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037:戦闘中毒少女

 朝食を済ませ、先日と同じ時間にログインして宿屋で朝食を食べる。

 もしかしたら遙人さんもゲームをやっているかもと思っていたが偶然はないようだ。

 フレンドリストを表示してもオフラインの状態になっている。


「お嬢様、溜息を付くと幸運が逃げ出しますぞ」


 じいやに指摘されて溜息をついていたことに気付いた。

 今日も一緒にゲームができるかと思っていたのに肩透かしになってしまったのだから仕方が無い。


 今日は、何をしようか。

 当初の予定では憧れの王女様生活をファンタジー世界で行うはずたったのだけれど、それが悪目立ちをするということがここ数日で理解できた。よって、やるなら普通にゲームの攻略なのだけど……


「はぁ」

「……お嬢様」


 あまり乗り気ではない。

 誰かとゲームをやる楽しさを知ってしまったし、その誰かと歩調を合わせて進めたいとも思っている。

 遙人さんとは三日後に装備品を受領する約束をしている。それまでにどの程度鍛えておけば良いだろう――そんな思考をしてしまい、何を考えているのだろうかと苦笑する。

 彼とはその場限りの、臨時の関係だ。親しい友人でもないし、たまたま都合もあって連絡先を交換したに過ぎない。フレンドリストには登録してあるが『フレンド』という英単語とは裏腹に実質的には友人でもなくて――他人。

 言葉として関係を定義するなら、これ以上の単語もない。実際に、その通りだし否定する箇所も見当たらない。


 ただ、他人とは現在の関係で将来的にはどうなるか分らない。

 素直に私の中にある感情を認めると、気になっている。非常に気になっている。

 あくまで人間として、ペルソナではない彼のステータスがだ。どんな顔をしているのか、高校では部活は何をやっているのだろうとかそういった好奇心であって恋慕の情なんていうものではない。

 実際の人物と対話していないし、このような短期間で惚れるような安い教育を施されている覚えもない。さらに男性には困っていない――いえ、困っている。

 父が双方合意で許嫁を作ろうと、色々とやっているせいで書面上では選べる立場にある。


 そういった事柄もある影響だろうか。顔を隠すペルソナ設定をしていて美醜も分らず、男性的なアプローチをしてこない人物であるから遙人さんが気になるのだろう。知識欲……そう、知識欲だ。

 まだ私は初恋だってしていない。

 理想像はあるのだけれど、該当する男性がいないので横に置いたままになっている状態だ。まずは、彼氏よりも同性の友人を作ることをしなければならない状況だし……


 予想では、遙人さんは目元が優しい感じの三枚目。

 鞭使いを自称する彼は、きっと牧場のオーナーの息子や孫など普段から鞭を使う立ち位置にある人物に違いない。そうなれば、ある程度裕福なご家庭であることが推測できる。

 もしかしたら『許嫁作成リスト』に名前を連ねているのではないだろうか。ゲームを切り上げて、一度確認してみようか。

 ログアウトしようとしたら効果音1(メールの着信音)が頭の中に流れ、「新着メールを受信しました」の文字列が表示される。

 もしかして――――一緒にゲームをやろうというお誘いだろうか。

 逸る気持ちでメールを確認すると、宛先は期待した人物であったが内容が予想外のものだった。


『妹に来栖さんのこと(あの人リアルで格闘技かなんか嗜んでいるぜという予想)を話しました。

 そうしたら、ものすごく喰らい付いて対戦対戦血祭対戦を連呼し始めたので、メッセージを送信した次第です。

 もし良ければ、都合が良いときに返り討ちにしてやって下さい。迷惑ならスルーしてもらって大丈夫です』


 そんな文面に、妹さんのゲーム内アドレスが貼り付けてある。

 読んでから「はいっ!」と声に出して言ってしまい、周囲の視線を浴びてしまった。恥ずかしくなった。

 じいやにゆっくり食事をしてから部屋で待機しているようにと伝える。

 食事を中断して自室に戻るに戻って妹さんへと送るメッセージの内容を考えることにしよう。


 棺桶の中に入り、蓋を閉じる。

 このベッドはとても快適だ。外界から完全に隔離されてもしもの対応ができないため現実には導入できないゲームならではの要素。それに浸ってメッセージを推敲する。


「遙人さんは、私のことをどのように話したのだろう」


 対外的に、王女様のなりきりをしている態度を基準に話したのなら「○○だわ」といった感じでメッセージを送った方が好感触を得られる気がする。普通に送ったら肩透かしされそうだ。

 反面、最低限の「格闘技嗜んでるぜ云々」しか話していない場合、痛い人扱いされるかもしれない。


 私は、学んだ。遙人さんに注意を受けた昨日、検索エンジンにキーワードをかけてかけて俗的な知識を漁った。

 なりきり――ロールプレイを多くの人は気にしないか、好意的に受け入れてくれる。ただ、中には依存しすぎてしまう人がいること。依存する人の範疇に現実ではないからと心の枷を外してしまうような人間もいること。

 少数の人は、「気持ち悪い」としてロールプレイを嫌うこと。


 妹さんは、どっちだろうか。

 悩んだ末に遙人さんに接しているのと同じような文面でメッセージを送信することにした。


 返信はすぐに戻ってきた。

 今から来栖さんがいる宿に向かいます、と。あまりに簡潔な文章。

 確かに、今日明日ならいつでも問題ないと返信したけれど……落ち着きのない妹さんなのだろうか。年下? 年齢がわからないが、同い年だと嬉しいと思う。

 そういえば、年齢だけでなく外見も集合場所も決めていない。近くまできたらメッセージ、送ってくれますよね。

 ……ロビーに設置してあるソファーに座って待つことにしよう。


 ――五分経過した頃に、入り口から二人の女性が入って来た。

 見た瞬間、遙人さんの妹さんだと理解できた。私より少し高いぐらいの身長をした女性。黒色の着物をきており、狐のお面に二本の刀を帯刀している。とても和風。

 一緒に小さな女の子――白い狐耳のメイドさんを連れているのだけれど、この子がサクラさんにそっくりだ。

 それがなんだか可愛らしくて、思わず手を振ってしまった。

 私に気付いた少女は、笑顔で手を振り返してくれる。可愛い……


「来栖……クルス・クリスティです。遙人さんの妹さんですか?」

「ご丁寧に。いきなりの申し出で申し訳ありません。妹のヒメカ・シシオウです。こっちは妹メイドのユキコ・シシオウです。よろしくお願いします」

「おねがいします!」

「ではさっそく対戦しましょうッ! この宿屋も地下に施設があるんですよね?」


 問われたのだけれど、何のことかわらないので言葉を濁す。

 すると、妹さんが宿屋の主人にそそくさと詰め寄り対戦ルームについてを聴取する。

 私が泊まっている『深淵の楔』は、どうやら最上階に設置してあるようだ。「いきましょう」と弾んだ声をして言う妹さんに連れられ、階段で六階まで駆け上がる。


「低フラ1Vで良いですか?」

「? すいません。何のことだか……」

「す、すいません。覚えたばかりの高度な専門用語を使ってしまいました。こう、夢中になってしまっていて。兄さんから来栖さんの活躍を聞いていたら心躍って、すぐに対戦しなければと思ってしまったワケでですね。すいませんすいません。……ルールは、レベルを低い方に合せてのタイマン勝負、道具はなしということで。大丈夫でしょうか?」

「はい、それで問題ありません」

「わかりました。場所の設定は道場にして――」


 視界にノイズが走ったと思ったら、場所がホテル最上階の無骨な空間から和風の道場に切り替わった。

 少し惚けてから、慌てて靴を脱ごうとすると妹さんに止められる。あくまで視界が切り替わっているだけで、道場ではないので素足になる必要はないそうだ。ただ、「接触判定は整備してある道場の床です」と注意を受けたので、足を滑らせないようにだけ気を付けよう。


「ユキ、開始の合図をお願いします」

「はい、お姉さま」


「――――はじめっ!」


 合図があった瞬間、殺気が膨れあがって喉が詰まった。

 この感覚は殺気当て。遠距離にいる相手に己の殺気を飛ばして硬直させるという技だ。じいやがまだ生きている頃に教えて貰った覚えがある。

 私が怯んだ隙に、妹さんはあっというまに懐に潜り込んできた。

 抜刀し、私の股間から顎を抜くような形で刀を振る。ゲームで明確な殺意を感じるなんて思わなかった。

 反射的に半歩後ろに下がり、杖で刀の鍔を小突く。攻撃を逸らすことに成功するが、姿勢は完全に崩れてしまった。


 妹さんは、口元をニヤリと歪める。

 獲った、そう思っているのだろう。だけれど――――


 魔力を込めた左手で、刀を受け止める。

 そう、このゲームに部位欠損は存在しない。どんなに深く食い込もうとも、薄皮一枚残って攻撃を防ぐことができる。


 ただ、無痛というワケにはいかない。ここから反撃を――そう思った所で、喉元に違和感が。

 なんで、と口に出そうと思ったが声がでない。


 痛みもないのに、喉に短刀が刺さっていた。

 血のかわりに、ポリゴンが吹き出る。


 私の体力は、残り少ない。現実なら一太刀目で死んでいるので生きているだけ僥倖だろう。

 だけどまだ戦える、と心を奮い立てるが、喉は短刀に潰され魔法の呪文が唱えられない、左手は受け止めた刀を全力で握っているし、右腕の杖で叩くしかない。

 負け戦でも少しは報いたいという感情で杖を持つ手に力を込めたが、それは無駄に終わった。

 体力がなくなって敗北が確定したからだ。

 なんで、と再び声を出そうとするが口からはポリゴンが出るだけ。理由を探して視線を彷徨わせたら心臓に刀が突き刺してあった。

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