039:適正を見極めよう
木材加工所は大猪の森にある。場所で歩いて移動するには時間がないので、おとなしくお金を払って馬車を利用せざるを得ない。牽引する馬は通常の品種ではなくユニコーンだ。
乗り合わせた人と雑談しつつ、窓から景色を見る。たまーに馬車に強い振動があるけど、どうやらモンスターを轢き殺して移動しているようだ。前方に目をやるとユニコーンの角に尻を貫かれたゴブリンが丁度消える所だった。ユニコーンは神聖な獣だという僕の認識も丁度消えた。
「到着だ、また機会があれば利用してくれな」
御者はそう言うと、王都へ行くために待機していた人を拾って来た道を戻っていった。
「なんというか、中学の時に行った少年自然の家を思い出すな……」
大きなログハウスを中心に、テントが張ってあるエリア、バーベキューができる施設が隣接している。大猪の森……いかにもな大自然といった感じだ。初心者ダンジョンはコチラの案内もあるけど、すごい観光気分でわくわくしながら散策できるよ。下水道とはなんだったのか……殺伐とした臭い空間だったよ。攻略は楽しくはあったけどさ。
その場で目をやるだけだと、目的の場所が見当たらないな。馬車の停留所付近にある看板を見て場所を確認する。加工所は木材を搬出する関係で浅い場所にあると聞いていたので――お、もっと手前にあるのか。
馬車で来た道を少し戻り、木材加工所に到着。
ノコギリの看板を掲げたログハウスに入ると、ガテン系で青い作業着を着たおっさんが出迎えてくれた。
「おう。新顔だな。施設の説明はいるかい?」
「今日は。今回は知り合いに会いにきたので大丈夫です」
「そうか。いつでも木材加工所は少年を歓迎するぞ!」
「またの機会で」
「おう、またな!」
工作は苦手なので、生産系のプレイには僕には無理だよ。ごめんおっさん……機会は永遠にこない。で、合流予定の知り合いを探す――いた。
この中で頭上に名前が表示されているのは一人だけだ。リュウマ・ホーク。本名は鷲嶽竜碼さん。すらっとした体躯で目付きが鋭いイケメン。体躯の割には筋肉があり、上腕二頭筋を触らして貰ったけどバキバキしていた。僕の筋肉理想像に設定された人物である。就職が決まり暇を持て余している大学生で彼女はいない。
作業着を着てノミで木を削る作業をしているので、作業に段落が付くタイミングを見計らって声を掛ける――背後から驚かすように。
「鷲嶽さん、こんばんは」
「こんばんは。良く来たな宍戸。作業を中断して片付けるから少し待て」
不意打ちで声をかけたのに、動じる気配がまったくなく返答をされてこっちが吃驚した。
「……気付いてました?」
「少し前から私の背後にキミの気配があったからな、フッ……。すまん、言ってみたかっただけだよ」
つまりは、ポーカーフェイスな対応をした大人なイケメンを演出した感じのようだ。……演出もなにも実際その通りなんだけど。ちなみに、『フッ』とか言うのはロールプレイではなく素だ。バイト中も「フッ……私の力を甘く見るな」と言って重い荷物を一人で運んで現場監督に注意されていし。格好を付けていると思うんだけど、付けない方が格好良いと思う僕である。
。
片付けが終わった鷲嶽さんに連れられてバーベキュー施設へと行く。今回のお目当ては、彼が倒したボスモンスター。大猪希少種のお肉を食べることだ。美味ければ、次に攻略するダンジョンはここにしようと思っている。
「うお、これは……!」
「フッ……」
網で焼いた肉をタレも付けずに噛んでみたが、濃厚な肉汁がひろがったて吃驚した。味は普通の豚肉なんだけど、食感が柔らかいしとにかく汁が出る。溢れ出す煮汁という単語が頭の中を過ぎったほどだ。
「美味いだろう?」
「はい」
うん、普通においしい。普通にだけど。晩飯が肉類だったので丁度比較するような感じになってしまったのがだめだったかもしれないな。塩、特性タレと試してみるが普通の域を出ない。鷲嶽さんがドヤ顔でこっちを見ているので肯定しか出来ないのが……好意で食べさせてもらっているワケだし。
「宍戸はドラゴン系のモンスターを倒したんだよな。肉は余っているか?」
「ありますけど、下水道にいたヤツですよ?」
「かまわん。ゲテモノほど美味いというしな、フッ……」
施設の人からお皿を借り、アイテムボックスから肉を取り出して置く。うん、若干緑がかっており食欲をなくすな。毒を混入してモンスターが食べる罠にするために残して置いたんだけど、自分では絶対食べようと思わない。
「美味そうだな」
目の前の人物はそう言うと、生のまま肉に齧り付く。「げっ……」と思わず言ってしまうのも仕方が無いだろう。笑顔で肉を食べる鷲嶽さんは頭がおかしいと思います。「食わず嫌いはよくないぞ?」とイケメンフェイスで言われるけど、僕は騙されませんよ。生肉や虫、雑草なんかを食べると≪頑丈胃袋≫のスキルが取得できるからその一環だと薦められたけど、そういうプレイしないから良いです。旅をするようなことがあるならアイテムボックスに保存食を買い込んで行きますよ……
羊系のボスモンスターがいたら絶対この人に調理した肉を食べさせてあげよう、うん。
「生でもいけるが、焼くと美味いな。この舌にピリっとくる感覚がたまらん」
「くっ……そんなにおいしそうに食べられると。僕も、少しだけ」
勇気を出して口に含むと、舌に刺激があって状態が毒になりました。
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食事を終えて、寝るまでの時間に二人で狩りをすることにした。
うん、あれだ。薄々は思っていたけど鷲嶽さんは中二病というヤツだ。
「フッ……血が騒ぐ」
服装を作業着から黒いジーンズに黒皮のジャケットにチェンジ。フェイスガード――口を覆うようにマスクをし、黒のマフラーに黒のマント。両腕に黒い小手を装着している。右腰には片手斧。完全に悪役ヒーローなんだけど。何故か頭に狼耳を付けていて、そこだけ微妙にアンバランスだ。本人曰く必要不可欠なアンテナだそうだが、絶対いらないよね。
「スパイクブレードッ! オラオラオラァ!」
このスパイクブレードというのは魔法でも技でもなんでもない。魂の叫びらしい。エクストラスキル認定されないのかと疑問に思ったけど「私が自分で再現する」と言っているのでそういうものなのだろう。
鷲嶽さんの両腕で滅多打ちに殴られた大猪は肉をドロップしてこの世から消え去った。
「こっちは僕が相手をさせて貰いますよ――ドゥエッ!」
突進してくる大猪を≪ステップ≫で回避してすれ違いざまに鞭を叩き込んでやる。大猪は反転して攻撃するでもなくしばらく走って急に制止し、ずずーっと地面を滑る。そこで再び僕を目標に捕え、全速力で突撃してくる。これは、転ばして連続攻撃するのが良い感じかな?
今度は突撃してくる大猪の足を鞭で絡め、転かす――
「うおお」
「フゴォォ」
と思ったら、想定以上に勢いがあって僕も一緒に転ばされる。鷲嶽さんがフッ……と生ぬるく笑い、少々恥ずかしい。まぁ、同時に転んではいるけどアドバンテージはこちらにある。大猪がじたばたと暴れて起き上がらないのだ。すかさず、鞭を何発か打ち込んで仕留めてやった。
「やるな、鞭使い」
「フッ……」
思わず僕も言ってしまった。いやあ、他人から鞭使い認定されるのは最高ですね。
その後も、「目。耳。鼻ッ!」と鷲嶽さんが大猪をグロ死させたり、僕が転ばした大猪に斧を「トマホォォクッ!」と言って突き刺したり、バイトを一緒にやったイケメン先輩は何処に行ったのかと言いたくなるテンションで狩りを続けた。
……まぁ、僕もそういうのは嫌いではない。周囲にいるプレイヤーから、「モンスターを狩りすぎなので適正狩り場に行けよこのクソッタレ」というのをオブラードに包んで言われるまでその日は大猪の森でモンスターを駆逐する作業を続けた。
翌日は何人かでパーティを組んで何処か別の狩り場へ行こうと約束をし、ログアウトをしてゲームを終えた。




