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049:プレイヤーメイド

「嬢ちゃんに教えることはなにもねぇな」

「私も、教わることは何もないので平気です」


 ユニコーンが転倒する一件を終えて、御者さんからの対応が厳しくなった。

 御者台に座っているだけで、嫌な顔をされる。


 ……私は、この人に対して悪感を覚える。

 あれだけ遙人さんが落下しそうになったから鞭で掴もうとしただけと主張したのに、”悪意があった”の一点張り。

 そんなもの、あるはずもない。遙人さんは華麗な鞭捌きで見事に着地、そのプロセスを消化しようとしただけだ。彼の腕前なら、防御魔法が起動しなくても馬車に傷なんて付かなかったのに。


 子供っぽい感情だという自覚はあるのだけれど、譲歩したくない。

 己の主張だけで他人の意見を聞かないのが納得できない。


「気が散るから、馬車の中に入ってな」

「お断りします。外の空気を吸いたい気分ですから」


 御者さんの心が折れるまで睨み合いをする覚悟はできている。

 隣には、心強い味方。サクラさんもいる。彼女は、私の主張を擁護してくれる。


『ハルト様は変態ですが、意図して他人に迷惑を掛けることはしません』


 少し辛辣にも聞こえる遙人さんへの評価。けれど、それは間違っていない。

 お世話を焼いてくれて、親切。鞭のことになると視野が狭くなるけど、その拘りは格好良い。

 それらは、全て遙人さんが紳士だからこその所感。”変態よ、紳士であれ”の名言を体現している。


「八重ちゃん、NPCへのお説教は終わったー?」

「まだです。御者さんが私の主張を聞いてくれませんから、姿勢で示している所です」

「そう。無駄だからそろそろこっちへおいで」


 芳野さんの言葉を聞いて、少々むっとした。

 確かに、この御者さんは頑固なので梃子でも動かないかもしれない。けれど、頭から否定しなくても良いじゃないかと思う。


「怒った顔も可愛いなー、八重ちゃんは。けど笑った方が素敵だよ」


 歯に衣着せぬ物言い――、上手い反論が思い浮かばなかった。

 ……遙人さんの思い人がこう言っているのだから、私だけが怒ったままなのも筋違いだという気にもなる。

 無言で頷いて、おとなしく馬車の中に入ることにした。


 馬車が出立してから、中の部屋に入るのは初めてだ。

 木材をベースに金属で補強してあり、ソファーのような椅子もありでファンタジー世界に存在するものとしては、相応しいとは言えない豪華な感じ。人も、大勢収容できるし……今居る人数でいえば、十三人。

 蛇女の人や、熊の従者もいるので人間的な人数換算だと+二人と考えても良い。それでも、まだ余裕がある。


「お嬢さん、奥の席へようこそいらっしゃい」

「八重ちゃん、私の隣ね」


 リリスさん――芳野さんのメイドさんに手を引かれ、二人の間に座らされる。

 間を置かずに個人通話のポップが表示されるので認証。芳野さんの頭の上に、吹き出しのようなアイコンが表示された。話し中の表示だろう。


「ふふ。八重ちゃん。私の態度が不満だったでしょう」

「……」


 平時と変わらぬ口調でそんなことを言われて、少々驚いた。

 私の中の芳野さんの印象は、ぽんわり。実際は、鋭い感じ……

 先程の”無駄だから”発言も意図してのコトのよう。


「沈黙は肯定だねー。さて、八重ちゃんは御者NPCとメイドさんの違いってなんだかわかる?」

「性別、ですか?」


 まじめに答えた回答に芳野さんが爆笑。またまた むっ、となる。

 表情に出さない程度の顔芸はできるつもりだけれども、芳野さんにはバレていたようで落ち着いて真面目な顔をしてから謝られた。

 気にしていませんと返事をすると、すぐに飄々とした表情になって話を戻す。


「私の言い方が悪かったねー。うん。じゃあ、お城にいるメイドさんと八重ちゃんの執事の違いってわかるかな?」

「……勤務場所、ですか?」

「うーん、正解といえば世界。正しい回答は、プレイヤーメイドか否か。メイドは、madeのほうの意味ね」


 降参するのは嫌なので苦し紛れに答えたが、正解に近い外れだった。

 そして、芳野さんからプレイヤーメイドと言う単語を聞いて、言いたいことが理解できた。


「これだけで気付くとは、やはり天才か……だっけ? 遙人くんが良く言ってるの」

「変態、です。天才じゃなくて、変態」

「あれ? こっちが元ネタじゃないの?」


 やはり変態はやはり変態で、それ以上でもそれ以下でもない。変態なのだ。


「……お姉さん、少し恥ずかしい。それで、気付いたようだけど解説いる?」


 芳野さんが私の顔をのぞき込むようにして言う。

 お願いしますと伝えると、芳野さんは私の頭を撫でながら話し始めた。

 子供扱いされて嫌なのだけれど、彼女があまりに笑顔なので手を払うことができない。可愛いタイプの美人は、こういうときに少々卑怯だ。

 ダブルピースが似合いそうだと思ってしまった私は悪くない。悪くないんだよ八重……


「さっきまでの八重ちゃんは、NPCにも誠意があれば理解できる、ってなスタンスで頑張ってたよね。

 だけど、それは違う。NPCはあくまでノンプレイヤーキャラクター。アルゴリズムに従って決まった行動をすることしかできないの。

 まあ、それでもこのゲームはかなり複雑なモノを積んでいるんだけど……」

「そうですね。じいや……うちの執事やサクラさんと話していると、人間と話していると錯覚してしまいます」


 現に、サクラさんとお揃いの髪留めを買ってみたり、一緒に食事をしたり。

 現実世界で友達が少ない私は、かなり楽しかったし……あまりNPCだとは意識したくない。


「そうだよねー。うん。それがプレイヤーメイドとの違いってヤツなんだ」

「役割の範疇を超えないように、ですね」

「……八重ちゃん、頭脳明晰だねー。容姿も良いし、モテるでしょ」


 芳野さんが頭を撫でていた手が胸へと降りてきたので焦ったが、倫理規制がガードしてくれる。変態総合スレッドでは、『鋼鉄処女(アイアンヴァージン)』と呼ばれている対ハラスメント機能だ。


 ……私の卑屈な心だと、”容姿が良い”は嫌味に聞こえる。芳野さん、すっごい美人だし。

 女子中学で男性とは接点がないのでモテることもないし……女子からは距離を置かれている、来栖家のお嬢様、腫れ物。

 どうにも無感情とはいかなくて、胃がチクリ。


「あれあれ、そうでもないの? 世の中の男性は駄目駄目だねー。高校に来たら悪い虫が付く前に私が口説こう」


 ……最後の一言はが冗談に聞こえないのが恐い。


「ふふ。私って女の子が大好きだから」


 耳元で囁かれた声にゾクリとした。

 変態総合スレッドで感性が磨き上げられた私にはわかる。彼女の性癖は真性の百合だと。スレッドで百合な話題はかなり好きな部類なのだけれど、火の粉が降りかかるのはたまったものではない。

 初日で節操なく粉をかけてくるのも思う。アドレスを交換して仮面設定を脱がせたのは容姿を確認するためだったのだ。女の子同士のやり取りのようで、浮かれてしまっていた己を恥じる。


 恋愛というのは過程があってこそ。多くの変態紳士がピュアであるように、そうでなくてはならないのだ。

 即物的なエロスを求めるのには賛同するけれど、それが偶然の産物や誘っている相手、二次元的な要素でない場合は紳士はジェントル的な意味で紳士でなければならないと思う。

 ……芳野さんの場合は淑女か。だったら、尚更その価値観は相容れない。軟派なのは嫌いだ。


 ソファーから立ち上がり、リリスさんを少々強引に移動させて防波堤に。

 芳野さん、リリスさん、私の順番で座り直す。


「うっ。じょ、冗談よ八重ちゃん。仲良くしましょ?」

「……プレイヤーメイドの話に戻りましょう。倉嶋サン」


 牽制に名字で呼び直すと、芳野さんは悲しそうな顔をした。

 そんな表情をされると罪悪感が沸くが、私がやっていることは間違いなく自衛であって非難される行為ではない。正当性があって正義であって紳士的な行為だ。


「うん……。

 で、人間と話しているように感じるって八重ちゃんは言ったよね。実はこれ、半分くらい正解なの」

「確かに、ゲームの世界で暮らしている住人よりも高性能な人工知能を積んでいるなら、人といっても良いかもしれませんね」


「高性能な人工知能を積んでいるのは確かだけど、八重ちゃんが思ってることと観点が少しズレてるかな。

 プレイヤーメイドのキャラクターはね、作った人の脳が代理演算している部分が大きいの。

 こうしよう、ああしよう。そういった判定がフラグによって管理されるんじゃなく、脳内の無意識な領域で行われているんだよ。言うなれば独り相撲」


 それを言うならセルフオナ……っと危ない。大丈夫。セーフだぞ八重。

 口から反射的に危ないセリフが出そうになる。変態総合スレッドを見始めて日が浅いのに、もう私は取り返しが付かないレベルまで踏み込んでしまったのかもしれない。


「例えば、さっきまで一緒にいたサクラちゃん。遙人くんのメイドさん。

 彼女なんかが、特にその傾向が顕著に出てるね。遙人くんは変態さんだけど根はすっごくまじめだから。過程もなしに女の子と仲良くなるのは変だと考えている部分があって、本人には少し冷たい性格になってると思う。

 多分、このままゲームを続けていると徐々にデレていくのかな。私が前に見た時よりも今は仲の良い感じだし――――っと、話がズレてきた」


 ゴホン、と。

 わざとらしい咳払いをして、芳野さんは話を続ける。


「要するに、サクラちゃんと話しをして意思疎通がスムーズに行えるのは遙人くんが考えてるから。

 本人は無自覚だけど、脳味噌の使っていない部分が働いているのね。

 で、これが普通のNPCの場合。性格は完全に固定だから、駄目といったら駄目。何度懇願してもしつこいぞ! って無視したような状態になるの。さっきの御者さんだねー」


 おわかりになったでしょうか? そんな顔をしている芳野さんに対して、「理解できました」と返事をしておく。

 小学校低学年の頃に『未来の技術』で習った生体(バイオ)コンピュータ。教科書にあった挿絵。

 狭い部屋に白衣を着た男性が十人。ヘルメットを被ってケーブルでスーパーコンピュータに繋がっていた。すごく恐かったので、印象に残っている。

 あれが現実になったのが、きっと今の形なんだろう。ずいぶんと可愛らしくなっていて、少し可笑しい。


「八重ちゃん、何ニヤついてるの?」

「別に、何でもありません」

「ぐぬ……数時間前の優しい八重ちゃんは何処に消えた」

「残像だ」


「え?」

「何でもありません」

納得できない人も多いと思いますが、これがサクラさんが遙人くんに冷たかった理由。

キャラメイクの際に設定した性格を基準に、この性格なら○○するを脳内判断して動きます。

Maid Butler Onlineに登場する従者は例外なく主人に都合が良いのです。ゲームだから。


代理演算は作中の時代、医療介護関係や恋愛ゲームに数年前から実用されているという設定です。

芳野さんはガチ百合でリアルも二次元も節操なく女の子を攻略しているので、こういった事情に詳しかった感じ。

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