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072:上下の口から舌が伸びます

 木々の合間を縫って、空から降りてくる光が霧を照らしている。

 安全重視で探索すること4時間――私たちは深樹海の第二層と呼ばれるエリアへと足を踏み入れていた。


 漆黒さんが忍者的に仕入れた機密情報によれば、このあたりから女性が生理的に嫌悪するモンスターが多く出現するようになるという話だ。

 普段は攻略情報とネタバレに紳士的な配慮がある変態総合スレッドでも『霧エリア、蛙の舌が性的』と警告がされていた程なので、女性に意図的に不快感を感じさせるように設計した場所なのかもしれない。


 学校にゴキブリが出た程度できゃーきゃー言うクラスメイトを冷めた目で見る私としては、別にモンスターがどのような外見をしていようが問題ない。


「きゃっ」


 こんな風に可愛く叫んでしがみついてくる漆黒さんが少々鬱陶しく感じる程だ。

 倫理規制の項目にモンスターをデフォルメする設定があるので、苦手ならオンにしてしまえば良いと思うのだけれど……

 キャラ付けのようなので何も言うことはできない。

 仮想空間といはえ、同性だけで良好な関係を築けているパーティだ。

 壊してしまうなんてとんでもない。この程度なら全然我慢する。


 私にも、お姫様になりきって痛々しい行動をしていた頃(10日前)があった。

 現実とは違った人になりたいという気持ちは理解できる。


「よしよし、恐くないですよ」

「クルスー」


「僕の胸に飛び込んで来れば良いのにこの敗北感」


 ランさんがやれやれ、といった軽口を叩きながら猫耳メイドの死体(・・・・・・・・)に向けて鎖鎌の分銅を飛ばす。

 少し前から登場するようになった生きる屍。通称『寄生種』と言われる、口から芋虫を生やした人型の死体だ。

 攻撃方法は、糸を吐く、抱きつくの2パターン。強い個体になる程に肌が緑色へと変色するという話だが、相対しているのは褐色肌で生きていた頃のままの姿だと思われる。


 分銅は寄生種の膝に当たり、寄生種はバランスを崩して転倒する。

 転びざまに口から糸を吐いたが、サクラさんが間に割って鎌を使って絡め取った。


「今の隙に!」

「精霊よ、鎌に力を――――御霊ノ鎌!」


 ランさんの叫びと共に、精霊が鎖鎌へと宿って光沢を帯びた赤色に光る。

 転んだままの寄生種にその鎌を振り下ろすと、寄生種は陸に上がった魚のように身体を跳ね回らせてから消滅した。


「ふー。素晴らしいグロ仕様なのに、怖がる女の子比率が低すぎだよ……」

「クロ、恐いというより気持ち悪い」


 クロちゃんの頭を撫で「よしよしー」と撫で、そのまま胸を揉むランさん。

 感触を楽しんでいるようで、執拗的。やはり変態か……


「クルス風ボディタッチの術」

「ラン、えっち! 変態!」

「私はもっと紳士的に、いやらしさを感じさせることなく触りましたから違います」

「クルスは変態! 変態!」


「触りたくなったら私の胸を貸してあげる」

「いえ、結構です」


 ことある事に、ランさんと漆黒さんからおっぱいネタでからかわれる。

 まるで私が変態かのように扱われるので、女子として少しだけなんだかな。と思ったりする。

 話題を切り替える為に少し考えて――


「そういえば、もうそろそろ引き返さないと終了時刻までにエルフの集落へと戻ることができませんね」

「新しいエリアだし、そのうち死に戻りするから大丈夫。気にせず行こうか」


 ある意味では大丈夫でないのだけれど、確かにその通りだと思った。

 先日のウドヌアフォレス然り、先々日の道中の婬魔六皇貴族然り。このゲームは油断しているタイミングを狙ったかのように強敵が出現する。


 死ぬことでの問題は、デスペナルティで自分が一定期間弱体化してしまうことか。

 今までは初心者向けのダンジョンだったり、エルフの人に助けてもらって事なきを得てきたけれど、今回はどうにもならなさそうだ。

 明日、遙人さんとゲームをやるときに弱い状態になってしまうのは諦めるしかない。


「戻らなかったら、明日も――――敵、囲まれてる!」


 漆黒さんがそう言った時、霧の中に黄金に輝く光が複数浮かんだ。

 ゲコゲコ、と鳴く声。これは、スレッドに書かれていたカエル?


 相手の姿が正確に見えない距離で、霧の中を突き破って何かが私たちに迫ってくる。

 速度はそれ程でもないので、私は回避せずに叩き落とす選択をした。

 だが、それは失敗だった。


 迫ってくるそれを杖で叩いたと思ったら、逆に杖を巻き取られてしまったのだ。

 スレッドで注意されていた、カエルの舌攻撃――


 横目で周りを見ると、回避を選択しなかった人間は全て武器を拘束されている。

 しかし、私とサクラさん以外は両腕装備。忍者の2人は手甲鉤で舌を払い、アララギちゃんは小太刀で切り裂いて即座に抜けた。


「今助ける」


 クロちゃんが私の杖に巻き付いている舌を切ろうとするが、今度は大粒の水弾がそれを妨害するように飛んできて直撃。ダメージを受けて吹き飛ばされてしまう。

 その光景を見て、私は杖を捨てる判断を下す。

 すぐに両手を離して≪ステップ≫でサクラさんへと寄って、鎌を掴んでいた舌に向かって右手を振り抜いた。


 ガントレット越しにぬるっと滑った感触があり、私は格好悪く転倒した。

 不意のことで受け身を取り損ねたと思ったが、憑依の効果でサクラさんが私の両腕を誘導し、なんとか地面に激突するという間抜けな自体は避けることができた。


「ありがとう、サクラさん!」

「いえ、しかし――――」


 二人とも、無手になった。

 カエルの舌は収縮し、本体へと戻ると同時に武器を奪っていく。


「「棒手裏剣・乱魔!」」


 漆黒さん、クロちゃんが忍術という名の魔法を使い、手裏剣を舌が戻る方向へとばらまく。

 視界が制限されていても、舌の描く軌道に合わせれば深樹海の自然を傷つけることもないだろう。

 だが、手応えがあったかは微妙な所だ。

 舌には当たったが、武器を都合良く落としてくれるということはなかった。


「サクラさん、正面突撃します! 私が壁で、後ろに!」

「承知しました」


 私は姿勢を低くして、突撃を敢行する。

 水弾が飛んでくるが、ダメージ覚悟でガントレットで打ち落とし。

 体力がいっきに削られる。


「ストロベリーです!」


 だが、サクラさんが背後から回復スライムを投擲して私の体力を回復させてくれる。

 頑張る私に好物であるストロベリー味を使用してくれるのは嬉しいけれど、残念ながら背中に口はないため味は感じない。


 この間、おおよそ10秒。

 逃げられることなく距離は詰めることができたようで、カエルのご尊顔を拝見した。


「うわっ……」


 思わずそう言ってしまうほどに、歪だ。

 アマガエルが突然変異を起こしたような外見をしており、顔の上に顔がのっている――目玉4個に口2箇所。

 大きさはキャタピルモンキーの大型個体並。

 私とサクラさんから奪った武器は呑み込んでしまったようで、身体の一部が棒状に突き出ていたりする。


「そこが、狙い所かな」


 助走を付けて殴ってやろうと思ったけれど、さすがに簡単にはやらせてくれない。

 上の口から舌が伸びてきたので、左腕を犠牲にして防御。

 下の口から舌が伸びてきたので、右腕を犠牲にして防御。

 これで、舌による攻撃は完全に封じた。


「サクラさん、チャンス――」


 言いかけたタイミングで、カエルが勢いよく私に向かって飛んでくる。

 私も、カエルの方向へと舌によって引っ張られる。

 完全に空中に浮いてしまっており、何も抵抗する手段がない。


「クルス様!」


 生暖かい感触に生臭い臭い。

 私は、カエルの舌の口によって捕食された。

 しかし、これも悪くはない。


『我に燃える命の波動、生命の鼓動を力に変えよ、力を放ち傷跡を刻め――爆轟!』


 喋ることができるなら、呪文を唱えることができるのだから。

 零距離で体内へと放った爆轟はカエルの体力を完全に削り、私へ勝利をもたらす。


「ふふっ……これが杖使いの力」


 遙人さん風に格好をつけてから、今回杖は役に立っていなかったことに気付いて少し恥ずかしくなる。

「さすがです、クルス様」なんてサクラさんが褒めてくれるのがまた羞恥を煽って……


 落ちている杖を回収し、鎌をサクラさんに渡すと微笑まれた。

 さらに、私に付着したカエルの粘液をハンカチで拭いてくれてトドメを刺された気分になる。


「……ありがとうございます」

「こちらこそ、敵から身を挺して守って頂きありがとうございます」


 身を挺してなんて思いは私の中になく、効率良く敵を殲滅することしか考えていませんでした。

 サクラさんごめんなさい。来栖八重は紳士失格です……本当にごめんなさい。


「落ち着きましたし、次のフォローに行きましょう」


 私の言葉に、サクラさんが首を縦に振った。

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