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002:異世界へようこそ

 ようこそ、Maid Butler Onlineの世界へ!

 私の名前はセツナ。とある御方の元で働かせて貰っているメイドです。


 ハルト・レオン様、ですね、初めまして。

 あなたが異世界に渡る前に、基本的な注意事項について説明させて頂きます。


 このゲームは、HMEと同期するように調整されています。

 フレンドリスト、ネーム、仮面(ペルソナ)設定は、ご使用になっているHMEの最新の状態に準じますので注意してください。

 プレイ時間は、通常の場合1日8時間制限。制限時間を超えた場合は強制ログアウトとなります。


 尿意や空腹などはプレイ中にHME経由で警告がポップアップするようになっています。

 限界が来るまでに強制ログアウトする仕様ですが、保証はできませんので自信の体調は把握するよう勤めて下さい。


 そういえば……現在は夏、ですね。

 このゲームは、負荷によってHMEと接続している本体に熱が籠もるので33度以上の室内での利用をオススメしません。

 できるだけ、冷房の効いた涼やかな部屋での利用を推奨します。


 以上、注意事項の説明でした。


 これからは、簡単なアンケートをして貰います。

 ゲームに関わる要素ですが、思ったままを気軽に答えて頂ければ幸いです。


 では、はじめる前に深呼吸して――、目を閉じて下さい。

 私と一緒に、仮想空間に移動しましょう。



 はい。到着しました。

 今、ハルト様の目の前には年頃のメイドさんと、執事さんがいますね。


 お世話をして貰うなら、どちらが良いですか? そう、メイドさんですか。

 フフ、男の子ですもんね、メイドさんは浪漫です。


 次に、このテーブルの上にある20種類の雑貨の中から、ハルト様の好きなものを3個選んで下さい。


 『スライム』『呪いのお札』『堕天使の翼』ですか。

 珍しい感じのものをチョイスしましたね、良いセンスをしてらっしゃると思います。


 最後に、『赤』『青』『緑』『白』『紫』の中から、好きな色を選んでください。


 『赤』ですか。

 燃えたぎる炎の色、あなたの身体に流れる血の色でもありますね。



 私からのアンケートは以上です。ご協力ありがとうございました。



 それでは、これよりご主人様のお力で今いる仮想空間を異世界に繋いで頂きます。

 ワクワクしますか? 緊張しますか?


 深呼吸して――、目を閉じて――――――


 ・

 ・

 ・



 身体に吹き付ける風と、地面の感触を感じたので目をあけてみる。

 草原にいるようだ。周囲を見渡すと草木が風に靡いて、狼を少し大きくしたような動物が集団で駆けている。

 さらに遠方を見渡すと城壁に囲われた街が見えて、日本とは違うファンタジーの世界だと言うことを自覚させる。


「すごいな」


 感嘆の声が漏れた。

 仮想空間は小さい頃から慣れ親しんできたものなのだが、ここまで広域な空間を保有しているゲームをプレイしたのは初めてだ。

 大抵のRPGは拠点がある街とダンジョンという構成だったので、地平線が見えるような場所は初体験。

 政府公認ゲームで国家予算を投入しているだけのことはあるなぁ、と感心する。


 まずは、あそこに向かえば良いのかな?

 僕が城壁に向かって歩みを進めようとすると、狼のような動物がコチラに駆けてくる。

 案内役だろうか、尻尾をぶんぶん振って可愛いな。


 ――そんな風に考えていた頃が僕にもありました。


 狼は、僕に近づいてきたと思ったら、いきなり右足に噛み付いたのだ。

 突然のコトで焦ったが、ここは仮想空間。視界左上にあるHPゲージが2割ほど削られるだけで、子供に軽く殴られた程度の痛みしかない。

 しかし、派手に牙が食い込んでおり、気持ちは削られたHP以上に痛い。

 左足で狼を蹴り飛ばそうとしたら―――、そちらも別の狼に噛み付かれる。

 さっきよりも強烈な痛み、思わず「おうふ」と叫んでしまった。


 右足を振る。狼は噛み付いたままだ。左脚を振る。狼は離れる気配がない。

 近くに武器は落ちていないかと改めて周囲を見渡すと、狼の群れに囲まれている現実に気付く。


 詰んでる、よな。

 足掻いてもどうしようもないので、僕は全身の力を抜いて状況にすべてを任せることにした。

 群れの中から狼が飛び出し、僕の顔面に噛み付こうとして―――


 狼のはライトブルーの剣に貫かれ、粒子になって消滅する。


「危ないところだったね、ここは僕に任せてくれ。まだ年若いけど、これでも勇者をやってるんだ」


 ピンチに颯爽と登場したのは、勇者さんだった。

 外見は、黒髪黒目の典型的な日本人。細身で黒を基調とした全身鎧を纏っており、その胸には黄金のライオンが輝いている。ものすごく良いタイミングで格好良く参上したなぁ。


 彼は両腕から水色の剣を生やし、狼を蹴散らしていく。

 飛びかかってくるものを両断し、様子をうかがっているものは剣を伸ばして突き刺して倒す。

 どうやら、勇者さんから生えている剣は伸縮自由自在の魔法のようで逃げた狼も容赦なく駆逐する。


 この間、わずか数秒の出来事だった。


「大丈夫?」

「はい、危ない所をありがとうございました」

「たまたま通りがかって良かったよ。キミの格好……見たところ異世界人だね」


 ≪ クエスト:『勇者に導かれる異界人』が発生しました。 ≫


「しかも、僕と同じ日本人だ。色々聞きたいこともあると思うけど、歩きながら話すから付いてきて」


 どうやら、先程の件を含めてチュートリアルイベントのようだ。

 反抗する意味もないし、頷いて彼と共に歩くことにする。城壁に向かって進んでいるんだけど……

 今のペースだと1時間くらい歩くことになりそうなので、そこだけは不安だ。


「まず、この世界について。

 ここは、日本とは違って、猫耳が付いてる種族だったり、下半身が蛇の種族なんかがいるんだ。珍しいと思うけど、凝視するのは失礼だからコッソリと見るようにね。

 あー、ゴメン。その話よりまずはキミの身体の治療か」


 そう言うと勇者さんは僕の口に”ねばっとした何か”を強制的に含ませる。

 身体の中に異物が挿入される感覚がして、少し気持ち悪い。が、バニラヨーグルト味で美味しかったりもする。


「これは回復スライム。この世界でHPを回復するアイテムなんだ。

 発案は僕なんだよ、すごいでしょ。他にも何種類か味があって――――おっと。話題が逸れそうだ。

 体力は回復してるけど、念のために軽くジャンプしたり走ったりして確かめてみて」


 ジャンプ。進行方向にダッシュ……うん、痛みも残っていないし快適そのものだ。

 むしろ若干だけど体調が良くなったかもしれない。仮想空間に身体が馴染んだ、と言うと適切か。


「問題なさそうだね。キミは今『身体の調子が少しだけ良い感じ』だと思うんだ。

 これは、この世界に身体が適応した証拠なんだ」

「適応、ですか。確かに、調子が良い感じがします」

「うん。この世界の概念に無事身体が適応したらそう感じるんだ。

 元々虚弱だった場合は健康になったように感じるし、身体を鍛えまくったり、スポーツに打ち込んでいる人は弱くなったように感じる。

 キミは……平均的だから日本に居たときと何ら変わりなし、って所かな」

「何も変化なしってことですか?」

「身体能力については……そうだね、変化なし。だけど、魔法が使えるようになってるハズだ。

 それに、瀕死にならない程度の負傷だったら治療しなくても全快の状態とかわらなく身体の能力を発揮できる。死にづらくなった、という表現にすると的確かな。

 せっかくだし、さっそく魔法を試してみようか。歩きながらで良いから、僕と手を繋いで―――」


 勇者さんは右腕を僕に差し出す。

 すぐに手を握れば良いのだけど、それが同姓の手だと思うと少し抵抗があって……躊躇すること30秒。

 すると、水色の触手が僕の手を絡め取り「はい、手を繋いだ」と笑顔で言われました。無駄に爽やかイケメンである。


 触手がベタベタして気持ち悪いんだけど、これはおとなしく手を握っておけば良かったと後悔。

 それにしても、なぜ触手なのか。見た目がスライム状なので特に抵抗があるわけではないけれど、疑問を感じざるを得ない。というか、勇者らしくない能力なのでこれは何かの伏線なのかもしれない。


「では、そのまま目を瞑って。僕の魔力を手から流すから、抵抗せずに受け入れて―――」


 指示に従わないと先程のように強制されるのだろうか。気になったが、ベタベタの触手で目を閉じられるという展開は避けたいので、おとなしく目を瞑ることにする。

 すると、勇者さんに繋がれた触手から、何か暖かいものが身体の中に入っていったのが感じられた。


「では、身体の中心に意識を集中させる―――、

 魂のようなものが感じられうようになっていると思うけど、大丈夫かな?」


 ある。僕の中に魂の躍動を感じる。意識を、集中する。イメージ、魂から魔力を、身体を巡って循環させる。そして身体の外に―――、肌を、なぞるように覆わせる。

 目を開けると、身体を赤いエネルギーが覆っている。これが、魔力なのだろう。早速試してみたい衝動がわき上がる。

 さっき勇者さんが使っていたような刃を頭でイメージし、魔力を右腕に集中――――……したけど形状変化はしない。うん、難しいな。


「……いや、驚いたよ。王都まで歩くついでに慣らそうと思っていたのに、こんな簡単に魔力を操れるようになるなんて。キミは才能があるようだね。

 キミが纏う赤色の魔力は攻撃利用するなら破壊が得意になるので、魔法を覚える時にの参考に片隅に記憶しておいて」

「破壊ですか……了解です。ちなみに勇者さんは何色なんですか?」

「僕は、こんな感じだね」


 勇者さんの身体が黄金に輝き「うおっまぶしっ」と思わず呟いてしまう。

 ただ魔力を纏っているだけではなくてエフェクトがキラキラ輝いて、特別な存在であることを演出している。


「僕は、赤、青、緑、白、紫、すべての加護色を得ているんだ。

 そして、何故か金色の魔力という目立つ感じになってしまったんだよね」


 さすがは勇者様。僕のような一般プレイヤーとは性能が段違いらしい。


 ちなみに、すぐに魔力のイメージができたのは『目を閉じたときにチャンネルが繋がったから』である。

 通常状態では目を瞑っても現実と同様に視界が閉じられるだけなのだが、HMEからの介入がある場合強制的にイメージを連想させられ、頭に浮かぶようになっているのだ。

 勇者さんは驚いてくれたけど、残念ながら全てのプレイヤーができることなので才能があるワケではない。


 ≪ スキル:≪魔力適正C≫を取得しました。 ≫


 うん、案内がでたけどこの程度だ。下限はわからないけどCという文字はなんとなく普通らしい感じだし。

 勇者さんはしきりに感心して「鍛えれば、王宮で魔術兵として職にありつけるし、冒険者をやるにしてもすぐに中級あたりにたどり着けるハズだ」と僕のことをべた褒めしてくれるので、内心申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 ……なんだか、背筋に嫌な気配を感じた。

 気のせいかと思って周囲を見渡して見るけど、何も異常は見当たらない草花が風に揺られているだけの長閑な光景で――、いや、これは地平線まで見える平原なのに、何も生物がいないのがおかしいのか。


「お、気付いたようだね。やはりキミは優秀だ。

 僕はこの平原に『帝狼ウルヴァラ』を討伐しにきていてね。本来なら狼耳が生えてる獣人の守り神と呼ばれている守護獣なんだけど、何かの原因で魔獣化してしまったらしくて……さっきキミを襲った狼たちは、その眷属といった感じかな」


 勇者さんが説明をする最中、「ワオォォーン」と、背後で狼の遠吠え、振り向くとそこには何もいなくて。

 再び正面に視線を戻すと―――、巨大な狼がいた。

 周囲にも小型の狼が何匹もおり、僕らは完全に囲まれいる。あまりに絶望的な状況に背筋が薄ら寒くなる。


「気配遮断、音響残像、広域迷彩のスキルまで持ってるのか。これはなかなか厄介だ―――」


 ボス狼が咆哮し、あまりの威圧に僕は身動きが出来なくなった。

 それに飛びかかってくる狼たち。


「魔力で防護するんだ!」


 その声に反応し、咄嗟に自分の魔力を防御するイメージで身を纏う。

 くっ。頭を庇った右腕と、左腹、右足が噛み付かれた。

 振り払おうと抵抗するが、狼の牙が深く刺さっているためなかなか抜けない。ダメージを多量に喰らっていないことだけは幸いだが。


 勇者さんがボス狼を倒し終わるまで、僕はなんとかこの状況を防がなくては。

 出来ること、出来ること―――、ある!


「うおおおおおおおお」


 噛まれている部分から纏った魔力を流し込むのをイメージ。すると、目論見は成功したらしく狼たちは口を離して僕から離れる。

 グルルルル、と警戒した声を出しているが、その身体は若干ふらついている。


「よしッ……」


 ある程度のダメージを与えることに成功し、してやった気分になる。


 ≪ スキル:≪魔力伝播≫を取得しました。 ≫


 これなら僕も戦える! 狼に触れて、自分の魔力を流し込めば良いのだ。

 良いだろう、相手にしてやる! 大物は勇者さんが引き付けていてくれるんだ。取り巻きぐらいは、片付けてやる。


 スキル≪魔力伝播≫コイツには、別の名前を与えよう。

 自分がイメージしやすいように。名前が力となるように――――ッ。


「いくぞ、ゴォォォォッド・ハンド!」



 ―――意気揚々と突撃した僕は、狼の動きに翻弄されて攻撃を当てることができずに、また噛み付かれ、バランスを崩して倒れたところに集団で狼が群がって噛み付かれ噛み付かれ噛み付かれ……

 勇者さんが何かを叫ぶ声を薄ぼんやりと聞きながら、意識を失ったのであった。


 ≪ ……タ…緊………制……アウ…しま…。 ≫

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