022:死の淵から蘇りし者
強烈な臭いで僕は覚醒した。身体中に、粘り絡み付くような感触が――
「げほっ、げほ……うお……」
ぼやけた視界で周囲を見渡すと、見知らぬ川辺に流れ着いたようだ。
王都を囲う壁が少し遠くに見える。それと、下水道に続くだろう通路的な物が。
ここは、下水の終着点なのだろう。
それにしては綺麗な水が流れているが――岩石頭魚に、食べられて死んだんだっけ。生きてるけど……
≪ 『称号:死の淵から蘇りし者』を入手しました。
初心者向けのダンジョンでは死んでもペナルティはありません。積極的に挑戦しましょう! ≫
「なるほどね。ヒメノさんは何処だろ。あっ……」
探していた人物は、黒スライムに包まれて下水道からやってきた。
スライムは体内からヒメノさんを取り出し、触手を使って丁寧に芝生へ寝かせ、下水道に戻っていく。僕も同じように助けられたのだろう。
「ありがとう、スライム!」
スライムにお礼を言って彼の背中を見送った。
助けてくれたお礼も勿論なのだが……ヒメノさんを粘液でネバネバにして微妙にエロティックな状態にしてくれたお礼も兼ねている。ありがとう、ありがとう。本当にありがとう。
……まあ、僕より新鮮なスライムの粘液を体に付着させているヒメノさんは、臭いがすごいので近寄りたくないんだけどね。
遠目で眼福するだけで満足しておく。
「んっ……」
どうやら、気が付いたようだ。無駄に艶やかな声を出して起き上がる。
彼女は周囲を見渡して――僕と目が合った。
「ハルト様、臭いですよ?」
「ヒメノさんには言われたくないよ」
「なにを言って――――……!」
自分の体臭に気付いたのだろう。ヒメノさんは川に飛び込んで頭まで浸かる。
10秒、20秒……あ、出てきた。
「……失礼しました。とんだ失言を」
「いえいえ。まあ、僕が臭いのも事実だしね」
僕も、ヒメノさんに習って川に浸かることにしよう。下水から続いているので若干抵抗があるんだけど、流れている水は完全に澄み切っているし、問題ない。たぶん。
どぽん、と川に飛び込むと程よい冷たさを感じられて、ひんやりほっこり。頭も冷えて……おっ。冴えた考えを思いついてしまった。
このままヒメノさんに水を掛ければキャッキャウフフ展開になるのではないだろうか? 岩石頭魚を倒したときの勝利の余韻は不完全燃焼で終わってしまったし。そうと決まれば――――
川から頭だけ出して、なんだかぼけーっとしている感じのヒメノさんに水を掛ける。
「そぉい」
ばしゃぁ、と顔面に水を浴びた彼女は、不敵な笑みを浮かべ――こんな表情もあり。そんなことを思っていた僕の目玉に水鉄砲を直撃させるという行動で反撃に出た。
「目があぁぁ、目がぁァーッ!」
やったなー、的な反撃が予想されてたのだけどそんな可愛げのあるものではなかった。
結局、『回復→目玉を狙われる』のコンボを三回ほどループしてからヒメノさんは満足したようで、「ふう……」と一息ついて川に肩まで浸かり、無表情に戻ってリラックスしていらっしゃる。
「ハルト様、私と――――」
「とっても怒っていますって? ゴメン。そんなに悪気はなかったんだよ。こう、場を和ませる的なね。ひと夏のアバンチュールをしたい気持ちがなかったと言えば嘘になるけど……うん、ごめんなさい」
「……い、いえ。私も、二倍返し程度にしておけば良かったと内心思っていますのでお相子ということで。あの――」
「おーい、キミたち大丈夫か?」
「問題ありません。お気遣いありがとうございます」
「僕も平気ですけど、どうしたんですか?」
声を掛けてきたのは、鴉天狗の青年。初めて見る種族だ……。
服装が、ぼんぼん的なものがついているベストではなく銀色の軽鎧であることに強烈な違和感を感じる。天狗って言ったら、和風だもんなぁ。背中には金棒を持っているので、それはイメージと一致しているので尚のこと。
「そうか、良かった。実は、下水道で強力な魔物が出現するようになったと報告があってね。ギルドから調査にやってきたんだ。
キミたちが下水道で何か異常な光景を見ているなら、私とは別口でギルドに報告して貰えると有り難い。
では、調査に参るのでこれにて失敬」
「あ、はい」
天狗さんは、あっという間に下水道へと潜って行った。忙しない人だ。
「ヒメノさんが言いかけたたのも、ギルド行こうって話?」
「…………はい」
「そいでは、ギルドまで移動しますか。服がびちょびちょだけど……」
「私に関しては大丈夫ですが、ハルト様は着替えがないですからね」
二人してびちゃびちゃと水を垂らしながら陸に上がる。
ヒメノさんのメイド服は、やっぱり透けていない。僕の学ランの下に着ているカッターシャツは見事にスケスケで、下に着ている黒いシャツが無駄にハッキリ見えてるのになぁ。倫理規制とはなんなのだろうか……
「とりあえず、服を絞って水を適当に抜いておくよ。脱ぐから、後ろ向いてて」
「そうですね。ハルト様の裸など見たくもないので視線を逸らしておくことにします」
「くっ……」
とりあえず、水を抜くためパンツ一枚になる。開放感があってなかなか良いかもしれない。
まずは、シャツからか――――
*
「水抜き完了」
「はい、お疲れ様でした」
振り返ると、ヒメノさんがタオルを渡してくれた。早着替え技能でもあるのか、皺のないメイド服になっていた。髪の毛は湿っており、湯上がり的な何かを連想させる。
顔を拭くと、桜の香りがほんのりとする。
……感動のあまり目から汗がでるかと思った。髪の毛が半乾きの少女……メイドさんにタオルを渡されるというシチュエーションは強烈すぎる。
「あ、ありがとうございます」
「職務ですので」
思わず敬語でお礼を言ってしまった。ヒメノさんはいつもの調子で特別なことをした様子はなんだけど、すごい嬉しい。厳しい反面、面倒見は良いし。僕のせいで実力が発揮できない戦闘なのに一生懸命こなしてくれるもんなぁ。
ゴーストの特性を考えると、憑依なしでの戦闘なんて死亡する可能性が高くてリスキーなのに。
……コレは、アレだ。攻略するハズの相手に逆に攻略されてる、惚れさせようと思ったら惚れた感じ。
頭をガシガシとタオルで擦り、ヒメノさんに返却する。
「ギルドに向かいましょうか」
「……了解」
ギルドは『商業街』に本店、あとは宿屋から歩いて移動する人のコトも考えて何カ所か支店が設けてある。今回は、初めてということで本店を利用する。
入って見ると、多くのプレイヤーで賑わっていた。
自然に鞭を持っている人を探してしまうが、見当たらない。武器は、剣を装備しているのがやはり多数派だ。珍しいのだと……注射器とか腰にぶら下げている人がいる。
空いている窓口の猫耳さんに「下水道の件なんですけど」と伝えると、「少々お待ち下さい」の言葉で一分程待たされ、ギルドの奥に案内された。
部屋にいたのは、屈強そうな戦斧を持ったオッサン。大剣を持った筋肉隆々とした男。巨大なメイスを持った僧侶。紫の鎧に赤い槍を持った美丈夫。いかにも、冒険者だろうという集団。
それとは別口に、お城のメイド服を着た女性。名称はわかんないけど、腕が四本ある種族だ。
「アカハネ様。お久しぶりです」
冒険者の存在を無視して、メイド服の女性に頭を下げるヒメノさん。僕も習って頭を下げておく。
偉い人……ギルドマスターだろうか。
「サクラ、久し振り。そう、あなたが異世界人の案内人に選ばれたのですね……
申し遅れました。私は、聖女様の警護を務めていますアカハネと申します」
「丁寧にどうも。宍戸は……ハルト・レオンです。ヒメノさんにはお世話になっています。えーっと……」
「この四人なら気にしないでください。
変態が感染するといけないので話さない方が賢明でしょう」
「おいおい、紅刀の姉さんや。それは少々酷くないか? この人、ダンナと同郷なんだろ。ってことはス「黙って下さい」」
何かを言いかけたオッサンたちは有無を言わさず退出させられ、部屋に残ったのは僕ら三人。
アカハネさんは、ヒメノさんの師匠的な存在なのだろうか。いつもなら「ハルト様は元々変態なので大丈夫です」とか言いそうな間があったのに今回は沈黙したままだったし。
なんだか、発言しにくい状況が生まれているの感じだ。
「サクラ、あなたは下水道で何を見ましたか?」
「スライムに追われる亜竜種のモンスターと、岩石頭魚……本来、下水道には出現するはずがないモンスターです」
「要するに、僕らが討伐すれば良いんですね」
「それは、できれば……ですね。
まずは、このような自体になった原因を話しましょう」
原因は、数日前に行われた魔王様の怪しい実験。その魔力が下水道に漏れて周囲の生物に超進化をもたらしてしまった。
そういった魔王様起因のドタバタは日常的なので、住民感情的には平穏で「またか」で済む程度の問題。
で、僕らにやって欲しいことは、勇者様のスライムが消された地点の捜索だ。スライムを倒したモンスターが現場に残っていた場合に戦闘になる可能性があり、できれば討伐して欲しいという。
下水道に入った時に見た戦闘の結果は、スライム優勢に見えたけどアヒル型モンスターが逆転勝利したってことか。
「これは、異世界人の実力をギルドが試す意味も含まれています。
保険はかけてあるので、無理なようであれば撤退してください」
「了解です。僕とヒメノさんに任せて下さい」
≪ クエスト:『下水道に蠢く影』が発生しました。
依頼:『下水道調査』を受注しました。 ≫




