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056:自分の意志で胸を揉む

 私、来栖八重は夕飯を卵かけご飯とトリプル目玉焼き、インスタント味噌汁で早々と済ませる。

 ゲームをやり始めてから自炊が疎かになり、玉子の賞味期限が危なくなってきたため一気に消化だ。


「……ごちそうさまでした」


 二皿と箸だけの食器洗いを済ませて、お風呂に入ろう。

 今日は、なんだかとっても疲れた。シャワーだけではなく浴槽に浸かろう。

 HMEを外す際に、髪の毛が伸びてきたな、と思う。毎度のシャンプーコンディショナーが面倒なので、バッサリとカットするのも良いかもしれない。


「時間効率的に、正解だろうし」


 ゲームをやる習慣が付いてから、本当に現実の習慣が疎かになった。

 料理もそうだけれど、髪の毛を磨いだり美容にかける時間が自然と削れた。

 夏休みだから学校に行く時間がゲームに入れ替わっているだけ。プライベートな時間は以前と同じようにあるのだけれど、そちらは筋力トレーニングや武術の個人稽古。それに、変態総合スレッドを読む時間が増えて押され気味だ。

 女子力が低下して、紳士力が向上してきていると思っている。


 脱衣所で衣類を脱ぐ。キャストオフ。

 ボクサーショーツを手に取ってクンカクンカと臭いを嗅ぐと、微妙に汗臭い。


「女の子の香りなんてしない現実」


 午前中に筋トレをしたあとに着たままにした一品。

 普段なら夕食後、リラックスしてから身体を動かし、汗をかいた後に下着を洗濯機に――という感じなのだけれど。今日は昼食後にゲームをやる予定を立てていた関係で、筋トレ関係を午前中に済ましている。


 ……予定では汗をかいた下着はそのまま発酵して紳士好みになるハズだったのだけれど。私のショーツは臭いを嗅いでも汗臭いだけで楽しめないどころか、逆に気分が盛り下がる。

 自分の下着だからそう感じるだけで、誰か別の女の子のショーツであれば良い香りを感じるかもしれない。

 今度、サクラさんの下着の臭いを嗅いでみるというのはどうだろう?


「あっ……」


 浴室に入ってから浴槽に湯を張っていないことに気付いてしまった。

 髪と身体を洗っている最中に半分以上は溜まるから平気だろうけど、気が抜けてるな……



「……ふぅー」


 ボディ洗いから洗顔までの行程を終え、シャワーキャップを被り湯船に浸かる。

 夏だけど、少々暑めの温度設定。だが、それが良い。

 汗が噴き出て、老廃物が流れ出る……ような気がする。


 お湯を手ですくい、顔を擦る。

 今日は、本当に疲れたな……と。 


「婬魔六皇貴族――――」


 そう。婬魔婬魔六皇貴族・キュアラメネス・ナイシック……

 私は彼女に身も心もボロボロにされた。


 盗賊の襲撃を臨時部隊の仲間で迎撃完了したと思ったら登場して、周囲から触手を降らせる攻撃。

 ここまでは、余裕。余裕の戦闘だった。触手、やはり変態……とか思ってニヤニヤしていた。

 だけれど、暗闇の空間に引きずり込まれてからは相手の独壇場で――――


 杖しか武器を持たず、魔法による遠距離攻撃ができない私は無様を晒した。

 コチラからの攻撃が届かず、相手の攻撃を躱すことしかできない。

 徐々に早くなっていく攻撃に回避も限界になり、直撃を受けて……地面に転がされた。


「無様だな異世界人。

 冥途への土産に、我が美しき姿を手向けとして消えよ。

 サービスで、現世最後の思い出に可愛がってやるからな」


 仰向けに寝転んだ私の上に馬乗りになり、婬魔は耳元にフゥーと息を吹きかけた。

 甘い、甘い吐息。生ぬるいそれを浴びせられた私の体温は、上昇した。自覚できるほどに身体が暑くなる。

 それだけではなく、婬魔の胸に顔を埋めたいと強く思った。思ったどころか――――


「胸の谷間に私の顔を挟んで、ぱふぱふ、ぱふぱふしてください!」


 勝手に、私の口が動いていた。

 強制的にこんな台詞を言わされたことで羞恥心と殺意が沸いた。

 それなのに私の口はさらに動く。


「お願いです、お願いします。卑しい私めにお情けを」


 押しのけよう、押しのけようと意識するのに身体が動かない。

 なのに、口だけは私の意志とは別に動く。


「誠意が足りないな」


 婬魔にさらに自ら懇願するように促され、恥ずかしい台詞を言わされた。

 そして、満足した婬魔の胸に私が顔を埋める瞬間――――勇者が現れた。

 チュートリアルで不意打ちに手を取られて、警戒していた相手だ。それに助けられ屈辱相乗。


「ごめん、助けるのが遅くなったね」


 違う。早すぎたんだ……もう少しで顔が胸に埋まったのに!

 婬魔に色々言わされたのは屈辱だけど、それだけ言わされて触れもしないのがもっと辛かった。


 ……私には、自分以外の胸に触ってみたいという欲求があった。

 中学校で体育の授業で着替えをする際。「胸おおきくなったんじゃないですか?」「へへ。カップ上昇したんだ。触る?」「触る触る」「ちょ。美加ちん揉みすぎだよぉ~」「だって。私のおっぱいよりも柔らかいもん。このこの~」「やめて~。お代官様~」とか私の目の前で行われていた友人どうしのフレンドリィなやり取りが羨ましくて憧れていたのだ。胸に、他人のおっぱいに触ることに。

 それが合法的かつ自然に、私からは本位で求めていないという体裁を保ったまま解消されるハズだったのに。

 この想い。変態総合スレッドを見るようになる前から持ち合わせていたものだったのに……


「今度会ったら、揉んでやる……」


 一連のイベントが終了した後に≪婬魔耐性≫というスキルを覚えたので、今日のように操られることはない。

 つまり、次回は偶発的な何かは起こりえない――


 だから、私は誓った。今度会ったら自分の意志で胸を揉んでやると。

 これは変態ではない、復讐なのだ。


「そろそろ出ないとのぼせるかな」


 風呂から上がり、軽くストレッチをして牛乳を飲んで自分の胸を揉む。

 これで、今日も良い眠りが確実……なんだけれど、まだ眠くない。

 いつもなら眠くなるまで変態総合スレッドを読んで時間を潰すのだけれど……今日は、反省と計画。


 HME内蔵のテキストエディターを開いて、文字を入力しながら思考をまとめる。

 婬魔との戦闘が終わって戻った馬車の道中。遙人さんの友人たちが戦闘について話し合っていたことを参考に。


「今回は空中戦闘できるスキルを覚えてないプレイヤーへの啓発活動だな」

「ああ。最後に勇者が言った触手魔法もその一環だろう」

「まあ。俺たちはバッチリだったけどな。俺なんて銃だから楽勝だったし」

「オレもメイドに戦わせて魔法で支援するスタイルだから、レンジ的には余裕だった」

「私はサブ武器に弓を担いでいるからな。こんなっこともあろうかと! あろうかと!」


「個人隔離されたのも、同様のイベントがあるから特化スタイルじゃ厳しくなるかもよ? ってな警告とみた。

 遙人とか、鞭一直線だから今回のは負けるだろうな」

「ハルトはやけに鞭に拘っているからな。

 模擬戦の時のスキル傾向のままだと、死亡するのは確定だと俺も思う」


「キマは銃撃特化だろう。オマエも近距離型の相手とやるなら厳しくなるぞ?」

「うへへ。そこは安心しとけ。スナイパーライフルで近距離戦闘をする術は学んでいるからな。

 俺、MBOをやる前はFPSで砂使いだったんだぜ。グリップで叩き殺してやんよ!」


 聞いていてわかったが、プレイヤーの男性陣は全員婬魔の第一形態を撃破した様子。

 女性陣は全員負けたのだけれど、私以外の女性陣は生産職としてゲームを楽しんでいるのでそれも当然。

 つまり、勝てるハズだった戦いに負けたのは私だけ。


 そこで、勇気を出して男性陣の会話に混ざり、アドバイスを請うてみた。

 何点か質問され、戻ってくる冷たい回答。


「そもそも、初期の訓練で槍を選択しているのに今は別の装備なのがナンセンスだ。

 気まぐれで鞭を買い、そこから杖に転化しているとか俺なら地雷認定だな」

「しかも、魔法杖じゃなくて殴り杖だろ。

 遙人と一緒にやるならネタ装備好きそうだし問題ないけど、ガチパ組んで勝ちに行くならコレは駄目だな」

「執事も長柄武器で対応できる距離が一緒だし。構成を全く考えていないのも問題だ。

 ゲーム初心者だし仕方ないと思うが……」


「魔法を追加で購入していないとか情弱すぎる。

 チュートリアルで説明を受けていただろうに、武器防具しか新調しないのは愚かだ」


「盗賊戦では良い動きしてのでそこは良かった。

 リアル武道スキル持っているというのは強みだな」

「現実で恵まれた身体能力とか爆発すれば良いのに」

「デュナメェス、地がでてるから……」

「おっと。俺としたことが済まないなお嬢さん。忘れてくれ」


「忌憚なき意見、ありがとうございます。参考になりました」


 楽しんでやっていたのに、私のゲームスタイルが否定されて悲しかった。

 全て事実で的を得た意見なのは確かだけれど、厳しい。もう少しオブラードに包んで欲しかったな……


「八重ちゃん、あれが効率厨という存在だよ。気持ち悪いの」

「森本と土屋がキモイ。叉木くんもアレでちょっとショック。学校では普通なのに……。

 気にしないでね、八重ちゃん。私だって婬魔のお姉さんに色々と強いられたんだから」

「な、なんだってー。私は強いられる前に終わったよ!?」


 励まされていたのは嬉しかったのだけれど、その後に彼女らが男性陣を口頭で攻撃し始めたのは困った。

 私にもう少しコミュニケーションスキルがあれば、こう言っただろう。


『何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ!』


 変態総合スレッドで、スレ住人が喧嘩したときに貼られる言葉だ。

 一瞬で空気が鎮圧化される魔法の言葉。私も、大好きだ。


 ここに遙人さんが居れば、この言葉のように鞭で婬魔をどう倒すのかを語ったりするのかな。≪ロングウィップ≫では射程が届かないと思うし、武器を購入するときに見せて貰った図面の新兵器を使うとか……!

 そんなことを考えていたらサクラさんが無言で手を握ってくれて、すごく暖かくなった。ほんわか。

 もう少しで”ペロペロしてやる~”と言いそうになったから危ない危ない。

 本職(同性愛者)の芳野さんがいる前で、こういった発言は致命傷になる。冗談では済まない。


 それで……そう、反省。

 他人にとやかく言われないように、不都合な展開をどうにか出来るように強くならないと。

 努力するのは嫌いではないし。ゲームだから成果も出やすいという優しい下地もある。


 箇条書きでまとめてみたテキストは……こんな感じになった。


・意地でも近距離戦闘で杖を使い続ける。

 魔法剣みたいに氷を纏わせたり出来る魔法があると格好よいかも。

 サクラさんが氷の魔法を使うので、さりげなくお揃いに!


・勇者に勧められた触手魔法

 遙人さんの鞭と役割が被るので、覚えない。

 私の中の紳士が触手はなしだと囁いている。人肌同士が良いです。

 ※鞭使いの前では絶対に被るとか言わないように。役割が違うと語られる可能性高!


・遠距離を攻撃する手段は、爆発系の魔法を覚える。

 紳士と言えば爆発。カップルを爆発させるのも紳士の仕事。たまに許す。


・遙人さんと合流する前に、サクラさんをクンカクンカする。

 婬魔の誘惑に負けない訓練なので合法的。


 よし。読み返したけど隙がない。

 こんな風にゲームで魔法を使うことができたら楽しそうだ。


 深樹海はエルフがたくさんいる。

 魔法が得意な種族なので、教えて貰ってパワーアップに励むのだ。頑張れ来栖八重!


 楽しくなってきた所だけど、瞼が重くなってもきた。

 電気を消して、お休みしよう。今日は、婬魔の胸を揉む夢が見られると良いな。

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