、非番の警備員。

 不審者がマンション内に侵入しているため、各部屋に注意を促している最中……だと、本人は言っていた。そこで、インターフォン越しでは失礼かと思い、扉を開けて話を聞いたのが失敗に繋がった。

 冷房の空気が逃げてしまうからと、入り口を閉められ、あっという間に襲いかかられた。


「遙人さんと一緒にいた警備員が犯人とグルではないと限らないので」

「なるほど。襲われた立場である来栖さんから見たら、信用できる存在ではなかったと」

「はい」


 であるからして、そちらを攻めておく。

 過剰防衛だった自覚はあるのだが……正直に話すような真似はしない。

 私は以前にも拘留された経験があるため、口は災いの元というのをよく理解している。


 実際には、襲いかかられた時に返り討ちにする余裕があった。余裕で。

 しかし、か弱い少女を演じて犯人が隙を見せた際に「いつから私が蝶よ花よと育てられた少女だと錯覚していた?」と格好良くキメようとか、頭のおかしいことを考えていたので……


 遙人さんがご飯を作りにきてくれて、なんだか嬉しくなって……楽しくもなって。

 今日から”Maid Butler Online”を再開するぞという気持ちになって。

 仮想世界(ゲーム)の時のような対応をしてしまったのだと思う。


 犯人が泡を吹いて気絶した後、遙人さんに真剣に心配をされて頭が冷えた。

 優しく「もう大丈夫だから。遅くなってごめん」と、両手を握られた時には……


 色々と、その……恥ずかしくなった。

 そう。つい、カッとなった。今では反省している。


 その後も色々と警察に質問されたが、後ろ暗い背景は黙って客観的に見た都合の良い事実を語った。

 自分の非を認めると、協力者である遙人さんも立場が悪くなるかもしれない。

 それに、私の内心がどうだったのであれ、犯罪行為をした人間は裁かれるべきだ。



 ☆☆☆


 取り調べも終わり、私と遙人さんは警察の車に乗り込んだ。

 私たちの両親が仕事で迎えに来れないため、自宅まで送迎してくれるらしい。


 婦警さんに案内されるまま、白黒のツートンカラーに塗装してある軽自動車に乗り込む。

 車が走り出した後は、ゲームに復帰する前に……ということで、遙人さんに仮想世界での近況を教えてもらった。


 エルフの集落から王都までの運賃を貰った遙人さんは、すぐに王都へと戻った。

 魔王城へサクラさんの死亡を報告に行ったのだ。


「そこで、メイドさんを再雇用できることになったんだ」

「また裏切られるんじゃないですか?」

「そこはバッチリ。完全に調教……性格を再設定したから」


 本来なら新規のメイドを雇用できるのだが、遙人さんの場合は”カーラさん”がいた。

 しかし、仲間にならないNPCが仲間になったという状態であったため、新規同様にキャラクターメイキングを行う流れになったとのこと。


 <容姿>

 ・猫耳に尻尾

 ・尻尾で鞭を持つ(七股の鞭を持たせて「これが本当のキャットオブナインテイルだ!」を実装予定)


 <設定>

 ・鞭に打たれて鞭に目覚めた鞭使い

 ・鞭以外の痛みでは感じない(性的な意味で。元が節操なしの変態だったために抑制)

 ・遙人さんが使っていないコレクションの鞭を管理するのが最大の仕事


 上記の変更を加えた上で、逆らうことがないように徹底的に色々とアレをしたらしい。

 遙人さん的には、サクラさんに裏切られたことよりも鞭を燃やされたことがショックだったそうで……設定がなんだかそれっぽくなっている。


「これなら、裏切る時には鞭を略奪するハズだ」

「なるほど。それなら、もし敗北しても鞭を奪い返せば問題ないですね」

「うん。まあ、裏切られない用に定期的に(ムチ)を与えるよ」


 メイドさんを雇用した後は、ひたすら金策。

 遙人さんの武器は消失しているため、必然的に素手での戦闘。

 さらに、デスペナルティでステータスが大幅に低下しているため、死亡して大変だったらしい。


「来栖さんと一緒に攻略した下水道。あそこは、以前は死んでも平気だったよね。それが、ダメになったんだよ。初心者用のクエスト期間は終わったみたいで、普通に死んだらステータス低下して。もう色々と負の連鎖。カーラも初期レベルから再出発なので微妙な強さだし……結局、安全マージンをかなり取って、何度も何度もダンジョンの浅い場所へとアタックを繰り返して、せせこましくお金を稼ぐ簡単な作業さ」


 もうすぐお金が貯まり、最低ランクの既製品が買える。

 そんな話をする遙人さんは笑顔で、聞いている私も楽しくなった。



 ☆☆☆


 マンションに戻ると、遙人さんがチャーハンを作ってくれた。

 中華料理店のよりも美味しい。嬉しい。そんな気持ちを伝えると「ちゃ、チャーハンぐらいしか作れないけどね」と照れた様子で、なんだかとっても可愛かった。


「最近は毎日カップラーメンで少し飽きてきたんですけど、遙人さんのご飯なら毎日食べたいぐらいです」


 そう言うと、遙人さんは顔を赤くして俯いてしまった。


「何もそんなに恥ずかしがらないでも――――」


 言いかけてから、自分の言葉の意味に気付いて私も顔に熱が籠もった。

 まるで、愛の告白。


 でも、事実、遙人さんのご飯を毎日食べたい――いや。

 遙人さんと食卓を毎日一緒に過ごしたいと思う気持ちが私の中にあるのは事実なワケで。


 でもでも、まだ遙人さんと会ってから2週間しか時間が経っていない。

 一目惚れと言うには第一印象が悪くて、話して見ると良い人で、面白くて、一緒にいると楽しくて。


 でもでもでも、恋に落ちるのに時間は関係ないという。

 クラスメイトの話を本を読む振りをして聞いていたのだけれど、その子は通学の電車で格好良い大学生に一目惚れして、その日のうちにアドレスを交換して、1週間後には男女交際に発展、2週間後には初体験をしたと自慢をしていた。「うち、マジ愛されてるから」なんて惚気るのを、当時の私は尻軽だと思って軽蔑していたんだけど……


 遙人さんと会った次の日にはアドレス(ゲーム内)を交換して、1週間後には仮想世界ではなく現実で会って(偶然)、2週間後には自宅でご飯を作ってもらって、それを食べているという関係があって。


「あ、えっと、これは、違って。まだ早くて、まだ中学生だし、手順が……」

「だ、大丈夫大丈夫。言葉のあやだって分ってるから。僕のチャーハンはプロ級だしさ。命の通わぬカップラーメンと比較してしまったら、毎日でも食べたくなるさ。妹にも、作る度に”兄さん、腕を上げましたね”って言われるんだ。これぞ進化するチャーハンというか、メガ進化究極レボリューション的な――――」



 ピーン、ポーン。


 インターフォンが鳴った。

 ものすごく、良いタイミングだと思う。


「出てきますね」


 それだけ伝えると、モニターの前に行って映っている人物を確認する。

 そこには、久し振りに見る父さんの顔があった。


 ――すっかり頭から抜け落ちていたが、警察署から電話で経緯を話した際に、顔を見に行くということを言っていた。

 スーツ姿の父さんは、仕事終わりに寄ってくれたのだろう。


 ものすごく。良くないタイミングだと思う。

 心配して来てくれたのは嬉しい。けれど、少し邪魔というかなんというか。

 もう少し、遙人さんと2人で過ごしていたかったというか。


「八重、大丈夫か?」

「大丈夫。今、玄関の鍵を開けるから、入って」


 キーロックを解除すると「邪魔するぞ」と言いながら、父さんが入ってきた。

 が、途中でその動きを止めて、硬直する。


「こ、これは男物の靴じゃないか! まさかッ!!」

「遙人さ――お客さんが来てる」


「な、名前呼びだとォ! や、八重。よく見ると、顔が赤い気がするんだが……」

「そこは、少し前に恥ずかしいことがあって」


「はずっ……ば、馬鹿な! そ、その、だ。八重……その男とはどんな関係なんだ?」

「私と遙人さんは――――お友達かな。父さんに紹介するよ。とっても良い人だなんだ」


 遙人さんとの関係を聞かれ、距離感を再認識する。

 今は、お友達。私の気持ちが一方通行で、片思い。



 でも、願わくば――――


「おい、貴様! なぜ娘の部屋でそんな危険なもの(ムチ)を持っている!」

「玄関口で大きな声が聞こえたので、警戒しておいたほうが良いかと思い、たまたま持ち合わせた鞭を構えた次第でして……」


 遙人さんとの楽しい毎日が、将来的にも続いて欲しいと思う。

 ――私たちの恋愛(たたかい)はこれからだ!

あと1話だけ続きます。

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