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025:現実を直視できない

 爽やかな起床→朝食とスピーディに済ませ、早速ゲームにログインする。

 現在時刻は7:17で、いつもに比べるとかなり早い。理由はもちろん、兄貴のメイドさんに会って話を聞くためだ。


「悪臭がするけど、セーフだよな……」


 下水道から適当な梯子を抜けた場所でログアウトした状態だったので、体臭が若干残っている。日付を挟んでも状態は改善されないようだ。

 死に戻りポイントである川は王都外でマップ移動できないので、宿屋の風呂場へ行くことにする。

 見苦しい状態で兄貴のメイドさんに会ってしまったら、少し待って貰うことにしよう。


「おかえりなさいませ」

「あ、ただいま、です」


 宿に戻ると、慇懃な骸骨のオーナーに出迎えられる。

 僕の臭いについて触れられないが……骨だけなので嗅覚がないのか、宿屋の主として社交辞令が完璧なのか。後者だとまずいので、ひとまずは自室でシャワーを浴びて臭いを取り除くことにしよう。


 浴槽へ行き、学ラン、カッター、シャツ、ズボンと順番に脱いでパンツが下ろせないことに気付く。倫理規制だから仕方が無いんだけど、下着のままシャワーを浴びるのは妙な気持ちだ。

 蛇口を捻り、水を少しづつ出す。魔力を通して――温度はこれくらいか。湯沸かし器がない世界なので魔力による温度調節ができるんだけど、湯が沸くのが一瞬なのでかなり便利だ。現実の台所や浴槽にもぜひ実装して欲しい。


「この湯加減こそが戦争よ……ふぅ」


 適度な熱湯でスッキリしつつ、桶に衣類を入れてもみ洗いをする。

 シャワーには雑菌消(略)ので、これも現実で実装して欲しい技術だ。


 衣類を絞って物干し竿……はないよな。

 代替えとして、クローゼットからハンガーを取り出し、壁面のコート用フックに吊しておく。着替えはないので、ひとまずはバスローブ。ヒメノさんの部屋に行って、昨日頼んでおいた物を受け取りに行こう。

 ……メイドさんって、朝が早いから寝ているなんてことはない、よな。


「ハルト様、起きてらっしゃいますか?」


 どうやら、こちらから部屋に行く手間は省けたようだ。「どうぞー」と返事をすると、「ハルト様にお会いしたいというメイドが来ていますが」と返答があった。

 バスローブ状態だし、入って貰っては困るな。


「その人には食堂で待って貰って。ヒメノさんは、僕の着替えをお願い」

「畏まりました、すぐにお持ちします」


 言って一分程度でヒメノさんは戻ってきた。

 持ってきて貰った学ランに袖を通し、バシィっとポーズを決めてみる。うん、違和感なにもなし。


「ありがとう、ヒメノさん。すごい綺麗な仕上がりだよ」

「いえ。そちらに干してある衣類は、今晩補修してよろしかったですか?」

「うん、手間をかけてごめん。で、来ていたのはもしやカエデって名前のメイドさん?」

「ご存じでしたか」

「昨日は妹の方に顔を出したみたいで、少し聞いてる。待たせるのも悪いし、食堂に行こう」


 食堂に降りる。

 食事中のプレイヤーが何人かいるが、その中に見覚えがある顔をみかけた。

 ヴァレード・ヘヴン(鞭屋)で会った金髪ツインテさん。前に会ったとき同様に細めのドレス姿で――腰に例の鞭をぶら下げているッ! 予算都合で未完成品だけど、そんでも良い味だしてるな! 触らせて欲しい、非常に触らせて欲しい。

 用件が終わってもまだ食事をしていたら声を掛けてみよう「鞭加減はいかがですか?」とね。


「あちらのメイドです」

「あ、うん」


 テーブルに座っているのは、四本腕のメイドさん。ギルドで会ったアカハネさんと一緒の種族だ。

 僕や妹のメイドとは違い、血縁関係を思わせるような容姿の類似はない。桃色の髪をしたクール系キャラ。服装はお城のメイド服のようだが、所々カスタマイズされていて、全体に占める黒の割合が多くなっている。当然巨乳で……兄貴の趣味が全面に出過ぎていて複雑な気分になる。


 この人を見てしまった現状では、兄貴に「遙人、姫香。一緒にゲームをやろうか」なんてことを言われても無理だ。色々と厳しい。姫香は言葉少なく立ち去ったかのように話してたけど、ぜったいに引き留めなかっただろ。

 僕と妹が兄貴の好みを把握しているのは、小学生の頃に兄貴の妄想ノートを読んだことがあるからだ。呪文とか、設定とか書いてあるヤツ。あの頃は純粋に凄い、兄貴格好良い! 絵も上手い! と思ったんだけどね。今はただ、忘れたい……なんで記憶に残ってるんだろうなぁ。


「えー、僕が兄貴――暁人の弟です」

「初めまして。私、アキト様にお世話になっておりますカエデ・シシドと申します」

「ぐっ……兄が、お世話になっています」


 シシドって、宍戸ですよね。兄貴が病気です、メイドさんの名字が本名と一致しています……これはもう戻ってこれない。

 父さん母さんになんて言えば良いんだ。どうしよう。ゲームに純粋にハマったと思ってたら、現実ではない女性にハマっていただなんて……なんてことだ……

 身内贔屓かもしれないが、兄貴の顔は悪くないと思う。誰とでも適度な距離感を保つ人だったけど、僕ら家族には優しかった。そのうち兄貴に踏み込んで、理解してくれる女性と結ばれると思っていたのに……

 どうしてこうなった……どうして、どうして……


「本日は、お願いしたい事があって参りました」

「は、はは。妹からの聞いていますよ。兄貴を放置しておいて欲しい件ですよね。

 了解しました。了解しましたとも。しばらく関わる予定はありません。お疲れ様でした」

「そう、ですか……

 差し支えなければお答え頂きたいのですが、血の繋がった兄のことが心配ではないのですか?」

「将来が心配ですけど、別にもう良いや。という感情が強いです。どうかお引き取り下さい」

「……お時間を取らせて申し訳ありませんでした。失礼します」


 キツイ物言いになってしまったが、仕方ない。カエデさんには罪がない……いや、罪の塊か。これは仕方がない。

 カエデさんが座っていたテーブルを避け、隣に着席する。


「ハルト様、お飲み物はどうなさいますか?」

「お任せでお願いします」


 考えることを放置して、ぼけーっとしつつヒメノさんが食事を用意してくれるのを待つ。

 このくらい自分でやるように申し出ないと駄目だとう気持ちがあるんだけど、さっきので気力が吸われてしまった。立ち上がるのもめんどくさい。


「お待たせしました」


 用意してくれたのは、バスケットに入れられたパン数個とゆで卵に緑茶。茶葉から良い香りがする。きっとマイナスイオンとか発生してるよ。


「「いただきます」」


 二人で合掌して、パンを千切って囓る。うん、美味い。食べやすいようにハチミツの味がする。ハニーシロップ的なものが練り込んであるのかな? 家が和食ばかりなので、たまには朝パンも新鮮だ。

 ……現実で朝食を食べたばかりなので、気分的に一個食べれば満足だけど。


 ≪ 警告:尿意警戒レベルが上昇しています。速やかにログアウトしてください。 ≫


 おっと。ゲーム三日目にして初めて初めて体調関連のメッセージが表示された。

 そういえば、今日は早起きしすぎて大便してないな。


「ヒメノさん、少し席を外すね」

「はい」


 *


「うー、トイレトイレ」


 2Fの男子トイレに駆け込み、用を足す。何故自宅なのに男子トイレなのか。それは、兄貴が妹のあとにトイレに入って「めっちゃくっさ、臭すぎるだろ」と言って妹を大泣きさせた過去があるからだ。

 父さんが「全員同じ物食ってるんだからみんな臭いだろ、はっはっは」と余計なフォローをしたせいで男女で食事のクオリティに差がしばらく出来たのも覚えている。

 あの頃の兄貴は、馬鹿だけど良い兄貴だった。今の兄貴は――――もう駄目だ。終わった。


 綺麗に拭き取ったちり紙を流し、渦を巻く水を眺める。それがなんとなく≪ディバイン・ドリライザー≫の回転を連想させ、少しテンションが上がってくる。


「気持ちを切り替えないとな、今日は下水道だ!」


 現実逃避をするため、僕はゲームに再度ログインした。


 *


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」


 何事もなかったように着席し、食事を再開する。


「ハルト様、少し顔色が良くなりましたね」

「あ、うん。大便したら調子よくな――――……なし、今のは無し」

「……」


 体調を気遣って貰ったのにやってしまった。

 話題を切り替えよう。えーと、アレだ。


「そういえばさ、棺の寝心地はどうだった?」

「……正直、侮っていました。

 ハルト様の奇特な趣味での選択かと思っていたのですが、そうではなかったと感心した程です」

「奇特は、酷いな。趣味で選んだのは否定しないけど。でも、ヒメノさんのことも考慮したんだよ」

「私、ですか?」

「ゴーストって、暗くて狭い場所が落ち着くと思ったんだよね」

「そうなのですか――ありがとうございます。

 確かに、暗所でひんやりした場所は好きですので。狭いのは……普通ですね」

「じゃあ、下水道とかもバッチリだったね」

「あそこは、臭うではないですか」

「あはは、確かにそうだ」


 なんだか好意的な気がするヒメノさんと食事を済ませ、金髪さんに話しかけようと思ったが既にいなかった、残念。

 そんな僕に対し、「見ず知らずの女性を宿で誘う行為はあまり感心しません。パーティを組むならギルドの掲示板か、ダンジョンで――」と何故だか誤解を受けたので、金髪さんが持っているナインテイルの素晴らしさを15分ほど語って聞かせておいた。

 今日も、ヒメノさんと二人で潜るつもりです。道のりが厳しかったら、その限りではないけど――憑依ができないままで野良パーティを組むのは避けておきたい。

 登録しているSNSを見ていたら、亮平以外にも買った友人が何人かいたので、誘うならそっちだな。


 肉屋『ジャクリーン・リッパー』に移動。

 ゾンビ娘ちゃんに肉系のアイテムを売却して、4,300Gになる。一人で下水道へ潜ったときの素材だ。折半しようと思ったが、ヒメノさんに断られたので全て僕の懐に入った。

 これで、所持金は合計5,860Gに。実際には、≪剥ぎ取り≫で入手することが出来た品がまだインベントリに残っているのでもう少しはお金になる、ハズ。今日の稼ぎを売るときに、これはまとめて売ることにする。

 道具屋へ行き、回復スライムを数個買った所で、今日の探索を始めよう。


 *


「はい、到着しました下水道。

 今日は、目標地点へ向かって移動し、限界を見極めて撤退する方向でいきたいと思います」

「承知しました」


 依頼を受けるにあたって、ギルドから下水道の地図をギルドカードにインストールしてもらっている。

 スライムが消えた場所には×印でマークしてあり、今回目指すのはそこ。近づくにつれ敵が強くなると思われるので、注意しないとな。

 妹から聞いた初心者ダンジョンと同じなら、あと二種類程度は新規モンスターが登場するハズだし。


 スウェッジマウスとゲスイコウモリを倒しながら進むと、岩石頭魚が接近してきた。

 先日の反省から、水面を見ながら慎重に行動しているので不意打ちなんてされませんよ。そして!


「色即是空……」


 華麗に攻撃を回避して、≪ロングウィップ≫を発動、相手の体に巻き付ける。

 攻撃を避ける際に言った台詞は気分なので、ただの体捌き――≪ステップ≫ですらない回避行動だ。


「雷鳴!」


 ヒメノさんが放った魔法が直撃し、岩石頭魚はポリゴンとなって消え去った。

 ククク。これが作戦勝ちという物だ。


 軍曹の所で覚えた思考によるコントロールアシスト。色々試してみたのだけど、魔力を使っている技にはかなり効果的だ。先程使用した≪ロングウィップ≫とは相性抜群で、魔法で延長した部分の鞭先が自由に動く。長さ的に二mもあるので、お魚さんの体を巻いてしまうことなど容易いのさ。

 妹がかなり自由な戦い方をしていたので、僕もこのぐらいはやってみせないと。鞭使いの名が廃る。フハッ!


 武器が塞がるので、ヒメノさんのアシストがないと撃破できないのと、二体同時に出現したときに対処できる気がしないのが難点だけど――いや、一体を鞭で絡め取ったままぶつけるショータイム戦法もありか。夢が広がる。


「ハルト様、また悪い笑みになっていますよ。しかし、先日苦戦したのが嘘のようです……」

「愚直に迎撃を考えたのが昨日の失敗だ。鞭には鞭なりの倒し方があるのさ、フッ」


 今日は、順調に下水道探索が進む気がする。これは、ボスとのご対面もあり得るな。

 鞭の錆……鞭の染みにしてやるぜ!

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