020:下水道を探索する
王都からの下水道侵入ポイントは『貴族街』『商業街』『住宅街』の三箇所内に無数に存在する。
商業街の道具屋さんでお買い物をした僕らは、そこから5分程歩いたマンホールから侵入を試みすることにした。
何故、街中の下水道にモンスターが沸くのか。
それは魔王様の実験施設が城の地下にあり、そこから放たれる魔力の波動で生物が突然変異してしまったという背景がある。
根本的な原因が取り除かれていない理由は不明だが、モンスターから剥ぎ取れる素材がおいしいので放置します、と言うような感じだろうか。
マンホールの場所に到着すると、他のプレイヤーが下水道へと降りていく光景が目に映った。
騎士のような格好をして、身長より高いランスを背負っている。下水道、そこまで広くないと思うんだが……そんな重装備で大丈夫か?
青年は、自分が先に降り「はやく、降りてこいよ」と猫耳メイドさんに声を掛けている。恥ずかしそうに「はい……」と返事をし、メイドさんは梯子を下りる――。
これは、間違いない。先に降りて下からパンツ……ドロワーズを見ているな、貴様ッ!
ヒメノさんに視線を向けると、彼女はいつもの無表情だ。
気付いてない、か? これは僕も同じ作戦で行こう。
いや、ヒメノさんは聡いからな。途中で気付く可能性が高い。
一時の欲望に身を委ねて紳士的な欲求を満足させることは出来るかもしれないが、バレたら将来的な関係に亀裂が入りかねない。
「じゃあ、僕が先に行くから」
「はい」
ここは、先に降りるがスカートを気にしてないよ、とアピールをするのが正解だろう。
男性先行で梯子の下から見上げる意味に気付いていないので無駄かもしれないが。まあ、モンスターがいる場所に女の子を先行させるのは僕の精神衛生的に無理なので、これしか選択がないんだけど。
マンホールから下を覗き、先客のメイドさんが完全に降りたことを確認。
せっかく魔力で肉体強化ができるので、梯子なんて使わずに飛び降りようと思ったのだけど――以外と深いので無理そうだ。落下によるダメージが未知数なので、今回は見送った方が良いだろう。
今度、ヒメノさんがいない時にひとりで落下実験でもやりますか。
梯子を伝って、下水道に降りる。
冬場の夕方、とかそんな感じの明るさだ。臭いの方は思ったより臭くない。内装は煉瓦造りで壁面が補強してあり、パイプが壁沿いに続いている。意外と近代的な造りだな。
パンフレットにはマンホールから下を覗いているスケッチと、汚水をメインに描いた構図のものしかなかったので、自分の中に出来ていたイメージとは微妙に違う。
騎士風の男性と、猫耳メイドさんの姿は見えないが、すでに移動したのだろうか? なんというか、素早い。
カツン、カツンとヒメノさんが梯子を降りてくる音が聞こえ、上を振り向きたい欲求に駆られるけど我慢する。落ち着け、素数を数えるんだ。1、3、5…………109、113、127、131……
「思っていたより、臭くないですね」
無事に、何事もなく到着したヒメノさん。下水道に対して、僕と同じ感想を抱いたようだ。
「そうだね。それに、結構綺麗な気がする。水、あんまし濁ってないよね」
「それは――――」
ヒメノさんが何かを言いかけた所で、「ギャォォーン」と人以外の何かの悲鳴が聞こえた。
反射的に鞭を構え、魔力による肉体を強化。ヒメノさんを背に庇い対処できるよう神経を張り詰める。
水をかき分け、何かが向かってくる音が――、同時に、腐臭。臭くないと思った下水道なのだが、何かが近づくにつれどんどん臭くなる。
「げっ……」
やってきたのは、首が二本あるアヒル。どことなくドラゴン調で、目付きは可愛らしいが全体的にトゲトゲしい。大きさはスワンボート、といった感じでなかなかにデカイ。「グゲェェー」と声を上げている。
そして、それを追っているものが――巨大な黒いスライムだ。
触手を伸ばしてアヒルに攻撃している。魔力の壁のようなもので防がれたり、防がれずに吸い付いたり。
逆に、アヒルが口から炎を吐いてスライムが無抵抗でそれに耐え抜いたり。まったくダメージを受けていなように見えるが、実際の所はどうなんだろう。目を凝らしても変化が見られないが――――
二匹は僕らを気に留めることなく、激しい攻防を繰り広げながらあっという間に通り過ぎていった。
「ヒメノさん、アヒルとスワンの違いって何だと思う?」
「大きさ、でしょうか」
「ごめん。聞いただけで僕にもわからないんだ」
「そうですか……」
どうでも良い会話をして、微妙に脱力してしまった意識を元に戻す。
優勢だったように見えたのは黒スライム……つまり、この下水道のボスで、いずれ戦わねばならぬ相手だと言うことだろうか。
相対するなら、通路ではなく下水に浸からないといけないし、鞭による攻撃があまり効く気がしないし、なかなかの難敵かもしれない。
「ハルト様、今回の件……ギルドに報告した方が良いと思います」
「了解。一旦戻ろうか?」
「いえ、探索を終えた帰りで問題ないと思います。
あの調子であれば、おそらくスライムが二本首のモンスターを始末するでしょう」
それだと、スライムが野放しになる気がするんだけど。
僕が疑問に思ったことにヒメノさんが気付いたようで、続けて補足を入れてくれる。
「あのスライムは、勇者様が生成した魔法生物です。
普段は下水道内のゴミを食べて穏やかに暮らしているそうです。
メイド長から生物は襲わないように勇者様が命令していると教えて頂いた記憶があるのですが……今回の標的は、人間の範疇を超えた大きさだったので排除しようと動いていたのでしょう」
「つまり、スライムは無害ってことか」
「そうなりますね。悪臭を放つ、という意味では有害ですが」
「あー、臭かったのはスライムのせいなのね」
下水道に住んで、ゴミを食べるスライム。確かに臭くなるかもしれない。
爽やかな勇者さんのイメージとはかなり離れてるなぁ。
ギルドに報告へ行ったら討伐することになるパターンな気がする。
初ボスでスライム、というのもRPG的には結構自然な流れ……のような気がするし。
今回は、金策が目的なのでひとまずボス云々は置いておき、普通にモンスターを倒すことにしよう。
アヒルとスライムが追いかけっこした通路はモンスターがいなさそうなので、そこを避けて行くことにする。そのためには、反対側に渡る橋が掛かっている場所を探すか、下水に浸かって渡らないといけないのだが……僕は後者を選ぶことにする。
「ヒメノさん、ここを突っ切って行こうか」
「……はい」
微妙に躊躇いがあったが、返事をしてくれた。
どうせ戦闘をするのだから、汚れる汚れないなんて時間の問題だ。魔力で肉体強化してるから、服が水で重くなったぐらいでは動きが鈍ることなんてないし。
ざぶん、と下水に足を踏み入れる。水深的には、身長170センチの僕の腰ぐらいまである。1メートル程度だろうか。かなり動きが制限されるな。
ヒメノさんは……おヘソを越えてる。汚水に浸かっての戦闘はかなり困難だろう。
「かなり、深いな。ガイドブックの初心者向け表記はモンスターの強さだけの目安だったのか」
「いえ、環境も配慮してだと思います。紛いなりにも公認されている冊子ですから」
「信じられないんだけど……お」
巨大ネズミ的なモンスターが一匹やってきた。
陸路から、僕らの方を見て「チュウチュウ」とネズミっぽい声を出している。
意識して名称表記をONにすると、『ネズミ種』と灰色の文字がネズミの頭上に表示される。
「あれは、スウェッジマウスです。
人肉の臭いに引き付けられて寄って来ますが、水中での戦闘能力はありません」
「なるほど。環境に対してのデメリットは相手側としても同じってことか。むしろ―――――」
射程を考えると、こっちが有利だ。
名前を聞いたおかげで『ネズミ種』の表記が『スウェッジマウス』の白文字表記に更新されるが、それは一瞬にして削除される。
ズシュッ、と。繰り出した≪ウィップスピアー≫で口から尻穴まで鞭を体に貫通させて貰った。
『10EXP』『ネズミ肉』と表示され、スウェッジマウスはポリゴンとなって霧散する。
現状覚えている鞭スキルに関しては、体捌きだけで再現できる。よって、短剣を使うときと違って音声アシストを行使する必要は無い。
水濡れによって相棒が若干重くなっているが、そんなものは想定の範囲内だ。
若干操作精度が落ちるが、難敵と戦うわけでもないし、逆に重さで攻撃力が増すレベル、と自分を納得させることができる。
現実なら水濡れなど御法度だけど、仮想世界では「全損しなければどんな状態でも直してあげるわ」とヴァレリアさんに言われている。おかげで、耐久度は気にする必要が無い。
大切にはするけど、使う局面で惜しんだりはしないさ、フッ……
「楽勝、だね」
「そのようです。しかし、ハルト様……気持ち悪い笑顔ですね。少し、気味が悪いです」
「え? そうかな」
確かに、意識してみるとすごくニヤけている気がする。
うん。これは、仕方が無いんだ。現実では鞭で動く標的を攻撃する機会なんてないからね。鞭使いとしては自然とテンションが盛り上がってくるのだ。
おっ、次の獲物が接近してきた。
「次は、スキルなしでいく。ほいさ!」
腕を振り上げ、真っ直ぐ鞭を振り下ろす。
パシィィ。と安定の炸裂音がして、「キィィ」とネズミちゃんが悲鳴をあげる。うお、少し罪悪感があるな。早く――パシィ! 楽にしてあげないと――パシィ! な――パシィィん!
合計四発で、ネズミは経験値とアイテムを残して昇天する。
スキルを使わないと、こんなものか。苦痛の声を聞くのもアレなので、効率良く討伐してやることにしよう。
「……ん?」
そこで、僕は二匹目のネズミ――スウェッジマウスの死体が消えていないことに気付いた。
攻撃の威力が足りていなかったと思い、死体に鞭を打とうとしたらヒメノさんに止められた。
「この状態では、モンスターから追加の剥ぎ取りができます。
私のスキルに≪剥ぎ取り≫があったのを覚えていますか?」
「うん、覚えてる」
本当は記憶にございません状態なのだが、否定して悲しみの沈黙状態になるのはアレなので覚えていることにする。
これからヒメノさんが僕に見本を見せながら伝授してくれるらしい。
通路へよじ登り、ヒメノさんとスウェッジマウスを挟んで相対する。残念ながら、≪暗闇耐性≫のスキルを持っていても薄暗い環境の中で服が透けているのかはわからない。
……いや、認めよう。まったく服が透けていない。透けている気がしない。浪漫がない。
まあ、密着している感はあるのでそれだけでも満足ですよ。悟られないように視線を向け、目の保養にする。
「では、このように――――行います」
「うおっ」
一瞬にして剥ぎ取りは終わったけど、微妙にグロかった。
ヒメノさんの手に魔力が集まって発光したと思ったら、スッとネズミの腹を切り裂いて、そこにそのまま手をねじ込んだのだ。すると、ネズミはポリゴンになって分解され『ネズミ肉×2』の表示がでた。
≪ スキル:≪剥ぎ取り≫を取得しました。 ≫
「このような小型で柔らかなモンスターは素手で剥ぎ取ることができますが、中には特定の装備が必要になってくる相手もいます。
刃物武器で代用できる場合が多いので、ハルト様が鞭しか使わない場合でも、一本刃物を持っておくと便利かもしれません」
「了解。じゃあ、次に剥ぎ取りチャンスがあったら僕がやらせてもらうよ」
剥ぎ取りのさらに詳しい説明を聞きながら、僕らは適当に進んでいく。
今回は金策なので、特に目的地は設定していないのだ。
下水道は何カ所も出入り口があるので、迷子になるだとか、マッピングだとかは何も気にする必要も無い。
「正面、ゲスイコウモリが三匹向かってきますね」
「仕留めさせて頂きます!」




