038:アルバイト
「はぁー、肩が凝った」
軽作業スタッフとの名目で募集されていたアルバイトをしてきたんだけど、まったくもって軽作業ではなかった。
現場に行くと、ガチムチ筋肉メンが半数以上いて、「え?」っとなった。来る場所を間違えたと本気で思ったね。
良い人達で昼飯を奢って貰ったり、MBOの話題になってやってる人がいたのでフレンド登録したりと楽しかったけど重い荷物を運んで運んで動かして配置を変更して――要するに引っ越しのバイトで筋力的には重労働でした。
事前説明では「オフィスに椅子を設置したり机を運び込む程度の作業量なので、それほど力は求められません」そんなことを言われた気がするんだけど幻覚だったか……
シャワーを浴びて労働の汗を流し、家族で夕飯。僕の好きなラム肉がこんもりと炒めてある。
夏休みのアルバイト期間初日なので、母親が気遣って好物を作ってくれたみたいだ。汁物まで羊汁になっているし。臭いで人を選ぶ料理だけど、うちの家族は全員選ばれた人間なので問題なく食べることができるのだ。ずずずっと啜ると出汁がきいた味噌の味。具材の肉やニンジンを口に入れ、味わいながら咀嚼する。ラム最高だっちゃ。
「うまい、労働のあとの飯は美味いね!」
「母さんの手料理はいつも最高さ」
「もう、あなたったら」
「兄さん、もっと運動量を増やせばそれだけおいしく感じられます」
家族で適当な会話をしながら公営放送のニュースを眺める。
HMEの新しいモデルが受注限定生産で発売決定したみたいだ。ホワイトブリム……これって、メイドさんの頭の上にのかってるヤツだよな。従来モデルのカチューシャタイプの亜種ってトコロか。MBOとコラボ――これを購入すればゲーム内でメイドさんが装備しているホワイトブリムに防御補正が加わるチケットが付属とか、どうなんだこれ?
客層的にはリアルメイドさん。上流階級の家庭に仕える女中さんをターゲットにしているようだけど、そんな人がゲームをやるのか怪しいトコロだ。
ただ、防御力上昇は良い効果。かなり魅力的だ。
MBOはメイドさんの防具も変更できるけど、僕のように最後までメイドさんにはメイド服を着て貫くという所信を表明している紳士は大勢いる。……匿名掲示板の変態スレッドには。そういった人間にはかなりの需要があるかもしれない。
攻略組みと呼ばれる廃人プレイヤー集団からの報告によると、メイド服は糸系の素材さえあればパワーアップも可能で店売り防具より劣る状態らしいから――限定HMEでプレイすれば防御力が上昇するのという要素は人によってはかなりのプラスになるだろう。
問題としては、ホワイトブリムという形状。これを自分の常用HMEとして日常的に頭部へと装着するのはかなりの紳士レベルがいる。お金があっても僕には無理だ。
「そういえば、来栖さんと対戦してきましたよ」
ニュースを見ている僕に、妹が話題を振ってきた。
もう対戦したのかと呆れてしまう。
「で、結果は?」
「武器を使っての戦いは圧勝しました」
「……うーん、僕が見た感じかなり来栖さんも強かったんだけどなぁ」
妹が来栖さんから聞き込み調査をした結果、彼女は護身術として無手での立ち回りと棒術を嗜んでいるようだ。
で、その状態で棒・メイスにカテゴライズされる武器ではなくて杖を使っているものだから得物が悪いらしい。スキルに関しても長柄武器スキルを杖で発動させているので使えるものが限定的で、なんとも勿体ないと力説する。
「二回戦を徒手空拳でやったけど苦戦しました。同じ得意武器の土俵に登れば、あの子は絶対強くなりますよ!」
そしてあの子呼ばわりである。まあ、来栖さんは中学三年で妹は高校一年。
年齢的に考えればおかしいことはないんだけど、来栖さんの精神年齢が非常に高く感じるのでものすごい違和感があったりする。
「そういえば、来栖さんがまた兄さんとゲームしたいと言ってましたよ」
「あー、昼間にメッセージがきたよ。妹さんと対戦させて頂きまして候、よろしければ今晩でも云々ってヤツが」
「お、おお。兄さんも過去の怨念を払拭してとうとう春が!」
妹が盛大に驚き、父母も会話に混ざってくる。
あくまでゲーム内の知り合いであり現実では会ったことがなく、別に対して中の人に興味もないので……というか金持ち的な気配がするので積極的に関わって地雷を踏むのを避けたいという意志を表明させてもらう。貰った今晩のお誘いもキャンセルしてしまったしね。断る理由がなければご一緒させて貰ったんだけど。
「それがよいぞ、遙人! この辺りで来栖の名字で金持ちというのは……正直、父さんは関わって欲しくない。なぁ、母さん」
「そうね。来栖といえば悪名高い――尤も、世間的の評価は良いけどうちの家庭的には諸悪の根源のような、色々と握られている存在なの。悪感を抱かせることなく綺麗にフェードアウトして頂戴」
「そこまで言われる来栖さんはどんな存在なんだよ……」
疑問に父さんは首を振るだけで答え、母さんはそんな父の肩にポンと手を置いてやる。
「胃が痛くなってきたな。遙人、その来栖の名字を持つ女性とは関わるなよ。絶対に、絶対にだ。父さんとの約束だ。男と男の最上級の約束だ」
「事前情報だけで両親非公認とは、兄さんの戦いは困難を極めますね……」
食卓の雰囲気がどよーんとした。
これだけ言われると逆に気になるんだけど。明後日は武器の受領を来栖さん同伴で行う予定だし、それとなく聞いてみようかな……プライベートに踏み込むのはいけないことだと思うでそれとなーくだけど。それとなーく。
「「ごちそうさまでした」」
場の空気を入れかけるために父と母がノロケはじめ、別の意味で居づらくなった僕と妹は食事をそそくさと済ませてお互いの部屋に戻った。
「さて」
早速ベッドに寝転んでMBOを起動――ではなく、学校の課題の消化だ。コイツを二時間ばかりやってノルマを達成したら起動する。筋トレは……今日はおサボリでプロテインだけ寝る前に飲んでおこう。
バイトで労働していつも以上に筋力を使ったのだから、こっちのノルマはすでに超過しているだろう。うん。明日も今日と同じ現場で引き続き作業があるので体を酷使するのもアレだし。
* * *
ログインした僕は、棺桶の中にいた。
死んでいるワケではなく、宿屋に備え付けてある設備。相変わらず昇天するような心地よさで臨死体験させてくれるベッドである。これに横になるようになってから、家の安物ベッドに少々不満がでてきてしまったから困る。
さて、今日はプレイできるのが三時間と限られているので迅速に行動だ。
やりたいことがいっぱいあるけど出来ることが少ないのが厳しいな。まずは、例によってヒメノさんの部屋を尋ねることにしよう。
ノックをして「もしもーし」と呼びかけるけど返事がない。扉をガチャガチャとやっても開かない。
これは――シャワーイベントだろうか。水音で声が聞こえなくて人が来たのに気付かないアレ。時間帯的にも、一般人なら風呂に入っている時間だ。現代基準だけど。
そーっと、扉に耳を近づけると水音と気持ちよさそうな口笛が――――
「くっ……」
聞こえない。聴力強化スキルが欲しいなと思ってしまうね。
仕方ないのでもう少ししたらもっかいノックしよう。そう思ったら顎を強打されてのげぞった。
「お客様、盗聴は犯罪です」
「い、いや。中にいるのは親しい人なので在室なのか確認しただけなのです。は、はは」
話しかけてきたのは骸骨の従業員さん。
女性用のスーツを着ており、それはどうしてだか肉質的に形作られている。巨乳だ。思わず胸元を見つめてしまう。頭は髑髏なのに、悔しいッ……しかもこの人、良いロリボイスで身長が低い。ロリ巨乳というヤツだ。骨にしておくのが惜しいですよ。カルシウムが足りている感じの綺麗な骨だし、きっと生前は健康な巨乳美女だったに違いあるまい。
「ハルト・レオン様でいらっしゃいますか?」
「そうです。えっと、確認お願いします」
ギルドカードを提示して、本人の確認をしてもらう。カード、僕の顔、カード、僕の顔と二往復してから「確かに」と言われ、本人の証明がなされたようだ。
「サクラ・ヒメノ様より伝言を申し使っております。
『頂いた金額で材料の仕入れが出来ました。私の裁縫道具では手縫いができないのでお城の設備を借りて作業をします。今日、明日は泊まり込みで作業をするので、ご用がありましたらお手数ですが魔王城までおいでください。それと、良ければでありますが、私のことも名前で呼んで頂きたいです。ハルト様の友好関係で名字で呼ばれているのが私だけで、どうしても疎外感を感じてしまいます。メイドの我が儘ですが、善処して頂ければ幸いです。では』
ということです。確かにお伝えしましたので」
「……くっ」
普段はツンツンした彼女が言う「な、名前で呼んでも良いんだからね」という明言が他人から聞かされるというもどかしさ。男なら経験しておきたいイベント、デレ期への確定イベントだというにッ……
しかも、この骸骨さん無駄に感情込めてるんだよ、なんかぶりぶりしたロリボイスで伝言を読み上げるんだよ。こう、なんだ、もっと、なんだか……欲しかったシュチエーションじゃないんだよッ!
「こんなの、ヒメノさんじゃ、ないッ……」
肩を落としてガッカリした僕は、バイト先でMBOで会う約束をした人と合流するため、彼が利用していると言っていた木材加工所に向かった。




