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004:メイドさんを雇用する

 目を覚ますと、知らない天井が視界に映った。

 身体を起こして周囲に視線をやると、自分が寝ているベッドの大きさに気付く。三人は眠れる……キングサイズというヤツだろうか。

 他はテーブルの上にあるデカイ花瓶に向日葵を青くしたような花が自己主張しているぐらいで、生活感のない部屋だ。

 これは、敗北しても進行するイベントだったということだろう。


 僕がベッドから降りようとすると、タイミングを図ったかのように猫耳のメイドさんが部屋に入って来た。

 白いドレスシャツと黒のワンピースを合わせたようなデザインの服で、洒落た感じだ。年齢は、僕より少し上だろう。


「お客様、お目覚めでしたか」

「えー、どういう状況か聞いても良いですか?」

「はい。負傷したあなたを勇者様が連れてきて、『異世界人なので、生活基盤が整うまで世話をするように』と。早速ですが、まずはコチラをお受け取り下さい」


 ≪ アイテム:ギルドカード(王都住民)を手に入れた。 ≫


「うお!」


 メイドさんにカードを手渡されたと思ったら、それは僕の手の中に沈んでいった。

 なんでも、このカードは大陸全土で自己証明と財布の役割を担っており、念じるだけで出し入れができる仕組みになっているそうな。

 これさえあればギルドで依頼を受けることができるし、この王都以外でも問題なく利用できるといった魔法の便利アイテム。


 内容は、こんな感じになっている。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 名前:ハルト・レオン

 種族:人間

 称号:異世界人

 拠点:王都

 所属:民間

 武器:素手

 ギルドランク:F

 所持金:26,260G

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 所持金については勇者さんがお情けで分け与えてくれた金額+王都からの支度金だそうだ。

 宿屋が朝夕二食付いて一泊800Gらしいので、結構な額を渡されていることになる。

 まぁ、装備とか買ったら速攻なくなるんだろうけど。


 続けてゲームに関係ない世界観の説明が始まり、適度なタイミングでスキップ……しようと思ったんだけど、メイドさんが話上手すぎて結局それは敵わなかった。

 質問したり、少し横道に逸れて雑談したりしたら現実時間で20分も経過していた、ンなんてこったい。


「少々長話をしてしまいましたね」

「そうですね、でも楽しくて興味深い話でした」


 メイドさんの猫耳がピクピクと動き、尻尾が楽しげに揺れる。


「では、ようやく本題に……異世界で慣れるまでの案内役をハルト様に斡旋したいと思います。

 この用紙に、『姿を想像しながら』ご希望の条件をお書き下さい。人員は多くいますので、ご希望にそった従者が見つかると思います。

 私は書き終えた頃にまた参りますので、時間を気にせずゆっくりとお書き下さい」


 メイドさんは僕に紙とペンを渡すと退室した。

 仮想空間で何かの記入を求められる際は、大抵『想像を促して脳内からイメージを抽出する』という用途が強い。

 だから、自分の好みに書きすぎると現実に好きな人間に似てしまうワケで。

 オフラインならそれでも問題ないんだけど、妹や友人とプレイする今回は厳しい。

 システム側で実在する人物との差違を付けるため自動的に補正がかかるようになっているのだが、やっぱり友好関係や趣味思考を把握されている人間が見ると「○○に似ている」と感づかれてしまうのだ。

 かといって長い時間一緒にいることになるキャラなので、好みから乖離させるのも……


 くっ。こんなことで長考しても仕方ない。

 自分の好みと建前を混ぜつつ、それっぽい感じに書くことにするか。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

  <雇用希望調査表>


 異世界の案内役として、お客様に従者を斡旋します。

 詳細なご希望がない項目は、空欄のままにしておいて下さい。

 『姿を想像しながら』書いていただけば、きっと好みの人材が見つかります。


 年齢:16才

 性格:大和撫子、協調性がある、優しい

 身長:162cm

 容姿:スレンダー美乳Dカップ、可愛いけど凜としている。妹に似ている

 髪型:セミロング、髪先にパーマがかけてある感じ

 髪色:黒

 瞳色:紅

 特記:薙刀装備

   :戦闘が強い

   :

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……うん、こんな感じだ。

 テーマは『もう一人妹がいる』ということで。和風被れの妹と双璧をなすような人材を求めることにした。

 妹に似ている=自分にも似ている、なのでこれなら問題ない。

 妹が増えることには悪い気分にならないし、長時間一緒にいても苦痛にならない。

 周囲から「シスコン兄貴」扱いされている現状だし、自覚もあるので今更何を言われようが問題もなかろう。


 胸の大きさや髪型、性格設定は僕の好みを欲望のままに反映させたし。

 戦闘中に胸が揺れることを期待しよう。


「ハルト様、お決まりでしょうか?」

「はい、大丈夫です」


 ナイスなタイミングでメイドさんが戻ってきて「では、拝借します」と僕から用紙を回収する。「むむむ」とそれを見て考え込んでいる様子だが、何か問題があっただろうか。


「特記事項ですが、薙刀の使用条件は満たせません。

 この国にでは、一般的に販売している武器ではありませんので。

 戦闘能力についても、ハルト様と釣り合うレベルで考えて居ますので、期待にお答えすることができません」

「両方とも無理なら大丈夫なんで、気にしないでください」

「そうですか、それなら安心です。では、こちらの用紙に目を通して頂けますか?

 基本的には容姿を考慮した後に、この用紙に記載してある種族の中から従者となる人材を私が選ばせて頂きます」


 渡された用紙を眺め、なるほど。と納得する。そこには、種族の特徴と男女別に全景写真が載せられていた。

 『スライム』『呪いのお札』『堕天使の翼』初回ログインの際に答えた小道具が反映されているようだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

  <雇用希望調査表・補足資料>


 【粘菌・スラリィ】

 粘菌王の眷属、青く透明な肌の色が特徴。力が弱く軽い武器しか持てない。

 肌で接触しないと体力を吸えないため、武器を使うのは生命吸収に耐性がある敵と相対する時ぐらいである。

 ≪液状化≫触れた相手の生命力を吸ったり、腕を鞭状に伸ばして攻撃する。

 ≪不定形≫身体を粘液の塊に変化させ、敵に纏わり付く。


 【天霊・ゴースト】

 人の未練が形になった種族と言われる。地面から若干浮いている。

 憑依する者とされる者の相性が悪いと戦うことすらできない状態になってしまうことがある。

 また、憑依しないと魔力を発揮できないため、単独での戦闘能力は非常に低い。

 ≪憑依≫宿主に取り憑き、肉体を強化、操作する。


 【墜天・ルシファー】

 神と人間が混ざって生まれた種族と言われる。足に黒い翼が生えているのが特徴。

 槍を魔力で強化して戦うのが基本スタイル。

 己の魔力がなくなっても、大気にさえ魔力が満ちていればそれを活用してある程度の魔法なら使うことができる。

 ≪霊魔≫大気に満ちる魔力を操作することができる。

 ≪武装適正:槍≫槍を装備している場合攻撃力に補正がかかる。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 うーん。薙刀を装備させるなら【墜天・ルシファー】なんだけど、槍の範疇に含まれるかは未知数だ。

 能力は強そうだし、安定感がある感じがするけど……

 性格設定を『大和撫子』と書いておいて墜天というのもアレなので選択肢から外す。


 【粘菌・スラリィ】は、勇者さんの使っていた魔法のイメージに近い気がする。

 向こうは剣で、こっちは鞭という違いはあるけど。

 おもしろそうな特性だし、一緒に戦闘するのは楽しそうだ。

 ただ、僕自身が鞭を使う予定だったので、武器が被るコイツも選択肢から外す。


 最後に、【天霊・ゴースト】これは文章を読んだだけでは、あまりイメージができないな。


「ゴーストの説明がわかりにくいんですけど、解説して貰って良いですか?」

「わかりました。それでは、僭越ながら私が”疑似体験”ということで、ゴーストに憑依された状態と同等にハルト様の身体を操作させていただきます。

 魔法をかけるので、力を抜いて貰って良いですか?」


 深呼吸して、身体から力を抜くイメージ。

 メイドさんが僕の頭に触れると、「こんな感じです」と、僕の口から意図していない声が漏れ、右腕が勝手に顎を撫でる動作をする。


「ハルトさんも身体を動かしてみて下さい」


 自分の口から他人の口調で指示されて、とても不思議な感じだ。

 それに従い左腕を持ち上げようとすると、ぎこちない感じで腕が動く。


「これが、憑依する者とされる者の相性が悪い状態の見本ですね。次に相性が良い場合です」


 メイドさんに目線で促され再び、左腕を持ち上げる。

 すると、普段より軽い感じで持ち上がった。

 ぶんぶんぶん、と腕を振る。その背後でメイドさんも拳をシュッシュってな感じで振るっている。


「概ね、このような感じです。『何時もより動作が力強い』『自分が攻撃に気付かなかった時に、身体が動いてガードする』『守護霊のように付き従い、敵を自分とは別に攻撃してくれる』というようなものが主な利点となります」

「良いですね、これだけ聞くと苦手なことが無いように感じますけど」

「デメリットは、憑依元から二メートル程度しか離れることができないことですね。挟み撃ちや囮役、壁役ができませんし、他の従者と連携して戦うのと比べ戦闘の幅が狭くなってしまいます。

 パーティを組むことによって解消はできますが……」

「確かに、デメリットですねぇ」


「僭越ながら、私の所感ではルシファーと組むと一番相性が良いと感じられます。

 勇者様からはスラリィを薦めるように申し使っていますが……」

「ゴーストでお願いします」


「畏まりました。それでは、場所を移します。食堂までご案内しますので付いてきて下さい」



 部屋を出ると、赤色の絨毯が敷いてある豪華そうな廊下だった。壁は石作りで、豪華な雰囲気。

 そういえば自分が何処にいるのか気にしていなかったので、今更ながらメイドさんに訪ねると、「王都にある魔王様の居城です、勇者様と仲睦まじいので、その同郷の異世界人にも手厚くサポートしてくれるんですよ、もっとも、異世界人はお強い方が多いので、ギルドで依頼を受けてもらえればそれだけ国の助けになるという打算もありますが」と説明口調で教えてくれた。


 世界観説明の時に、僕らの世界の常識との相違として『魔王=魔力を司る偉大な王』と言うのを聞いていたが、勇者さんと既知で仲良しだとは思わなかった。

 そのまま魔王様の素晴らしさをメイドさんに語られながら歩いて行き、食堂に案内される。


 食堂には人間以外の種族も多くいて、和気藹々と食事を楽しんだり雑談をしている。

 先程紹介して貰った種族以外にも、背中から腕のようなものを生やしている人だったり、犬耳だったり、鳥脚で腕に羽が付いてたりする人がいる。

 中には、人間の範疇から離れた森の熊さん的な種族も……


 その中でも特に目を引くのは扇情的な短いスカートに、下乳が見える格好で細い尻尾をフリフリさせている女性だ。

 思わず「痴女だろ」と言葉が漏れて、「婬魔です」とメイドさんのフォローが入った。


「この椅子にかけて、少々お待ち下さい」


 メイドさんが椅子を引いてくれたので「ありがとうございます」と言って着席。

 彼女は別のテーブルに行き、そこにいる女性となにやら話し始める。周囲に知り合いもいないし、みんな楽しそうにしているし、僕一人だけ浮いているような気分になって少し寂しい。

 不意に、背中に柔らかい感触がして、耳元に甘い吐息が吹きかけられる。


「はぁーい、少年。珍しい服装しているね。キミ、異世界人?」

「そうですけど、離れて下さい」


 婬魔のお姉さんが話しかけてきた。

 種族的なものなのか、妹や知り合いの女性から感じないような蠱惑的な臭いがする。婬魔恐ろしいなぁと思いつつも、背中の感触はありがたく享受。それでいて冷たい反応で対応をしておく。


「もー、冷たい。私、素直じゃない人は嫌いだよ」

「僕は羞恥心がない女性は好ましく思わないので」

「私は年下の少年とか好きだけど」

「僕は年上は嫌いですね、同い年か、年下が良い」

「……うーん、少年は自制心が強い子ね。あ、メイド長さんが戻ってくるから失礼させてもらいます、チャオ」


 ≪ スキル:≪魅了耐性≫を手に入れた。 ≫


 ぬ、これ戦闘以外でも行動によってスキルが入手できるのか。

 僕は婬魔のお姉さんが投げキッスをして去って行くのを冷ややかに見送る。

 そこに、入れ替わりでメイドさんが妹によく似た少女を連れて戻ってきた。


「お待たせしました。では、私はこれで失礼させて頂きます」

「はい、案内ありがとうございました」


 そして、連れてきた少女を置いて去って行った。


「え、メイド長どこに行くんですか」


 メイドの少女は狼狽しているが、僕も同じ気持ちだ。

 普通は最後まで責任持って仲人役をするもんじゃないんですか……

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