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042:碧腕緑桜



「いらっしゃいませー」


 店内に入ると、甘い声の挨拶が聞こえた。ヴァレリアさんだ。


「おはよございます。例の物、できてますか?」

「ええ。バッチリよん」


 ヴァレリアさんはくねくねと動き、焦らすようにしてカウンターの下から小箱を取り出した。

 箱には、『碧腕緑桜』と書かれていた。蓋をゆっくりと開けると、中にはふんわりとしたクッションに緑鱗の鞭が鎮座していた。


「――――ふ、ふほ」


 触ってもいない段階だが、鞭の完成度に驚きを隠せない。

 僕が装備したばかりの防具と同じ素材で出来ているハズなのに、それよりかなりランクが高いように見える。渋みがある光沢、力強く敵を蹴散らすのだろうという熟練の信頼感がある。

 ごくん。と、思わず生唾を飲んでしまった。


「すごい、すごいよこの鞭すごいよ、すごいすごいすごい」


 心の声が表に出てしまったようで、ヴァレリアさんにクスリと笑われる。


「ふふ。気に入って貰えてうれしいわ。ハルトくんなら感覚的に分ってると思うけど、その鞭は払ってもらった値段以上にサービスしちゃってるのよ。内部に魔力伝導が高い素材を使っているから少々、ね」

「あ、ありがたいんですがそれで採算とか平気なんですか?」


 本当に嬉しいけど、この店――――今日も僕以外の客がいない。常連としては潰れて貰っては困るので心配になってしまうワケだ。


「大丈夫よ。私に対する技術料が素材費に化けただけだもの。私からの先行投資と思って頂戴」

「ありがとうございます。本当にありがとうございますっ……」

「いーの、いいの。セラレドと姉さんが認めた人だもの。サポートしてあげるのは当然よ」


 セラレドには稽古をつけてもらったから分るんけど、姉とは誰ぞ。

 疑問に思って言葉に詰まると、ヴァレリアさんが問いかける。


「フィレリアって名前、聞き覚えがない?」

「――――!」


 ある。

 以前に模擬戦をした軍服に身を包んだ漆黒の茨鞭を使う女性――軍曹に、黒薔薇と呼ばれていた人。

 そういえば、婬魔だし色っぽかったし顔も名前もヴァレリアさんと似ているし姉妹と言われると納得だ。むしろ、その場で見た時に気付かない僕が駄目な子なレベル。

 こんだけ共通点あるのに……あのときの僕は≪ディバイン・ドリライザー≫取得でヒャッハァしてたからなぁ。


「あります。が、それは置いておいて……」

「ふふ、わかってる。地下室にセラレドがいるから、いってらっしゃいな」

「はい。いってきます」


 箱はアイテムボックスに収納し部屋に飾ることに。

 鞭は早速手に持って――「うひょ」と、この握り心地も新しいな。見た目は鱗になっているグリップだけど、しっかりと手に吸着する。うん、素晴らしい。


「頼もうかッ!」


 バァン! と地下の拷問室のドアを開けると、


「ああんッ……屈しない、屈しないわッ……もっと、もっと叩きなさい」

「…………」


 ドMらしき女性をセラレドが鞭で叩いていた。

 彼女は四肢を壁面に括り付けられ、叩かれるたびに艶やかな声を出している。……うん、興奮しないよ。僕にはそんな性癖ないし。絶壁なので体が動いても揺れるものがないし。

 セラレドの表情は、おそろしく冷たい。普段僕と接している人物とは別人のようだ。これが仕事モードか……


「やっほー」


 鞭の打撃音と被らないタイミングで声をだして自己の存在をアピールする。


「ハルト! 受け取りにきたんだね。待っていたよ」


 気付いたセラレドは鞭を腰にしまい、両手を広げるのでハグをしてやった。

 オッサンなら抵抗あるんだけど、見た目が少年エルフだから――――深樹海にはいない年若いエルフはここにいたよ! でも、ヴァレリアさんと結婚してるんだよね……倫理設定仕事しろと思わないでもない。


「早速だけど、使わせて貰って良いかい?」

「ああ。構わないよ」

「じゃぁ、早速やるとしようか」


 僕は右手に持った碧腕緑桜で、壁に張り付けてある女性を叩いた。


「はぁぁん、きた!」


 変態の反応は良好だが、打ちミスをした。

 この鞭の先端は『指』を意識して5本に分れている。従来のナインテイルと違い、均一の長さにはなっていない。親指~小指を模して調整されている。そのため、いつもの感覚で鞭を当てるとバランスが崩れる。

 魔力を流して、手の平を作ってビンタをするように――――


 パシィン!


 上から振りかぶり、顔面を穿った。「んんんんーッ」と変態は歓喜している。さっきよりも反応が良い。僕の腕に感じる手応えも良い感じ。うん、基本的な動作は通常の鞭と相違なく使いこなせるな。


「セラレドの奥さん、良い仕事してますよ」

「なんてったって、ボクの嫁だから。しかし、ハルトも良い腕をしている……まさか人間で試し打ちをするとは思わなかったけど」

「いや、彼女がいなかったらセラレドと模擬戦してただろうし、対人の感触は経験しておきたくて」

「それは納得せざるを得ないね」


 ハッハッハと、男二人で笑い合う。叩かれている変態さんも一緒になって笑っている。


「ハルト。以前に使っていた薄紅桜蛇は持っているかい?」

「ああ、持ってる。下取りに出す予定はないよ。練習して二鞭流とか考えてたし、役目を終えてもコレクションだし」


 僕の返事を聞くと、セラレドはくつくつと笑って、新しいスキル及び、鞭を二本使う技術を教えてくれることになった。

 二鞭流と簡単に言っているけど、僕の利き手は右。普通に左手で鞭を使おうと思ったら、満足に振ることすらできない。

 そこで登場するのが≪対面同調≫と言うスキル。

 覚えてさえいれば、魔力を通すだけで右手に同調して攻撃してくれる。スキルの効果は二つあり、

 ・左右対称の攻撃

 ・攻撃した軌跡を再度なぞることができる

 と、なかなか便利な感じだ。効果を合せると右手で攻撃した鞭の動きを、左手でなぞることもできるし。欠点はMPを消費するので、常に常用するとはいかない点だ。普段は、普通の動作アシストに頼ることになる。

 ……まあ、それを踏まえて魔力伝導率の高い素材をヴァレリアさんが使ってくれているので、右手のようにとはいかないがある程度雑魚を散らすぐらいには使うことができる。

 スキルの任意発動させようとして成功率は4割程度。精進しなければ。


 パシィン! パシィィン! ああん。 ああん。

 拷問室には、鞭の炸裂音とドM女さんの声だけがこだまする。

 叩いて喋る声が序盤よりも艶やかになってきているので、技量の向上を感じさせる。


 ・

 ・

 ・


 ドMさんが息絶え絶えといった感じになったので、セラレドと模擬戦。

 この鞭の『真価』をぶっつけ本番で発揮させての戦いだったけど、敗北した。初見だから不意が打てると算段があったんだけど、よく考えたらセラレドは設計の段階で立ち会っていた……つまり、性能把握されていた。


「もう少しは善戦できると思ったんだけどなぁ」

「レベル差の恩恵だよ。魔力なしだったら良い勝負になると思うけど――やる?」

「やろうか」


 二戦目。薄紅桜蛇を右手に対峙した。

 セラレドの体格は子供なので、歩幅やリーチの観点で僕が有利だ。苦戦しつつも、見事に勝利。

 互いの悪かった点、良かった点を話し合って今回のトレーニングは終了した。


「お願いします。ご主人様、私にお情けを……」


 ……トレーニングは終了したが、新たに問題が生まれていた。

 聞こえない振りをしていたんだけど、体力が回復した変態さんが僕のことを『ご主人様』と呼ぶようになったことだ。鞭で叩いている最中に≪調教≫スキルを覚えたので、確実にその効果だと思われる。


「……帰って良いよね」

「折角だから、ボクの仕事を手伝って言ってよ――――『名前と所属を言え』、はい。復唱」

「名前と所属を言え」


 調査によると、この変態さんは深樹海と王都の友好を悪化させるために工作をしにきたスパイのようだ。

 目的は喋ってくれるが、己の出自については記憶を改ざんされているようで覚えていない。


「分ってはいたけど、末端の捨て駒か」

「で、この人どうするの?」

「処分するよ」


 淡々と、言った。朱に染まっていた女性の肌が、急転して青くなる。

 

「お、お助け下さい。何でもしますから」

「黙れ」


 セラレドは鞭で地面を叩き、威嚇する。急転して女性の頬が朱に染まった。

 僕は、悪い人じゃ無さそうだし助けてあげなよ、地下炭鉱で労働とか――――そんな視線を投げてやる。拷問官はそれを受け止め、腕を組んで思案する。


「……女、なんでもすると言ったな? それなら、ここにいる『ご主人様』の奴隷になるなんてどうだ?」

「はい、喜んで!」


 女性は、最高の笑顔で奴隷になることを承認した。

≪調教≫

降伏させた人間やモンスターを配下にすることができる。

動物愛護団体からクレームがこないように、モンスターの調教は餌付け、または力比べとなっている。人間に対しては様々な条件付けがされており、今回の酷い事例は制作の意図しないバグである。

仲間にした相手は、従者一人とカウントされる。


※通常イベント進行※

プレイヤーが入室した段階で拷問(調教)は完了しており、情報を聞き出した後に女は拷問官の手によって抹殺され『王都に蠢く影』のイベントが開始される。

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