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046:開発スタッフはバグを潰す

開発+兄貴視点です。

 私が昼食から戻ってくると、開発室で松平くんが発狂していた。

 彼は優秀なプログラマーだが、少々暴走する嫌いがあるのが偶に……頻繁にあるのが欠点だ。


「おあし、あくぁwせdrftgひゅああああああああ、バgじああああうぇfl」


 Maid Butler Onlineは順調に稼働しており、細かい要望のアップデートを検討していた所。

 彼が発狂するとなると、バグか。ここまで酷いのはアルファテストの時に北斗くんのパーティが破壊不能オブジェクトを使って町中の耐久力がある設備を破壊して世紀末を演出したとき以来だろうか。

 この事件を切っ掛けにオブジェクトの修正。警邏システムを導入したり、警備の専門家をアドバイザーに巡回ルートを決定して治安が良い王都を目指したのだったな……懐かしい。


 ……さて、私も過去を回想しておらず彼と向かい合おう。

 運営が正式に始まっている以上、大規模なバグなど許されない。


 松平くんを異世界仕込みの教育的指導によって黙らせて、状況を確認する。


「なるほど。Ai-027Dの独自行動によってフラグに不具合が出て、処刑されるキャラがプレイヤーの仲間になったと……。それで、プレイヤーの特定は?」

「出来ています。Ai-027Dの気に入っている『彼』ですね」

「彼か。モニタリングは?」


 渋い顔をして大島くんがスクリーンを投影する。

 そこには笑顔で鞭を振る男女と、笑顔で叩かれている女性が表示されていた。


「……なんだこれは。倫理設定を抜けているのか?」

「AIの感情データを抜きましたが、『ご褒美』と認識されていますね。暴力行為とは判定されていないので、倫理フィルタには該当せずに警告も表示されません。屋外で同様の行為を行えば、性的な判定で警告処理が行われると思います」

「つまりは、性格設定に阿呆な性癖が設定してあるのが元凶か」

「そうですね。人間に対して暴力行為で≪調教≫スキルの懐かせ効果は累計しないハズですが、『ご褒美』認識になっているので好感度鰻登りになってしまってます」

「……設定したのは?」


 大島くんが指を指したのは、地面に横たわっている松平くんだ。彼が元凶か……

 問題になっているエスメル・ヒーラマのプロファイルを見ると『//拷問を受けてすぐ死ぬNPCで可哀想なので、お遊び要素も込めてドMに設定』とコメントが残してある。

 まさか、松平くんが設定したNPCは全てこのような仕様になっているのではあるまいな。

 私が戦々恐々としていると、大島くんが空気を読んで答えてくれる。


「松平が設定したキャラには人格値まで設定してあるのが殆どですね。イベントキャラは行動ベースが受動的なんで無害なハズですけど……」

「仲間になったことで、動的に再形成されてしまったか」


 今回の対処はすぐにできるが、再発防止のためにNPCの性格とスキル相性の関係を見直さねばならないな。

 現状でエスメル・ヒーラマと遭遇するイベントを通過したのは百人程で、不具合検知は一件か。告知の文面と通知メッセージは土下座名人の今井くんに依頼して――


「主任、仲間になってしまったエスメルの対処はどうでします?」

「そうだな……暗殺されて死ぬ、というのはどうだ? 自然にデリートできるだろう」

「うーん。それは反対ですね。序盤で味方キャラを殺したらプレイヤーのショックがデカイと思います。問題なのはイベントキャラそのままの外見なんで……次回ログインで強制キャラメイクとか」

「少ない時間でも情は沸くから残してやりたいと思うが、バグの結果を残留させるのにも抵抗があるからな……」


 ・

 ・

 ・


「以上で、処理を決定とする」


 話し合いが終わったのは、二時間後だった。

 同様の事象が発生したときの対処も盛り込んだミーティングになったので、思いの外時間がかかった。

 その甲斐あって完璧なフォローになったと自負できる。新システムのアイディアも浮上して怪我の功名というヤツだ。


 『中古買い取りセンター(仮称)』

 これが、新規に搭載される予定のシステムだ。

 プレイヤーが離別した従者をサーバに記録しておいて、他のプレイヤーが雇用できるようにする。既存のメイド・執事と違って性格や容姿の変更が不可能だが、『異世界人と冒険したことがある従者』という設定付けになっており、以前の主との思い出を語ったりもする。一度解雇した従者の再雇用は不可。

 現状では雇用段階で緩い条件やお任せの場合はランダム成形の要素が強いキャラが出来上がるが、その中に混ぜて行く方針だ。


「機能するのはもう少し時間が経過してからだな」

「そうですね。従者を解雇するプレイヤーがまだ少ないですから。完全にソロで宿屋に置きっ放し、というプレイヤーは結構いますけど」

「メイドさんと異世界を旅するゲームとしては、是非とも連れて歩いて欲しいのだが……」


 仲間と冒険するのが醍醐味なので、それを味わって欲しいと思う。

 AIの調整にも時間と人員をかけているので何処に出しても恥ずかしくないデキだ。実際にいる人間と話しているように感じられる程にリアル。


「ですよねぇ。連れ歩きが出来るNPCの疑似人格は人間と比べても違和感出ませんよ。俺らの努力の結晶を見て欲しいですねぇ」

「メイド服の調整なんて半年かかってますからね。このフリルが! とか」

「そうそう。スタッフで基準採用にするモデルの意見が割れて割れて」

「あの頃は険悪な職場になってましたもんね」

「あれッスよ。メイド服の強いモデルになったら露出が増える勢力と、スタンダードに原点回帰する勢力で」

「あったあった」

「3Dスキャナの前に自前で裁縫したメイド服をスキャンする男達が!」

「あの頃の俺らはキモかった……」

「何言ってるんだ、進行形でオマエはキメェよ」

「野郎っ……」


「雑談も良いが手を動かせよ」

「はーい」

「すんませーん」

「主任が話題振ったのが悪いと思いまーす」


 ……結局は、私が記憶から再現して縫ったメイド服に決まったんだったな。

 Maid Butler Online最大の焦点が従者と旅をすることなので、服装に妥協はまったくなかった。執事服については女性スタッフが揉めた末に完成している。

 結果、プレイヤーからは好評のようで何よりだ。


 ――さて。バグの件は片が付いた。

 ゆっくりとアップデート関連の作業を煮詰めていこう。

 まだまだ勤務時間はある。もちろん、残業できる体力も。まだまだ若い連中には負けんさ。



 * * * * * *



 何が一番好きかと聞かれたら、以前は『家族』だと答えただろう。

 崖から落ちそうな妹と弟。どちらを助けるかと聞かれたら二人を見捨てて俺も死ぬと答えただろう。


 今、大切なのは。大切、なのは……


「かえでえええええええええええええええぇぇぇぇぇッ、俺だァァァァー! 戻ってきてくれェェェ!」


 大切なメイドさんは、行方不明だ。

 探した。王都の中を歩き回った。思い出の場所も巡った。なのに、見つけることができない。

 力の限り叫んでも反応がない。


 何故。

 何故何故何故何故。


 とにかく叫ぶことしか出来ない――――いや!

 思いついた。俺のひらめきも馬鹿にできないな。俺ってヤツは、やはり天才か……


「向こうから俺を探して貰えば良いのさッ! そのためには!」


 衛兵を、探す。

 王都ではそこらを巡回しているので、少し歩き回れば遭遇するハズだ。

 いや、そんなことをしなくても本丸に乗り込めば良いか。


「待ってろよ。カエデ……」


 魔王城の玄関前まで移動して、パンツ一枚になる。

 カラダを抱きしめるような芸術的なポーズ……うおおおおおおおおお。


「この気持ち、まさしく愛!」


 すると、すぐに衛兵が群がってきた。

 訓練された動き、やはり組織だなと感心する。

 戦ってみたい気持ちが芽生えるが、ここは我慢せねばなるまい。

 ものすごい開放感を感じるが、この気持ちは殺さなければなるまい。


「貴様、何をやっている!」

「変態が、捕えろッ!」


「望む所だッ! 来い! それと、変態ではなく天才だ!」


 こうして、俺は薄暗い牢屋に捕えられた。

 待ち人はすぐに来るハズだ。異世界人にとって、案内役は身元保証人なのだから。

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