053:婬魔と触手結界
「くそ、砕ける気がしねぇ」
「他に狙える場所がねぇぞ。鞭、早くダメージ稼げよ」
壁ドン――結界を殴る作業をしている連中は状況が打破できずイラついているようだ。
確かに、周囲に張り巡らされている闇の結界以外に攻撃できる場所がない。
馬車が止まっている後ろ側は死角になってるけど、さすがにアソコに敵の本体が……なんてことはないだろうし。
触手はプレイヤー周辺の天井や壁面からランダムで伸びてきて、法則性も特に見当たらない。
「ベンだけに守りを任せるのは厳しいと思うが……」
壁を攻撃している彼らがたまに触手プレイを受け――触手によるダメージを受けているが、回復スライムを遠慮なしにガブ食いしているので耐久度という観点では問題ないだろう。
むしろ、カーラを仲間にしたときに回復スライムを大量に飲ませたせいで在庫が三個しか余っていない僕が一番余裕がない。MP的にも、そろそろ≪プロテクトウォール≫が我慢の限界。
≪ステップ≫を踏みながらできる限り触手の被弾を減らし、壁を鞭で攻撃する。
どむっ。と、布団を叩いた時のような手応えだ。炸裂音すらせずに跳ね返る。鞭を振るう相手としてものすごく微妙で楽しさ半減って感じ。残念結界め……
もっと悲鳴を上げてくれたり叩いた感触があったりする相手の方が嬉しいね。
『さて。余興は終わりだ異世界人共。闇に飲まれるが良い』
再度、頭に声が響くと同時に無数の触手が僕を拘束する。
「くそ」
「離しやがれ」
「ご主人様~!」
声から判断すると他の連中も同じようだ。
首まで固定されてしまっているので、メイドさん二人が拘束されている姿を見ることができないのが悔しい。
なんというか、色々と損した気分だ。僕も一人じゃなくサクラさんを連れてきたら彼女も拘束されて反応が楽しめたと思うとさらに一押し。
カーラが居たら、ものすごく喜んだだろうなぁ……容易に想像できるのが恐ろしい。
触手の拘束によるダメージは受けていないので、焦らず思考を回転させる。
幻覚魔法で身体は動いているオチとか? 舌を軽く噛んでみるが、目が覚めたりはしない。痛覚があって、少し痛いだけだ――――もしや、このまま生け捕りにされて変態されるイベントが発生するのか?
「…………」
触手に巻かれてから、身体に力が入らなくなった。声も出せなくなって頭が微睡む。
仮想世界で、さらに眠ってしまうような……
――――やはりイベント戦闘、か?
真理に辿り着いた気がする。
追加の触手に巻かれ、僕の視界は完全にブラックアウトした。
・
・
・
「起きろ、小僧」
微睡んでいた意識が覚醒て目を開ける。
闇――結界の中にいるのは変わり無さそうだが、触手の拘束は解け僕は地面に寝転んでいた。
鞭を両手に装備しながら、起き上がって声の主を見る。
――――婬魔のような、違うような。
ヴァレリアさんとか、芳野のメイドさんとか、翅なんて生えてなかったもんね……
目の前にいるのは、若妻的な雰囲気を放つ女性。
背中には、コウモリの羽ような形状をした翅が二対。半透明で、下部のほうなんかは透明度が高すぎて背景との境界線が曖昧だ。
朱い髪に、朱い口紅。瞳も朱く染まっている。
服装は、肩を露出した深紅のドレス。これまた微妙に透けており、朱くて扇情的な下着が見える。
……うん。若妻はないな。同年代か年下が好みだし、少しケバいしジャンル外。
この婬魔は20歳後半といった顔作りなので、変態的な琴線にはまったく触れない。
体付きだけを見るなら素晴らしいが……顔が全てを台無しにしている。美人では、あるんだけど……
「服着ようか」
僕の発言への返答は攻撃だった。
衝撃波的な何かで、吹っ飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。
「無礼な口を聞くな。小僧」
「余計なお世話ですいませんでしたね……」
蔑んだ瞳で僕を見る婬魔であるが、こっちも負けじと蔑んだ瞳で見つめ返す。
怒らせても得はなさそうなので、脳内で痴女とかアラサー手前とか化粧が濃いとか罵っておこう。
僕は変態紳士ではあるが、節操がある。ジャンル外なんだよお呼びじゃない。
どうやって倒そうか……この婬魔は地上から目算三メートル浮いている。
周囲には、誰もいなくなっておりタイマン環境。
僕の鞭は二メートル程度なので、かなり近距離まで寄らないと当てることができない。
中距離戦闘のアドバンテージはなし、か……
「ふん。小僧の鞭では私に手も足もでないだろう。
なにせ、攻撃が届くまい。楽に、気持ちよーくしてやるぞ」
カチンときた。
鞭の性能をナメてかかっているようなので、痛い目を見せてやろう。フフフ、切り札を一枚切らせてもらう。
余裕の表情をしているのだ。絶対に負けないことを確信している、良いね。「なん、だと……鞭使いの性能はバケモノか」と言わせてやろうじゃないですか。
「ほれ、愛撫だ」
婬魔は右手を構えて影が固まったような魔力の弾丸の打ち出してきた。
舐めているのか、弾速は早くないので僕の身体能力でも簡単に回避できる。
「ほれ。ほれほれ」
右に躱して、さらに≪ステップ≫で前進しつつ後続を躱す。
「小僧、攻撃してきても良いのだぞ?
尤もそんな鞭では我に届かぬだろうだがな!
魔法を使わぬ所を見るに、遠距離攻撃できぬのだろう? ハッハ滑稽な」
どちらが滑稽か、見せてやろう。
躱しながら、適正な間合いまで接近させてもらった――――鞭の、射程ッ!
「いつからその程度の射程を覆せないと錯覚していた?」
薄紅桜蛇を空中に放り投げ、持ち手を碧腕緑桜の指で掴み取る。
二本の鞭が連結し、射程距離は四メートル。さらに、≪ロングウィップ≫で水増しをすれば六メートル。
「掴め、碧腕緑桜ッ!」
手を伸ばす。悠然と浮いている婬魔に。回避しようとするが、僕の鞭から逃げられると思うなよ?
パシン。と鞭が巻き付き、絡め取る。狙ったのは右の翅二本をご一緒に。
空での自由がなくなった婬魔は、「何ッ!?」と言いつつ落下して地面とキス。
同時に≪ロングウィップ≫の効果が解除され、翅が自由になった婬魔が体勢を立て直そうとする。
「忌々しい人間が!」
僕は≪ステップ≫で距離を詰め、今度はスキルを使わずに連結した鞭で婬魔の右足を絡め取る。
さらに≪ステップ≫で距離を詰める。
鞭の連結を解除し、薄紅桜蛇を左手に。これは婬魔を掴んだまま。
碧腕緑桜を右手に持ち、顔面を全力で打つ。打つ、打つ。
「調子に、乗るなッ!」
婬魔から魔力の衝撃波が拡散し、僕は吹き飛ばされる。口から痛みの悲鳴が漏れる。
が、握った鞭は離さない。繋がったままなので吹っ飛ぶのは婬魔も一緒。
鞭使いとして現実でも握力は相当鍛えているのでね。魔力強化された肉体ならその程度の衝撃などッ。
利き腕だけ太くなるレベルには素振りやらオーバークラッシュ、ネガティブトレーニングで虐めている。
それこど、ドMと誹られても言われておかしくない程に。
≪受け身≫で姿勢を正し、音声起動で≪ウィップスピアー≫を放って立ち上がろうとする婬魔に攻撃する。
「く、あっ……は、離せ!」
パシィィン。
返事は、鞭でしてあげる。二発、三発。続けざまに鞭を打つ。
婬魔が何か魔法を唱えようと呟くが、鞭で顔面を殴打して詠唱をキャンセルしてやる。
「ッ、あああ! お、のれ!」
苦渋に満ちた表情で婬魔は叫ぶ。
良い悲鳴。良いね。鞭と≪拷問≫スキルの相性は最高ですね。
今度は手をかざし、魔力の弾丸を放とうとするがそれもさせない。
鞭で手を打ち、攻撃の軌道をズラしてやる。当たってやる気はないのでね。
叩く、叩く、叩く、叩く。
婬魔はドレスという見た目に反して耐久力があるようで、まだHPの二割が減った程度。
「あ、ぐあ、あああ!」
打つ、打つ、打つ、打つ。
そんな作業を繰り返していると、悲鳴から懇願に変わってきた。
「やめて! 許して!」
攻撃を続けていると抵抗が弱まってきたので、叩くのを辞めて自分に回復スライムを使用する。
吹っ飛ばされて受けたダメージはコレで全快。僕はニッコリ。攻撃が中断されて婬魔もニッコリ。
「よ、よかッたぁんゥ!」
だけど、続きます。よかったですね。まだまだ鞭で叩く作業は継続です。
婬魔という種族は、甘言や虚言で人心掌握することを得意とする種族。それが弱音を吐いて隙を作ったのなら、クールタイムとして利用することはあっても聞き入れる必要はない。
味方の婬魔は少しエッチな服装をした人間といった感じだが、敵は狡猾と考えた方が良いものな。
「ああっ、ンンッ! やッッ、痛、痛い、いっ!」
うん。かなり行動阻害ができている。
ダメージとしては薄紅桜蛇のような通常タイプの方が大きいだろうが、痛いと感じるのは碧腕緑桜のように鞭の先端が分れているタイプだ。来栖さんが持っている茨鞭――キャットオブナインテイルのようなものだと殊更に。
ここまで敵の行動が停滞するなら、桜蛇ちゃんの拘束を外して攻撃を二乗できるか?
逃げられたなら逃げられたで対処ができるので、婬魔に巻き付けている鞭を解く。
すると、今まで攻撃を受けるだけに甘んじていた婬魔が身を翻し、空中に上昇しようとする。
「逃がさないよ」
まあ、≪ロングウィップ≫の射程からは逃げられないのでまた身体を掴ましてもらうワケですが。
「人間め人間め人間め、殺してやる殺す殺す殺す、あああ、ああああああ」
結局、一本しか攻撃に使えないか。
それにしても、ここまで鞭を打って呪詛が吐けるのはすごいな。現実だったら三発も本気で打たれれば痛みで気絶する威力があるというのに。下手すればショック死するから。
「ハァァァァァッ!」
「ぐッ」
婬魔が、再び衝撃波を放つ。
今度はかなり威力があったようで、僕のHPが残り一割まで削られて鞭の拘束がほどける。
「ハ、ハハ。人間、舐めた真似をしてくれたな。
良いだろう、我の本気を見せてやる――――」
「なん、だと……これは……」
婬魔の身体がぶくぶくと膨らみ、弾ける。
僕の視界は閃光に塗りつぶされ、生暖かい感触が顔にかかった。
「にく、へん……」
「これが、我の本気だ。異世界人よ、我が美しき姿を手向けとして消えよ」
晴れた視界に映ったのは、朱色のスクール水着(旧)を着た美少女……
若妻から少女に――……しかも、不釣り合いに胸は大きい。目算Dはある。ロリ巨乳。
水着のサイズがやや小さく、目の毒すぎて素晴らしい。尊大な口調がロリババァを強調させる。
僕の目は、婬魔に釘付けになる。視線が逸らせない。
思わず、生唾を飲んでしまった。
「MBO開発、やはり変態か……」




