028:気になるあの人
視点:クルス・クリスティ(金髪ツインテール) → 開発
夕飯を作る気力が沸かなかったのでカロリーフレンズで済ませ、ソファーにもたれる。
「……はぁ」
結局、三時間待ったけどハルトさんに会うことが出来なかった。
死に戻りポイントで待っているというのは悪手だったようで、何人か下水道で負けて戻ってきたプレイヤーにパーティーを組まないかと誘われ、断っていたため精神的に疲れた。
酷かったのは、川辺に寝転んで読書をしていた私を跨いで「やぁ、何を読んでいるんだい?」と声を掛けてきた男性だ。即座に倫理規制からブラックリスト登録をして存在を抹消したが、気持ち悪い余韻が残って最悪だった。
私は、箱入りで育てられたのでこういった人はとことん苦手だ。
最大の失敗は、じいやに素材の売却をお願いしたこと……私の感覚だと、マップを開いてワープしてすぐ戻ってくるだけなのだけど、じいやはプレイヤー同伴でないと徒歩移動。
気付いたのは30分ほど経過してからで、結局ログアウトする時間まで戻ってこなかった。
……夏休みの宿題は初日で終わらせたし、微妙に手持ちぶさた。
ゲームのプレイ時間延長課金をしてやろうと思ったのだけれど、そんな真似をすれば爛れた夏休みが加速してしまうし――モンスターと戦うとなると集中力が続かないのだから、延長する意味がない気がする。
教養として身につけており、馴れた合気道で戦った今日。戦闘しているときはかなり集中していた気がする。
ハルトさんは繊細に鞭を動かしていたけど、同じような動きを意識して行動し、長時間ゲームをできるのだろうか?
「…………」
そこで、少し喋っただけの男性のことにかなり思考を割いている自分に気が付いた。
第一印象は『変態、頭がおかしい』で、最悪な部類だった。対して今は――『変、少しおかしいけど良い人』だろうか。かなり緩和されている。
「宍戸遙人さん、か……あっ」
そういえば、本名を聞いている。別にゲーム内で連絡を取る必要はない。
ブラウザを起動して、検索エンジンに『ししどはると』と入力すると、SNSサイトに登録してある同姓同名の人が何人か引っかかった。彼は、言動からすると高校生ぐらいに思える。
適当に当たりを付けて探していけばもしかして――――
すぐに、見つかった。
プロフィールアイコンが『鞭に潰されているアルミ缶』になっている人がいる。こんなの、ハルトさんしかいないだろう。
ページを表示させると、趣味は鞭。職業が鞭使いになっていて、あまりの徹底っぷりに笑ってしまう。
出身校が来年進学予定の高校だ。もしかして、ご近所さんなのだろうか。
これ以上は公開制限がしてあって見ることができない、残念だ。けれど、これで今日のことを謝るという目的が達成でき――――ない。
メッセージを送るということは、私の個人情報を出すことになるんだよ、ね……
来年高校の先輩になる人――今年卒業するのかもだけど。だから本名を知られるのはそれ程抵抗がない。けど、友人リスト一覧を見られるのには抵抗がある……友人が少ないので恥ずかしい。
メッセージを送って本名を知られ、何かのキッカケで現実に顔を合わせることがあるなら『女王様のようなキャラクターを演じていた私』をリアルに知っている人がいるという状況になってしまうのも難点だ。
そう思うと、顔が赤面する。
でも、遙人さんも鞭を使って役に入ってた気がするし、同類だから大丈夫……大丈夫のはずだ。
……名前を検索したことに引かれたらどうしよう。大丈夫じゃ、ないかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう、主任」
「ん……Ai-027Dか。どうした、何かトラブルか?」
正式サービス開始三日目が無事に終了し、打ち上げ終了後に眠っていた所を起こされた。
起こしてくれた彼『Ai-027D・セラレド』は、ゲーム世界の住人。現実には存意しておらず、HMEの映像通話ウインドウから話しかけてきている。
背景には彼が働いている武器屋『ヴァレード・レヴン』が映し出されており、嫁である『Ai-028D・ヴァレリア』が手を振っている。
「型番じゃなくて名前で呼んでよ」
「ああ、すまないセラレド。で、何用だ?」
「三日目で忙しいのが終わるって聞いていたからね。雑談しに来たんだ」
「私は寝るのに忙しい、他のヤツに話してきてくれ」
「”父さん”は話を聞いてくれないのかー。悲しいなぁ」
父という言葉を持ち出されると弱いので、ベッドから体を起こす。
仮眠室には他にも泊まり込んでいる社員がいるため、声を出せるように17階のリフレッシュゾーンに移動する。
セラレドを初めとしたAIは、MBOにログインした状態よりも現実にいる私と会話をしたがるのでそのための措置でもある。理由をAI連中に言わせれば「外の世界を覗くのは新鮮」だと言うことだ。
これは、記憶に現代社会の情報をインストールしていない為であり、ビル内の光景など、新手のダンジョンに見えて攻略したくなるともっぱらの評判だ。
設置してある自販機でカラダピース(乳酸菌飲料)を購入し、適当なソファーに腰掛ける。
「またせたな。面白いことでもあったのか?」
「あったから連絡してるんじゃないか。昨日、僕の元に来たプレイヤーが――――」
*
「面白くもなんともないわ!」
内容を聞いて、私は激怒した。
プレイヤーを暗闇に閉じ込めた挙句、一時間近く鞭で打つという強行に及んだと……胃が痛くなる。
ゲーム内のイベントに深く関わったり、プレイヤーを指導する一部の特殊型AIには自立行動権だけでなく、プレイヤーのスタンスによって対処を変更するようイベントにおける裁量をかなり与えているのが原因だ。
『頭がおかしいプレイヤーへの対処』『対策・これでキチガイも華麗にスルー』『DQNの行動傾向』などの研究資料をすべてインストールしているハズであり、アルファ、ベータテストでも完璧に機能していたので問題なしと判断していたがなんたることだ。
「プレイヤーが精神的な傷を負って起訴でもしてきてみろ、このゲームが利用禁止にでも追い込まれかねんぞ!」
「大丈夫だって。ハルトは嬉々として暗闇での手合いをやる男だよ」
「セラレドの目線は信用ならん! ログを調査するからチャンネルと時間帯を教えなさい」
「はぁー。まったく主任には鞭使いの浪漫が分らないのか、ガッカリだよ。これだから大剣使いは困る」
カチンときたので、拳骨で表示ウインドウをたたき割り開発室へと駆け込む。
管理者端末から『Ai-027D・セラレド』に強制介入して対話型プログラムを利用して『ハルト』というプレイヤーに関する会話記録を抜き取る。『Ai-028D・ヴァレリア』についても念のため同様の措置を施す。
*
検証の結果、プレイヤーが特殊な事例だと判断。ログを眺めて「問題なし」と結論を出す。
スキル≪痛覚鋭敏≫は感情値による取得なので、これを覚えたということは痛覚に物足りなさを感じたか、リアル志向か、純粋に変態かの三択。
ただ、セラレドのAIに関しては、かなり独自の成長を遂げている可能性が高い。
拷問官という設定があるため、無邪気腹黒エルフという下地を敷いていたにも関わらず、黒い部分が感じられないし、ハルトというプレイヤーに対してかなり好意的だった。
MBOのAIが成長することは、息子や娘の成長同様に嬉しいことだが、忙しすぎてどう成長したのか詳細に見てやれない所が問題だ。明日は『サービス開始しての感想』を聞くという面目で、AIと開発人とを集団面接させて色々と傾向を確認するか。
あとは、ここまで成長しているのにレポートを即座に上げてこなかった心理学部の連中にクレームだな。
「忙しくなる……」
そう思うと、口の端が吊り上がる――仕事中毒者をナメるなよ。




