064:注意事項は守りましょう
状況を覆すのが鞭使いの力……
そんな風に考えていた時期が僕にもありました。
いや、実際に状況を覆すのは鞭の力に間違いはないけど。
今回は、僕の力が及ばなかっただけで。
人面樹との戦闘は粘って善戦したのだが、回復スライムが尽きて敗北した。それを探索前にあったエルフさん一行が助けてくれて、ご丁寧にエルフの集落まで運んでくれたのだ。
というか、HPが尽きて目を開けてみると、エルフさんに荷物のように抱えられていたという流れ。
『最低限の助力はしました』
そうして、適当な地面へと放り捨てられたときは木漏れ日が目に染みたよ。
丁度、僕らと同じタイミングで死亡したパーティがいたけど、そっちは肩車で丁寧に運ばれていたりと扱いが違ったし。
『あなたがたは、私の注意した事柄を守りませんでしたね』
何故だか聞いてみたら、威圧的な声でそう言われて、次も同様なら助けませんと宣言された。
普通なら治療用の部屋に運ばれ、魔法による治療を施されるらしいのだが――僕らの場合は、樹木バキバキNGでした。
ステータスを確認すると、デスペナルティが付与されずにHPが三割まで回復しているので、今回は救助された扱いになっているのだろう。下水道で言う、黒スライムに運搬してもらったような。
しかし、だ。
冷たいことを言うエルフさんだが、しっかりとアドバイスもしてくれた。
人面樹――ウドヌアフォレスは移動が出来ないのだから、勝てないのならさっさと逃げろと。精霊魔法を覚えれば森の中で有利になると。それ以前の問題として、どんなモンスターが出現するかも調べずに深樹海へと足を踏み入れるのは只の阿呆か、自信過剰ではないかと。
確かに、言われてみればどれもこれでもその通りだ。
けど、分かって欲しい。立ちはだかる壁は壊したいし、精霊魔法なんて何処で覚えるかしらないし、覚えれるにしてもお金が足りないし、どんなモンスターが出現するかを調べるのはネタバレになるので楽しみが減ると思うのです。
初見殺しとか、僕は嫌いじゃないしね……そういったものを強引に突破したときは脳汁でるし。
「情報の重要性は現実同様だったのに……」
「メイドとして、配慮に欠けていました。異世界人を導くのが務めなのに……」
≪ クエスト:『メイドさん、頑張ります』が発生しました。 ≫
僕と合流する前に仲良く買い物に行っていた――要するに、深樹海に到着してから時間があった二人は、思うことがあるようだ。
特に、うちのメイドさんはクエストが発生するほど思い詰めていらっしゃる……
メニューから内容を確認すると、簡素な説明文が表示された。
『メイドさん、頑張ります』
従者は、何か思い悩んでいる様子だ。
コミュニケーションをして一緒に考えよう。
前提として、悩みを相談されるような親密な関係性が僕とサクラさんには存在しないので厄介である。
現に、サクラさんは一人で思案しており僕と話そうとする素振りはまったくない。
……だが、来栖さんコンビにも動きがない。
ということは、プレイヤーの自発的な行動が必要なのか?
頭の中で最適な、まるで主人公が言うような台詞を考える。そして、力強い表情を造り――
「今回の反省を踏み台にして、力を合わせて頑張っていこう!
僕らなら、できる。絶対に。自信がないなら、キミを信じる僕を信じるんだ!」
「!! そうですね。頑張っていきましょう!」
サクラさんに話しかけたつもりなのに、何故か来栖さんが反応して奮起した。
くっ。キミって言ったのが悪かったな。台詞の引用元が”オマエ”だったので”キミ”にしたが、失敗だった。
次なる台詞を考えるも、なかなか良いものが思い浮かばなくて……
ここは、自分の言葉でいくしかないか。
心から魂の叫びをぶつける、思いを全て全力で――……
プレイスタンス現状維持で問題ない僕には、魂の言葉なんて存在しなかった。
適当に、それっぽい台詞でお茶を濁そう。
「サクラさんも。こう……前を向いて歩こう的な」
「そうですね」
「……えっと、悩みとかあれば聞くよ?」
「大丈夫ですので。ハルト様は自分のことだけ考えていて下さい」
……やはりお悩み相談は無理だったようです。
好感度――いや、これは時期が悪いか。MBOを初めてまだ数日なのだ。それなのに、解決したらパワーアップするようなイベントがあるというのは不思議な話。おそらく、これから徐々にサクラさんの悩みフラグが蓄積されるのだ。そして、中盤前に僕が悩みを解決するイベントが発生し、好感度鰻登りで「私のご主人様は公私共にハルト様しかいらっしゃいません」という会話から一連の朝チュン的な流れになる可能性が――――ないな。妄想乙展開すぎる。
「それと、ハルト様……いつまで地面に寝そべっているのですか?」
黄昏れたい年頃だったんだよ。
サクラさんが起こしてくれるかなー、そんな淡い期待を抱いて無言で手を伸ばす。
ガッシリと。握り合う手。暖かい……これぞ青春。
放置を決め込むサクラさんの横から、執事さんが手を貸してくれました。
「今日は、このあたりでログアウトだね」
「そうですね。体力が減ったままですし、宿屋までは移動しましょうか」
「それもそうだ、了解」
来栖さんに街の案内をしてもらいつつ、宿屋へと戻る。
その際に他のプレイヤーが持っている武器に注視してみたけど、ショートソードとか、レイピア、短槍、殴り用だろうガントレットのようなショートレンジの武器選択をしている人の割合が多いことに気付いた。
そんな中、鞭を持った少年を発見した。シンプルなブルウィップ、凄く正統派、です……
傍らには小型の猪が寄り添っている。確か、大猪の森にいたのと同じ個体だ。獣使いというヤツだね。純粋な鞭使いでないことを少し残念に思う。
下を向いてトボトボと歩いているけど、何かあったのかな?
鞭を持ってることだし、折角だから声をかけてみよう。
「アミーゴ! 鞭って素晴らしいと思わないかい?」
「消えろ……貴様に用はない」
少年は、それだけ言うと僕から遠ざかっていった。
心なしか、早足である――あ、走り出した。
せっかく鞭を持ったプレイヤーに遭遇したのに……これには苦笑するしかない。
孤独系のロールプレイだろう。生暖かい目で見守るのが紳士の役目さ。
「さらば、少年……」
そんな光景を見て、来栖さんはツボだったらしく爆笑していた。
「鞭仲間の勧誘に失敗ですね」
「ハルト様とウマが合うような鞭馬鹿が増えても困りますから、良い結果だったと」
「私としては、お嬢様に害さなければ鞭使いも素晴らしい職業だと思いますぞ」
執事さん……さすが出来る男はフォローが違うね。
ただ、皆様が『獣使い』と『鞭使い』を混同しているのは頂けない。獣使いはあくまで獣を使役して戦う人であり、鞭を持って矢面に立って戦う存在ではないのだ。獣使いという職業には、他のゲームでは大抵鞭が装備として割り当てられている。しかし、装備の制限がないMBOでは大剣を持った獣使いなんてのも当然存在していて。そんな中で鞭を選んだ少年は、武器としての鞭を選んだワケではなく、あくまで魔物を使役するための装備として鞭という固定概念に囚われているだけにすぎず、鞭使いと違った存在なのだ。
そのあたりを三人に懇切丁寧に説明していると、あっという間に宿屋に到着して解散となった。
自室に戻ってハンモックに横になり、ログアウト。
今日のゲームも楽しく終了した。良い鞭日でした……
*
現実に戻ってきた僕は、一階に降りて冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「軽い、な」
パックの中身は300mlも残っていないだろう。
コップを使わずにラッパ飲みすると、傾けすぎて牛乳が口から零れてしまった。
誰も見ていないけど、やはり恥ずかしいものである。
シャツを脱いで風呂場の洗濯機の中に放り込み、脱衣所の鏡の前でマッシブなポーズを決める。
引っ越しのバイトに、筋トレの成果が少しは出てきた気がする。腹回りと上腕二頭筋あたり、少しキリッとした……と思う。
逆に、右腕の筋肉が心なしか衰えている。現実で鞭を振るトレーニングを疎かにしてしまっているからだ。
MBOで鞭を振り回しすぎているせいで、少しリアルを捨ててしまっているか。
反省しなければ。現実での鞭スキルがあるからこそ、MBOでの鞭使いだというのに。
「ふんっ……」
鏡の前で、右腕を振るう。振り上げて――真っ直ぐに降ろす。オーバーアームだ。
数回繰り返して、フォームが安定していることを再確認。我ながらグッド。
「兄さん。筋力が不足していますね……」
そんなことをしていると、着替えを籠に持った妹が出現した。
トレーニングをしていたらしく、前髪が汗で額に張り付いている。
脱衣所の扉は開けたままだったので、いつから見られていたのか……うちの妹は現実でも気配が消せる熟練者だから困る。
それに、人の半裸を見た第一声がコレだ。兄妹間とはいえ、もう少し恥じらいがあると良いと思います。
おもむろに自らのシャツをたくし上げ、鍛え上げられた腹筋を披露してくるし。
「鍛えないと駄目ですよ。そんな筋力量では、勝ちたい敵に勝てません」
「僕はあくまで一般人だから。現実に勝ちたい敵とかいないから」
妹のお腹は、えっちな水着画像で見る女性と違って腹筋がやけに引き締まっていた。
というか、もうすぐ割れる。完全に割れる。淑女の慎みなんぞ、とうの昔に投げ捨てたような状態になっている。
僕は女性の筋肉にフェチズムは感じないので、肯定的なコメントをすることは到底できない。
服を着ているとすごくラインが綺麗なんだけど、脱ぐとものすごくガッカリするという紳士殺しの仕様だしね……本人も腹筋は割れないようにとか言っていた気がするけど、もう割れるのは時間の問題な気がするよ。
妹と別れて、自室に戻ってパンツを脱いで布団に寝転がる。
MBOでは全裸になれなので、仮想世界より布団の質が劣っていても現実の方が開放感がある。
「冷房の電源落とさないと」
HMEから部屋の照明を操作し、眠たくなるまで見ようかな、と。変態紳士スレを開く。
今日は……アップデートで追加された異名の話題になっているな。
スレ住人内で紳士レベルの序列を争うために、共通の異名を設定しようという流れで候補が幾つか挙げられている。
「ん、来栖さんからメッセージだ」
届いたそれには、明後日は一緒にどうですか? というような内容が書かれていた。
バイトはあるけど、夜の時間はフリーだな。
返信をしようと文面を添削していたら、兄貴からメールが届いた。
すぐに内容を確認してみると、『今から搬出の人が来るから』とだけ書いてあった。
「搬出って、工事か。今から?」
言ってる側からインターホンが鳴った。
工事の人、庭の兄貴ルームをイジるならうちに声かけなくても良いんですよ。あそこは隔離領域ですから……
ピーンーポーン。
ピーンーポーン。
耳を澄ませるが、両親が部屋から出て対応しようとする音がしない。
寝室(防音)で、ニャンニャンしてる可能性が高確率であるな。インターホンは聞こえる仕様だけど意図的に無視してそうだ。
妹は風呂だし、僕が応対するより仕方ないか。
「はいはい、今いきまーす!」
工事の人に返事をして、パンツを穿く。シャツは……まあ良いだろう。
ガチムチのオッサンが開始の確認をしにきただけだろうし、問題ない。
僕は玄関へと行き鍵を開け――
そこには、工事のオッサンではなく、タイトなスーツを着た美女が立っていた。貧乳だ。
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません。
暁斗くんの弟さん、ですよね? 変態とは聞いていましたが、半裸で出迎えられるとは……」
僕は、反射的に乳首を手で隠した。




