044:少女のご乱心
カーラに常識的な行動をするように言い聞かせながら、宿屋に戻る。
食堂を覗くと、めずらしく混雑していた。昼時に来るのは初めてだけどいつもこんな感じなんだろうか……
知った顔を探すと、女子二人が談笑しているのが見えた。カーラをその場で待機するよう指示をすると、「放置プレイですか」と変態発言をするので頭にデコピンをくれてやったら「ああん」とか言て体をくねくねさせる悪循環に陥ったので、放置プレイが無難だと諦めて二人の元へ向かう。
「ただいま戻りました」
「おかえりまさいませ、ハルト様」
「おかえりなさいませ、遙人さん」
サクラさんがメイドらしく言うと、来栖さんもそれを真似て微笑みながら言う。僕が変態の相手をしているうちにまたまたずいぶんと仲良くなったようだ。
テーブルにはカラになったデザート皿に、残り少ない紅茶が置いてあり楽しいお茶会をしていた雰囲気が滲み出ている。
――――これからこの雰囲気を破壊してしまうことが確定しているのが辛い。
「えっと。二人に紹介したい人がいるんだ」
「明日一緒に行動する友人ですね!」
「人数を言って頂ければ、飲み物を先に用意しますが」
「いや、友人というか、仲間というか、変態というか……」
言葉を濁す僕に来栖さんは首を傾げ、サクラさんは「類は友を呼びますからね……」と小さな声で呟いた。聞き取れてしまった自分の聴力が恨めしい。
食堂の入り口に手を振って合図をすると、カーラはニッコリ笑顔で僕の隣まで歩いてきた。
「ご主人様に調教されたばかりの新米奴隷、カーラです。よろしくお願いします」
変態は、スカートを摘まんで淑女のような挨拶をした。だけど内容が変態である。
礼儀正しく節度を守った挨拶するように言い含めておいたが、駄目だったようだ……サクラさんは予想通り冷めた表情に。来栖さんは何故か顔を赤くした。
「あー、っと……」
なんて言おうかと視線を彷徨わすと、近くのテーブルの人と目が合った。気まずい。
「詳しくは部屋で話すよ。お茶をゆっくり飲んでから来てくれれば良いから。カーラ、行くぞ」
「ふふ。早速可愛がって頂けるんですね。行きましょうご主人様!」
カーラの腕を掴んで、早足で食堂を抜け階段を昇る。
自室に入ると、深い溜息が出た。
「カーラ……人前で調教とか奴隷とか言わないで欲しいんだけど」
「それは申し訳ありません。配慮が足りませんでしたねー」
反省してないだろう。コノヤロウ。握った右拳がぷるぷると震える。
――――落ち着け。これは『反省をしていない→反省をしていないから罰が欲しい』という高度なアピールだ。一般人なら上手く誘導されていただろうが、こちとら変態紳士スレの住人だ。誘導しようたってそうはいくまい。
物欲しげなカーラの視線が鬱陶しい。が、何をしても相手が喜ぶという完全に僕が敗北したシュチエーションなので、とれる手段がない。鞭も言葉も放置も効きやしないから強敵だ。
早いうちにカーラの苦手なモノを把握しないといけないな。本人から聞くとアレなことになりそうなので、色々と試行錯誤する方向性でいこう……
ノックの音がしたので、返事をするとサクラさんと一緒に何故か来栖さんも入って来た。
無言の二人を棺桶ベッドの上に座らせ、カーラを備え付けの椅子に。僕はレッグガードを脱いで地面に座る。一人部屋なので、狭いな。それに――
「女の子が部屋に来るのに微塵もドキドキした要素がないのが困りものだ」
「私、男の人の部屋に入るの初めてで緊張しています」
来栖さんが可愛い反応を……男心をくすぐる言葉を言うのは止めて欲しい。
「ゴホン。で、改めて紹介するよ。この淑女の皮を被った変態はカーラ」
僕の紹介に、カーラは胸を張ってドヤっとした顔で「よろしくお願いします」と言葉を続ける。
サクラさんは渋い顔をした。これだけで概ね理解してくれたようだ。咎があるのは僕ではなくてこの少女であると。
「私はサクラ・ヒメノ。ハルト様の世話役をしています。こちらは――――」
「クルス・クリスティです。遙人さんには良くしていもらっています」
簡素に自己紹介をして、サクラさんは僕に疑問を問いかける。
「カーラは文字通り奴隷なのですか? 買えるような金銭は所持してなかったと思いますが……」
「えっと、それは――「調教されたのでご主人様の奴隷になったんです。すごかったですよあの鞭捌き! ああ、思い出しただけで蕩けてしまいます」」
「…………」
言いよどんでいたら言葉を被されました。
そこから、カーラが奴隷になった経緯を話す。スパイ云々のまずい記憶は脳内から完全に消去され、そこに変なフィルタがかかっているようで僕の記憶とは若干差違があったのだが、腰を折ることはせずに好きなように話させた。
囚われて拷問官に鞭を打たれ、恥辱に耐えていた所に颯爽と現れた少年。彼は拷問官から鞭を取り上げ、己の新しい鞭の試し打ちという名目で少女を叩く。その鞭捌きは無駄なく攻める拷問官とは違い荒々しかったが、徐々に洗練されてくる。撫でるように打ったと思ったら、優しく鞭を絡ませる。少年が操る鞭の先端は、無機物ではなく何か別の生物のようで暖かく感じられた。
苦痛で与えられる快楽ではなく、技能で与えられる快楽。彼女はそれに酔いしれ、あっという間に心が籠絡した。
技術だけではなく、鞭を振るう少年にも惹かれた。人を叩くことに躊躇いがなく笑顔で、実に楽しそうに叩く。その顔を見ていると少女も元気が出て、バッチコイやぁと楽しくなった。
夢のような時間はあっという間に過ぎ、意識が途切れ――次に覚醒した時には少年と拷問官が争っていた。
理由は、少女を処刑するか否かということで。
結果、少年が勝利して奴隷という名の楔を与えることで、少女の命を救うということになった。
少女は、それが嬉しかった。惚れた相手に奴隷として飼って貰えるのだから――
……カーラが話してくれた内容は興味深かった。
≪苦痛快楽≫と本人の性格のおかげで何でも「いやーん」状態になっていたと思っていたんだが、彼女が身に受けた碧腕緑桜の感覚を細かく認識している。
外側からの意見は多くの人に貰えるけど、叩かれて意見をいってくれる存在は貴重だ。今後、鞭の訓練をするときは彼女にも随伴してもらい意見を求めよう。……≪拷問≫スキルをアクティブにした状態で。
「支離滅裂とまではいきませんけど……」
「状況が掴めませんね。ハルト様、お手数ですがわかりやすく説明して頂けないでしょうか?」
「要するに、碧腕緑桜の感覚コントロールに対する順応性が素晴らしいってこと。左手で扱うことを考えても、これだけ鞭事態にアドバンテージがあればすぐに実践として導入できるから大丈夫問題ない最高の装備」
二人は、理解できませんという表情で、仲良く首を傾げる。
それなら良いだろう。理解出来るまで碧腕緑桜の素晴らしさを――――
「ハルト様の脳味噌はどういった構造をしているのですか? 奴隷にした経緯を聞いているのです」
「サクラさんが聞きたいのは、彼女の身分が奴隷である理由です」
……カーラが話したことを再度僕側の目線で二人に聞かせて、ギルドカードを確認してもらう。『所有奴隷:カーラ』と書いてあるので、どうあれ納得せざるを得ないだろう。
奴隷になった本人はというと、嬉しそうな顔をして服従のポーズ――犬のように腹を向けて地面に横になり、無抵抗だよー、とアピールを続けている。
「なるほど。理由はわかりましたが……」
パシン。
「ああん、駄目。ご主人様の前で別の女に…あゥ」
何故か来栖さんがカーラを鞭で叩いた。久々に登場、茨鞭だ。
以前は取り外されていたキーホルダーが付けてあり、ちょっと嬉しかったりする。二発、三発とパシパシと軽めに鞭を振るいつつ「やはり変態か……」と呟いている。
突然の行動にサクラさんが目を見開いているよ……来栖さん、本当に闇墜ちしてしまったのか? 黒色のドレスはダテじゃなかったのか?
ああ、駄目だ。手の握りが甘い。叩く場所が腕というのもマイナスだ。ボディがガラ空きだろう?




