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041:装備品を受け取る

 朝。布団から起きると、体の節々が痛む。二日連続の引っ越しのバイトで筋肉痛。

 だけど、それが心地よい。プロテインの力で筋力になると思えばこそだ。


「フフフ……筋力パラメータ上昇くる」


 手早く毎朝恒例の日課を済ませ、MBOの世界へログインする――――


 * * *


「さて」


 今日は、来栖さんと一緒に装備品の受領だ。そして、『な、名前で呼んで下さい(意訳)』と伝言を残してくれていた僕の暫定メイド。サクラ・ヒメノさんと再会する日だ。

 まぁ、上記の二点は本命に比べれば結構優先順位が低かったりする。


「新しい鞭だよ!」


 そう、新しい鞭だ。

 こっちは、ヴァレード・レヴンで作成を依頼してある。例の装備における本体……フフフ、楽しみだ。


 朝食を一緒に食べようと、ヒメノさん――改めサクラさんを呼びに行ったが、まだ魔王城から戻っていないようだ。装備は七時頃に受け取りに行く旨を伝えてあるので、時間的に現地集合かな? 来栖さんが待っていると思うので、ひとまずは朝食に行くとしよう。


「おはよう」

「おはようございます」


 食堂に降りると、彼女は一人でパンを食べていた。ふわりとした金髪に、黒いドレス姿。優雅に紅茶と見せかけて緑茶を飲んでいる。

 執事さんがいないのは、僕と同じメイド服――じゃなかった。執事服強化プランを進行しているからだ。


 ……二人きり、だよな。昨日のこともあるので若干話題に困る。

 挨拶をしてから自分のパンとスープを受け取って、ミルクを注いで席に戻る。


「いただきます」


 とパンを口に入れ、今日の話題を話そうかと思ったら相手が先に口を開いた。


「明日の深樹海への移動、私が同伴したら迷惑ですか?」


 うん、迷惑。

 そう断言しそうになって思いとどまる。危ない……ここは社交辞令をして華麗に断るべきだろう。来栖さん本人は嫌いじゃない、むしろ性格は好ましい部類なんだけど昨日のプチ炎上状態がなぁ。

 今のところは一緒に行くのが亮平たちだけなので問題はないけど、何かあると僕に負担がくるからね……芳野を誘わないといけないというコトだけでも手一杯。

 他の杞憂はなくしておきたいというのが器量の低い僕の本音だ。


「止めといた方が無難だよ。ほら、来栖さんと同じ年齢の子がいないし、男臭いしイケメンまでいるし」

「大丈夫ですよ。遙人さんがいますし、一緒にいるのは遙人さんの友人ですよね」


 私も行きたいなー、と来栖さんの目が言っている。僕のことも何故か信頼されている。理由がわからない。

 今、来栖さんに僕の表情が見えていたら苦々しい顔をしていただろう。仮想空間における自己の設定で仮面を被って良かったと心から思ったね。ポーカーフェイスとかできないし。

 ……いかん。なんとかはね除けようと思ったが、駄目だ。断れる理由が見つからない。


「変な声を掛けられたら、僕の友人とか関係なしにバシッと対処して良いからね」

「はい、よろしくお願いします」


 集合時間や馬車の規模なんかはこれから決めるので、また連絡するということに。

 そういえば、来栖さんが近所の金持ちでうちの家計に関係しているという話があったな……父さんの仕事の親元なんだろうと当たりを付けているけど、実際はどうなんろ。

 聞いてみようと思ってたけど、昨日のアレのせいでプライベートには殊更に踏み込みにくくなったのが痛い。

 結局、問うことはできずに無難な深樹海にはエルフが~という話題を話しながら朝食を済ませて武器屋に移動することになった。


 ・

 ・

 ・


 武器屋『ドラゴンキラー』

 店の前に、見慣れたメイドさんの姿があった。


「おはよう、サクラさん」

「おはようございます。ハルト様」


 新しくなったメイド服は、以前と代わり映えがない。王都・魔王城のメイドさんが着ているスタンダードな一品だ。ただ、若干、本当に微弱なオーラのようなものを感じる。防御力が上昇した効果だろうか?

 サクラさんだけでなく、見覚えがある執事さんの姿もあり、そっちは服装が以前の物から変わっていた。ファンタジーの意匠が徹底的に排他され、現実にあるような執事服になっている。

 ……来栖さんの趣味なんだろうけど、変な感じだ。彼女が着ている服装は思いっきりファンタジーしてるのに、従者には現実的なものを求めるのが。


「では、全員揃ったし行きますか」

「はい」

「お供します」


 カウンターで依頼した武器の受け取りであることを伝えると、この場で試着するか持ち帰るか聞いてくる。前者で問題ないので「試着します」と答えると、僕らは個別に試着室へ案内された。

 じーっと、カーテンが閉まる音が聞こえる。右が来栖さん、左がサクラさんだ。


「ん?」


 サクラさんは武器が変更になるだけなので装備するものがある気がしないんだが――それだけでも更衣室へと入る仕様なんだろう。

 ……入ったのは良いけど、着替える商品持ってないよね。そう思っていると、


「失礼致します」


 ガタン、と。声と共に奥側の壁が回転し、そこには依頼した装備品が備えられていた。

 僕の装備は、レッグガード、左腕用のガントレット、ショルダーガードに胸当て。そして、盾だ。あとは、保証書のような数枚の紙切れ。


「どうやって装着するんだ?」


 レッグガードを穿こうと思ったが、留め具の調整がよく分らない。

 頑張って自力で装着するのもアレなんで、店員さんに聞こうと口を開きかけたが、先に声をかけられる。


「装着方法、手入れの仕方は防具と一緒に置いてある説明書を参照してください。サイズに不都合がありましたら調整しますので、お声をおかけ下さい」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

「――ございます」


 来栖さんがお礼を言ったので、それに続いておく。

 早速、説明書を読もうと触れると、HMEの電子書籍カテゴリに登録され消滅した。参照すると、結構めんどくさい手順。というか一人だと装備しにくい現実仕様になっている。


「ハルト様、こちらは試着が終わりましたのでお手伝いしましょうか?」

「いや、大丈夫。こっちもすぐ終わるから待ってて」


 サクラさんの善意を断わり、自分で手抜き装着することにする。

 HMEのメニューから装備画面を選択し、レッグガードをパッと装備。瞬間装着である。これは、試着室や自室限定で出来る装備変更方法だ。同じように、他の装備も装着する。

 横側の壁が鏡になっているのでそれを見る。なかなかに似合っているような気がしないでもない。

 倒した相手、『異合竜ドラゴ・スワン』は原色の緑といった色合いだったが、熱を入れて加工したためか渋い緑になっている。色合いが変わることについては事前に説明を受けていたが、聞いていた以上に良い感じかもしれない。

 鏡を見ながら鞭を抜いて荒ぶる鷹のポーズをする……うん。自分でも結構格好良いと思うんだ。

 黒の学生服の随所に緑のアクセントがあり、無印の黄金戦士金矢に登場する聖衣を纏ったような感じになっている。


「はぁぁ、ふぅんッ。ギグナスゥゥ・ダンスッ!」


 適当にポージングする作業をして、サイズに問題がないことを確認。見事にジャストフィットしている。職人さん、本当に良い仕事してますよ。

 続いて、置いたままになっている盾をショルダーガードはめ込んでみる。ずん、と重量感があって攻撃を防いでくれる感じがする。うん、良いね。

 ここは独自にお願いしたギミックで、余分にお金がかかっている場所だ。バッチリですよ職人さん!

 再度体を動かし、魔力を通せば重量のバランスも気にならないことを確認までして更衣室からスッと抜ける。


「お待たせ」

「いえ――、遙人様、良くお似合いです。馬子にも衣装とは遙人様の故郷にある諺でしたか……」

「くっ。サクラさんの鎌は、なんか禍々しくなったね。刃まで緑で毒々しい」

「異合竜ドラゴ・スワンの素材が毒と相性が良く、刃に強めの毒を塗っても問題ないそうです」

「……そうですか」

「はい」


 うちのメイドさんが物騒になっていきます。いや、装備品が強化されたから物騒に、強くなるのは当然なんだけど。なんだか釈然としないものがあるね。

 MBOの仕様だと、おそらく毒で倒したモンスターの肉は毒ってるから、手札として備えて置くにしても普段は塗らないようにサクラさんに言っておこう。


「お待たせしました」


 そんな話をしていると、来栖さんが更衣室から出てきた。

 僕と同じ意匠のレッグガードにショルダーガード。そして、スワン素材のコルセットで胸を強調しているという若干変態――変則的な装備をしている。形が良いCカップ(推定)にどうしても目がいく。


「お似合いです」

「お嬢様、立派になられて……」


 サクラさん、執事さんが褒める。来栖さんの視線が僕にも向けられるので、何か言わないと駄目だろう。

 内心はごめんなさいごめんなさいごめんなさいという感情で一杯だ。だって、「素材を余らせるぐらいならコルセットってどう?」と防具談義の時に提案したのは僕だもの。こう、変態装備を着せてしまった罪悪感が沸くワケだ。そして、それを今の今まで忘れていたことも。

 無論、あの時は邪念はありませんでした。結果的に、こうなってしまっているだけで……はい。


「えっと。アレだ。姫戦士とか、そんな感じでカッコイイよ」

「ありがとうございます。遙人さんも、男戦士みたいで格好良いです。鞭を使う人じゃなくて、剣を使う人って感じです」

「あ、あ、ぐっ……本当にありがとうございました」

「なんで過去形です?」


 さりげない言葉の暴力だよこれは! 鞭を使う人に見えない、だと……くっ。鞭使いとしてこれは遺憾だ。だが、来栖さんの言うことにも一理あるのは確かだ。スタイリッシュさが不足している。

 今回は暫定でこのまま行くとして、次に装備を一新する機会があればもう少し考えることにしよう。


「……来栖さんも、杖装備なのに防具はわりかし戦士寄りだよね」

「うっ、言われてみればそうですね。次は、もう少し気にします。せめて、マントぐらいは羽織れば良かったですね」

「マントなら買い足せるさ。サクラさん、確かヴァレード・レヴンへ行く道に布屋さんがあったよね?」

「はい。私が着ているメイド服の材料を購入したのがそちらの店舗です。よろしければ、ご案内します」

「では、お言葉に甘えて」

「頂いた髪留めのお礼です。裁縫も私にお任せ下さい」


 髪留め? 疑問に思ってサクラさんを見ると、桜の花びらを模った飾りを付けている。うん、気付かなかったですよ。「お揃いです」と来栖さんが笑ってらっしゃる。うん、来栖さんも付けてることに気付きませんでした。

 ……だけども、案内するというなら丁度良いな。

 新しい鞭の受け取りは一人のほうが気軽なので、サクラさんには宿へ戻って貰おうと思ってたところだ。


「それなら、ここからは別行動にしよう。僕はヴァレード・レヴンに用事があるからさ。サクラさんは、来栖さんと一緒にいてあげて。僕は昼飯の時間――12時には宿に戻ってるから」


 返事を聞かずに、僕は武器屋から走り去った。

 目指すはヴァレード・レヴン。新しい鞭、新規装備、夢の二鞭流。


「僕の時代が、来るのだよ!」

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