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027:印象を覆す男

視点:金髪ツインテール

 変態さんは、軟派的な変態。そんな風に思っていたのだけれど、方向性が若干違った。

 鞭に対しての変態、いや偏愛主義者。彼から借りた鞭を振ってみたが、私ではとても扱えそうにない。


 横目でスウェッジマウスと岩石頭魚を倒すのも見ていたけど、その所作は獰猛なのに綺麗という矛盾をはらんだものに見えた。彼に対して変態という先入観がなければ、素直に格好良いと思えただろう。

 メイドとの疎通が取れた動きも見事だった。互いが、己の役割を認識している。それに比べ、私は……


 ただ、変態はやはり変態。

 私の鞭に頬ずりして、茨の棘に刺さって笑顔で笑っている。


「……頭、大丈夫ですか?」

「そっちこそ、こんな素晴らしい鞭を使わないなんて頭がオカシイですよ。同じ人間とは思えません」

「ハルト様の頭がおかしいので相手が変に見えるだけです」

「くっ……」


 思わず口にしてしまった言葉に反論された。

 彼のメイドが絶妙なフォローを入れてくれ、上手く言葉を返せないという醜態を見せなくて済んだ。内心で感謝する。

 主人に対して辛辣な言葉は、何処か親しさを感じさせる。じいやとの関係が上手く築けていない私にはそれが純粋に羨ましい。


「……とにかく、これは良い鞭です。使ってあげて下さい」


 変態さんは私の鞭を差し出すが、さっきまで頬ずりされていたものなので若干の抵抗がある。

 ……汚水で洗って、今の気持ちを自己主張しておくことにしよう。


「な、何をするだァー! 許るさんッ!」

「あなたが頬ずりするから悪いんです。洗わないと気持ち悪くて使えません」


「くっ……すいま、せんでした……」

「それと、こちらの鞭はありがとうございました。

 短い物も満足に使えないので、この長さも当然無理でした」

「……思考コントロールによる補正とかって、鞭を購入するときに聞いていませんか? それさえ分ってれば初心者でもそれなりに使えると思いますけど。

 技名叫べばスキル発動するし」

「それは、そうですが――――」


 技名を叫ぶのは、私の矜持が許してくれない。そうやって楽しむものと理解していても、馬鹿になるにはプライドが邪魔をしすぎている。

 変態さんのように技能があれば、私にも動作でスキルの任意起動ができるのだけど。

 この内心を説明するのは癪だが――――そう考えているとじいやが変態さんの耳元で何かを囁き、彼は納得いった様子でニヤニヤと不快な表情を作った。


「なるほど。恥ずかしくて技名が叫べないと」


 恥をかいたことに奥歯を噛みしめ、反射的に持っていた鞭で苛立ちをじいやにぶつけてしまう。

 パシン。痛そうな音がして、じいやが苦痛に顔を歪める。


「金髪さんや。その鞭は、人を叩くのに使う道具じゃないだろう?」


 目の前の男性から放たれる怒気。思わぬ反応に「あっ……」と声が漏れ、尻込みしてしまう。

 言われてすぐに後悔はやってきた。八つ当たりすんなんて人間として最低だ、と。


 ここは、ゲームの世界。

 私にとっては鞭で叩かれるなんて少し小突かれる程度の痛みしかないけれど、じいやはプログラムで作られた存在――現実の人物ではないので、痛覚の設定が違っているはずだ。

 それに、人の形を模している。

 対話が出来る存在である以上、人として扱うのが道理なのに……

 考えなしに、軽率なことをしてしまった。


 少し変だが、この人は良い人間なのだろう。そう思った。

 身知らずの私に対して、関わらない選択をするのではなく怒ってくれるのだから。ただ、ひょっとこの仮面をしているせいでシリアスになりきらない。

 じいやに、叩いてしまったことを謝ろう。


 ≪ 決闘が申請されました。

   下記の条件でよければ同意して下さい。

   条件:あなたが指定した条件に従うことに相手プレイヤーは承諾しています。 ≫


「え?」

「人を叩くなら、鞭で叩かれる痛みを知りなさいってことです。

 そっちに有利なルールで構いませんよ。もちろん、逃げてもらってもかまいません」


 突然のことに驚いた。目の前の男性は、直情的な性格なのかもしれない。

 ただ、対戦を受ける前に――――


「じいや、ごめんなさい。未熟な私ですが、力を貸してもらえるかしら?」

「はっ。お嬢様の為なら渦中にも飛び込んでみせましょう」

「忠義に感謝します」


 私の言葉を聞いた鞭使いの男性は、無言で様子を見守って――――蛇に噛まれた。「くっ」と言って反撃し、一撃で葬り去る。実力者だと、改めて思った。

 あの人の勝利条件は、私に鞭を浴びせること。どれだけ私がハンディキャップを貰っても、目論見は達成されるだろう。私が悪かった部分は自覚できたし、それだと少々面白くもない。

 だったら――――手段を問わず、勝ちに行く。


 ≪ 決闘条件

   プレイヤーAにのみ適応

   魔力制限:魔法利用不可

   アイテム制限:使用不可

   レベル制限:1

   パーティ制限:1

 

   全プレイヤーに適応

   対戦可能領域:50m

   勝利条件:最大HPの半分を削る ≫


「正々堂々の女王様スタイルかと思ったら、使える物は全部つかってくるんですね」

「地面に這いつくばるのは嫌ですから。

 対戦前に、お名前を聞かせて貰っても?」

「宍戸遙人――――あなたを倒す鞭使いの名前です」


 ……それ、本名じゃないですか? そう思ったが、野暮なツッコミは入れないことにする。

 名称表示を切り替えると、彼の頭上には『ハルト』と名前が表示されている。HMEに関連づけしてある名前は名字だけ変更してあるタイプのようだ。おそらく、名だけ聞いたという判定になったのだろう。

 名字を名前に含ませてある私とは逆だ。


「私は、クルス・クリスティ」


 お互いに、距離をとる。

 10秒のカウントダウンが視界中央に表示される。

 9,8,7―――――2,1,0。


 戦闘が開始され、私はじいやの盾になるために前に出る。

 彼――ハルトさんの鞭を躱す術はないし、合気道で逸らすのも無理。だけど、ゼロ距離まで間合いを詰めればダメージも減衰するという打算からだ。

 だけど、それは上手くいかなかった。足を鞭で絡め取られた。


「イッツショォォ・タイム!」


 走っていた勢いを利用されれ、私はハルトさんのいる方向へ引き寄せられ――――


「ごほっ」


 空中で鞭がほどけ、勢いよく地面を転がる。

 ≪受け身≫を使うタイミングをしくじった。


「お嬢様!」


 とじいやが心配する声が聞こえるが、大丈夫だ。派手な見た目に対してそれ程ダメージは受けていない。

 相手はレベル1で、こっちは5だ。身体性能に差があ――――


「ひぃッ」


 ハルトさんの鞭が、顔面に。いや、目玉に突き刺さって頭の中に内部に侵入している、気持ち悪い。

 じいやが槍で攻撃し、そちらに気をとられている隙に立ち上がる。部位ダメージを受けているようで、左目が霞む。立て直さないと。こちらが勝っている人数を活かさないと。

 じいやの槍が当る前に、ハルトさんの鞭が当る。右から、左から、上から、縦横無尽な軌道で襲いかかる。

 槍と鞭、射程はどちらも同じぐらいなのに攻撃が一方的だ。じいやの表情は苦々しい。

 でも、私が加わればなんとかなる。


「はぁぁ!」


 声を上げて、注意を引く。

 ハルトさんが私のほうを向いたと思ったら、こちらに向かって走ってくる。何故?


「ディバインッ!」

「――ッ!」


 スキルを使う!

 そう判断した私は、顔面を両腕で庇い姿勢をできるだけ小さくする。


 だが、ブラフだったようだ。

 攻撃がこない所か、彼は私に背を向けてじいやと再び交戦している。


「ぐぁ」


 痛みと共に、理由がわかった。

 スウェッジマウスだ。決闘中でも、モンスターは普通に沸いてくる仕様にはじめて気付く。

 早くなんとかしないと! 焦るも、素手の攻撃はダメージが低いのですぐには倒せない。かといって、鞭での攻撃もできない。私の持っている茨鞭は1m半ばの長さしかないから、地面を這う小型の生物には攻撃が当てられない。

 飛びかかってきてくれれば、その勢いを利用して下水に投げ飛ばしてやるのだけど。

 足に噛み付いてくるので、蹴り飛ばすしか対処がない。


「これが、鞭使いの力だッ! ゴォォォド・ハンド!」

「お、お嬢様。申し訳ございません……」


 スウェッジマウスに手間取っている間に、雌雄が決した。

 じいやがHPの半分を削られ、戦闘参加不可状態になったからだ。

 ハルトさんの状態は……HPがまったく減っていない。無傷撃破したようだ。


「ほいさ」


 軽い声がしたと思ったら、スウェッジマウスが鞭で串刺しになる。


「この鞭の威力。雑魚モンスターにはレベル制限が適応されないみたいだな……さて。降参しますか?」

「ッ……敗北の痛み、この胸に刻んで貰いましょう」

「では、遠慮なく」


 パシィィン、と私の頬が鞭で打たれ、パァァァンと、地面が叩かれ威嚇される。

 恐い。痛みは弱いが、音は本物。それに、感覚も引きずられる。鞭を、受ける度に、どんどん、痛くなっている。耐えないと、耐えないと。


「そろそろHPが規定数値になるな。それならばトドメのォ!」


 ≪ 警告:心拍数が上昇しています。10秒後に緊急ログアウトします。 ≫


「ディバイン・ドリライザァァァーッ!」


 ハルトさんの回転する鞭が私の胸部を貫き、10秒を待つことなく意識は暗転した。


 *


「はぁ、はぁ……」


 目を開けると、見慣れた天井。マンションの私室だった。

 ログアウトしたことを謝らないと、そう思ってすぐにログインしようとしたが、警告メッセージが表示され一時間の安静を求められる。


「そうだ、メッセージ……あっ」


 駄目だ。正確なプレイヤー名を聞いていないのでメッセージを送ることができないことに気付く。

 ……逃げたようで、申し訳ない。色々と最悪。なんとか、連絡を取れれば良いのだけど……鞭屋の店主に伝言をお願いすれば、大丈夫だろうか。

 でも、武器屋なんて頻繁に行くものではないし――――


「はぁ」


 気持ちを切り替えるため、洗面所に行き顔を洗う。

 蛇口を捻ると生ぬるい水がでて、まるで今の私のようだと自重する。

 黒髪が水で額に張り付き、幽霊のよう。そういえば、ハルトさんのメイドが幽霊だった。だからなんだという話しだけれど。


 ……今日は、色々あった。

 ギルドの掲示板で『条件なし、だれでも募集。ロールプレイしてる女の子歓迎』と書かれたパーティに参加したのだけど、募集者は男性プレイヤーで、ものすごく絡まれ、ちやほやされて気持ち悪かった。


「ロールプレイきめぇ。だけどそれが萌え。ペルソナ設定どれくらい弄ってるの?」


 そんな風に問われた時は、嫌悪感がピークに達した。

 コミュニケーション能力が低い私は、他人に不快感を与えないように口数が少なくても自然な役割を演じようと思っていただけなのに。なんで、こう……


 しかし、それは下水道に行くまでだ。イライラがピークで、格好を付ける男性の言動を無視した。

 そこで、やっと私が嫌がっていることに男性は気付いた。

 男性は当たり障りのない会話しかしてこなくなったのだけど、スキルと魔法を使えない私のプレイスタイルに文句をつけられた。そして、下水道の途中でパーティを解散され、置いてきぼりになった。

 じいやと一緒に狩りをするも、本物と比べ、ゲーム内の彼は弱すぎて怒鳴ってしまった。

 私が子供の頃のヒーローだったじいやがこんなに弱いハズがないと、納得できなかった。私の想像から生まれたのに、なんでこんなに弱いのか。


 そして、鞭屋で変態認定した人と再会して――――

 カッとなってじいやを鞭で叩いたことを怒られて、反省して、勝つ気で戦って負けた。


「変態呼ばわりしたことを、謝りたかったな……」


 一時間後にログインしたら、今日は時間いっぱい死に戻りポイントでハルトさんを待ってみることにしよう。

以下、余韻を台無しにするログアウト後の主人公の動向。


「うおお。状態警告のポップアップが表示されたけど勢いが余って止められなかった。鞭に打たれて興奮して心拍数が上昇したとか? やはり変態か……。魔法やスキルを使わないマゾプレイだもんなぁ。レベルが高い淑女だ」

「……興奮状態には見えませんでしたが?」

「それは、クールを装ってるだけだよ。いわゆる、訓練されたってヤツ」

「なるほど。ハルト様はすぐ顔に出ますから、まだレベルが低い変態でしたか」

「くっ……。戦闘用の鞭で敵意がない人間を叩いたのにカッとなったから口を挟んだけど、あれもプレイの一環だったんだろう。打たせて打たれる的な」

「叩かれれば痛いです。私には一生縁がなさそうな感覚ですね」

「だね。僕にも無縁だ。あと、戦闘中こっちに来るモンスター駆逐してくれてありがとう」

「いえ。不利な条件でしたので、できる限り動いたまでです」

「うん、それでもありがとう。もうちょい奥に進んでみようか?」

「お任せします」

 ↓

大量のモンスターに囲まれてヒメノさん死亡。

ハルトくん、一人はアレなので死に戻りであとを追う。

 ↓

宿屋でシャワー浴びてログアウト

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