034:異合竜ドラゴ・スワン
目の前には破壊された壁。中を覗くと、負傷したモンスターが横たわっていた。
姿を観察すると、眠っているように見える。
『異合竜ドラゴ・スワン』
目の前にいる標的、天狗の人を瀕死に追いやった元凶。
容姿は、彼が名付けた名称を体現している。二対の頭を持った緑色のハクチョウで全長は5メートル程。その羽は鱗で構成されており『竜』らしさが混ざっている。軽い攻撃では内部まで効果が浸透しないだろう。強度的にはとても堅そう。
異合竜がいるこの部屋は、都合が良いことに道路横にあるような溝程度しか水場がない。広い空間で、足場に制限なく戦闘ができる。
(遠距離からサクラさんの魔法を当てて先制攻撃をしますか?)
(そうだね。魔法を唱えると同時に突撃しよう。丁度良い感じに錫杖が頭に刺さってるし)
異合竜の頭部には遙人さんが言うように錫杖が突き刺さっている。そこにサクラさんが使える雷の魔法、<雷鳴>を当てれば電磁誘導加熱が起きて多大なダメージを期待できる。厚い装甲にも熱なら通るだろう。
(じいや、タイミングを合わせて炎の矢を放ってください)
(承知)
『天に住まう雷帝よ、我が――』
サクラさんが呪文を唱え始めると、異合竜は目を覚まして鋭い眼光を私たちに向ける。
上手く先制できると思ったのだけれど、そう上手くは運ばないようだ。
「ギャォォーッ!」「ガァァアアアアッ!」
それぞれの頭部が別々に叫び、緑の塊――毒弾を吐き出してくる。
私は、咄嗟に右に<ステップ>を踏んだ。横目に遙人さんが突撃する光景が映る。
「プロテクウォールッ!」
防御魔法! 遙人さんが左腕をかざすと大気の渦が出現し、それに当った塊は粒子となって消え失せる。
盾を持ったまま、彼は異合竜に迫る。私は体勢を立て直してその後ろに追従。そこで、サクラさんの呪文が完成する。
『――――雷鳴ッ!』
ドゴォォン!
雷が、異合竜に刺さった錫杖に吸い込まれるように落ちる。「グオオオォォォン」呻き苦しんでいる相手に
『雷鳴! 雷鳴ッ!』
二度目、三度目の雷が落ち、苦痛の声が増加する。これでサクラさんのMPは枯渇。
ここからは私たちが体力を削る役目だ!
異合竜が毒のブレスを吐き、広範囲に毒霧が撒かれる。遙人さんの魔法盾はその攻撃を完全に防ぎ、ブレスは盾に吸い取られるように消えていく。三秒もすれば毒霧は霧散し、視界はクリアになった。
「解除する、右を頼んだ!」
「はいッ!」
返事をして、左右に分かれる。
ここで、遠距離攻撃をするばかりだった異合竜が動く。遙人さんに向かって突進。
「遙人さんッ!」
「ちょいさぁ!」
気の抜けるかけ声と共に、遙人さんは鞭を伸ばし――<ロングウィップ>で異合竜の右首に鞭を巻き付けて馬乗りに。左腰に持っていた短剣を左目に突き刺した。
「――――ォォォォッ!」
激しい痛みに耐えきれず、異合竜は首を大きく回す。
追い打ちしようとしていた私にその動きは牽制となり、上手く接近できない。
「おおおおおッ」
遠心力に抗うことが出来ず、遙人さんは吹き飛ばされて壁面に体を打ち付けられる。
短剣を刺された恨みを晴らすように、異合竜は再び突進を仕掛ける。
駄目、起き上がるのが間に合わない!
そのタイミングでじいやが割り込みをかけ、噛み付き攻撃を槍を盾にして受け止める。魔法<マッスルアーマー>の効果で肉体強化をしたからこそ出来る動きだ。今のじいやはボディービルダーのような、筋肉が隆起した体型になっている。
「はああああ!」
この隙を見逃さずに攻撃を。
杖を両手で持ち、思い切りお尻を強打する。続いて、サクラさんが鎌で斬る。叩いて、斬る、叩いて、斬る。
二度ほど繰り返した所で、異合竜の後ろ蹴り。
私は杖で受け流して軽いダメージしか受けていないが、サクラさんの体力ゲージが一気に赤くなった。
さらに、状況は悪い。
蹴りをして体勢が崩れた影響で、じいやは壁際に押し出された。
「ウィップスピアー!」
遙人さんは立ち上がりかけだった姿勢からスキルを使い、先程とは逆の目に鞭を突き刺す。再び、悲鳴。
私は回復スライムをサクラさんに投擲し、サクラさんは手持ちの回復スライム使いHPを全快させる。
「ヒメノさん一旦退いて! 来栖さんはアタック。執事さんは回復したら僕のフォローをお願い!」
前に出て、異合竜を叩く、叩く。噛み付き攻撃は杖を当てて背後に<ステップ>を踏むことで躱し、とにかく数を打つ。
毒を吐き出す攻撃が来そうになると遙人さんが鞭を絡みつけて首を上向きにしてくれるので直接的な攻撃だけを警戒し、ブレスは喰らったら喰らったで回復すれば良いというスタンスで攻め込む。
遙人さんのほうは、器用に目玉だけを攻めるという離れ業をしている。鞭は軟体であるため、攻撃を防御することができないのでとにかく攻めいる。「ひゃはぁぁ!」「ちょいさぁ!」「ドゥエ!」と、狂戦士のような様子だが、鞭が描く軌道は常に理想の位置――異合竜の頭部へと直撃している。<ステップ>による回避が間に合わない時はじいやが壁になる。主従の関係である私とより良い連携をしていて、少し嫉妬してしまう。それ程に、上手く動作がかみ合っている。
回復役はサクラさんが担当だ。体力が減ったら随時回復スライムや毒消しを投擲してくれる。
「グオォォォ!」
「しまっ――ッ!」
残りの体力が半分になった所で攻撃パターンが変化した。異合竜は大きく跳ねる。踏みつぶすつもりだ、狙いは私――走って、無様に転げて攻撃範囲から逃れる。
地面に横たわった私に四の目、二対の顔が狙いを定め――
「お嬢様ッ!」
噛み付かれる、という所でじいやが私を庇って犠牲になった。
右側の嘴が頭に噛み付き、左側の嘴が腹を抉る。
「――ッ、お嬢様、あとは頼みましたぞ……」
タイミングが悪<マッスルアーマー>の効果が切れたじいやは呆気なく体力をゼロにして、その場に倒れ込んだ。
「ドャォォーッ!」「ドャァァアアアアッ!」
勝利の雄叫びのつもりだろうか。
私は感情はそれを冷静に捉えならが立ち上がり、次の一手を考える。じいやが居なくなった為、遙人さんは攻撃を防ぐ手段がなく回避するしかない。<プロテクトウォール>はMP消費が激しいので、乱発できるような魔法ではない。私が防御を担当できれば良いのだけれど、二対の頭を同時に処理するような技量はない。だけれど、やるしかないだろう。
「攻撃は引き受けます!」
そう宣言して、私は異合竜ドラゴ・スワンと正面から向き合う。今までとは、倍のプレッシャーだ。
だけれど、やってやる。杖に握る力を込め――た所で異合竜は遙人さんのほうを向いて、そちらに襲いかかる。何故このタイミングで? そう思わざるを得ないのだけれど、ゲームの世界なので行動理念が現実とは異なるのだろう。
深くは考えずに対処するしかない。尻尾を突き刺して気を引かせる!
「スターダイヴッ!」
私が使える唯一のスキルを起動。杖の矛先に魔法のエネルギーが集まり、黄金色の矛先が吸い込まれるように異合竜へと突き刺さる。尻尾のあたりは鈍感なのか、悲鳴すらあげずに見向きもしない。
「スターダイヴッ!」
「スターダイヴッ!」
「スターダイヴッ!」
遙人さんを追い詰め前進する異合竜を、スキル使いながら追いかける。
こちらを向いて欲しいのに、見向きもしないのが憎たらしい。攻撃の手を休め、呪文を唱える。
『氷結の女神の御名を持って我が命ず。踊り狂う――――』
呪文を唱え始めた所で、異合竜のターゲットが私に移る。その場で私に向かって反転すると、毒のブレスを吐き出してきた。範囲が広く回避ができない。だけれど、下を噛むような攻撃をされて詠唱が中断されるよりは良い。
体力が減り目が霞むが、言葉を紡ぐ。
『――――氷の妖精、仇なす敵を貫く柱となれ――氷華』
氷柱が正面から異合竜の体を捉え、両首の根元に突き刺さる。初期のイベント外で魔法を使うのは初めてだったので、弱点である頭ではなく狙いやすい部分に放つという判断だ。それでも十分に効果はあったようで、異合竜は雄叫びを上げて毒弾を吐き出しながら私に近寄ってくる。
その攻撃に対して、私は<ステップ>を使い毒弾の下を潜ることによって回避。
異合竜の懐に入り、右の顎下から思い切り強打してやる。
内心で良い動きだったと自賛する。ここからは、私がじいやの代役だ。
何発か攻撃を受け、隙を見て毒消しを呑み込む。遙人さんが異合竜の横から回り込んでくるのが見えた。
「時計回り!」
その短い単語で、やろうとしていることの意図が読めた。
「12時を私の向いている方向に設定します」
「了解!」
なので、曖昧な部分を私から宣言。
左に移動しつつ、攻撃を躱す。遙人さんが打って、私が守る。常に左側に躱すようにしているので、異合竜の攻撃も読みやすい。加えて、左側というのが開戦直後に遙人さんが短剣を目に刺した頭部だ。視界が悪いのか、攻撃精度が甘い。
「ムッ! ハッ! ホァ!」
それに、遙人さんが執拗なまでに目玉への攻撃に拘る。おかげで、左の頭部は疲労困憊といった感じになっており、目は赤く血走っている。動きも鈍い。体力が2割を切ってからはさらに動きが鈍化したが、代わりに毒を周囲にまき散らすようになった。口からではなく、体からあふれ出る。
「これまた厄介な」
遙人さんが言う。私も同意だ。
至近距離に張り付いている私たち二人は常に毒状態になっており、不意に来る目眩のおかげで防御をし損ねている。手持ちの毒消しは、すでに使い切った状態だ。
毒は<スウェッジスネーク>のものより強烈なのか、体力の減る割合も大きい。おかげで、回復スライムを使わざるを得なく、私の所持しているストックはゼロになった。
攻撃を避け損ね、嘴による突きを喰らい体勢を崩す。
「ドャォォーッ!」「ドャァァアアアアッ!」
>>戦闘不能状態になりました。
>>蘇生されるか、パーティが全滅するまでこの状態は継続します。
そこを見逃す異合竜ではなく、私の体力ゲージは消失し、死亡した。
倒れた体から、魂が抜ける――ような感じで、私は透明な体になって復活した。
……復活という表現は正しくないか、死んだのだし。自分の死体が足下に転がっているのが、なんとも不思議な気分だ。
遙人さんのほうに視線を向けると――異合竜の首に鞭を巻いて取り憑き、目に刺さったままの短剣を抜いて、また刺して、抜いてを繰り返しはじめた。
必死に抵抗する異合竜。しかし、序盤のような体力はなく遙人さんを振り落とすには至らない。
だけれど、そんな状態は長く続かずに遙人さんは吹き飛ばされる。
そこには丁度サクラさんがいて、
「えっ」
巻き込まれて二人で転倒すると思ったら、サクラさんが片腕で遙人さんを受け止めた。
驚いて目を擦ると、サクラさんの肌から透明感が消えている。淡く赤い火の玉が、ぼっ、ぼっ、ぼっと空中に浮かぶ。
「憑依――」「合体ッ!」
「フフフ、ハーハッハ、ククク、きたああああしゃあああァァ!」
奇天烈な声を出し、遙人さんは異合竜に突撃をする。




