062:充実していないのに爆発する
「来栖様、卑しい卑しい私奴に茨鞭をお貸しくださいッ……」
欲望に抗うことはできない。我慢の限界は様子見しようと思った三秒後に訪れた。
僕は土下座をして、頭を地面に擦り付ける。
「そんなことしなくても貸します! 貸しますから……!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
本当にありがとうございます。
立ち上がって一礼し、来栖さんに手を伸ばす。さぁ、茨鞭を僕にレンタル!
「あっ。まってください。さっきのナシで」
「なん、だと……」
急な前言撤回に、身体が絶望に支配されて膝を付く。
くっ……来栖さんは悪女だよ。なにこの悪女。とんだ肩透かしだよ。上げて落とすとか巧妙すぎる。
本気の土下座が通用しないなら、アレだ。”三顧の礼”を尽くす作業。
忘れた頃に土下座を繰り返すという――豊臣秀吉が半兵衛さんに軍師になってください。と、お願いするときに使った技法だ。
確か、元は中国由来のリュービゲントクさんが開発したんだっけか。
とにかく、だ。
善人に対して土下座をすると、罪悪感ゲージが蓄積されていき、三回土下座をする頃には罪悪感で一杯になって願いを聞いてくれるというこの技法を使い、善人悪女の来栖さんを攻めるしかない。
「鞭を貸すのに、条件を付けても良いですか?」
「条件、だと……」
三顧の礼をする必要はなさそうだ。
顔を上げ、目で来栖さんに続きを促す。
「条件は、明日も私と一緒にゲームをやってくれること――どうです?」
照れた顔で言う少女。
鞭を借してくれるなら喜んで一緒にやろうと思うんだけど……
生憎、明日はベンと一緒にやる先約がある。
パーティ人数的には枠があるけど、来栖さんを混ぜるのはちょっと厳しい。女の子だし……
メイドに「パパ♪」と呼ばせ、恋人のようにイチャつく生粋の変態がベンという人間だ。
それに付随した残念な行動は中身がリアル女の子のプレイヤーの前だろうと自重されることなく――来栖さんはドン引きしてしまい、気持ち悪いと思う感情を押し殺してMBOをプレイすることになるだろう。
うん。確実に空気が悪くなる。
そんな中で間に挟まれる僕は、ゲームを純粋に楽しめる気がしない。
人間関係を考えるなら、茨鞭を諦めるより仕方がないのだ。
……いや。
知り合いレベルの他人との人間関係を維持するために茨鞭を諦めて良いのか?
それで鞭使いが名乗れるのか? 名乗れないだろう。
ならば、第三の選択肢を用意するしかないだろう!
「ごめん。明日は先約があるんだよ」
「そうなん、ですか……」
残念そうな顔をする来栖さん。だが、僕は鞭を諦めたワケではない。
思いついた提案がある。
「だから、うちの頼りになるメイドさんをキミの護衛に憑けよう。
サクラさん、明日も引き続き来栖さんと行動してもらって良いかな?」
「はい。お任せください」
サクラさんは来栖さんの手を取ると「明日もよろしくお願いします」と和やかに挨拶をする。
頼りになる、頼りになるメイドさんだよ、サクラさんは。完全にイケメン。
この展開で鞭を貸さないワケにはいくまいて。
「クククッ……」
おっと、声が漏れた。
サクラさんが訝しい視線を僕に投げてくるも黙殺。
来栖さんに「気を使って貰ってすいません」と感謝されつつ茨鞭のレンタルに成功した。
探索を再開して少し進むと、腐葉土なのか地面が少し柔らかくなってきた。
周囲を見やると、少し離れた場所に蟻を発見。数は二匹。
入り口付近で見たのは子犬サイズだったが、今度は成犬ぐらいだ。
「コチラに気付いていませんね」
「先制攻撃を仕掛けましょう」
「一番鞭は貰うよ!」
僕は距離を詰め、蟻に向かって≪ダブルウィップ≫で攻撃を仕掛ける。
茨鞭が直撃すると、ガキィン。と金属を叩いたような音がした。
昆虫なので、甲殻が堅いのか!
続けて叩こうとしたが、蟻は機敏に動いて僕の足へと噛み付いてくる。
「ぐっ……」
両足を、二匹に噛まれた。すぐさま茨鞭を叩き込む。
動物系のモンスターと違って痛覚ダメージがないのか、蟻はまったく怯まない。
不本意だが、本当に不本意だが、僕は鞭で撃退するのを辞めて、蟻に噛まれたままの右足を近くの木へと打ち付ける。
瞬間、僕の身体に重力が増加するような感覚があった。
蹴り入れた体勢だったため、勢いが余って俯せに地面に倒れる。
「ぐふ」
身体の重さは一瞬で消えたが、なんだこれ……
精霊の加護の判定にランダム制があるのか?
「ハルト様、大丈夫ですか?」
僕の左足を噛んでいた蟻を払ってくれたのだろう。痛みがなくなった。
サクラさんにお礼を言って立ち上がろうとしたら――――
ボコン。
倒れている僕の目の前の地面が盛り上がり、蟻が新しく出現した。
目が合う。
噛まれる。
「目がァァァー!」
目玉の中に何かが潜り込む感触は新鮮だけど気持ち悪い。
痛みが控えめなのなのが良心的な仕様だ――両腕で引っ張ってるけど蟻が放れてくれないぞ。
どうにかしようと足掻いていると、足と手に新たな痛みが追加される。
地面から蟻が沸いてきたな。深樹海の入り口で犠牲になってた人はこんな感じに全身喰われたのか……
「手を離して下さい!」
サクラさんが叫んだ。
言うとおりに手を離すと、サクラさんが鎌を蟻に打ち付ける。
ゴン――、ゴン――、ゴン――。三度打撃音がして、顔を噛んでいた蟻の感触がなくなった。
目を開けると、視界が若干ぼやけている。目をやられたし、異常状態か……厄介な。
ひとまず、残りの蟻に対処するために立ち上がって短剣を抜く。
蟻を小突くと刃が欠けそうな音がするが、気にしていられない。
「遙人さん、まとめて吹き飛ばします! 私の周りに来て下さい!」
来栖さんの声がした方を向くと、丁度視界が元に戻った。異常状態は6秒ぐらいか?
見れば、彼女にも何匹か蟻が纏わり付いている。僕が苦戦している間に、似たり寄ったりな状況になったのだろう。
「魔法を誤発動して無理矢理飛ばすので、先に回復を!」
「了解!」
回復スライムを食べて、来栖さんの側に寄ってくる蟻を迎え撃つ。
爆轟は、三節呪文だ。僕が鞭で何回か叩いている間に文言は完成し、来栖さんは呪文を放つ。
『――――爆轟』
瞬間、爆発した――僕が。
「――――ッ!!!」
激しい爆風に吹き飛ばされ、地面に転がる。
「ん、っ……なんで、ごめんなさい!」
何故か爆轟の魔法は暴発して爆発することなく、普通に爆発して僕へと大幅なダメージを与えた。
やはり、精霊の加護はランダムで行動阻害をするのか?
回復スライムを食べながら立ち上がり、「大丈夫だから」と来栖さんにフォローを入れる。
「ともかく、蟻を蹴散らそう!
来栖さんに付着してるのは僕が、残りはお願い」
「承知しました」
幸い、全員が近くに寄っていたため、爆風で身体に付着していた蟻は吹き飛ばされている。
来栖さんにはまだ二匹程張り付いているが、従者の二人からは完全に剥がれている。
「これが、茨鞭の力だッ!」
僕は来栖さんに付着している蟻だけを、鞭で滅多打ちにする。
通常の鞭と違い、ナインテイル(の作りかけ)なのでクラッカー部分が四本ある。
びゅん、ガキィンンン。
びゅん、ガキィンンン。
びゅん、ガキィンンン。
おかげで、空気を切り裂く音と炸裂音が派手だ。素晴らしい。
炸裂音に関しては、蟻の身体が金属素材のようになっているおかげであるが。
叩く感触も、普段使いの鞭と違うので新鮮な気分だ……良い、良いね茨鞭。良いね!
「は、遙人さん。風切り音が恐いですよ。
痛そうですよ、当てないで下さいね……!」
「音で恐怖をそそるのも鞭の特性だからね。
当てないから安心して――お、地面に落ちた」
すかさず茨鞭を叩き込むと、蟻が死亡して経験値と『蟻種の顎』が手に入った。
五回ほどしか叩いていないが、爆轟の爆風で少しはダメージを受けていたしこんなものだろう。
来栖さんに付着していたもう一匹もはたき落とし、サクラさんの援護に回ろうと思ったが、もう向こうは片付いたようだ。すごい早いな。
「倒したのではなく、地面に潜って逃げていきました。
先程のサルもそうですが、深樹海に住んでいるモンスターはどうもやりにくいですね」
「サクラと同感ですな。厄介な連中で恨み言を言いたくなりますぞ。
それにしても、先程の魔法は何故ハルト様に?」
「精霊の加護の影響で、派手に爆発されるつもりだったんですけど……
すいません。遙人さん……私のせいで」
「大丈夫、本当に気にしてないから。だけど、原因だけは究明しておいた方が良いね」
試しに、≪プロテクト・ウォール≫を詠唱するが問題なく発動した。
次に、≪グラウェイト≫、≪ゼロ・エミネイション≫と自分が持っている魔法を全て唱えてみたのだけど不都合が起きるようなことがない。
他の三人にも試して貰ったけど同様の結果で、首を傾げる。
攻撃魔法、補助魔法と爆発するようなことは起きない。
そこから、ゆっくりと歩きながら移動して色々試してみたのだが、分かったことは三点。
・詠唱を完全に唱えた時は、若干使用MPが割増しになるも正常に発動する。
・詠唱を省略して呪文だけ唱えると、爆発する。
・地面に生えてる草と木を攻撃する事に精霊の怒りゲージ(仮称)がたまり、MAXになると身体が重くなる。
色々と、今までの現象に説明が付く結果だ。
あとは、サクラさんが≪雷鳴≫≪霰降らし≫を使った時に広範囲で森を荒らして、強制的にMP枯渇状態まで追い詰められるという残念な状態になった。
今度深樹海に潜るときは、これらの魔法は絶対に禁止だ。
どうにも上手く書けず淡々とした感じに…




