033:紳士は理解されない
午前中は時間の経過が早く感じるほどに楽しかった。
遙人さんが鞭を使う度に格好をつけようとして変な動きをするのは、笑いを堪えつつ器用だと感心した。
ログアウト前のゲスイコウモリとの集団戦は普通に格好良くて、遙人さんの飾らない鞭捌きは素敵だと改めて思った。同時に、私が使っても同じ事は絶対にできないと再認識してしまった。
敵が集団でいる中で私の死角をフォローして、自分に群がる敵にも対処して、欲しい時に援護がある。背中合わせで戦っている感じがして、これが戦友かと感心と感動をした。
じいやにニヤケ顔をしていたのを指摘されたのは、とても恥ずかしかった。
「ふーん、ふふふーん」
思わず、鼻歌を歌ってしまう。
ラーメン完成までの残り2分が待ち遠しい。
>>宍戸遙人さんからメッセージが届いています。
スレ番号192の周辺を読んで見て下さい。
(某匿名掲示板URL)
<<
スレ番号? 何のことだろうか。
表示してあるURLを選択すると掲示板が表示される。匿名掲示板の書き込み番号ということだと納得する。
「ここはMaid Butler Online変態紳士のスレ、チラ裏最下層です?」
……書いてある説明を読むと、要するにえっちな掲示板のようだ。
遙人さん、メッセージを送る人を間違えたのではないだろうか。知り合いの男性に送るならSNS経由のメールではなくプライベートのアドレスを使うだろう。セクハラという文字が頭に過ぎるが、そんな考えをするのは失礼だろうとすぐに打ち消す。
「これは酷い……」
頭から順番に読んでいくと、書き込みしてある内容の酷さが目立った。
『メイドさんのスカートの中に頭を入れてくんかくんかした』
『魔王城にパンツ1枚で突入したら衛兵に捕えられたった』
このような不埒な書き込みが規制もされずに書き連ねてある。
匿名掲示板は苦手だ。遙人さんは何故このような掲示板のアドレスを送ってきたのだろう。
読んでいて気持ちの良いものではないので、該当の番号まで画面をスクロールする。
「下水道へ潜ろうとしたら変態が女王様に――――えっ?」
これって、もしかして。
そう思って読み進めると、画面の写真が貼り付けてありモザイクがかかっているが私だと言うことが分った。
鼓動が、早くなる。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫――――」
声にして、自分に言い聞かせる。
画像を貼った人は、来栖家の娘だからやったのではない。脅されないし、誘拐もされない。危害はない私は大丈夫。
「落ち着け、落ち着け」
深呼吸をして、心が平静になるように意識する。落ち着け、落ち着け――――
「……はぁー」
大丈夫。少し口に胃液の味がしたが、唾と一緒に呑み込んだ。
身に迫る危険があるわけではない。仮想世界の出来事で、現実ではない。写真を撮影した人は私に悪意を向けたのではなく、憧れの感情。珍しいものを見て記念撮影してみましたと、それだけの出来事だ。
下水道散策中に私のペルソナに設定してある服装について講釈を受けているので、原因は理解できている。
「遙人さんに、お礼をしないと……」
ゲーム中にも私のことを心配していてくれていたし、今回送ってくれた変態掲示板も私のためにチェックしてくれたのだろう。
お礼に、お菓子の詰め合わせを送らなくては。でも、知り合ったのが仮想空間で――現実の住所がわからない。こういった場合は、仮想世界でお礼に食事にでも誘えばよいのだろうか? どの程度の金額が適正なのだろう。
その件はひとまず置いて、約束の時間に間に合うように服装を変更しないと。
HMEのメニューから着せ替えを行うのだが、さじ加減が難しい。ペルソナの年齢設定を老婆にでもしてしまえば今回のようなことはなくなるのだろう。だけれど、学校の友人と仮想空間で会うときにもそれが適応されるのは嫌だ。あくまで、現実の私を知っている人が見たら分る範疇の外見に収めたい。それに、長年この外見でやってきたものだ。愛着もあって、今更変更するのも躊躇われる。
髪型を変更して、ポニーテール、ボブカット、ペガサス昇天盛りなど試してみるがしっくり感じるものがない。ツインテールのままにするのは抵抗があったので普通のストレート。長さは違えど現実と同じ髪型にする。
服装は、同一人物とは分かり難いよう黒色に変更した。下着の色と同じなので、完全に衣類が黒ずくめだ。
「問題は、蝶仮面。どうしよう」
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10分ほど悩んだ所で、奇をてらわなくても良いことに気付いた。
普通に、黒縁でアンダーフレームの眼鏡を装着。
HMEで全体像を確認し、くるりと回転させ、拡大縮小をして、「よし」と納得する。
午後からは、これで探索だ。
「……しまった」
カップラーメンにお湯を注いだことが頭から抜け落ちており、ぶよぶよと水を吸った麺を啜る嵌めになった。
それがなんだかおかしくて、ひとりで笑う。
少し沈んだままだった気持ちが盛り返してきた。
そうだぞ。暗い表情をしていたら優しい遙人さんが心配するぞ、頑張れ八重。
「よし」
洗顔と歯磨きをして、トイレも済ませる。これで、午後からの準備は完璧だ。
ベッドに寝転び、HMEの時計を見るとあと15分。
杖を振るイメージトレーニングをしながら、丁度ジャストとなる時間を見計らいゲームの中へとログインした。
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下水道の薄暗い通路。
そこに居ると認識してすぐに遙人さんにじいや、サクラさんがすっと暗闇の中から現れた。
「時間バッチリ――、おおう。服装が暗黒仕様になったね。変態スレを読んで闇墜ちしてしまったか……これが来栖さんの暗黒のフォース」
「暗黒仕様に闇墜ちってなんですか?」
そして、いきなり出鼻を挫かれる。
お礼を言うタイミングを逃し、分らない単語をピックアップして聞いてしまう。
「黒いドレスになったからさ。似合ってると思います」
回答を聞いても要領を得ないが、少なくとも悪感を抱かれてはいないので問題ない。と言うより、似合っていると言われて単純に嬉しい。社交辞令だろうけど。
それに、敬語ではなく普通に話して貰えて、少し距離が縮まった気がする。勇気を出してメッセージを送って良かった。
「それじゃあ、続きと行こうか」
「はい」
思いの外「はい」という返事で大きな声を出してしまったので恥ずかしい。
遙人さんに並んで歩こうとしたら、私の隣にサクラさんがやってくる。
「申し訳ありません。気が利かない主で……クルス様、髪型を変えられたのですね。似合っております」
「あ、ありがとう。サクラさんも可愛いよ」
いきなり優しい顔をしたサクラさんに褒められて、反射的にその場返しの返答をしてしまう。
サクラさんは凜とした雰囲気の知的な女性だ。今のようにふとしたことで笑うと可愛くて、同性の私でもドキッとする。
街中には会ってたいした時間も経ってないのに仲が良いプレイヤーと従者という構図が蔓延している。でも、遙人さんとサクラさんの関係は適度な距離感がある仲の良さで、そういった所が好ましい。可愛いけど、格好良い女性だと思う。
「お世辞でも嬉しいですよ。ありがとうございます」
サクラさんはそう言って、ペースを落として私の背後へ移動した。お世辞じゃなくて、本心なのに。
それに、お喋りは少しだけ――少々残念だけど、今は敵が出現するエリアだ。
私も、陣形を守る為に遙人さんの隣へと移動する。
「今の声聞こえた?」
首を振って、否定する。声?
遙人さんが歩みを止めるので、それに習って私も止まった。
「…………――ォ」
「聞こえました!」
「でしょ。これはボスかな?」
「この声には聞き覚えがありますぞ」
「私もあります。おそらく、初めて下水道へ入ったときにスライムと争っていた異形の声かと」
マップを開いて現在地を確認すると、×印がつけてある場所はもうすぐだ。
サクラさんの言ったことで間違いはないだろう。
「……何かと交戦中とか、誰かが襲われていると思う?」
「恐らく、もう事後だと思いますぞ。聞こえていた声が途絶えたでの」
「それじゃあ、警戒しながら進もうか?」
「でも、襲われた人にまだ息があったら―――」
私の言った意見に皆で頷き、声がした方向へ走って移動する。
しばらく行くと、下水に何かが浮いて流れてきた。黒い翼。何処かで見たような気がする。
ばしゃん。と音がして、水飛沫がかかる。
遙人さんが救助のために飛びこんだからだ。
「天狗さん、しっかり!」
天狗の人を通路側に体を密着させ、手を付かせる。それを私とじいやで引っ張って陸揚げした。
口に手を当てると、息をしていない。まずいと思ったが、自然とゴホゴホと水を吐き出した。よかった、命に別状はないようだ。
じいやが鎧を脱がせ、サクラさんが背中をさする。私が回復スライムを口の中に入れると「助かった……」と少し元気になった。
天狗の人……以前に敗北したときに川辺で会った調査員だ。
「何があったんですか?」
「不覚にも、調査対処にやられてね……キミたちは――――以前に会ってるね。もしかして、ギルドからの増員に選ばれたのかい? まだ年端もいかない若者を。ギルドマスターは何を考えているんだ……」
苦しそうな顔をして、天狗の人が言う。
「大丈夫です。お二人は異世界人なので、ギルドランク以上の実力があります」
「そうですぞ。お嬢様とハルト様はアカハネ様からの推薦での」
「紅刀の……そうか。それなら大丈夫、ぐっ……」
「天狗さんッ!」
彼は意識を失ってしまった。
呼吸はしているので、疲労だろう。回復スライムを飲ませれば回復するかもしれない。
「鞭で叩いて起こすしかないな」
「……ハルト様、正気ですか?」
「もちろん。なぁに、加減はできるし大丈夫。ダメージを受けた分は回復させれば問題ない!」
パシィィィン!
私が制止する間もなく、「ぐああっ!」と悲鳴をあげて天狗さんが覚醒する。開いた口にサクラさんが回復スライムを流し込む。
「大丈夫ですか?」
「くぁ……大丈夫だ。不覚にも、調査対処にやられてね……キミたちは――――以前に会ってるね」
「調査対象について分ることを教えてください」
「まさか、ギルドからの増員に選ばれたのかい? まだ年端もいかない若者を。ギルドマスターは何を考えているんだ……」
「僕たちは異世界人です。鞭使いだから問題ありません」
「腕に自信があるようだね。それなら、ぐっ……」
遙人さんが鞭で何かをする前に、慌てて回復スライムを天狗さんの口から摂取させる。
「くっ、は……すまない。調査対象、勇者さまのスライムを屠ったモンスターはスワンが変異した個体。名付けるなら……『異合竜ドラゴ・スワン』といった所か。二対の頭部が、あり、私の攻撃で右側に傷を……負ってい、る。噛み付き攻撃と、ブレスには毒が含まれ……ぐっ……」
「天狗さんッ……」
「は、遙人さんもう駄目ですからね。これ以上は駄目です」
「大丈夫、まだ回復スライムは残って――……なん、だと……」
「どうしたのですか?」
「称号が手に入った『鬼畜主義』ってヤツ」
「……」
天狗の人が教えてくれた情報について話し合っていると、どんどん汚臭が強くなってくることに気付いた。黒スライムの巡回だ。
スライムは私たちの側までやってきて、触手を伸ばして天狗さんを回収するとそのまま来た道を戻っていった。
「来栖さんには、コレを渡しとこう。執事さんと仲良く分けてね」
トレードウインドウが表示され、遙人さんから毒消しが4個送られてくる。
対価を聞いたけど、「サービス品」と言われたのでありがたく受け取りじいやに2個を手渡しした。
「貰った分は、戦闘に貢献してお返しします」
「感謝しますぞ、ハルト様」
「パーティなんだから気にしない。そいでは、ボスに挑みますか」
鞭で叩かずに毒消しを使っていれば詳細なボスの情報が。
さらに回復スライムを投与していれば天狗さんが臨時でパーティに参加する仕様でした。




