030:砕かれる希望
≪ 『宍戸暁人より着信』 ≫
「えッ!」
離席する口実がきた。まさかの兄貴からナイスタイミングで電話がくるとは。
大声を出してしまったので、食堂にいるプレイヤーからの視線を浴びて微妙に恥ずかしい。
「着信があったので、席を外しますね」
来栖さんが恨みがましい目で見ている……だが、ここで容赦なく逃走をするのが僕なんだよ。離席している最中にヒメノさんと仲良くなって下さい、と健闘を祈っておく。
一旦兄貴のコールを放置して、宿の外に出てからコールバックする。
ゲーム内なので音声制限通話も余裕だが、このあたりは気分の問題だ。あの空間に僕は存在できなかったのだ……
『そっちにカエデ……俺のメイドがいかなかったか?』
「……久し振りに話した弟に対する第一声がそれはどうなの?」
『どうせ元気だろ。で、どうよ?』
「きたよ」
『そうか! で、そのあと何処行ったか――』
ガチャン、ツー、ツー、ツー。
兄貴からの電話を速攻で切った。
即座に妹へ電話をする。
「姫香、緊急事態だ。兄貴から電話があった」
『本当ですか!』
「で、挨拶もなしに兄貴のメイドが何処に行ったか聞かれた。無言で通話を切った」
『……把握しました。私のほうも同様の対処をしておきます』
「よろしく」
『了解しました』
…………はぁ。
久々に弟妹と話す意図なんてどこにもなくて、メイドさんの捜索目的とか空しくなる。
微妙に、退席時間が短いな。
これでは食堂での険悪空間が改善されてない可能性がある。まぁ、良いか……
僕が纏っている空気の方が淀んでいるだろうから関係ない。
「……」
無言で戻った席に着席する。
誰も「よぉ、戻ったな」なんて気の利いたことは言ってくれない。
レーズンパンに再び齧り付き、むしゃむしゃと咀嚼する。おいしくない。やはり日本人はお米だろう。
この場をなんとかする気力は沸かないが、来栖さんが困っている様子が見て取れた。
自分から一緒に食事をすることを持ちかけた手前、放置するのはさすがに酷いので従者二人を気にせず会話を繋いでおくことにする。
「そういえば、来栖さんは今日の予定はどんな感じですか?」
「私は――そうですね。武器屋に行って装備を新調しようかと」
これはッ!
低下していたテンションが急激に上昇する。
武器屋に行くと言うことは、鞭が強化されることに他ならない。昨日、来栖さんはどのくらい稼いだんだろう。少しぐらいカンパしても良いので、早く茨鞭の完成形をお目にしたいが――
「鞭は使えないので、杖を買おうと思うのです」
「なんだとッ!」
ガタンッ! と、思わず両腕をテーブルに付いて立ち上がる。
けしからん、実にけしからん。鞭以外の武器に浮気するなどけしからんけしからん。
≪ 警告:公共場所での大声は迷惑行為に該当します。
騒ぐ場合は、音声設定の切り替えをしてください。 ≫
くっ。音声を『フレンド限定/外部音声視聴』に切り替えて会話を続ける。
「む、鞭を使うのを諦めるのですか?」
「はい。遙人さんのような華麗な鞭捌きは私には無理だと思ったので。
それに、護身術には自信がありますから」
合気道っぽい動きをしてたから心得はありそうだけど……それと杖って、どんな関係があるんだろ。魔法職のようなイメージしかない。
そんなものよりも彼女には鞭を使って欲しい。
個人のスタイルだから押しつけは良くないと思うんだけど押しつけたい。鞭こそ至高。
どうにかして、どうにかして鞭を使うように誘導せねば。
「僕も買い物へご一緒して良かったですか?」
とりあえず、一緒に行動してさりげなく鞭の好感度を上げて杖を買う気力を吸い取るしかない。
「丁度、こちらも武器を新調しようと思っていたんですよ」
「ハルト様には鞭があるのでは?」
「僕の武器でなくて、ヒメノさんの武器。僕が5,000Gくらい出せば余裕で買えるよね?」
「そうですが、資金は分配する取り決めで――」
「僕が武器に投資するって決めたんだから気にしない。戦力強化したほうが探索が捗るし――――ということで、ご一緒して良かったですか?」
再度、彼女に問いかける。
ヒメノさんの武器購入は元々予定していたことだ。用事のついでに用事を済ませる、つまり一石二鳥。
「ですけど、あの……」
来栖さんは、執事さんのことを気にしているのか。
ならば、そちらに対してフォローをすれば問題ないだろう。こういうときは、謝っておくに限る。
自分の行動に非がない。その点では謝る必要はない。だが、世の中にはとりあえず頭を下げておけば解決する物事などはいくらでもあるのだ。
立ち上がり、来栖さんの前に移動する。
「先日の無礼、お許し下さい」
「……え?」
最敬礼。
来栖さんは混乱しているようだが、頭を下げた姿勢を崩さない。
相手が何かの自責の念に囚われて「わ、私こそ悪かったですぅ」と曖昧な引き分けに持ち込めれば最良。「あ、頭を上げて下さい」という反応なら良。他の反応には、まずならないだろう。最悪、土下座して頭を地面に打ち付けておけば良い。
そのままの姿勢で、10秒が経過した。
「あなたの謝罪を受け入れます、汚い面を上げなさい」
「……はい」
予想外に辛辣な言葉がきた。
言った本人を見ると、苦笑している。執事さんは納得顔で頷いている。
「ハルト様ッ……」
ヒメノさんだけは納得いかないようだが、これが手っ取り早くて最良なのだ。
朝食を食べ終わり、武器を買う前に戦利品の売却を済ませよう。
来栖さんは既に素材を売却済だったが、「ゾンビが経営する肉屋には行ったことがないので興味があります」と言ってくれたので、お言葉に甘えて一緒に行動して貰うことにする。
僕の目的が『杖を買わせないこと』なのでこっちの用事に付き合わせるのに若干の罪悪感が。
杖ではなく鞭の素晴らしさを理解した暁には、「あなたに鞭の素晴らしさを教えて頂けました」と感謝してくれるに違いない。
最終的には彼女のプラスになるので問題ないか。
移動中に「昨日の戦闘中に気付いたけど、来栖さんは異世界へ来る前の知り合い。執事さんの頭が固いので悪くないけど謝ったんだ」とヒメノさんに言い訳をしておくのは当然忘れません。「知り合いの顔を忘れるとはハルト様の記憶力が不安です」と心配されるのも予定調和だ。もう免疫がついたのでその程度の罵声は逆に心地が良いですよ。
理由には納得してくれたようで、来栖さんへの態度が軟化したのでホッとした。
*
ゾンビさんが経営する肉屋『ジャクリーン・リッパー』。
来栖さんは僕が初来店したときと同じことを疑問に思ったようで、「サクラさんは幽霊ですけど、ゾンビさんのようにコレを食べるのですか?」とさもありなんという声色で質問をした。
執事さんが「無礼ですぞ」と来栖さんが種族特性云々に踏み込んだことを非難をしているが、僕も激しく同意だ
僕の幻想よ、無事でいてくれ。食べないでくれッ。
「食べることは可能です。好みの味ではありませんが」
「くっ……」
「そうですか。美味しいなら私も食べてみようと思ったのですが」
「お嬢様……」
僕と執事さんは、気持ちを共有している。残念だというこの想いッ。
ヒメノさん、食べること可能なんだ。来栖さん、美味しいなら食べたんだ……仮想世界だったとしてもネズミ肉やコウモリ肉を食すなんて僕には抵抗がありすぎる。女性二人、たくましいです。
そんな気持ちは置いて捨ておいて、肉類は査定して貰うと結構な金額になったのでウハウハだ。武器を新調して防具もなんとかできる余裕があるな。
むしろ、もう一本鞭を購入して両手に装備しちゃうてきなコトも可能な金額ふひ。
「では、商業街へ移動します」
来栖さんが言うと視界が暗転し、次に瞬きをした時には肉屋の前から移動していた。
一緒に行動するので、ということでパーティを組んでいるからだ。
なるほど。さっきは僕が主導で移動したけど、他の人に移動してもらうとこんな感じになるのか。
「お嬢様、ハルト様。私がご案内しますぞ」
執事さんについて歩くと、宿屋くらい大きいサイズの建物に到着した。
武器屋『ドラゴンキラー』またまた、大層な名前だ。店内に入ると普通の店らしく、様々な商品が並んでいる。王城の武器庫より充実した汎用品売り場といった感じでおもしろみに欠けるな。
高値で強そうな剣とかは飾ってあるが、パッと見おもしろそうな武器がない。機能美を優先しすぎだ。
悪いことではないんだが、捻ったモノが欲しいのも事実。
「ハルト様は、私と一緒に武器選びですね」
「なん、だと……」
来栖さんと一緒に行動しようと思っていたのに封じられた。ヒメノさんに任せると言ったけど「ハルト様に金銭を負担して貰っているので」と腕を掴まれ、身動きが取れない。
ゴーストは種族柄腕力が低いので簡単に振り解けるんだけど、さすがにそれは抵抗があるし……渋々従うことにする。
「仲が良いですね」
と来栖さんは笑っているけど、そんなことはないと思います。
ああ、杖が並んでいる商品棚へ行く背中を見送らねばならないこの悲しさは異常。これは、早々とヒメノさんの武器を決めて向こうに合流しなくてはならない。
そそくさと、槍が陳列してある商品棚の前に移動して、よさそうな商品を探す。
「スタンダードな槍を予定していたけど――」
「被りますね」
見解の一致。
執事さんが槍を持っているので、装備が被る。鞭+槍という構図がまるまる被る。品質とか、そんなことを決める前に装備が重複してしまうのが気に掛る。
薙刀が売っていれば差別化ができたんだろうけど、王都市では売ってないとメイドさんが言ってたしなぁ。
ヒメノさんもこういうことを気にするタイプっだというのは新たな発見だ。
「となると――――」
槍近辺の長柄武器が置いてある商品棚を確認し、僕の目にとまったのは、鎌とランス。普通の槍とは運用方法が違う。
鎌にすると斬る。ランスは刺す。どちらも打撃攻撃の鞭とは差別化ができるので悪くない。ただ、刺すのは≪ウィップスピアー≫で代用可能な現状だと――鎌が優勢か。
ただ、ここで鎌を選択すると薙刀路線には戻れない。スキルの派生が違う気がする。
ランスにしてもそれは同じか。どっちにせよスタンダードから逸れるんだから変わりはない。
……うーん、悩めるな。
「僕としては鎌かランス。ヒメノさん的にはどう?」
「私はハルバードにしようかと考えていました。これなら将来的に薙刀に持ち替えた時も経験が糧になります。
ですが、槍らしい長柄という括りを外れて良いなら鎌が魅力的に思えます」
「理由は?」
「……なんとなく、です。
ハルト様が鎖鞭を使われるなら、鎌を持っていた方がパートナーらしいと感じます」
パートナー、か。そう言われるとすごく嬉しいな。
持ち替えまで考えてくれてるし。本当にヒメノさんは優秀なメイドさんだ。僕なんかに仕えるのは勿体ない。
確かに、古来より鎌と鎖は近くに存在するものだ。歴史上の人物的に考えて。
これは名字が宍戸だからこそ。だからこそ思うだけかもしれないけど、そういった気持ちは大切だ。
「よし、なら鎌を買おう」
「よろしいのですか? 私の所感は戦術的な側面を考慮していない発言ですが……」
「大丈夫。どれを選んでも鞭とは特性が違う武器だからマイナスにはならない。さらに、鎌なら範囲を攻撃できるから僕のカバーをして貰いやすくなると思う。
難点があるなら鞭と短所が似てる点かな、懐に入られるのが苦手な感じの」
「間合いに入る前に仕留めれば問題ない、ですね」
「その通り。それに、憑依できるようになれば、間合いをズラせる。ヒメノさんに関しては、だけど」
森本くんと戦闘したときがそんな感じだった。ステップを踏むというか、一定範囲をすり足で素早く移動するような。
あの戦いは執事さんのカバー力が異常すぎて森本くん本体を狙えないレベルだったからなぁ。
「なるほど。でしたら杞憂はありませ――」
「遙人さん、会計終わりました」
「なん、だと……馬鹿な、早すぎる、ありえない。馬鹿なッ……」
「何故そんなに驚いているのですか?
手持ちが少ないので、最安のものをサクッと購入してきました」
「お嬢様が持つには相応しくない品です。
まだ駆け出しなので妥協するより仕方がないのが無念ですぞ」
「くっ……」
「申し訳ありません、私が選ぶのが遅いばかりにお待たせすることになってしまって」
「そんな、気にしないでください。サクラさんは何を買うんですか?」
「ハルト様の勧めで、鎌を買うことに決めました。予算は10,000G程あるので――――」
遠クデ、二人ガ喋ル声ガ、聞コエマス。
杖……なんだあの杖。来栖さんが背負ってるのはただの木の棒じゃないですか。杖なんて所詮は棒ですよ、偉い人にはわからんのです。なんであんな棒きれを使って鞭を使わないのか。鞭を使うのなら僕が手取り足取り鞭打って指導してあげるのに――いや、人に教えれるようなレベルではないか。所詮僕の鞭は独学だし。そもそも、日本での鞭がマイナーすぎるんだよ。というか、世界的にマイナーなのがいけない。オリンピックの競技に採用されても良いレベルなのに、公式団体すら小規模で悲しいのが実情なんだよ。ありえない。しかもゲームにおいても不遇だ。なんだよテイマーって。魔物使いって何ですか。なんで鞭の攻撃力が低く設定してあって使役するモンスターが火力高くなってるんですか、ありえませんよね。鞭はドラキュラの始祖ですら完全に滅ぼすような攻撃力を持った伝説の武器なんですよ。しかし、そんな某シリーズも鞭を持った主人公ではなくそれ以外の武器が主流になってしまったりして悲しみしかない。そもそも鞭というのが――――
「――ト様。これに決めたのですがどうでしょう?」
「(どうでも)良いんじゃない?」
「そうですか。では、この商品を購入します。大切にしますね」
「良かったですね、サクラさん」
「はい」
なんか、ヒメノさんが珍しく笑ってるなぁ、癒やされる。
このままログアウトして二度寝しようかな。ダンジョンに潜ってないのに疲れてしまったよ……




