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035:オマエはもう死んでいる

 これはもう無理かなぁ。そんな風に考えながら吹き飛んでいた時期が僕にもありました。

 アヒル(異合竜ドラゴ・スワン)の攻撃を受けて地面に叩き付けられたダメージを受けると思ったらヒメノさんの細腕に受け止められる。上手く状況が飲み込めない。

 これ、ヒメノさんの手だよな? なんだかいつもの透明感がないんだけど―――

 そう思っていた所で、彼女が口にした言葉で状況を悟った。


「憑依――」


 すかさず「合体ッ!」と合いの手を挿入する。

 何故、今まで出来なかった憑依が出来るようになったのか、とか。好感度が上昇した記憶があまりない件とか。

 細かいことはどうでも良いんですよ! 要するに今が大事。僕が生きているのは今なのだから。


「フフフ、ハーハッハ、ククク、きたああああしゃあああァァ!」


 体内の中を魔力が駆け巡る感覚。

 ≪Synchronize:Level.1 Spirit Active...≫


 なんだか、背骨に芯が入ったような気がして、今なら何でも出来る気がしてならない。

 ともかく相手に追加で攻撃をされる前に突撃してやる! いや、突撃せざるを得ない。

 <痛覚愉悦>の効果に相乗して、憑依した感動というか気持ちよさというか、アドレナリンが全快だぜ状態。


「来栖さんの仇ィィィィッ!」


 生きてるけどね。

 桜蛇ちゃんを握りしめ、<ロングウィップ>を発動して最大射程からアヒルの目玉を叩いてやる。

 パシィィ! と恒例の炸裂音。鞭で獲物を叩いた感触が――――


「弱い?」


 なんでだろう。疑問を思った隙にアヒルがクチバシで突く攻撃をしてくる。

 コイツのHPゲージが3割になったぐらいで動きが鈍くなってきたので、回避は僕の身体能力でもそこそこいける。

 スキルは使用せずに右に飛び、払うように鞭の攻撃を当てる。フフ。そうそう当るものではない。


 その反対をヒメノさんの鎌が切り裂いた。


「ギャオオォォ!」


 くっ。僕の鞭で叩いた時よりも悲鳴が大きいとは何事だ。憑依前の攻撃力とは段違いじゃないか。


『ハルト様、私も攻撃に参加できます』


 脳内に声が直接聞こえたが、これも憑依の効果だろうと断定して受け入れる。

 作戦とか、互いのスキルについては確認したんだけど憑依については完全に頭から抜け落ちていた。効果が不透明だ。

 憑依したことによってヒメノさんの全体的な能力向上。もとい身体能力に制限なしで戦えるようになったことと、僕のテンションが上昇したのは頷けるんだけど。


「手数で攻める、左右にッ!」

『無理です』


 提案に、冷静な返答が戻ってきてズッコケそうになる。うお、危ない。アヒルのクチバシがお腹を掠めましたよ。制服の布部分に若干引っかかった感触があって恐々とする。残りの回復スライムは二人合せて三個だ。当ってやるわけにはいかん。


『理由は?』

『ハルト様から三メートル以上離れることができません』


 念じたら、僕も口に出さずに会話ができました。便利。

 行動範囲は憑依の弊害ってことか。説明してくれたメイドさんも言ってた気がする。コイツは失念してた。


 しかし困ったな。いくらアヒルの攻撃が緩くなってきているといっても僕のプレイヤースキルで回避を続けるのは難しい。雑魚のように鞭を当てて硬直させたり、ノックバックさせることが出来れば余裕なんだけど。アヒルさんには効果がない。

 MPがあれば≪グラウェイト≫を併用してなんとか誤魔化せたかもしれないが、開戦早々に格好をつけて≪プロテクウォール≫を使って割られかけたのが痛かった。思えば、森本くんと戦った時も同じミスしてるなぁ。


「うおお」


 思考しながら、攻撃を回避して鞭を打つ作業。

 ……うん。なんだか感覚が鋭敏になってる気がする。察知能力が高くなっているというか、そんな感じだ。これなら、なんとかやれるかもしれない。


「攻めて攻めて攻めまくる!」

「承知しました――ドラゴンスラッシュッ!」


 舞うような動きでヒメノさんが攻撃をする。

 ずっと後衛で鬱憤が溜まっていたのか、容赦はない。斬る斬る裂く裂く。


「私が殺してあげますよ」


 と物騒な発言して絶好調です。


「イイィィヤッフゥゥ!」


 まぁ、僕のほうも絶好調で叩いて叩いて叩いて叩いて叩きまくるワケですけどね。

 彼女の戦闘スタイルは、とにかく優雅だ。蝶のように舞い獅子のように噛む、そんな感じ。質実剛健だった来栖さんの動きはすげーって感じだけど、こっちはヒャッフゥって感じかな。実に好みである。

 しかし、決定打がない。僕ら二人はMPがほとんどない状態なので、スキルもここぞという時しか利用できない。

 まぁ、的が大きいので弱点っぽい目玉にスキルを狙い放題ではあるんだけど。いつでもここぞ状態。

 ずいぶん充血してきたし、弱っていることは分る。動きも鈍いし。


「こいつで、残りHP1割だッ!」


 痛恨の一撃を与える気概で残りHP少なくなった記念の攻撃をしかける。

 若干だが通常時よりも『パシィィン!』という炸裂音が大きく聞こえて満足だ。うん、いい音してる。


「グルオオオォォォ!」「オオオォォォ!」

「――ッ!」


 いつもとは違うアヒルの咆哮で体が硬直する。

 残りHPが少なくなったからか? 目の前に迫る攻撃に、何も出来ない。


「ぐっ」「がぁッ」


 頭部の薙ぎ払い攻撃を受けて、二人とも一緒に吹っ飛ばされた。

 その先はちょうど来栖さんの死体が転がっている場所で、良い具合に緩衝剤になってダメージが和らいだ。

 アヒルに目をやると、息を荒くして呼吸をしている。ヒメノさんは地面に転がっているが、攻撃を受ける前のHPが最大だったので大丈夫のようだ。六割は残っている。憑依で頑丈になったしな。


 どうでもよい話しではあるが、来栖さんクッションは倫理規制があって人肌の感触ではない。人の形をした地面の感触に、当たり判定は人体というゲーム仕様だ。こういうときはおっぱいがクッションになってHPが残るのが王道のハズなんだけどそんなこと――――


「おおッ!」


 起き上がろうとしたときに、来栖さんの腰に装備したままだった茨鞭の刺々しい感触が手の平に突き刺さった。

 なんだか、ちょっぴり、痛いけど気持ちい的な。

 これは、「ご主人様わたしを使ってください」と鞭に宿ったロリ幼女の女神が言っているに違いない、そうに違いない。ここから始まるのだ、僕のターンがッ!


「来栖さん、キミの魂は借り受けたッ!」


 右手に薄紅桜蛇、左手に茨鞭を構える。


「フ、フフ」


 まさか、鎖鞭を買う前に鞭二刀流をやることになるとは。いや、二鞭流か?

 細かい名称はあとで考えるか。


 頭部にねっとりひんやりとした感触――ヒメノさんが回復スライムを投げてくれたようだ。

 丁度立ち上がって体勢を整えるタイミングで鞭に思考が逃避していしまったので、回復をすっかり忘れていた。ありがたい。


『ありがとう』

『これで手持ちがなくなりました』

「了解ッ」


 返事をする。

 今度は反対に、僕の手持ちの回復スライムをヒメノさんに投げて回復させる。なんだか、無駄な動きをしている気がするな。と苦笑する。微笑ましい光景。

 アヒルがバタバタと走って突進を仕掛けてくるが、これは華麗に有角ステップ(只のすり足)で回避させてもらおう。


 地面を滑るように足を踏む。

 すると、今まで僕がいた場所にあった異物――要するに来栖さんの死体に躓いて、アヒルは転倒した。


「ヒャッハァチャンス!」


 千載一遇とはこのこのことか。

 運を味方につけたものが勝ちなのである。


「ゴォォォォッドハンド・ダブルッ!」


 起動ワードに呼応して、鞭が魔力によってコーティングされる。こいつで叩く! 徹底的に叩くッ!

 ヤツが起き上がるよりも早く、僕は鞭を振る。

 同じタイミングで、ヒメノさんは鎌を振る。


 パシィィン! バシィィン! ザシュ。 パシィィン! バシィィン! ザシュ!


「ふひ」「フフフ」


 すぐにMPが不足し、≪ゴッドハンド≫の効果は切れたけど続けて叩く。

 ちなみに、「フフフ」というのはヒメノさんの声である。


 パシィィン! バシィィン! ザシュ。 パシィィン! バシィィン! ザシュ!

 パシィィン! バシィィン! ザシュ。 パシィィン! バシィィン! ザシュ!


「ふひひ」「(ニヤニヤ)」


 鞭で叩いて鎌で斬るだけの簡単な作業だよ。

 アヒルは暴れて抵抗しようとするが、その動きはもう弱々しい。最後っ屁は咆哮からの頭ビンタだったのかね。

 いやぁ、鞭で打つ感触が気持ちが良いですね。若干フィードバックが緩い気がするけど十分満足だ。鞭を二本持ったことによってダメージも純粋に倍化してるし良いこと尽くめだ。

 うん。やっぱり茨鞭も良いよね。

 今はナインテイルじゃなくてフォーテイルだけどそれでもたまりません。

 あぁ、来栖さんはこんな良い武器を使わないなんて勿体ないなぁ。

 おっと。アヒルさん暴れすぎだ。ふひ。

 この鞭、僕が中古価格で買い取りさせて貰えないかなぁ。

 防御できないのは今回のような耐久力があるモンスター相手には厳しいけど、雑魚相手なら殲滅速度が二倍になるワケだし。

 いや、ゲームの仕様的には感覚的な重量になるまで重複装備できるんだよな。ガントレットに付けるスモールシールド的なものを購入して、その状態で鞭を持つのも有りだよな。


「ォォォ、ッ……」「グォ、ッ…………」


 >>警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。

 >>警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。


 おっと、警告がでた。

 知らぬ間にHPを削りきってあまり達成感がない。来栖さんの死体で敵が自爆したのが勝因というのも大きいか……

 せっかく憑依したのにあっという間だったし。


 >>警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。

 >>警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。


 反面、この鞭握る感触は大きな達成感。

 二鞭流を行ったことによって僕の中の新しい扉が開いたのには間違いない。しかし、これで戦闘するのはかなり制限があるな。アイテム取り出し難いし、互いの干渉を避けるために攻撃範囲を意識して――――


「ハルト様、もうドラゴ・スワンは死んでいます」

「あ、うん」


 言われて、鞭で死体を叩く作業を慌てて止める。


「は、遙人さん。引っ張って欲しんですけど」


 丁度、足下あたりから声がする。来栖さんだ。


「ゾンビですか?」

「いえ、少し前まで幽霊になってました」

「……あぁ、観戦モード」


 平然と会話をしているが、彼女、右手以外はアヒルの下に埋もれています。

 手を掴み、うんことこしょー、どっこいしょー。僕が引っ張り、ヒメノさんがそんな僕を引っ張る。途中で執事さんも加わって、三人がかりで引きずり出す。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「はい。見た目のように重く感じなかったので平気です」

「クルス様、髪の毛が乱れていますよ。私にお任せください」

「あ、サクラさんありがとうございます」


 何処からか取り出された櫛で来栖さんの髪の毛がメンテナンスされている。さすがメイドさん、抜かりない。

 残り二個のスライムを、HPが赤い状態の来栖さんコンビに渡して一息つく。やってやった感よりも物足りない感がするこの悔しさ。あぁ、叩き足りない。鞭を、もっと鞭成分を供給したいッ!


「お疲れ様でした」

「乙かれさんです」

「お疲れですな」

「お疲れ様です」


 来栖さんが言うのをキッカケに、全員が乙の言葉を言い合って笑う。僕に関しては苦笑であるが。

 すると、謀ったように討伐成果の画面が表示された。


 [Ranking]

 C+


 [討伐時間]

 16:23.26


 [Total Score]

 32,120pt


 1st クルス・クリスティ    11,560

  2nd ハルト・レオン       9,170

   3rd ジライヤ(コードネーム)   6,080

    4th サクラ・ヒメノ         5,310


 [全国順位]

 6,027位 /12,290人中


「うお」

「微妙ですね……」


 見えているのはプレイヤーだけのようで、従者組みからはコメントがない。

 成績をアップロードする際の名前表示の匿名化云々のメッセ―ジが表示されたので、匿名にせずそのまま登録する。パーティ名称は『任意入力』になっていたので来栖さんにお任せしたら、『鞭使いと黒王女』に設定してくれた。

 僕の中の来栖さんに対する好感度ゲージが一気に上昇したね。茨鞭を持った人から茨鞭を持った良い人までレベルアップだ。

 他人に『鞭使い』と認定してもらえることの嬉しさは異常だわ、ニヤニヤしてしまうやないか。

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