047:馬車に揺られて
深樹海に出発する前のリアルイベントの処理にものすごく疲れた。
来栖さんが僕と同じ装備一式をしているもんだから、亮平たちにペアルックと祭り上げられ、オメェらは男三人で三連星ですかと逆に煽り返したり。
芳野の友人――初瀬さんからイケメン何処ですか? と冗談っぽく聞かれたので、イケメン設定の森本くんと土屋くんを紹介したら「その二人は芳野のクラスのキモオタって聞いてるよ」と言われてしまい、ロールプレイ推進派の森本くんが「俺たちがイケメンだ。テメェは腐った眼をしてやがる……」と自己擁護してドン引きさせたり。
竜碼さんが合流したので、今度はまじめに紹介してみたらリアルイケメンで好感触――だったんだけど、好きなタイプを聞かれて「フッ……俺はボインちゃんが好きなんでな」と格好良くセクハラして残念イケメンの烙印を押されたり。
カーラが私も構って欲しいなー、的な感じに近寄ってくるので芳野に押しつけたら、来栖さんも混ざって三人で倫理規制状態になってしまったり。
……MBOのパーティは通常6人までなのだが、今回のように同一目的で徒党を組んでいると臨時部隊(通称天ぷら)として活動できるようになるので馬車の移動でパーティ割りなどの問題は起きない。
で、部隊を冠しているので階級も設定できる。
性欲を持て余すからという理由で森本くん、土屋くんの2人が大佐だ。
大将は年功序列で竜碼さん。他は全員軍曹で、戦闘になった場合は偉い階級の人間が指揮を執ることになる。
「フッ……大将自ら殲滅戦が良いだろう」
とか格好良いことを竜碼さんは言っているので、おそらく『ガンガンいこうぜ!』意外に何もない気がしないでもないが。
芳野と初瀬さんは生産職プレイをしているので、『命を大事に』という感じか。森本くんが「女子供は俺が守ってやるさ」と前髪をファサァとやりながら言っていたのは余談である。
「なあ、遙人さんや」
「どうしたよ、亮平さん」
「もっと敵に沸いて欲しいんですが」
「……」
現在、僕らは馬車(ユニコーン二頭が牽引するでっかいヤツ)に揺られて暇――各々が好きなように過ごしている。
森本くんと土屋くんが≪騎乗≫スキルが得られるかもしれないということで、鞍もなしにユニコーンに乗って尻を痛めていたり。
竜碼さんとその友人が馬車にロープを繋いで走り、身体を虐めて能力の向上を図る訓練――の横で、カーラが簀巻きになって引き摺られてあんあん言っていたり、芳野やサクラさんたちが馬車の中で雑談していたり。
僕はさっきまで来栖さんと一緒に御者の人に馬車の扱いを習っていたのだけど、今は亮平と一緒に馬車の屋根上に登って周囲を警戒している。
……御者は鞭を使う仕事と思っていたのに、全然パシィーンからヒヒィーンのテンプレ的な動きがない。おかげで、鞭を持っているのに使えないというおそろしくフラストレーションが溜まるという苦痛に耐えきれなかったんだ。ブラック職業ってレベルじゃなかった。
「ご主人様、前方にゴブリンが三頭」
「お、沸いてるな。イケる」
亮平がスナイパーライフル――――というか、拳銃のバレルを無理矢理延長したような銃で敵を狙撃する。
……双眼鏡を覗く狼耳メイド、メーラの指示に従い僕には見えない場所にいるヤツを頭パァンと駆逐。
「さすが妾のご主人様」
「うへへ」
そして、終わるとメーラとキス。
遠距離を狙撃する銃は魔力効率が悪いので、魔力贈与をして貰っているらしい。真偽は不明である。
……まぁ、何もしてないのに臨時部隊に所属しているおかげで経験値が累積するのだ、文句は言わない。
…………ストレスはたまるがな。
「なあ、遙人さんや」
「なんだね、叉木亮平軍曹殿」
「結局、噂の来栖さんとはどうなんだよ?」
「ガチで何もない。芳野たちと仲良くなってリアルアドレスを交換してたようだけど、僕はそれすら知らないレベル」
「……マジか」
「まじ。来栖さん、初めは鞭を使ってたのが縁で知り合ったんだよ。なのに今は杖とか持っちゃって――――」
「まて、アレだ。慌てるな落ち着け。鞭の話は長くなるからまたの機会にしようぜ」
長時間馬車に揺られる今こそ雑談すべきだと思ったんだが、まあ、良い。
敵を狙撃する関係で話が何回も中断するのも盛り下がるし、またの機会に語ってやるとしよう。
……来栖さんの件は気にされるのは当然、か。
よく考えてみると、周囲の協力を得て芳野に告白→派手に玉砕というイベントを経験してからの人生で、かなり距離が近い異性ではある。
リアルで知り合った女性だったら絶対距離を置いてるけど、ゲーム内だからなぁ。
「宍戸! そろそろ連れの女が死亡圏内だぞ」
「あ、了解です」
竜碼さんに声を掛けられて、カーラのHPを確認する。残り二割って所か。
回復スライムを使うのが勿体ないので、馬車の中に引き上げて残り時間は往生していてもらおうか。
……そういえば、ここで死亡してしまうとどういう扱いになるんだろ。
「亮平さんや、ここで僕らが死ぬとどうなると思う?」
「……微妙だな。拠点リスポンするかもしれんし、馬車の中に戻ってくるかもしれん。あー、土屋に聞いた方がいいかもしれん」
「土屋くん、ここで僕らが死亡するとどうなるかわかるかい?」
「デュナメェスと呼べと言っているだろう! 王都以外のエリアでは、デスペナで負傷状態扱いになる。死に方によって療養期間が決まるとよろずの掲示板で読んだ。NPCなら大抵は一日~三日程度行動不能。プレイヤーは状態不調で能力の制限だな。こっちは長くても半日だ。リスポン地点は未知数と言わざるを得ない」
「NPCが王都に戻されたら合流できないよね?」
「乗合馬車があるから、独自行動で追いかけてくる可能性もある。そのあたりの情報は仕入れてなかったな、迂闊だった……迂闊な動きが、死に……」
話を聞くと、試してみたいという欲求が。
この流れならカーラが犠牲の犠牲になっても自然だよなぁ。大義名分があるし。元々余剰戦力なので問題ない。
一般的な倫理観を持つ来栖さんは御者席に。芳野やサクラさんは馬車の中でガールズトークで盛り上がってる。
「試すか」
「だな」
速攻で何をするか察して賛成する亮平は鬼畜である。しかも、「男同士で話があるから」と己のメイドを馬車の中に入れて好感度の低下を防ぐという計算高い行動。やはり天才か……
竜碼さんに『プレイヤーがここで死亡状態になるとどこでリスポンするか不明なので、NPCで試します』とメッセージを送信。
すぐに『了解した。隣の彼女を殺るのか?』と返事が来たので屋根の上から手で○と合図を送る。
瞬間、腰から斧を抜刀した竜碼さんがカーラの首をはね飛ばしたように見えた。
僕らがボーイズトークをしている最中にHPを減らしていたカーラは、抵抗する間もなくポリゴンの藻屑となって消滅した。
≪警告:リュウマ・ホークが故意に味方を殺害しました。多数決を行い、臨時部隊から除名します≫
僕と亮平は、同時にブフォと吹いてしまった。
これはいかんと思い、馬車の中にいる連中にフォローをしようと慌てて屋根から降り
「うおっ」
――――ようとしたら足を滑らせ馬車から投げ出された。
が、そこで身体が反射的に腰の鞭に手を当てて≪ロングウィップ≫を音声によって無理矢理起動する。
慣性に流されるが、馬車の後部には掴まれるだろう。
……そう思ったら、ガキンと魔力の障壁のようなもので技が跳ね返された。
そして、御者のおじさんの声が頭に響く。
「お客さん、馬車に傷を付けようとは良い度胸だなぁ」




