070:恋する少女は盲目的
遙人さんがバイトへ行くタイミングで姫子さんにマンションまで車で送迎して貰った。
それからすぐにベッドに寝転がり、我慢していた身体の火照りを解消した。
好きな人を想像するとこんなにも幸せな気分になれるなんて……私の世界が輝き始めた気がする。
「……ふぅ」
時刻を確認すると開始から二時間経過し、もう昼時になっている。
少し集中しすぎてしまった気がするけれど、これは変態ではなく純愛からくる生理的欲求なので問題ない。
……問題ない、はず。
HMEからネットに接続し、適当に性的なキーワード『男性 乳首』で検索して表示させる。
自分で撮ったようなアングルの写真が多く、少々気持ち悪くなってウインドウをそっと閉じた。
中には女性と見間違えるような綺麗な桜色の乳首もあったが、私的には遙人さんの乳首が一番良い。
仲良くなって、生えている毛を抜いて「痛っ」「残りも全部毟りますよ」的なイチャイチャした感じのやりとりをしたいと思う。これは至って健康的な思考。
誰彼構わず欲情するのとは違うので、やはり恋のなせる感情だと思う。
ぽわぽわしつつもスッキリした頭で、現状を思案して再認識する。
優しくされたのが切っ掛けでコロッと惚れてしまうという個人的に少々情けない恋する理由であるが、数あるゲームの中で偶然知り合い、アポイントを取っていないのに現実で出会ってしまったのは運命と言えなくもない。
遙人さんは両親や妹さんを大切にしている様子があり、私がそこに加わっても絶対に大切にしてくれると思う。
未だに芳野さんに振られたことを引き摺っているのは、一途な証拠だ。
私に振り向いてくれたら――振り向かせることが出来れば、ずっと愛してくれてるだろう。
仲良くおじいちゃんおばあちゃんになって、一緒に老後を過ごす未来。
「そのために――まずは、治療をしてもらったお礼の品を直接届け、ご両親と仲良くなり外堀を埋める!」
ふやけた状態の頬を張り、自分を叱咤する。
遙人さんはゲームで出会った私にすら優しかった。そこから考えると、現実の友人に対しても同様に優しい態度で接していることが予想され、私と同様に惚れてしまう女性がでてくる可能性――既にいる可能性もある。
その中でリードをするために、ご両親の協力を得ることは必須事項。
将来的にも良好な関係を築く必要があるので、早い段階から仲良くなるに越したことはない。
あとは、胸を成長させ自己アピール必要がある。
サクラさんのDカップこそが遙人さんの理想だと思うので、それに近づけるように頑張ろう。
性格的には……今のままの私を好きになって欲しいので、当たって砕けるしか――砕けては駄目だ。
当たって、そのまま抱き留められるのが理想。
まずはカップラーメンで栄養補給を――――と思ったが、料理を出来た方が自己アピールになるし今日は工夫をすることにする。
はじめに、カップラーメンの蓋を開けます。
次にお湯を注ぐ工程ですが……なんと今回は先に胡椒を投入。さらに、七味唐辛子を振りかけます。
「ふふー、ふっふふー」
料理と言えば隠し味。
隠し味と言えば調味料ということで、買い置きしてある中で使えそうな二種類を投入してみた。
本来であれば野菜を増量したりするのが定石だと思うけれど、残念ながら冷蔵庫に買い置きがない環境での調理だ。
その中で出来ることを考えると、私がとった行動こそが最善だろう。
「……よし、完成した」
タイマーがお湯を注いで3分を通知する。
カップラーメンの蓋を捲ると、胡椒の良い香りがして隠し味が効いている感じが演出される。
「ふーっ、ふーっ」
息を吹きかけスープを飲むと、どことなくいつもより風味がある気がする。
これを食べたら、ゲームでサクラさんに近況を報告する所から始めよう。
「遙人さんを好きになったと言ったら、どんな反応するんだろう……」
ラーメンを啜りながら、私は考える。
*
ゲームにログインし、宿屋の自室にサクラさんと二人。
恥ずかしさを我慢して気持ちを伝えてみると「クルス様、熱でもあるのでしょうか?」と心配され、額に手を当て、体温の確認までされた。
そして、朝食に何を食べたのかを聞かれ、身体の異状をしつこく確認した後に一言。
「精霊の呪い――きっとその残滓です。王都に戻って教会で聖女様に治療して貰いましょう」
「私のステータスは正常になってますっ」
サクラさんは頑なに、私が遙人さんに惚れてしまったという事実を認めなかった。
遙人さんのことを”鞭を持ったときの戦闘力以外に誇れるものが何もない駄目ご主人”と言うので、優しい所が好きだと伝えたら「褒める所がない人に対して褒める言葉。それが”優しい”という言葉なのですよ」と幼い子供に諭すような表情で言われた。
何かフォローをしようと思ったけれど、遙人さん=鞭というイメージが強烈すぎて……
優しい以外に良い部分を答えろと言われると、鞭しか思い浮かばなくて……ごめんなさい、遙人さん。
「鞭を使う姿とか、こう……格好良いじゃないですか」
「戦闘時には頼りになるのは客観的に見ても間違いありませんが……
大切なのは日常。日常のハルト様は余所様の美人なメイドが視界に入る度に視線を向けるような行儀の悪い不審者ですよ?」
「紳士としては、可愛いメイドさんが気になってしまうのは仕方がないと思います」
私も、他の人が連れているメイドさんが気になるから気持ちは分かる。
変態総合スレッドでは巨乳派と貧乳派が同勢力程度に思えるけれど、実際のメイド比率的には圧倒的に巨乳が多かったり、貧乳のメイドさんは子供のような外見ばかりだったりと、他人のメイドさんを見ていると色々と発見があって面白かったりするのでついつい視線をやってしまう。
所構わすイチャイチャしているのはどうかと思うことはあるけれど。
「……これ以上、私から何か言うことはやめておきましょう。
ハルト様側の気持ちを考慮せずにクルス様を贔屓することもできませんのでご了承ください」
「はい。私が想いを伝えておきたかっただけなので……あと、この件は本人には内密でお願いします」
「はい。承知しております。内密にしますのでご安心してください」
「内密、です」
最重要項目を終わらせ、次は先日モンスターから入手した素材の売却に向かった。
エルフの集落で手に入った素材は、深樹海の入り口付近にある市場で買い取りを行っている。
集落には戦闘力があるエルフしかいないため、自己調達が容易で内部需要がなくまとまて買い叩いて余所へと輸出する仕組みになっているらしい。
そのため、仲介料を考えると自分の足で王都に向かって売ったほうが儲けがあるのだけれど、移動に1日かかるため現地で済ませるのが無難というのが冒険者の通説らしい。
「すごく安く買いたたかれて、昨日の苦労を思うと悲しくなりますけどね」
「経験を得られただけで良しと考えましょう。
今日は、反省を活かしてもう少し奥まで探索できると思いますが……」
「私、サクラさん、2人だけでは戦力が厳しいですね」
「ジライヤは参加しないのですか?」
「遙人さんもいないし、女の子だけで行動してみようと思ってじいやには待機して貰いました」
「では、ギルドで女性限定のパーティを募集しているか確認してみましょう」
「そうですね、行きましょう」
買い取り施設の隣にあるギルドの支店へと足を運ぶ。
王都より規模が小さく、部屋の密度に対して人口が多いのでやけに活気があるように感じられる。
壁面に貼り出されている紙を見たり、声を出して「やらないか?」と誘っている人のパーティにホイホイと参加する方が情緒があるが、今回はHMEのメニューを開きパーティ募集の要項で絞り込みをかけることにした。
『女性限定』『初回探索済』『レベル±3以内』『空き二名』
1,168件の検索結果が表示されたので、一番上に表示された募集項目の詳細を表示させる。
募集主は鎖鎌使い。備考欄にプレイヤースキルが15以上を提示しているが、私は21あるので条件はクリアしている。
時間も13時半開始の19時終了なので食事時を考えても都合が良い。
全員の名前の横に『ログイン/深樹海エルフの集落にあるギルドにて待機中』となっているので、私が入ればすぐに始められるだろう。
「サクラさん、この条件で大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
参加にチェックをいれると、認証の文字が表示されて視界がブラックアウト。
募集をしていた人物と、パーティに参加している人が表示された視界へと切り替わった。
すぐに、執事の格好をした男性が私に話しかけてくる。
「マドモアゼル、今回パーティ募集をさせて貰ったラン・キリサキだ」
女性限定なのに何故男性が? 疑問に思って訝しげな表情をしていると彼は私の耳元に顔を寄せた。
「所謂ネットおなべ。略してネナベというロールプレイをやってるの。今日は、私が格好良くエスコートするからね。おちんちんは付いてないから安心して」
一瞬不快に感じたが、優しく声をかけられてその感情は霧散した。女性なら安心だ。
ただ、手を取って股間を不意打ちで触らせるのはやめて欲しかった。どうせなら胸にして欲しかった。
「男装をする時は、ブラジャーはしないんですか?」
私の口から思わずポロリと出てしまった質問に対し、ランさんは微笑んで答えてくれる。
「バストカスタマAAサイズで安定のノーブラよ。現実はEで窮屈だから開放感があって素敵だわ」
ブラを放棄するとは、やはり変態……
そう思った私の心の内が見透かされたのか「男の格好でブラをするのは変態だと思うの」と自分をフォローする男装の麗人。
どっちにしろ変態な気がした私は、良い笑顔で「素敵ですね」と社交辞令をしておいた。




