061:僕が土下座をする理由
サルを倒して黒い笑顔を浮かべた来栖さんであるが、相反するように彼女の身体が聖なる光に包まれる。
その背後に、天女の羽衣を着た女神のような女性が体現した。
悲痛な表情をしており、まるで何かを訴えているようだ。
「来栖さん、後ろ!」
「遙人さん、後ろ!」
「「なん……だと……!」」
僕らの声が重なった。
身体がいきなり重くなり、僕と来栖さんは地面に足を付く。
様子からして、二人とも同じ状態。ということは、僕の後ろにもこの女神様が憑いてるのか?
首を捻り横目になって、頑張って後ろを見ると女神様の胸部が視界に入った。
服装的にも、胸の大きさ(ぺったんこ)的にも、やはり同じ人物? のようだ。
「これが、精霊の制約ですか」
サクラさんポツリと呟いたので、どうしてこうなったの納得した。
案内役のエルフさんから説明された『自然を傷つけるとペナルティがあるよ』というヤツに該当したのだろう。
少し木を折ったぐらいでこの仕打ち、森の精霊は短気だ。
割り箸を大量消費するような日本社会に生きる僕としては、正当性がある戦闘で傷つけた自然ぐらいセーフ判定じゃないのはオカシイじゃないかと思ってしまう。
そこのサルだってきっと木の実とか食べてるだろうし、芋虫なんて葉っぱだろうし、蟻に至っては木を囓って腐らせる作業なんてことをしているんじゃないのかね。
「おっ、身体が軽くなった」
「天女の人が消えました! 代わりに、緑色の靄が取り憑いていますけど……」
来栖さんが自分の身体をペタペタと触りながら言う。
シッシ、と言いながら手で払ったり、フゥーと息を吹きかけたり、ふん! と力んでみたりと可愛く試行錯誤しているが効果はない、みたいだ……
「なら、これならどうだ!」
鞭を短く持って、来栖さんに付着している靄めがけて振るってみる。
ペチン。と可愛い音がして「ひう」と言う声。来栖さんのHPがミリ単位で削られただけで靄には干渉できなかった。
「……駄目か」
「駄目ですね。私にM属性はありません」
意図しない来栖さんの返答に、僕の時間は一瞬停止した。
「芳野に変な影響されたりした?」
「先日少し話した程度ですよ? 何故そういう話になったんで――ッ!」
行動を振り返り、己のした発言に気付いた様子。
来栖さんは顔を紅潮させ、「私は普通です、ノーマルです! 紳士です!」と必死に弁明する。
羞恥で混乱しているな。自己擁護のつもりなんだろうけど、なんかズレてしまってるよ……
普段は優等生スタイルなので、ポロっとむっつりな部分がでると弱いのだろう。
ここは、紳士な僕が適切なフォローをする必要がある。年上としても。
「来栖さんは思春期だものね。性的なことに興味があって普通だよ。マジョリティーだ。
ただ、そういった話は気心のおける友人とするべきだよ。僕のような紳士の前でなかったら”それでは、本当に普通かどうか確かめてやろう、くぱぁ”と変態的な展開になる可能性が非常に高いから」
「は、はい……」
まだ羞恥が抜けていないといった声で、来栖さんが生返事をする。
恋愛シュミュレーション的にはこのまま勢いに任せて頭をポンポンするのが正解だろうが、イケメン属性を持っていない僕がそんなことをしたらセクハラだろうな。
ボサッとしていて敵が沸いてくるのもアレなので、この話題は打ち切り。
靄でどのような不利益を被っているのかを確認しようか。
すぐに気付くのは、MPゲージの占有だ。全快状態の二割ほどの量が黒くなっており、使うことができない状態になっている。
身体を動かしても異常は感じない。戦闘状態のように魔力で身体を強化しても大丈夫だな。
次に、HMEからメニューを開いて自分のステータスを確認する。
≪ 状態異常:森精霊の加護 ≫
……加護なのに異常とは、変な気分だ。
ステータスの低下もないし、今の所は最大MPが減ってしまったぐらいの認識で良いのかな?
あとは、森を傷つけるのがトリガーになってさっきの現象が起きるのか確認だ。
「今から故意に自然破壊するけど、目を瞑ってね」
「ハルト様……」
サクラさんが咎めるような声を出すけど、検証は必要なことなので黙殺する。
薄紅桜蛇を振り、適当な枝に巻き付けて引っ張る。
バキッ。と音がして枝が折れる。そうして数秒。さっきのように身体が重くなったりはしない。
もう一本、もう一本と折るが変化は……あるな。
MPゲージで黒塗り使用不能になった部分が若干だけど増えてる。
「身体が重くなるのは初回だけっぽいね。そこからは徐々にMPが喰われる。
戦闘中になにかあるとあれだから、先に自然破壊しといた方が良いね。魔法を使う局面もあるだろうし、個人の感情は捨て置いてやっておくことを推奨かな」
「……不本意ですが、仕方がありませんね」
「じいやもやってしまってください」
「不本意ですが、お嬢様がそう言われるなら」
従者の二人は武器の攻撃で適当に枝を折る。
すると、僕らの時と同様に女神のような女性に取り憑かれ、少しすると緑の靄が纏わり付いた状態になる。
「これで準備万端だね」
「そうですね。進みましょうか」
僕らは、人が通った形跡がある道をなぞり、森の中を進む。
他の人は結構離れた場所を歩いているので、ターゲットの取り合いにならないようプレイヤーを分散させる機能が働いているのかもしれないな。
「何か、おかしくはありませんか?」
「私は普通です、普通です……!」
「いえ。そういった話ではなく、この森が、です」
「そうですな。私も違和感を感じていた所ですぞ。何か、とは明言できませぬが」
「僕にはサッパリだね」
「モンスターと遭遇しない気がしないでもないです」
「遠くで他のプレイヤーが戦ってるし、それはたまたまだと思うけど」
サクラさんが言う違和感に、僕はピンとこない。
確かに、モンスターと遭遇しないでもないと思うけ、ど……お。
「またサルがいるね、今度は二匹」
「芋虫投げてきます!」
狙いは、先頭にいる僕の顔面。
サッと盾を構えて弾くと、それに当たった芋虫はボインとはじけて地面に落ちた。
執事さんがその芋虫を槍で串刺しに。女性陣は杖と鎌でそれぞれサルを殺りにいく。
「は!」「やぁ!」
サルは、それらの攻撃を余裕綽々な様子で躱す。
木の上にいるのをジャンプして狙っているので、上手く攻撃が通らないのだ。
「サクラさん!」
二人の前に割り込み、盾を斜め上に構えて名前を呼ぶ。
意図を察してくれたサクラさんが、僕を踏み台にして速度を乗せた攻撃を仕掛ける。ゴーストという体重が軽い種族の特性を利用した行動なので、僕程度の筋力でも足場になれる。
彼女の攻撃はサルに当たったが、若干浅い。「ウキィ」と声を残してサルは森の奥へと逃げていった。
一方、来栖さんの方は――――
「爆発しろ、爆轟ッ!」
前回同様の呪文を唱えて、爆発した―――来栖さんが。
近くにいた僕も爆風を浴び転びそうになるが、なんとか踏ん張る。
魔法が暴発するなんて――森精霊の加護の影響か! 思ったより厄介だな。
「がッ……!」
魔法の衝撃で来栖さんは吹き飛び、木に背中を打ち付けた。
彼女のHPが残り半分より少し多い程度まで削られる。
爆発魔法+木に当たった衝撃はかなりの痛手になったようだ。
「ウキィィィィィ! ヒヒヒっ」
煽るような笑い声をサルが出す。
来栖さんの口から「この糞サルがッ」と女性らしくない言葉が聞こえ、すぐに起き上がるとサルに向かって杖を投擲した。
「ウキ、フヒヒヒィ!」
「このッ……!」
杖は木の枝に阻まれ、サルまで届くことなく地面に落下する。
サル、朱い尻を来栖さんに向けておしりペンペンをしてやがる……余裕に溢れてるな。
あまりに良い尻すぎて、鞭で打ち付けてやりたくなるね。
そんな僕が鞭で打つより前に、執事さんの槍がサルの尻を貫いた。
「ギヒ!」
来栖さんを挑発しているサルの隙を付き、真下まで移動していたのだ。
さすがは執事さん。良い仕事をしているな。
サルは逃げようとするが、グラウェイトを付加した鞭で――いや、これも使うと暴発するのか?
僕が悩んだ一瞬。サクラさんが地面から芋虫を拾い、サルへと投げつける――直撃。
サルは地面に落下した。
「フフフッ」
その隙を逃す来栖八重ではない。
腰に飾ってあった茨鞭を抜き、黒い笑みを浮かべながら叩く、叩く、叩く!
「いいぞもっとやれ!」
彼女が持つそれは、キャットオブナインテイル――の未完成品。
僕の薄紅桜蛇、碧腕緑桜のようなストックウィップより、さらに近距離での取り回しと痛覚へ与えるダメージに優れている。素晴らしい、実に素晴らしい鞭だ。
来栖さんも素晴らしい。ちゃんと僕と一緒にカーラで訓練した成果が出ているね。
鞭を振る姿勢に腰がはいっている。
冷静でないように見えて意外に冷静な行動。グッド。実にグッドだ。
黒いドレスで茨鞭を振る姿は様になっており、かなり格好良くてほっこりする。
「ぬっ……」
「ふぅ……」
僕のもっとやって欲しいという思いは届かずに、サルはもう一度叩かれただけで天に召された。
MBOは剥ぎ取り可能状態ではない場合に死体が残らない仕様が駄目だな。叩き足りないのに消えるというのはマイナスポイントが高すぎるだろう。
来栖さんは黒いけど晴れやかな笑顔をして満足そうだが、僕が消化不良。
「サルという存在に心奪われた……」
サル。これは良い存在だ。
人型で、”叩いて下さい”と誘っているのが良い。
ピンポイントで尻に毛が生えてないし、朱くなっているとか他の部位とは差別化されていて叩きたくなる。
古来から拷問するなら尻だし、鞭使いホイホイすぎる要素だ。
深樹海が鞭使いに喧嘩を売るような樹木乱立魔法縛り糞仕様でなければ、すぐにでも単独行動をして満足するまでサル狩りを満喫する所だ。
「遙人さん。今日はサル狩りと洒落込みませんか?」
「良いね! それじゃあもっと奥まで潜ろうか」
杖を拾いながら言う来栖さんに、僕は同意した。
「お嬢様、回復スライムを使いませんと」
「そうですね、忘れていました。今回は……無難にバニラにしましょうか」
美味しそうに回復スライムを食べる来栖さんの顔を見ながら、僕は考える。
茨鞭、次の戦闘で貸して欲しいなぁ、と。
彼女がこのまま茨鞭を使い続けて鞭使いへの道を上り始めて欲しいという親心もあるのでコレがまた難しく、しかし僕も自由に鞭を打ちたいと言う葛藤があり、グラウェイトが使えないと思われる状況では短剣と盾を使うことを強いられた環境でもあり……
碧腕緑桜でなら鞭を使った戦闘もできるけど、あくまでそれなり。単調な動きでしか攻めることができない。
……うん。とりあえずは、様子見だ。
我慢ができなくなったら来栖さんに鞭を貸してと土下座しよう。




