045:以前から素養はありました
私、来栖八重は純朴な娘だった。それは、数日前までのコト。
匿名掲示板の変態総合スレッド――教えて貰った当初は気持ち悪いと感じだ場所だけれど、晒されていないかと毎日見る習慣が出来て……何故か適応してしまった私がいる。
おかげで、心は純白から少し濁ったような自覚がある。
変態紳士風に言うなら、どうみても精――……濁った所か、汚れてしまったかもしれない。
……あの掲示板は居心地が良いのだ。
喧嘩するほど仲が良い、そんな諺を体現している。それに、男性から見た女性像が参考になったり、ゲーム内の情報も収拾できて一挙両得。女性同士のグループのような派閥もなく、あるのは巨乳派と貧乳派の戦いのみ。それですらも、多くの人は貴賤がないと中立を保っている。
「やはり変態か……」
カーラさんを鞭で叩いて、私は呟く。
彼女を遙人さんが連れてきて紹介して貰った時も、すぐさま「奴隷」という単語から少々えっちな想像をしてしまったし、少々毒されすぎかもしれない。
しかし、まだ一般人側の境界にいる。大丈夫。
鞭で叩くという行為を人間に対して試してみたけど、相手に対して変態かと思うだけで自らに対しては高揚感も何も感じない。叩かれるのは痛いので嫌いだ。遙人さんとの模擬戦で恐怖心から強制ログアウトしたのも記憶に新しい。
己を振り返り、まだまだ余裕で大丈夫という安心感を感じて自然と顔がほころぶ。
「ク、クルス様。何を――――」
「あ……私も≪調教≫スキルを覚えたいなって」
サクラさんに何をと聞かれて、マズイことをしているのに気付いて苦しい言い訳をした。
遙人さんがカーラさんが誘っているのを傍観していたので、私が叩かなければならないと思った。
指摘されて心臓がバクバクいっている。これ以上心拍数が上昇すると強制ログアウトになるだろう、落ち着くんだ来栖八重。心の中で深呼吸。クンカ、スーハー……
……何やっているんだろ。冷静になると後悔しか沸かない。
現代倫理に照らし合わせるとゲーム脳としか言えないし、カーラさんは遙人さんの仲間であって私とは他人。それを本人と主である遙人さんに許可無く叩いたのだから――誤魔化さないで謝らないと。
「ああ」
「ご主人様ぁ~」
「そこです、はぁ~~」
決意は数瞬で消える。
三度、鞭で叩く音――その音色は私が叩いたモノとは違い、荘厳を感じさせる炸裂音だった。
ぽん。と軽く私の肩に手が乗せられる。
「来栖さん、目覚めたようだね……心意気や良し。鞭使いになるために、まずは振り方から学習していこう」
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一時間ほどでカーラさんは気を失ったので地下施設を二人で貸し切り。
二時間ほど訓練――「さあこい!」という無抵抗な遙人さんを叩いたり、逃げる遙人さんを狙ったり、とにかく人間相手に鞭を打ち続けたが≪調教≫スキルを取得することは出来なかった。鬼畜眼鏡という称号を取得したけれど、成果はそれだけ。
遙人さんはすぐに取得できたと言っていたので、素養や才能というものがゲームにも継続して持ち込まれている可能性が高い。「NPCによる訓練補正の可能性もあるかもしれない」と遙人さんは言っていた。
……腕前的には、少し上昇したような気がする。素人に毛が生えました。
「今日はこのぐらいで終了しておこうか」
「はい、先輩ありがとうございました」
教えを請う立場としては先生や師匠と呼びたかったのだけれど、遙人さんが「まだ高みに至っていないから」と拒否したので、先輩と呼んでいる。人生の先輩、鞭を使う先輩という意味で。
けれども、普段は名前で呼びたいなと思うので……施設を出たら遙人さんと呼ぼう。
時間がこれ以上取れないのは、明日使う馬車を予約しに行く為だ。
このバーチャルゲームは無駄に凝っているので、事前に予約しておかないと乗り合わせという形式になってしまうのだと遙人さんは教えてくれた。
何度かゲーム内で絡まれている私にとって遠慮したい事柄なので、予約するのには大賛成。
「ハルト様、クルス様。お疲れ様です」
私たちの訓練を見守ってくれていたサクラさんがタオルを渡してくれる。
ひんやりと冷えており、火照った体には丁度良い。お礼を言って、顔にポンポンと当てる。
隣にいる遙人さんは「あー、極楽ごくらく」と良いながら顔面をガシガシと勢いよく拭いており、そんな様子がおかしくてクスリと笑ってしまった。ごめんなさい。
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翌日。
恒例のカップラーメンで昼食を済まし、ログインして遙人さんと合流。
時間に余裕を持って待合場まで向かったのだけれど、そこには既に遙人さんの友人がいた。手を振る遙人さんに、彼らはそれぞれ声をかける。
「消えろ、ぶっとばされんうちにな」
「墜ちろ、蚊トンボ」
「壊したい、その笑顔」
「な、なんなんだってばよ……」
狼男の人と金髪碧眼の男性に銀髪ロングヘアの男性。現実の友達なのだろう。
男同士で私が入り難い挨拶が始まったので、私は遠巻きでその光景を見る。
放置されて寂しいな……そう思っていると、桃色の髪をした女性が声をかけてきた。腕には変態掲示板の人が好きそうなメイド服をした婬魔であろう女性がいた。スカート丈も、着丈も短い……
「こんにちは。あなたが来栖さん?」
「はい。来栖八重……ゲームだとクルス・クリスティです。今日はよろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。私は倉嶋芳野。ゲームだとヨシノ・ソメイ。よろしくねー」
「私はリリスよ。ご主人様の愛人やってます。よろしくねー」
婬魔女性、リリスさんが戦闘中にパンチラが起きて食い込む食い込まないの総論が起きるのは間違いないだろう。「綺麗な水色のストライプでした」と言う準備をしておかなくては。正解でも間違っていても本人の口から色を言わすことに紳士の意義が……
危ない、実に危ない考えをしていたぞ来栖八重。落ち着け。私は正常。少し思春期なだけ。
動揺を顔に出さないよう、笑顔を作る。
「ふふふ、緊張してる? いきなり話しかけちゃってゴメンね。幼馴染みが気になっている相手がどんな子か気になってたの」
「幼馴染みですか?」
「うん。幼稚園からの腐れ縁でねー」
何で疑問系で聞き返したのか。
申し訳ないが、婬魔の人が邪魔で意識がそっちに向いてしまう。お願いだからそんな格好で私の前に出ないで欲しい。
「来栖ちゃ……八重ちゃんって呼んで良いかな?」
「はい」
「私のことは適当に呼んでくれればよいから。希望を言うなら、ヨッシーとか」
「……芳野さんでお願いします」
「はい。お願いされました」
ここで芳野さんからメイドを紹介して貰っているのに、私の執事を紹介していないことに気付いて慌ててじいやを紹介。
遙人さんの様子を聞かれたり、雑談をしている最中に「フレンド登録登録しない?」と誘われたので、ようやく二件目だと喜んで登録。
新規追加されたフレンドリストを確認して、彼女の名前になっている染井吉野は桜の品種だな――そう思ったところで、ピンときた。
遙人さんは、この人のことが好きなんだろうな、と。
サクラさんの名前も桜だし。間違っていない気がする。
意識すると、体温が上がる。自分の顔が、火照ったのが分った。
恋愛イベントが上手く書けずに何度も書き直した結果、崩壊した来栖さん。
そして最後の数行に凝縮されてしまった恋愛イベント。折れた作者の心。




