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018:癒やしの眠り

「良いことをした後は気持ちよいね!」


 ヴァレード・レヴンの売り上げに貢献し、鞭のカスタマイズに関して一枚噛ませてもらった。

 ヴァレリアさんの画稿の時点でかなりの完成度だったのだけど、可愛さに若干欠けていたのが気になったのだ。

 私見による我が儘ではあるので、すぐに取り外して本来の仕様に戻せるよう配慮はされているし金銭も負担している。おかげで所持金が260Gになったけど心は穏やかに澄み切っている……絶対あの金髪さんは喜んでくれるだろうし。

 なんせ、「ファンタジーの世界で女王様を目指してます(意訳)」と言っていた程だ。本人も女王様っぽく高圧的な感じで振る舞ってたし。

 まあ、なりきれてなくてお嬢様的な感じになってたけど頑張っていて微笑ましかった。

 あの努力が鞭にも注がれれば、立派な鞭使いになってくれるだろう。

 彼女が成長したあたりでもう一度会ってみたいものだ……同じ鞭使いとしてね。


 広域マップから魔王城へジャンプすると、ちょうど城門の所でヒメノさんが待っていた。

 彼女は僕に気付くと一礼。あわてて、こちらも45度のお辞儀をして挨拶を返す。


「こんにちは、ハルト様。少し見ないうちにずいぶんと見窄らしい服装になられたようで」

「本日はお日柄も良く……これは訓練の成果なんだ。傷ついた鞭使いって格好良くない?」

「浮浪者といった体裁で汚らしいですね。代えの服は買われてないのですか」

「服屋の場所を知らないし、残金もないですから。

 今日は、宿屋を決めてから金策にモンスターを狩ろうか。

 その溜まったお金から逆算して、服だったり防具だったり買う物を考えよう」

「承知しました。宿屋に関してはお決まりですか?」

「うん、バッチリ。さくっと移動しちゃおうか」


 ヒメノさんを連れ、貴族街・北部に移動する。

 宿屋に関しては、昨晩に公認宿屋リストを眺めて決めている。HMEの電子書籍カテゴリに登録されているおかげでログアウトしていても観覧することができるので、寝る前にぺらぺらと読んでいたのだ。

 そしたら良い条件の宿を発見してしまってね。ヒメノさんも絶対に気に入るハズだと確信している。


「ハルト様、確か貴族街で公認の宿は一店舗。ここは―――――」

「そう、ここは棺の中で癒やしの眠りを約束する宿、『深淵の楔』だよ」

「…………」


 反応がない。「さすがハルト様。良い選択です」となる予定だったんだけど……不評、なのか? いや、そんなハズはない。これ以上に良い宿屋なんて公認リストにはなかったからね。きっと、文句を言おうとしたけど反論する要素がなかったので黙ってしまったのだろう。

 拗ねてしまった妹のようで可愛いではないですか。


 仏頂面したヒメノさんと話しながら……ほぼ一方的に話しながら歩くこと5分。

 到着しました、宿屋『深淵の楔』。外観は、パリにあるノートルダム大聖堂ような神々しい感じ。

 モチーフは睡蓮で、バラ窓ならぬ睡蓮窓が見える。内面は青を基調としたステンドグラスになっていて、掲載されていたカラースケッチはとても美麗だった。実際に入って見てみるのが楽しみだ。


 宿屋に入ってみると、執事服を着た骸骨の男性が迎えてくれる。

 ステンドグラスから漏れる光と相まって、とても幻想的でファンタジーの世界だということを色濃く感じさせる。


「ようこそ、深淵の楔に。本日はご宿泊ですか?」

「本日、と言うより連日ですね。えーっと」

「異世界人であるハルト・レオン様の宿泊に関してご相談に参りました。

 私、魔王城でメイドをやっておりますヒメノ・サクラと申します。こちらが親書になります」

「はい、確かに―――すぐに拝見させて頂きます」


 骸骨さんは右手に青い炎を呼び出し、渡された新書を炎で炙る。すると、綺麗に外の封筒が燃えて便箋だけが手の中に残った。

 内容を確認すると、骸骨さんは「確認しました」と呟き、便箋も青い炎で燃やし尽くす。

 あまりにもクールな演出に「フッ……」と僕の内なる何かが疼いているのがわかった。


「申し遅れました。私、この宿のオーナーをやっておりますスヴィエート・ゾンネと申します。

 棺の方はご一緒でよろしかったでしょうか?」

「別室でお願いします。この人と私は親しい間柄ではありませんので」

「くっ……」


「これはこれは、申し訳ありません」

「いえ。それと、普通のベッドが設置してある部屋はないのですか?」


 棺での安眠を約束する宿屋なのに、ベッドなんて置いてあるわけないじゃないか。コンセプトを考えてから質問しないと。

 オーナーも、怪訝そうな表情……なのかはわかんないんだけど(骨面で表情が読めないので)、「こいつは何を言っているんだ」という雰囲気になってしまっている。


「当宿は、棺専門です」

「棺があるのにベッドなんて必要ないですよね」


 宿屋のシステムについて軽い説明を受け、『王都観光ガイドブック』なるアイテムを配布される。

 タイトル通り、王都の観光に適した場所の案内から、王都の歴史や文化。武器雑貨屋様々な店舗についての記載がある。さらには、『初心者ダンジョン』なんてものも。


「ガイドブックは、公認宿屋リストに記載されている宿から移動しやすい場所に比重を置いて掘り下げられております。

 中にはマップに掲載されていない店舗などありますので、気の向くまま散策をお楽しみください」

「私がメイド長から”必須知識”として教育を受けているのは、そちらのマップに掲載されている建造物だけです。

 載っていない場所へ案内しろと申し使っても、それができないことをご了承下さい」

「では、魔力の登録を行って頂きます。こちらの水晶に手をかざして下さい」


 カウンターに設置してある水晶に自分の魔力を登録する。

 この登録さえ済ませれば、扉が本人を識別してくれ鍵を使わなくても自分の部屋に入れるようになるそうだ。


 登録を済ませると、割り当ての部屋がある3Fに案内される。

 階段には赤いに縁取りが金色の絨毯が敷かれて、随所に警備用のガーゴイル――石像に擬態している魔法生物が設置してあり、VIPな待遇で紳士的な気分になる。

 部屋割りに関しては僕が303号室、ヒメノさんが304号室を使わせてもらえることになった。

 別室なのはやはり残念だけど、隣室なので嬉しいあたりがなんだか絶妙だ。


「ハルト様の都合が良くなりましたら声をおかけください」

「了解。少し部屋を楽しんだらすぐ――、行くよ。一緒にお昼ご飯を食べようか」

「承知しました」


 微妙に言葉が間延びしたのは、時間の都合を考えたからだ。

 現実時刻でもうすぐ正午。ヒメノさんと仮想世界で食事を楽しんだあとに一旦ログアウトし、昼飯を食べるという流れにしよう。


 ≪ クエスト:『勇者に導かれる異界人』が完了しました。

   クリアボーナス:300EXP

   Level.Up 2 ⇒ 3

   チュートリアルを完了したため、公式よろずページの利用が可能になりました。

   各種掲示板、攻略情報、ボスタイムアタックなどのコンテンツが揃っています。 ≫


 部屋に入ると、クエストのクリアメッセージが表示された。

 それが消えると漆黒の棺が鎮座しているのが視界に入る。装飾品は1人用の椅子、テーブル、クローゼット。あとは暖炉に双子の女神のような彫像だ。

 宿は貴族街にあるだけあって高級宿に分類されるけど、内装に関しては以外と質素。

 理由は”棺を主役にするための意図した演出”なのだと宿屋リストに記載があった。骸骨の人が経営している店舗なのに女神の彫像があるのは日本人の宗教感覚としては不思議である。


 ……この彫像は芸術的なアレよりもフィギュアなどの造形品のようなリアルさがある。

 スカートの中身は……パンツじゃなくてドロワーズか。ヒメノさんに続き、二度目だ。悪くはないけどパンツに比べると少々ガッカリした気分になるのもまた事実である。


 ≪ 称号:『変態紳士』を入手しました。

   称号はステータス、及びギルドカードの該当箇所をタッチして付け替えすることができます。 ≫


 ……まあ、これは事実なので否定できまい。

 健全な学生の目の前にリアルな人型の彫像があったら、確実に”どこまでリアルになっいるのか”を確認するのは必然。折角の称号なので、初期の『異世界人』から入れ替えておく。

 将来的には、『ヴァンパイアキラー』だとか『吸血鬼殺し』だとか『ウィップマイスター』なんてものがあると嬉しいのだが。


「そして、お楽しみの……くぱぁ」


 紳士らしい擬音を口にしつつ、棺の蓋を開けてみる。

 すると、そこには綿飴のような布団が敷いてあった。


「うおお、素晴らしい」


 早速、全裸になって布団へ……と思ったが倫理規制でパンツが脱げなかったので、パンツ一枚で布団へダイブする。現実のベッドでは味わえないような崇高な感触ッ。

 ふっかふか、すごくふっかふか。内側から蓋の取っ手を持ち、完全密封する。


 視界に広がるのは闇……のハズなんだけど、なんか微妙に輪郭が見えたりする。

 この感覚はセラレドとの訓練後半で得た何かに――そうか。≪暗闇耐性≫を覚えたので、その影響かもしれない。暗視とまではいかないんだけど、どことなーく、なんとなーく輪郭がわかるのだ。

 夜中に目を覚ましたときに、電気を付けてないのに以外と物が見えるようなあの感じ。


 メニューを開いてスキルをオフに……できないのか。

 ログアウトしたら運営に要望としてメールを送信しておくことにしよう。


「ふぁー」


 快適すぎて眠くなるなコレ……いかんいかん、ヒメノさんと昼飯を食べなくては。


 眠りの誘惑を退け、ボロボロの服を着ようとしてクローゼットの中に何かないかと思い当たる。

 開けてみると、そこにはバスローブがあった。浴衣なら良かったんだけど、ゴシック調の建築物にそんな和風なものが備え付けてあるわけないか。

 今来ている学生服とどちらを着て食事に行くか悩んだのだけど、せっかくなのでバスローブを選択。


 袖を通すと、これまたふわふわで。着心地が良い。

 ほんのりと石けんの香りもするし良い感じだ。さて、食事に行きますか。


 部屋を出て、ヒメノさんを呼びに行く。

 304号室をコンコンとノックをしてやると「はい」と返事が聞こえた。


「ハルトだけど、食事に行こうか」

「はい、準備はできているのですぐに出ます」


 言って10秒もしないうちに、ヒメノさんが扉を開けて――、閉めた。なんでだ? と思っていると三センチほどの隙間が開き、ヒメノさんが顔を覗かせる。


「……なんなのですか、その格好」

「ボロボロになった学ランの代わり。これ、ふんわりしてて着心地最高だよ」

「まさか、その格好で昼食を食べに行くと?」

「うん、そのつもりだけど……」


 どうやらバスローブでの食事は常識を弁えていないようで、扉越しに説教をされた。

 日本人の浴衣感覚だったのだけど、その常識は通用しないらしい。


「思っていた以上に変態のようですね」


 底冷えするような声で言われたが、一般常識が欠如していただけなんです。

 ただ、変態と言う名の紳士をしている自覚があるので、変態ということは否定できない。紳士だから。


 説教途中で他のプレイヤーがメイドさんと腕を組んで階段を上って行くのが見え、思わず膝を付いてしまった。

 負けないぞ、僕もいつかはヒメノさんと腕を組んであるいてや、る……


 5分程で、説教は終わったけどこの時間が長いか短いかはわからない。

 しかし、怒られてすぐに一緒に食事をする精神力は持ち合わせていないのでお断りしておこうか……


「食事は別々にしようか」

「はい、それが良いですね」


 返答をしてくれたヒメノさんは、今日一番の笑顔でした。

 なんて、なんて心が暖まるやりとりなのでしょう。くっ……


 13時に僕の部屋に集合する約束をし、部屋に戻ってからログアウトした。



 *


「はぁー」


 思わず、溜息が出る。ヒメノさんとの関係は徐々に改善していけば良いと思っているけど、他の人があまりに仲良しな感じだからなぁ。

 妹にしろ、芳野にしろ……亮平も狼耳の少女と楽しそうだった。

 正直、羨ましい。だが、ヒメノさんもデレ期がこれば僕とイチャイチャしてくれるハズだ。


「うん」


 まずは、「サクラ」と名前で呼ぶのが目標にして、頑張ろう。


 台所に降りると、『遙人も姫香も寝ているようなので、父は外食してきます』と書き置きが置いてあった。

 僕は電気ケトルでお湯を沸かしながら戸棚を開けてカップラーメンをチョイスする。今日は、鶏ガラ醤油な気分だな。

 このラーメンはお湯を注いで4分で出来上がりだ。生麺風のタイプなので少々長い。

 HMEのタイマー機能で時間をセットしつつ、電子書籍から『王都観光ガイドブック』を選択して展開する。午後からの狩り場を考えておくためだ。

 ぺらぺらとページを捲る。初心者向けなのは、四箇所あるようだ。


 ・王都から外に出た『平原』

  人を食べそうな感じの犬や、角がゴツイ鹿などの四足歩行のモンスターが生息している。


 ・王都から2時間ほど歩いた『大猪の森』

  大猪という絶品の肉が取得できるモンスターが生息している。

  上級者向けのダンジョン、『暴漆竜の巣窟』もある。


 ・ギルドが管理している『初心者用ダンジョン』

  ギルドの地下に設置された人工の迷宮で、様々な種類のモンスターとの戦闘方法が学習できる。

  戦利品も経験値も得られるため、ガイドブック一押し。


 ・王都の地下にある『下水道』

  コウモリやネズミ系のモンスターが生息している。

  腐臭がするためにガイドブックにはオススメしないと書いてある。


 さて、どうするか。

 ラーメンを啜りながら、ゆっくり考えることにしよう。

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