029:だまらっしゃい
≪ 来栖八重さんからメッセージが届いています。 ≫
Maid Butler Onlineで対戦したクルス・クリスティです。
ゲーム中に本名を名乗られたので、検索してメッセージを送りました。
先日は、対戦途中でログアウトしてしまい申し訳ありません。
心拍数上昇による警告が表示され、強制ログアウトになりました。
決して、意図した逃亡ではありませんのでお許し下さい。
遙人さんが納得できないようなら、日付を改めて対戦します。
≪ 以下の内容で返信します。 ≫
Maid Butler Onlineで対戦したハルト・レオンです。
↑のがプレイヤー名です。
本名を名乗っていたとは……意識してませんでした。
心拍数云々の警告はこちらでも表示されてました。
しかし、振るう鞭が止まらなかった的な……すいません。
ドM縛りプレイをしていたようなので、フォローのメッセージも送らず放置してしまいました。
なんか、気にして貰ってすいません。
こっちとしては、全く問題ないので。
もし良かったら、鞭が完成した際には見せて下さいね。
≪ 来栖八重さんからメッセージが届いています。 ≫
>ドM縛りプレイ
これについて、詳しく教えて下さい。
私に似たプレイヤーと間違えていませんか?
鞭の件に関しては承知しました。完成したらメッセージ送らせてもらいますね。
≪ 以下の内容で返信します。 ≫
自覚がない、だと……
スキル、魔法を縛ってマゾプレイをして、わざと苦戦して心拍数が上昇する変態。
たぶん、≪苦痛快楽≫とかのスキルセットしてますよね? 変態。
金髪ツインテで王女様だし、他人から見るとかなりアレですよ。変態。
……こんな感じで罵ると良い感じですか? 僕にはこれで限界です。
うっひょう! 嬉しいです。フレンド登録送りますね!
≪ 来栖八重さんからメッセージが届いています。 ≫
それは誤解です! 良い感じではありません! 限界で大丈夫です!
スキルや魔法の名称を声に出すのが恥ずかしくて言ってないだけです。
鞭屋で教えられそうになったスキルも、全部断ってます。
遙人さんのほうが、鞭好きの変態馬鹿です! 変態!
>金髪ツインテで王女様だし、他人から見るとかなりアレですよ。
男性視点だとおかしく見えるってことですか?
フレンド登録はきてないです。私からも送ってみました。
≪ 以下の内容で返信します。 ≫
なん、だと……
たぶん、僕のような紳士には今のプレイスタイルだと色々誤解されますよ。
何故使わないのか考えて、そこで来栖さんが変態という結論に落ち着いたので……
>男性視点だとおかしく見えるってことですか?
好きな人はかなり好きな属性、とだけ。シモネタ混ざるので明言は避けさせてください。
>遙人さんのほうが、鞭好きの変態馬鹿です! 変態!
ありがとう、最高の褒め言葉だ。鞭馬鹿か。フッ……
フレンド登録きました……SNSのほうに。
MBO内での登録のつもりでした。紛らわしい言葉遣いですいません。
折角なんでコッチの方も登録しておきますね。
≪ 来栖八重さんからメッセージが届いています。 ≫
参考になりました。
よく考えると、ファンタジー世界が好きな人がゲームをやっているので、
恥ずかしいから魔法やスキルを使わないのは不自然ですね……
>好きな人はかなり好きな属性
男性プレイヤーの反応を思い出し、納得がいきました。
遙人さんのようにお面で顔を隠すことにします。
>紛らわしい言葉遣いですいません。
いえ、私こそ理解力が足りなくて申し訳ないです。
なんだか、長々とメールしてしまってすいません。
このあたりで、切り上げさせてもらいますね。ありがとうございました。
≪ 以下の内容で返信します。 ≫
ノシ
*
朝の6時半に、メールで起こされた。
クルス・クリスティのクルスは鞭使い的に十字架のことだと思ってたんだけど、そんなことなかった……本名じゃないか。微妙に、ガッカリするシチュエーションである。
スキルや魔法の名称を言うのが恥ずかしいとか言ってるのに関わらず、女王様ロールプレイをやっているのだからよく分からない。我に返ったときに、そっちのほうが恥ずかしいと思うんだけどな。
「兄さん、おはようございます」
「おはよう。微妙なタイミングだね……卵焼く?」
「卵かけご飯にするので大丈夫です」
朝食を食べていると、妹が起きてきた。
冷蔵庫から卵を取り出してくると、定位置に着席する。
今日は日曜なので、母さんは朝食を用意してから二度寝。父さんは今の時間帯だとプライベートルームで黄金戦士金矢Ωを見ているので二人だ。尤も、いつもなら僕が8時頃まで起きてこないので妹ひとりなのだけど。
「昨日もそうでしたけど、早いですね。
夜にジョギングも始めたし、兄さんも健康生活に目覚めました?」
「……いや、むしろ不健康に目覚めた」
メールで起こされた話と、ジョギングを含めたトレーニングの話をしながら朝食を食べる。
後者の時にMBOにもリアルパラメータが反映されるので鍛え始めたと言ったら、妹は「なるほど」と頷いて、体に筋肉が付きすぎないように鍛錬量を増やす算段を始めました。さすがです。
お互いに、兄貴の話題については微塵も触れない。これは、暗黙の了解だ。しばらくはこのスタンスが続くだろう。
朝食を済ませ、ジャンケンで負けた妹に洗い物を押しつけてMBOにログインする。
今日は素材の売却からだな――――。
*
涼しい。
そう思った僕は、パンツ一枚の格好で仁王立ちになっていた。
「シャワー浴びてすぐログアウトしたんだっけ……」
昨日の僕は何故服を着てからゲームを終了しなかったのか。学ランも干してないので濡れたまま。このあたりは、もう少し非現実的な仕様にしてもらえると有り難いのだが……要望を出すことにしよう。
バスローブに着替えて、ヒメノさんの部屋を尋ねる。朝食に誘い、補修が終わった学ランを受け取る。
着替えたら、今日も一緒に朝食を食べよう。
「あれは……」
食堂に行くと、今朝メールをしたばかりの人物がいた。そういえば同じ宿に泊まっていたんだっけか。
こういうときは、声を掛けた方がよいのか……悩めるな。フレンド登録もまだだし。
メッセージを送るより、この場で挨拶しつつ直接登録してしまうのが無難かな。
「お嬢さん、ご一緒してよろしいですか?」
「よろしくありません、近寄らないで下さい」
背後から声を掛けると、振り向くこともなくお断りされる。
彼女の執事が席を立ち妨害するように立ちふさがる。
面白い。昨日簡単に倒されたというのに、主の壁となるか。鞭の染みにしてやる――――と、いかんいかん。なんだかバトル脳になっているな。
「宍戸遙人です、ご一緒してよかったですか?」
「え? あ……遙人さん。おはようございます。じいや」
来栖さんが振り向き、僕の容姿を確認する。
彼女が声をかけると、執事さんは空いている椅子を引き、僕が座れるようにして頭を下げた。
「ありがとうございます」
お礼を言って着席する。ヒメノさんは僕の背後にメイドらしく控えた。
「あーっと、ヒメノさんも一緒に食べよう。
飲み物は昨日と同じで用意してもらって良いかな?」
「かしこまりました」
「同じ宿に泊まっていたのですね」
「そうですね。昨日も見かけたので知ってましたけど、スッカリ忘れてました。
せっかくなんで、この場で直接フレンド登録しましょうか」
「申し訳ないですが、やり方が分らないので――」
「ギルドカードを出して下さい。それで、向かい合わせて――こう。で、情報の開示を選んで……完了です」
登録された来栖さんの設定を見る、武器は『素手』になっているのが非常に遺憾である。
ヒメノさんが戻ってきたので、全員で改めて自己紹介をする。
「宍戸遙人です。鞭使いやってます。こっちはメイドのヒメノさん……サクラ・ヒメノ」
「よろしくお願い致します」
「私は来栖八重……ではなくクルス・クリスティ。こっちの執事はコードネーム:ジライヤ」
「ぶふっ」
思いっきり吹いてしまった。口に何も含んでなくて良かった。
可愛らしい声色で話していたのに作ったキャラ声になって、あまつさえコードネームときたもんだ。
申し訳ないが、我慢できなかった。
来栖さんは何故笑われたのか分らない、といった表情で何か言おうと視線を彷徨わせている。
「くっ、ふっ……すいません。来栖さんがいきなりキャラ作りを始めたので」
「お、おかしいですか?」
「すごく。今朝のやりとりしたメッセージがなまじ丁寧だったぶん、現実とのギャップが激しくて……」
「そういう遙人さんも、お面を被って表情が見えないまま笑っているので不気味ですよ」
お互いに笑いあって和やかに食事が――進まないです。
ヒメノさんが冷ややかな表情でそんな光景を眺めていることに気が付きました。執事さんもだ。
「えっと、執事さんは何故そんな冷めた目で?」
「サクラさんも。私、何か気に障ることを言ったでしょうか?」
「「仲がよろしいことで」」
なん、だと……まさか、これは嫉妬されているのか! 驚愕の事実に僕は動揺を隠せない。
何処で嫉妬して貰えるほどに好感度が上がった? これは時代が来たというのか。
「だ、大丈夫。サクラ、キミは美しい」
「…………何をいきなり言っているんですか? 元からおかしい頭がさらにおかしくなられましたか」
「なん……だと……」
「先日敵対していた女性と急に友好関係を持たれるなど――――」
「お嬢様、先日無礼を働いた男に誑かされたようで、私は残念ですぞ」
「た、誑かされてなどいません!」
「口調も、普段より砕けていたようですが」
「砕けているのが普段なのです……」
まずい、これは非常にマズイ。
対応を誤ると今まで地味に築き上げてきた好感度ポイントが瓦解する可能性が非常に高い。
リアルで来栖さんとメッセージをやり取りして知り合いになった時間をヒメノさんと共有していないから、認識の齟齬がでているんだろう。どうやて埋めれば良いのか……
「しかし――」
「黙りなさい。遙人さんは悪い人ではありません」
「……」
「えーっと、だまらっしゃい。来栖さんは悪い人ではありません」
「……」
くっ、来栖さんの目が「その発言はないですよ」と語ってらっしゃる。
他に思い浮かばなかったのだから仕方が無い。ヒメノさんの方を向くと、視線を逸らされる。終わった……
気持ちを誤魔化すように、パンを囓る。
今日はレーズンパンか。苦手とまではいかないが、好んで食べるものではないな。
……会話の取っ掛かりがない。何か、起死回生の一手はないものか。




