074:家庭訪問
僕が選んだ選択肢は『3』だ。
時間が巻き戻っても、鞭を焼かれた時の感情は残ったまま。
サクラさんに対し元のように接することができるかと問われれば、否だ。
絶対に許せない、絶対にだ。
次に顔を見かけた場合、速攻で拉致して、僕の体力が尽きるまで拷問を続けることになるだろう。
愛用の鞭は惜しいが、因果応報で燃え尽きたものだ。
綺麗に諦め……る。諦めないと……
本当に、良い子たちだったのでもったいないけど……くっ。
「目から汗が出てきた……」
ただし、想いだけは一緒に連れて行く。
今度制作してもらう鞭には、薄紅桜蛇と碧腕緑桜の名付けを継承した名前を設定しよう。
……二本の鞭に共通して存在する”桜”の文字は引き継ぎたいんだが、サクラさん的に考えると不吉なんだよなぁ。
☆☆☆
MBOの世界の降り立ったら森の中で裸装備だった。
記憶の中にある、死んだばかりの場所。鞭が燃えた灰すら残っていない。
「しかしこれ、このままの状態でエルフの集落まで戻るのは無理ゲーだな」
無気力状態の僕は、カエルの舌に巻き付かれて死亡した。
その後、エルフの集落で王都まで戻れる金銭の施しを受け、本日のプレイは終了。
結局、僕がオンラインの最中に来栖さんは戻ってこなかった。
完全に心が折れてしまったようだ。
一応、選択肢の件だけメールを入れておこう。
☆☆☆
サクラさんの裏切り。
僕の場合は仮想世界の出来事と割り切っていたので当日で持ち直した。
しかし、来栖さんはそうはいかなかった。
自宅に引き籠もってしまったのだ。
ソースはうちの母親。
以前に会った際にアドレスを交換しており、たまたま息子との交際の様子(誤解である)を探ろうとメールをしていたときに発覚したのだ。
結果、僕は激怒された。
女性に対してフォローをいれなかったのが最低らしい。
「いや、ちゃんと”3の選択肢を選んで再開しました”ってメール送ったよ」
「それは業務メールって言うの! 八重ちゃん、最近はスーパーにも行ってなくて三食カップラーメンばかりって話だから、今日夕飯を作りに行く約束したから!」
「他人の母親が世話をしに行くのはどうかと思うんだけど」
「何言ってるの、行くのは遙人よ」
「なん、だと……」
「なんだと、じゃないの! チャーハン得意でしょう。お米もお肉も玉子も家から持ってく。あとで保冷バックに詰めといてあげるから。お野菜はきんぴらの作り置きと、汁はインスタントでいいか……デザートは適当にコンビニで見繕って行きなさい。八重ちゃんの住所は”けもちゃん”に転送しとくから」
来栖さん、中学生の一人暮らしだろうに……
僕みたいな性欲を持て余す年頃の男性を自宅にあげるのはどうなんだ。
引き籠もってしまうぐらい傷心なら、人肌恋しくなるのかね。
ゲームのキャラに裏切られたなんて、両親や友人には相談できないし、適役か……
そもそも、裏切られたのは完全に僕に原因がある。
常日頃の好感度が低いという下地があり、倫理的にNGという行為のトリガーを引いた。
つまり、来栖さんが引き籠もる原因を作ったのが僕で、慰めるのも僕。
なんというマッチポンプ……罪悪感で胃壁が溶ける。
「ちゃんと、行く前にシャワーを浴びていくように。くっさい足で余所様の家にあがるといけないから、しっかり足指の間まで石鹸であらっておきなさいよ」
「……了解」
「歯磨きも忘れない様に。ちゃんとフロスまで使って綺麗にしなさいよ」
「うん」
☆☆☆
女性に会いに行く際に、持っていくと喜ばれるもの。
―――そう考えた時に、敬愛する哲学者の言葉が脳内に浮かんだ。
『女のもとへ赴こうとするならば鞭を忘れるな』
フリードリヒ・ヴァルへイム・ニーチェさんだ。
この言葉は、女性蔑視やら軽視やらなんとやらで世間から叩かれているが、僕は大好きだ。
鞭は、時に女性を躾けることに使われるかも知れない。黙らせることにも使われるかもしれない。脅すことにも使われるかもしれない。だが、守ることにも使えるのだ。
「ということで、コイツも持っていくか……」
自室にある牛追い鞭を、鞄の一番上に入れておく。
来栖さんがあまりにもいじけているようなら、鞭で叩いて活力を注入しよう。
これも精神を守る為の一環である。
もちろん、女性の柔肌に傷が残らない様に細心の注意を払い、鞭を丸めたままで軽くポン。って感じだけど。
全力で叩きにいったらそれこそキチガイだもんな、うん。
あとは、母さんに言われたデザートか。
途中でプリンとか買っていくかな。プリンを嫌いな女子なんていないし。
来栖さんは大人っぽい部分もあるし、上品に焼きプリンだと良いか。
☆☆☆
僕の目の前にはマンションがそびえ立っている。
4年ぐらい前にできたマンションで、当時は1LDKの家賃が70,000円とかで入居者の募集をしていたハズ……
このあたりの相場は35,000円程度だから、ものっそい高級なんだよね。
「なんとうブルジョアジー」
中学生が一人暮らしする場所じゃないですよ、ここ。
僕だったら安いアパートに住んで、余剰のお金はプールしておくんだけど……
「あっ」
高級マンションに住んでいる来栖さんに、110円の焼きプリンはあかんかった。
ケチらず220円の商品にすれば良かったと後悔したが、どうしようもない。
夏場にもう一度コンビニまで往復するというのは、汗をかいてツライ。
自動ドアを潜りマンションのロビーに入ると、エアコンの涼しい風が吹いてくる。
あまりの涼しさに感動したが、よく考えると廊下に冷房とか気が狂ってやがる。
節電とは何だったのか……慢心、環境の違い。
「704号室、だよね」
HMEに残してあるメモを確認し、モニタ付きの電話機で来栖さんの部屋にコールする。
ロビーから奥に入るには、住人の許可が必要な高級セキュリティ仕様だ。
電話はすぐに繋がり、モニタに来栖さんの顔が映った。
髪の毛が濡れて少し色気があるんだけど……風呂上がりか? あかんだろこれ。
「え? 遙人さん、なんで? えっと、こんばんは。お久しぶりです……」
「こんばんは。えっと、アレだよ。こんばんは」
思いっきり動揺してしまった。
来栖さんが着ている服装はタンクトップで、白と水色のボーダー。
肩口の部分が、かなりはだけているので、確実にブラはしていない。
胸元にリボンがついて可愛い感じなのだが……
どうみても、パンツ柄なんだよなぁ。
僕のようにあるていど訓練された人間だと『水色の縞柄=パンツ』の図式が成立する。
来栖さんも、変態紳士スレを見ていたらいずれ気付くハズだ。
自分の部屋着がパンツ風味だと……
これは先んじて指摘してあげるのが紳士なのだろうか。
しかし、女性にこういったことを言うのはセクハラスレスレだからなぁ。
「えっと、母さん的には僕が行くことになっていて――――」
ひとまず、電話口で事情を説明して部屋に上げてもらうことにする。
エレベーターの中で、来栖さんの服装のことは考えよう。
☆☆☆
来栖さんの部屋番号は704号室。
僕の目の前の表札にも704号室。
それは良いんだが、部屋の中から言い争う声が聞こえてくるのが問題である。
「やめてください!」
「いいじゃねーか、そんな格好しやがって。誘ってるんだろ?」
中から聞こえてくる声の様子と、僕がエレベータに乗ってから3分という時間から推測するに、まだ行為には及んでいないらしい。
良かったという安堵の気持ちと、どうにかしなければならないという焦燥感。
そして、やはりあのパンツのような服装は男性の性的好奇心を刺激するのだという確信。
扉を開けようとしたが、オートロックのようでカギが閉まっていた。
どうする、どうする……
とりあえず、カップルの性行為を止めるには壁ドンが定番だ。
今回の場合は中学生と強姦魔というシチュエーションだが、スケベ目的には違いない。
僕は、右の拳に全力を込め、
「たぁぁぁぁあああましぃぃぃぃぃいいいいい!」
来栖さんの部屋の扉を思い切り殴りつけた。
ゴン。という鈍い音と同時に、僕の右手を激しい痛みが襲う。
「――――ぅお――ッ!」
いかん。これはいかん。痛い……
何回か殴る予定だったがダメそうだ。
仕方なく、ヤクザキックを連発してドン! ドン! と音を立てておく。
壁ドンの次は口撃が必要だ。煽るのだ、羞恥心を刺激しろッ……
――いや、落ち着け。落ち着くんだ。
これはカップルに対する対応ではない。強姦魔と思われる男に対する牽制だ。
煽ってしまったら、相手がオカシな行動を起こすかもしれない。
じゃあ、来栖さんを励ます様に声をかけるか?
否。それこそダメに決まっている。
古今東西、NTRが廃れた時代はない。友人の前で~とか、彼氏の前で~とか、好きな人の前で~とか、僕の妹が知らないうちに~とか、俺の恋人が知らないうちに~とか、そういった文言が頭に付くエロ動画がジャンルとして確立されている。
もしも、強姦魔がそういった性癖を持っていたら?
僕の声で萎縮するどころか燃え上がってしまい、ハッスルするに決まっている。




