021:心強い味方がいるのさ
ヒメノさんに対する安全マージンを取るため、こちらからも距離を詰めて応戦する。
コウモリは、人の顔面サイズ。
ゲスイコウモリの”ゲスイ”は、おそらく下水とゲスいを掛けている。
そこはかとなくあくどい顔をしてるからな。
だが、それでこそモンスターだ。容赦なく、鞭打てる。
走りながら右に鞭を振りかぶり、波打たせて―――振り下ろす。
≪ダブルスネイク≫、左右の上下から標的に噛み付くように狙う鞭スキル。右上は純粋に自分の持っている得物だが、左下のは魔力で出来た偽物だ。
僕の魔力がまだ高くないのと、薄紅桜蛇が良い鞭であることもあって、セラレドに試した感じ「魔力で出来た方は結構な攻撃力が落ちているね」と言っていた。
コウモリさんにはどれだけダメージが入るのか。
「キキィ」「キィ」
それぞれ、右から二匹のコウモリに直撃し、体勢を崩した。
羽根をバタバタさせて、高度を落とす。右側の方はダメージが大きかったようで、復帰できずに地面まで落下した。虫の息だ。
残りの一匹は加速し、僕の鞭の間合いをすり抜ける。
だが、問題ない。そっちが複数いるように、こちらにも心強い味方がいる。
「氷華!」
ヒメノさんが唱えた魔法により、氷柱が発生してコウモリを地面から突き上げる。
事前に動作を打ち合わせていたため、僕は≪ステップ≫で後ろに跳んで巻き添えを喰らわないように待避している。
しかし、結構ヒヤっとするタイミングだったな。氷の技だけに。
直撃したコウモリは、倒せたようなので何も問題はない。あとは、阿吽の呼吸ができるようになるまで訓練だな。
――さて。こっちが担当しているコウモリさんにも退場を願おうか。
飛んでくる側は≪ウィップスピアー≫で刺し、地面でもがいているヤツは≪魔力伝播≫を使用した状態で踵落としを喰らわせて命を刈り奪った。
「タイミングが遅れました。申し訳ありません」
「そんなことないよ、フォローありがとう」
ちなみに、氷華は氷で出来た柱を発生させる魔法だが、氷属性という概念は付加されていない。あくまで、鋭く冷たいという性質を形として模しているだけで偽物なのだ。
本物を発生させる魔法は、高度なので使い手は少ないらしい。
現時点でヒメノさんが覚えている魔法は三種類。≪氷華≫≪雷鳴≫≪霰降らし≫だ。
僕の覚えている魔法と比べ、彼女が覚えている魔法は名称が短い代わりに消費MPが多く、詠唱が長い。プロテクトフォールが二節詠唱に対して、こちらは三節だ。
憑依していないゴーストという制限がある場合、名称だけで魔法を唱えるとMPの四割が持って行かれる。継続戦闘を考えると結構厳しい。
「次のフォローは僕がヤバくなったらか、詠唱なしで魔法を二発撃てるまでMPが回復してからで。
それまでは、躱せない攻撃はライフで受ける」
「打ち合わせ通り、承知しています」
「よし、じゃあこのまま適当に進もう」
「はい」
*
一時間ほど下水道を徘徊し、スウェッジマウスとゲスイコウモリを駆逐する作業をしただろうか。
他のプレイヤーにも六組ほどすれ違ったのだが、敵に関しては結構な数が出現するので問題なし。それに手頃な弱さなので、動く標的に動きながら鞭を当てる訓練には丁度良い。
攻撃は三発ほど貰ったが、HPは一割しか減っていない。スキルを使っていない攻撃はまだ躱されたりもするので、悔しさ半分、盛り上がる気持ちが半分。
問題なのは――、おっと。また”件の問題”がきたようだ。
「またですか……」
ヒメノさんが嫌そうに呟き、腐臭がだんだんと鼻を刺激する。
……黒いスライムだ。コイツが定期的に下水道を巡回して彷徨っており、遭遇する度に臭い思いをすることになる。ガイドブックの『腐臭がするのでオススメはしません』はまさに正解だったようだ。
これが一匹だけじゃなく、複数いるようで20分に一回ぐらいの頻度でくさーい臭いをまき散らしていく。
≪ 『兄貴にメールした?』 ≫
「うお……」
15時になり、設定していたメッセージが表示された。
前回はセラレドに鞭で打たれている最中で気付かずにスルーしてしまい、訓練終了後にやっとこさ気付いたけど「次回で良いや」と放置したんだよね……
あのときはテンションが高かったのが原因なんだけど、比較的冷静な今は……うん、冷静だからこそ放置したいと思ってしまう。
なんとなーく、思ったんだけど。
兄貴にメールしてスルーされるかもしれないってのが恐いって感じてる自分がいる。
MBOをやる以前に送ったメールなんて、戻ってこないのが結構あったし。電話は絶対に出ないし。フレンドリストを参照すると、兄貴はオンラインになっている。絶賛プレイ中。
向こうからもこっちの状態を確認できるけどアクションはなし。
兄貴が大好きなゲームで「一緒にやろう」と声をかけて駄目だったら?
もう、打つ手無しと言うか……
「ハルト様?」
思考が、表情に出ていただろうか。気遣わしげな声を、ヒメノさんがかけてくる。
こんな時に優しいのは見透かされているようで逆にキツイ。
HMEのウインドウを表示させてメッセージを確認する動作をしていたので、ヒメノさんからは声をかけないといけない状態に見えてないハズなんだけどなぁ。察しが良い女の子だ。まるで――……と。危ない。
二重に危険な思考に陥る所だった。
駄目だぞ、過去に振られた相手にヒメノさんを重ねたら。
未練がましくて格好悪すぎるぞ。
妹をモデルにキャラクター作成をしたんだけど、願望が入ってしまっているのか。
ばっちーん、と薄紅桜蛇で自分を足を叩いてやる「――ッ」かなりの激痛がしたけど、声を出さないように黙って耐える。痛いぜ、相棒。だが、良い痛みだ。
力を込めすぎたせいでHPが一割ほど無駄に削れる。
そのぶん、気持ちが平常運行に切り替わるどころかギアが高めに入った気がするので問題ない。
「ゴメン、ヒメノさん。なんでもな――――ッ!」
ヒメノさんに向かって、巨大な魚が飛んでくるのが視界にはいった。
鞭で迎撃するのが正解だったのだろが、慌ててヒメノさんを押し倒して庇ってしまう。
「ぐあああッ!」
背中に激痛が走った。くっそ、さっき自分でHPを削ったおかげで生存ギリギリだ。
状況を把握したヒメノさんが≪雷鳴≫を放ち攻撃するが、汚水に潜って回避される。
水面の動きを見ると、相手は逃げる気が無いようだ。
僕らを目標に定めて、攻撃をしようと隙を窺っている。
この状況は――盛り上がってきたッ! 背中の痛みなんて良い塩梅だ、逆に気持ちが良い。気分が高揚するッ!
「ハルト様!」
心配してヒメノさんが僕の傷口に回復スライムを使用し、枯渇寸前のHPが四割弱まで回復する。「しっかりしてください」と気遣う彼女だが、身動きするのに邪魔だ。
普段だったら嬉しいんだろうけど、今は褒められた行動ではない。
「構えて!」
叫び、ヒメノさんを無理矢理突き飛ばす。
そこに巨大魚が飛び込んできて、地面とキッスする良い音がした。ガチンとね。
だが、鞭の炸裂音には及ばない。これから僕が鳴らす音には、ね。
「ゴオオオオォォォドハンド・ダブルッッ!」
両腕で鞭を持って、崩れた体勢のまま巨大魚に攻撃する。
頭部に渾身の一撃を喰らわせたのだが、効果は薄そうだ。岩を鞭で叩いたような派手な音はしたが、ダメージはまったくそれに見合っていない。
巨大魚は再び汚水へと身を戻す。
――が、射程範囲内だ。
「ウィップスピアーッ!」
音声認識によるスキル発動。立ち上がろうとしていた僕の姿勢を無理矢理ひっぱり、鞭で穿つ動作が発生する。
ずん、と鞭先が水に浸かる。回避されたのだ。
「くっ、やる」
「ウィンドエッジ!」
短剣スキル≪ウィンドエッジ≫を発動し、ヒメノさんも追撃する。
これは当ったのだが、水に阻まれて威力が減退しすぎて効果がない。魔法による攻撃ができれば良いのだが、おそらくMPが不足している。
スキルはMP消費が少ないので使用できるが、いかんせん彼女の腕力が低すぎて牽制するのが限界だ。
要するに、僕がやらなければならない。まあ、望む所だけど!
飛びかかってくる巨大魚の攻撃を回避して、≪ダブルスネイク≫を魚の腹に打ち込む。
今度は、かなりダメージを与えることに成功した。三割は削れている。
先程の違いは自分の姿勢が悪く勢いが弱かったのもあるが――、おそらく当り所だ。
巨大魚は、攻撃を空振りして地面にぶつかってもHPが減ることはない。つまり、頭はそれだけ頑丈にできているということ。
ならば、弱い部分など相場は決まっているッ! 固い鎧に守られた中身こそ脆弱ゥ!
「牽制! 僕の背後に回って、次で決めるッ!」
ヒメノさんは、巨大魚が水面から出るタイミングで≪ウィンドエッジ≫を水面に当て、動きを妨害する。
良い仕事だ。たまらない。これは、僕もキッチリと決めないとな!
時間を稼いで貰っている最中に、呪文を唱える。
『根源たる魔力の渦よ、我が前に堅牢なる壁を築け――――、プロテクトウォールッ!』
そして、巨大魚が飛びかかった瞬間それを口の角度に合わせてぶち当たる。3秒、持てば上等ッ!
「ゼロ・エミネイションッ!」
続けて、攻撃に貫通を付加する魔法を唱え、≪ウィップスピアー≫で巨大魚の口内を刺し貫く。
びちんびちんと尻尾を振って抵抗しようとしているが――――
「ちょいさぁ!」
刺さった鞭を思いっきり引っこ抜いてやると、お魚さんは粒子となって消え去った。
フッ……鞭使いの実力、甘く見ないで貰おうか! とか思ったんだけど『30EXP』『岩石頭魚の魚肉』とスウェッジマウスの三倍しか経験値が入らなかったので肩透かしだった。
おそらく、武器相性が悪いのだろう。大剣とかなら、魚が飛びかかってくる場所に刃を構えて突き刺す作業ができるハズだからね。
こっちは軟質の武器なので、スキルを使ってやっとなのに。
「瀕死のダメージで、とても心配したのに――――なぜそんなに笑っているんですか」
呆れた声で、ヒメノさんが言う。
だけど、その顔は微妙に笑っている。
彼女も似たような気持ちのハズだ。やってやったぞ、と。
「いやあ、岩石頭魚は強敵でしたね!」
「ぼさっとしていると、次が沸いてきます。ここは、一旦戻るのが無難かと」
「そうだね。今日はこの辺で切り上げようか」
そんな会話をしていたら――ぬっ、と。巨大魚、改め岩石頭魚が水面から顔を出した。
僕は「あっ」と間の抜けた声を出し、対抗することもなく頭から食べられた。激しい痛み――――
「ハルト様、ハルト様ァ!」
僕を呼ぶ声がだんだんと遠くなり、視界が暗転した。




